町に戻ってから。

最新7巻の表紙などが公開されておりますので、どうぞよろしくお願いいたします。


◇ ◇ ◇ ◇



 リヴァイアサンが街に戻った頃にはすでに日が暮れ、町のいたる所に松明が焚かれていた。

 最近の大都市は魔道具による灯りが主流で、仮に魔道具でなかったとしても、青銅の胴体に吊るされた照明などが多く、松明とは無縁だ。



 海から眺めるシュゼイドは昼間と違い、松明の影響もあって趣がある。

 最奥に位置するベルテンスの屋敷まで続く大通りが良く分かった。



 ――――おい、なんだあれ。

 ――――うっそだろ……たった一日であれだけの魔物を……?

 ――――港が魔物でいっぱいじゃねえか!



 飛び交うのは驚きに染まった声ばかりで、港に押し寄せた町民でごった返していた。

 そんな中、騎士により桟橋の一角が隔離される。

 リヴァイアサンから小船に乗り換えたアインがたった今帰って来たからの厳戒態勢であったが、対照的にアインが纏った空気は軽い。



「いやー……」



 腰に手を当て海原に振り返った姿は、一見すれば魔物の討伐帰りとは思えない緩さが内包されていた。

 ギシッ、という桟橋の軋みが更にその緩さを際立てた。



「すっごい狩った気がする」



 まだリヴァイアサンの周囲には多くの魔物が浮かんでいる。すべて鎖に繋がれており、流れていくことはないが、どう見ても異様な光景だ。それが町から見える海の夜景のほとんどを占領しているとあって、町民の驚きも当然であると言えるのだ。



