おかしな魔道具

(不出来……微妙に不出来……)



 反芻しながらも困惑。

 取りあえず、この老女がマダムであるというのは分かった。確かに品はあるし、一見すれば貴族のご隠居に見えないこともなかったから。

 ただ、グラーフが不出来だったという話が興味を引いたのだ。



 ハイムに居た頃は当然であるが。

 彼はイシュタリカに渡ってからも頭角を現した強者。正直なところアインはグラーフ以上の商才を持つ人物を知らないくらい。



「元気そうじゃないのよ」


「マダムこそ、つつがないようで安心しました」


「田舎の暮らしは素晴らしいの。あんたも引退したら田舎に住んでみなさいな」


「それも魅力的ですが、今の住まいイシュタリカ王都が快適でしてな。今は余生の住まいも同じくしようと考えております」


「あらそう? 楽しそうで良かったじゃない」



 グラーフが姿をくらましたと聞いたときはさすがに心配したそうだが、その後、イシュタリカにいることが分かった際にはほくそ笑み、あれは計画だったのかと察したそう。

 すると、満足した様子でマダムが。



「じゃ、帰るわね!」



 皆を置き去りにする一言を残し。

 あっという間に馬車へ乗り込んでしまったではないか。



「えぇー…………」



 呆気にとられたアインの横でグラーフもまた額に手を当てる。

 二人に対し、申し訳なさそうに頬を歪めた老戦士。

 だが不意に思い返した様子でマダムが。



「これあげるわ。微妙に不出来だった弟子への久しぶりの助言ってとこよ」


「ちょ、頂戴いたします」


「素直でいい子ねー、偉いから飴もあげようかしら」



 こうしてグラーフが受け取ったのは一通の封筒と新たな飴。グラーフはまた習慣のように口に運び、何とも言えない顔つきで封筒を見た。



「あんたの顔を見に来ただけだから満足したわ。今はあんたも下宿してた屋敷に居るから、気が向いたらいらっしゃいな。お茶と飴ぐらいならいくらでも出してあげる」



 それと、と最後に口にして。



王太子殿下、、、、、も、その子の説明で分からないことがあったら私に手紙で聞いてくれてもいいわよ。商売に関することならいくらでも教えてあげる。今回のお礼も兼ねてね」



 アインの正体を知っていたと口にして、今度こそ馬車へ乗り込んでしまう。

 それを見た老戦士が二人に対して軽く頭を下げ。

 すぐに馬車の前へと向かい、御者の座る場所へ腰を下ろした。



「では失礼する」



 切り上げるように短く。

 でも若干名残惜しそうに残して立ち去った。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 宿に戻ったアインは自室にいた。

