特典用SSの没案『ある暑い日のこと』




表題にある通り没になったSSです。

夏向けだった&本編とは別のもので方向性、、、が決まっていたため、本編と違って珍しく多くの水着の描写とかが含まれます。


苦手な方たちはご注意ください!


また例によって、SSは細かな事情は気にしない方向で楽しんでいただけますと幸いです。

時系列的には書籍版一巻~二巻の間くらいです。



◇ ◇ ◇ ◇



「……海だ」



 見渡す限りの海だった。



 振り返ると鬱蒼とした木々に囲まれたジャングルの姿がある。

 ところで、アインにはここが何処か知る余地がない。加えてどうしてここにいるのかも、全く思いつかなかったのだ。



「アイン」



 背後から聞こえてきたオリビアの声に、アインは素直に振り向いた。



「あの、なんで俺はここ……に……?」


「? どうかしましたか?」


「……何でもないです」



 何故水着を着ているのですか、という質問はしないことにした。

 代わりに、真っ白なビキニを着こなすオリビアの姿が瞼の裏から離れない。普段、ドレスの胸元を押し上げている存在も、細い腰付きも真っ白な脚だって。



 すべてが鮮明に思い出せるのは、自分が転生したせいだと心の内で言い訳をした。

 偏に、彼女を親戚の姉のように思える微妙な距離感が原因である。



 素直に母として見れないのは問題だが、そもそも、ドライアドとしての生まれ方もあり、こればかりはどうしようもないことだった。



「オリビア様ーっ! 果物を持ってきましたよーっ!」



 そして、クリスさんも? と尋ねることもしなかった。



 青空のように鮮やかな蒼い水着を纏った彼女も、例によってオリビアと同じく嫣然とし過ぎていて目に毒だ。

 胸元で抱いている果物を見ていると、何やら駄目なことをしている気持ちになってきた。



「あ、アイン様もお目覚めだったんですね」


「うん。そうらしいよ」


「らしいよ、ですか?」


「うん、そんな感じだと思う。良く分かんないけど」



 もはや何も言うまいと、この良く分からない状況を理解する事を諦めた。



「美味しそうね」



 と、オリビアはクリスが持ってきた果物を見て言った。



「クローネ様もあっちでお待ちですから、さっそく食べに行きましょうか」



 どうやらクローネもいるらしい。

 しかしここは何処なんだ。どうしてこんなところで食事をしようとしてるんだ。

 考えていたところ、アインの背中に柔らかな感触が覆いかぶさる。



「アーイン、行きますよ」


「……了解です」



 柔らかさの正体に気が付かないふりをして、絶対に振り向かないと心に決めて空を見上げる。

 雲一つない青空だ。

 できれば、心が穏やかなときに見たいものだった。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 向かった先は少し離れた先の砂浜だ。

 そこに待っていたのはクローネの姿を見て、アインはほっと胸を撫で下ろ――――せなかった。



「そう来たか」


「もう、急になーに?」



 答えたクローネの服装は水着ではない。そう、水着ではない。



 しかし油断ならない。

 オフショルダーのキャミソールはお腹を隠せていないし、レースのドレープが可愛らしいズボンは太もものほとんどを露出していたのだ。



(もう水着じゃん)



 露出は他の二人と比べれば抑えてあるし、可憐ではあるが。

 紛れもなく、水着のような何かであった。

 遠い目で水平線を見ていると、クローネがアインの腕に近寄って。



「具合でも悪いの?」



 不意に、額と額をくっつけた。

 体温を測ろうとしているのだろうが、彼女の瞳も、長い睫毛の一本一本までも。そして久住一つない白磁の肌も、すべて目の前にあるのだ。



「赤くなってる……やっぱり――――」


「違うって! ちょっと日に当たり過ぎただけだから!」


「それならいいけど、無理はしたら駄目よ?」



 真摯に心配してくれているだろうに、自分の雑念が恥ずかしい。

 アインは頭を大きく振り、雑念というか邪念を払おうと試みたのだが。



(……あ、あれ)



 強く振りすぎてしまったからか、気が遠くなっていく。

 オリビア、クリス、クローネ……三人の心配している声が聞こえてくる。

 だが、視界は黒に覆われていき、とうとう。



 ――――パサッ、と。



 アインの身体は砂浜の上に横たわってしまったのだった。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 次に目を覚ました時、アインは一瞬気が動転したがすぐに落ち着いた。

 何故なら視界に映ったのが、自分の部屋だったから。



「夢か」



 なんて夢を見たもんだと、自分に呆れてしまう。



 彼女たちの水着を勝手に夢に出してしまうなんて、申し訳ない気持ちを募らせたところで、背中に押し付けられた柔らかくて暖かな感触。そして、規則的な寝息に気が付いた。



「……あの夢は俺のせいじゃないってことだ」



 振り向かずとも、犯人は分かる。

 明らかにオリビアであると。



 きっと、急にアインに逢いたくなってしまい、寝室に忍び込んできたのだろう。寝ていたアインを見つけたところで、一緒に寝ることに決めたに違いない。


 アインは器用に彼女の腕から抜け出すと、寝室を抜けてリビングの方へ足を進める。

 窓に指をあて、外に広がる満天の空を見上げた。



「綺麗な夜空だなー……」



 夢の中でしたように遠い目で星を見ていると、心が洗われるような気がした。



 その後、アインはベッドに戻るかソファで寝るのか迷ってしまう。



 結局はオリビアを悲しませないためにベッドに戻ったのだが、朝起きて、また抱きしめられていたことに気が付く。

 そうなってしまえば、もう一度雑念を払うべく、遠い目をすることしか出来なかった。

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