「これ、鎖が無くならなかったらもっと狩れましたね」



 アインと同じく小船を降りたクリスが言った。



「だね。でもさすがに多すぎて運ぶのが大変かも」


「…………考えてませんでしたけど、どうしましょうか。シュゼイドにはギルドがあるものの、そこまで運ぶのは我々で行わなければなりませんし」


「運ぶのをギルドに委託は出来ないの?」


「出来ますよ。でも手数料が高いのでお勧めしません」


「そりゃ本末転倒か。…………よし!」


「あ、何か思いついたんですか?」


「いや思いついてないよ。だから明日考えようかなって思った」



 それにはクリスも力が抜けて、軽く笑ったアインにじとっとした目を向けた。

 取りあえず今晩は海に浮かべておくとして、明日にしよう。

 歩き出したアインを追うクリスは軽快な足取りで。彼の隣に着いてからは、以前より更に縮まった距離を進んだ。



「先に行った二人ディルとマルコがギルドに話を通してくれてるはずなので、あとは運ぶ手段ですね」


「一括で換金できるかな?」


「無理ですね」



 即答であった。



「ただでさえ大きくない支部ですし、支払いには何か月か要するはずですよ?」


「逆に何か月かあればちゃんと支払ってくれるんだ。魔物、二百体は超えてると思うのに」


「ギルドはお金持ちですからねー……」


「金持ちで収めていいのかって感じは置いとくよ。何にせよ運ぶ手段は考えとく。ちなみにギルドはどのあたりだっけ」


「確か……大通りの中ほどにある、ってクローネさんが言ってましたよ」



 クリスが指を差した方角を見るが、残念なことに今は人が多いし夜とあって分かりづらい。

 最初に確認しておけばよかったと思ったアインは頬を掻く。

 それから二人は騎士が用意した裏道を進み、町民の驚きの声を耳に入れながら、宿への帰路に就いたのである。




 ◇ ◇ ◇ ◇



「大漁だったって聞いたわ」



 宿に戻り、服を着替えていたところ。

 手伝いに来たクローネがアインの傍らでこう言って、目を細める。

 果たしてあれは漁だったのだろうかと言う疑問は残るが、大きな成果であったし、それを聞いたクローネはアインを労った。



 上着を着替えたアインはクローネに「ありがと」と口にして、彼女を伴って歩き出す。これまで着替えに浸かっていた寝室を抜け、リビングへ戻った。



 そこにはクリスとオリビアの二人が居て、テーブルには夕食が用意されていた。



「アイン、今日もお疲れさまでした」


「今さっき夕食が届いたので、いただきましょう」



 二人にそう言われ、アインとクローネを含めた四人が席につく。

 珍しくマーサが居ないのはディル下に行っているそうで、彼女も王都への報告書があるため責を外しているそう。



 ――――海産物が好きなアインが食事を楽しんでいると。



「今日はどうでしたか?」



 と、オリビアが尋ねてきた。



「俺の根を使って魔物を拘束したり、討伐した後の魔物を鎖で繋ぐ作業ばっかりしてた気がします」


「も……もう鎖はしばらく触りたくありませんね……」


「ほんと。手に着いた金属の匂いがまだ取れないよ」


「ですよねー……私もまだ手元から香ってくるので、後でまた石鹸で誤魔化してきます」


「あ、鎖と言えば」



 ふと思い出したのは、魔物を鎖につなぐ最中のことである。



「潮の香りも残ってるかもね」


「はい? 潮の…………って!?」



 同じく思い出したクリスが一瞬で赤面し、両手で顔を隠してしまう。

 やがて首筋まで染め上げて、小さな声で「勘弁してください」と口にした。



「あら、クリスがどうかしたのかしら」


「なんでもないんです。アイン様と一緒の作業中に色々なことがあっただけですよ」


「私はその色々が知りたいの。どうしてクリスが頬を赤らめたのかもね」


「…………気のせいでは?」


「ふふっ、それなら手を取ってお顔を見せて?」



 こうなってしまうと逃げ場はない。

 軽く口にしてしまったことにアインは若干の後悔を覚えるが、こうしたやり取りも自分たちらしい。

 彼の隣ではクローネもくすっと笑いを零した。



「そう言えばクリスったら、帰って早々、急いでお風呂に入ってたわよね」


「汗を掻いちゃいましたから!」



 確かに汗を掻く仕事をしていたし、潮の香りだって、一日中海に居れば染みついて当然。

 珍しく攻め手を失ったオリビアだが、答えがわからない理由にはならなかった。



「クリスったら、泳ぎ足りなかったのかしら」


「ぐぅ…………っ」


「やっぱり。魔物から落ちちゃったの? それとも船から?」


「…………ふ、船からですが!?」



 アインは開き直ったクリスに苦笑して思い出す。

 確かあれは午後になり、少し疲れが出てきた頃のことだ。



 魔物に鎖を繋ぐ作業をアインとクリスも手伝っていて、二人一組になって一頭の魔物の下へ行こうとしたとき、クリスがやってしまった。特に危険な作業でも複雑な作業でもないが、久々にポンコツを発揮したクリスがふらっ、と。



(俺が目を離したすきにだったしなー……)



 聞こえてきたのは「ふぇっ?」という力の抜ける声と、その後でポチャンという情けない音が聞こえたのだ。

 危険はなかった。

 魔物はアインが一掃したし、そもそもいたところでクリスが対処できるからだ。



 彼女の気が抜けた部分を庇うなら、今日は討伐という緊張感がなかった。

 悉くが木の根に掴まれ一掃されるし、鎖を巻く単純作業をしていた記憶ばかりである。



「アイン、どうやって助けてあげたの?」



 耳元で囁いたクローネ。



「幻想の手で掴んでから、抱き上げて船に戻してあげたよ」


「そ、そうだったのね……」


「おかげで午後のクリスは少し消沈気味だったけど、仕方ないと思うよ。俺だって欠伸ばっかりしてたし、あのディルですら『これは討伐ではないですね』って言ってたし」



 クローネも首を縦に振って同意して、成果と反比例して派手さに欠けた作業を鑑みた。



(それにしても)



 どうやってギルドまで運ぼう。まずギルドにすべての魔物を置く場所があるのかどうかが問題だし、無かったらどうすればよいのかも疑問である。



 ――――後でディルの部屋に行かないと。



 相談、そして情報共有をしておきたい。

 可能であれば助言がほしいが、難しそうだ。

 今日に至る歴史の中、あれほど多くの海の魔物を運んだものが居るかどうか疑問だし、いたとしても極僅かなことは想像に難くない。



 ――――海で解体して…………っていうのも違うか。



 海を汚してしまいそうで忌避感がある。

 やっぱりここで思いつくのは難しいと知り、アインは考えるのを止めてしまう。



 それから果実水の入ったグラスを一気に呷り、真正面の席を見た。

 さっきまで顔を隠していたクリスがいつの間にか手を避けて、しかし顔を真っ赤にしたまま食事をする様子を見ていると、ふと、目が合ったのだ。



「…………泳ぎ足りなかったわけじゃありませんよ!」



 先日まで居た島での思い出を回想し、彼女は謎の言い訳を口にしたのである。



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