 リビングに腰を下ろして、体面に座ったクローネとクリスの二人と共に昼食を楽しんで間もない。

 食器を片付け終えたところに頃合いを見計らったかのように。



「ごめんなさいねぇ、昨日は忙しくって」



 部屋を訪問したマジョリカが開口一番に謝罪した。

 昨晩、予定であればパーティの後でどのような話が出来たのか情報共有をする予定だったのだが、マジョリカが口にしたように多忙のため、場を改めることにしていたのだ。

 そして、今日。

 昼を過ぎた丁度いい頃合いにやってきた。



「宿に帰れたのも日が変わった頃だったのよねぇ……と、言うわけで」



 マジョリカはアインにクローネ、クリスの三人が座っていなかった適当な席に腰を下ろすと。



「コレをどうぞ。日を改めた甲斐があるぐらいにはいい情報よ」


「見てもいい?」


「ええ、まずは殿下が」



 手渡された大きめの封筒の紐を解く。

 取り出したのは数枚つづりの紙の束だ。



「――――へぇ」



 と、アインが紙に目を通して間もなく声を漏らした。

 彼の対面に座るクローネはあくまでも冷静に彼が読み終えるのを待って。一方のクリスは彼が楽しそうに笑っていた顔を見て、何を考えているのか気が気でない。



「マジョリカさん」


「はいはい?」


「この資料は対談をしてすぐに?」


「そうよ。どうせ尋ねられると分かっていたんでしょうね。最初にその資料を手渡されて、まずは読むようにって言われたの」


「随分と準備がいい。書いてある通りなら最高の商売になるだろうし、そんなもんか」



 するとアインは資料から目を背ける。



「クローネたちも読む?」


「もういいの?」


「俺は十分だよ。大体の狙いが分かったから、細かい話はあとで詰めても平気だと思う。――――ほら、クリスも読みたそうに俺を見てたし」


「ちっ、違いますっ! 私はその! アイン様が何か企んでそうなお顔をしてたから……!」


「うーん、惜しい」


「…………どういうことです?」


「企みって言うか、ベイオルフの内心を察してただけだからさ」



 それでも十分気になる言葉ではあるのだが……。

 立ちあがったアインは資料をクローネに手渡すと、まだ少し、合点がいかず怪訝な目を向けて止まないクリスの眉間に指をツンッ、と押し付けた。



「読めば分かるからさ」



 クリスは彼の手が押し当てられた眉間に手を添えた。

 若干の不満はさることながら、ひとまず彼の言葉に従うことに決めて頷いた。それを見たアインが笑みで答えたのはすぐで。

 席に座り直すとマジョリカへと顔を向ける。



「問題は許容しきれない利用許諾ライセンス条件契約ってとこかな」


「要求金額が膨大よねぇ。いくら最新の技術で他にないって言っても、さすがに要求通りってのはイシュタリカも頷けないと思うわ」


「ある程度予想はしてたけどね。ウォーレンさんも吹っ掛けられるだろうって言ってたし」


「当然、交渉で金額は下がっていくでしょうけど」


「これじゃ実質的な拒否って言ってもいい。治療が必要な異人が居たら海を渡り、こっちの大陸で治療を受けるしかないってことになる」



 二人が話していたところへと。

 さわりを読み終えたクローネが言う。



「黄金航路は評判通り商売上手みたい。これはイシュタリカがどっちの返事をしても構わないって書いてあるも一緒ね」



 仮にイシュタリカが応じる、あるいは減額要求が通ったとしても。

 少なくとも、資料に書かれていた金額から減額されたところで莫大な金額に変わりはない。

 では拒否した際だが――――。

 こちらになっても、大陸イシュタルから訪れる治療希望者がいる限り儲けは出る。更に言えば、イシュタリカへと機材などの提供を行う必要がなく、技術を秘匿することだって難しくないのだ。



 アインとしては取引の場を設けたい気持ちもある。しかし、金というモノは有限で、イシュタリカの税収も湯水のように使うことは許されない。

 それがたとえ大国であろうと、だ。



(イシュタリカからの患者の受け入れは大丈夫らしい。……なら)



 別の方向から、治療が必要な異人のために動けることもある。

 黄金航路が秘匿する技術でなくば治療が出来ない症状に陥った者が出た際に、ハイム自治領へとすぐに移送してバードランドへ向かう経路の構築だ。

 これなら間違いなく、技術供与を受けるより資金も掛からない。



 口惜しくもあるが、今回は妥協案が最善に思えた。

 アインも幼いころと違い、研究に対してどれほどの資金が投入されるのか分かっている。



(技術供与に支払う金額をそのまま研究に投じた方が早いくらいだ)



 こう考えられたのも理由があって、治療が必要となる異人にはそれほどの緊急性がないのも一因だ。例えば出血が激しい怪我人には一分一秒を急がねばならない。が、この治療に関して言えば、その急を要する必要がない。



「クローネ」


「ええ……仕方ないと思う。ここから先はウォーレン様たちが決定なさるから、私たちよりも正しい判断をしてくださるはずよ」



 彼女もまた、悔しそうに目を伏せる。

 命の取捨選択という言葉は好ましく思えないが、アインも、そしていずれ王妃となるクローネも大局を見ねばならないときはあるのだ。

 心の底では取引に応じて技術供与を受けたい気持ちでいっぱいだが。

 今まさにされているであろう他の研究にも必要となる資金を考えねばならない。



 重ねて考えるが、今回は急を要する患者の為ではないのもある。

 だから、他の手段で患者のためになる行いをしよう、こう強く考えさせられた。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 夕刻、自室で寛いでいたところへの新たな来訪者。



「殿下、明日はお暇ですかな?」



 訪ねてきたのはグラーフで、唐突な問いかけに対してアインは「特に予定はありません」と、クローネに確認してから答えた。



「何かあったんですか」


「殿下さえよければ、マダムの屋敷に共に参りませんかとお誘いに参ったのです」


「また随分と急ですね。もしかしてあの後すぐに連絡を?」


「お察しの通りでございます。マダムの屋敷はバードランドから馬車で三時間ほどの距離にありまして、あの後すぐに手紙を送ったのです。すると爺殿――――先ほども居た戦士がそうなのですが、マダムの護衛がわざわざ儂の宿まで来てくれましてな。良ければ明日、マダムの屋敷に来てはどうかと」



 爺殿とはまた珍しい呼び方だと思いながらも、アインはマダムの屋敷に行くことにやぶさかではない。

 単に彼女の人柄が豪快だったから嫌いじゃないのもそうだが、グラーフの師と話せる機会に価値を感じていた。



「痛い助言も頂きまして、その真意を聞きに行こうと思っていたのです。殿下はお暇かもしれませんが、もしご興味があれば――――」


「行きます。グラーフさんのお師匠には興味がありますから」



 その後の相談により、同行する者はマルコだけに決まった。

 他の者たちは皆、宿でアインの帰りを待つことになる。

 少数で向かうことにしたのは目立つことを嫌ったためで、アインはグラーフからローブの間道具を借りて、軽い変装をして宿を出ることに決めたのだった。




 ◇ ◇ ◇ ◇



 出発はグラーフもアインと同じローブに身を包んだ。

 マルコもそうで、三人は一見すればただの旅人のようにも見える。

 宿を出てすぐは薄暗かった空も、バードランドと街道の境目付近にまで来ると、遠目に朝日が昇るのが分かる。



 手で朝日の眩しさを遮り、辺りを見渡したアイン。

 馬車ではなく、一人一頭の馬を連れての道のりとあって周囲が見やすい。



 この辺りは都市のはずれで家々がまばら。雰囲気ものどかな田舎町らしさが漂いだす。

 大きな建物は少なく、比例して商人たちの財力も下がる。

 店構えが簡素になってきたのに加え、昔、港町ラウンドハートで見たことのあるような商品の並びが視界に映る。



「俺さ、魔石を舐めちゃったことがあるんだ。ああやって木箱に詰め込まれた安い魔石なんだけどね」



 良くある魔道具の充填用のくず魔石。

 それを見ていると懐かしさすらあった。

 しかし今回はそれだけではなく。



「バードランドとなれば、あのような投げ売りもございますぞ」



 と、グラーフ。

 彼が指を差したのは木箱は同じでも、詰め込まれたのが様々な魔道具の木箱だ。



「へぇー……魔道具まで」


「しかしほとんどが正常な動作をしないでしょう。部品取り、あるいは掘り出し物を探す好き者が好む販売形式ですな。ご興味がおありでしたら寄ってみましょう」



 これまで歩かせていた馬の手綱を引いて、露天の方へ向かう。布の屋根に、地べたにいくつも置かれた木箱には、こののどかな街並みに合う素朴さがある。



「らっしゃい! うちのは全部600Gだよ!」


「やっす」


「当たり前さね旅人さん! 壊れ物ばっかりなんだから当然ってもんさ!」


「なるほど……見てもいい?」


「勿論さ!」



 木箱に入っていたのは、手に持つ証明らしき魔道具やネックレスなど。一切の統一がされておらず、まさにただ詰め込んだというべき様相を醸し出す。

 だが、男心がくすぐられるというか。

 見ていたアインの興味は薄れず、木箱を漁る様子はまるで幼子のようでもある。



 背後から見守るグラーフとマルコの二人は笑い。

 普段は凛々しい王太子が楽しめていたことに喜んだ。



 ――――特に欲しいものはないけど。

 何となく楽しい。

 楽しませてくれたお礼に一つぐらい購入してもいいかな。と、どうせ600Gなのだし、見物料として購入を検討したところ。

 不意に。



「…………これは」



 何の気なしに、誘われるように。

 アインの手が掴んだペンの形をした魔道具。



「どうせ動かないが、構わないかね?」


「あ、ああ……」



 軽く驚いたアインと同じく、離れたところではマルコが双眸を鋭く細めた。

 二人以外の誰もがその様子に気が付いている気配がない。



「はい、まいど! またどうぞーっ!」



 自身の財布から金取り出して戻って来たアインが「お待たせ」といつもの調子で言った。



「では参りましょう」



 馬を進めたグラーフの後ろを進むアインが眉を潜めた。

 ペンを眺めているところへ。

 音もなく、忍び寄るように距離を詰めたマルコ。



「預かります」


「いや、中にあった不純物、、、ならもう俺が壊してあるよ」


「存じ上げておりますが、それでもです」



 マルコは半ば強引にペンを受け取り、そのまま先ほどの露店に意識を向ける。

 彼の意図を理解していたアインは宥めるように言う。



「詰問は意味を成さない。俺がその魔道具を手に取ったのは偶然で、あの店主が仕入れたのも偶然だと思う」



 つまり購入した魔道具は偶然、あの木箱に紛れ込んだのだ。

 加えて更に確信に近い予想だが、不純物は後付けで仕込まれたように感じた。となれば、露店で偶然にも購入した者を狙ったものと推測される。



「不純物はいったいどのような動きを?」


「大した動きじゃなかったけど、微量の魔力が俺の魔石を目指して勝手に動いてた。魔物の魔力でも、異人種の魔力でもない魔力がね」


「それは奇妙な話ですが、奇遇なことに私はそのような魔力に覚えがございます。いま話題の商会が作り出した技術そっくりではありませんか」



 俺もそう思うよ、こう言って頷いたアイン。

 馬上で目を細めて腕組み。



(俺の魔石に何かしようとしてたのは分かるけど……黄金航路がコレをバラまいてたとして理由はなんだ? 狙いが異人種だったなら患者を増やすためにわざと? いや、それにしては遠回り過ぎる)



 そもそもこの大陸には異人種が少ないのだ。

 偶然にも露店で購入した魔道具。それを手にしたのが異人種で、予定通りに魔力が魔石に影響を与えた場合でなければ意味のない仕掛けであり、患者を増やして儲けにしようとしても旨味が少ない。



 ようは、狙いがはっきりとしていなかった。

 捨て値でばら撒いた魔道具により、どんな影響を与えたかったのだろう。



「良く分かんないね、これ」


「はっきりとしているのは、黄金航路は後ろめたいことをしている可能性が高いということです。もっとも、先ほどの魔道具が偶然にも混ざってしまっていた場合にはこの限りではありませんが」


「意図的なのは確かだと思うんだよね。あれ、後付けで仕掛けてた感じがしたし」


「では――――」


「そ。後ろめたい何かをしてるのは間違いないってことだ」



 口を出すべきか迷う話だ。

 イシュタリカが何かされたのなら別だが、自分は違う国の人間、それも王太子だから軽率に口を出すべきではない。ただ、脳裏を掠めたある予感には素直に無視できなくなるような暗がりが内包されている。



 ――――アインは馬を進めながらも空を見上げて、また面倒そうな話に気が付いてしまったと自嘲したのだった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る