取りあえず、行ってみようかなと。
そして、今日に至る。
マンイーターから手紙を受け取ったアインが向かった先は城の外だった。
「あーららら……」
イシュタリカ王都、城下町。
路地の一角に面した隠れた名店、マジョリカ魔石店にて。
店主のマジョリカが魔石を磨きながらそう言った。
「まだ返事をしてなかったのねぇ。お相手もヤキモキしてるんじゃない?」
「だと思う。けど忙しかったからさ」
返事を返すアインはカウンターに上半身を乗せ、脱力して見せながら話をしていた。
「でしょうねー、婚約者の発表と二十歳での即位を同時に発表なんて異例だったもの。今日だって外を歩くのは大変だったでしょうに」
「みんなが思ってるほどじゃないんだ。割と前と変わらないよ」
アインが城下町を軽い気分で歩いていたのは昔からだ。
昨日今日の話ではない。
それがたとえ、明確に即位することが告示されていたところで、どうせいずれは国王となることは決まっていたのだから。
不意に――――。
カウンターに置かれていて封筒を見つけたアイン。
流し目で表題を読むと。
(闘技大会運営組合?)
差出人を見て興味を抱いた。
「今年のバードランドは賑わうわよ」
「え?」
「ほら、あそこって数年ごとに武の祭典があったじゃない」
「あー……エドが優勝してたやつだっけ」
決勝に行けた二人は奇しくも数大会同じで、ローガスとエドの二人だった。
「ハイム戦争の後からそれどころじゃなかったじゃない。でも今年から再開するらしくって、ロックダムの国家元首選定の儀と併せて途方もないお金が飛び交うのは必至ね」
「大陸北側がお祭り騒ぎになるってことか」
「そうみたいねぇ」
「……それで、その武の祭典の運営? からどうしてマジョリカさんに手紙が?」
「どこかの冒険者が私を推薦してるのよ。結局こういうのって、参加者が豪華な方が盛り上がるしお金もたくさん流れるでしょ。ま、何度も招待されてるから慣れっこよ」
「へぇー……」
マジョリカが冒険者の間で有名なのはわかる。
あの、神隠しのダンジョン外のギルドでの対応がいい例だ。
けれどマジョリカは乗り気に見えない。
「参加するの?」
「しないに決まってるじゃない。勝ったところで得られるものはないわ」
「名誉とか、賞金とか――――」
「前者なら殿下と色々な経験ができたことで十分よ。後者だって、こう言ったらなんだけど、私ってそれなりにお金は持ってるから」
王都の一等地に店を構えているのだ。
それはもう、儲かっていて当然だろう。
前者については気恥ずかしくて触れなかったが。
アインは「言われてみれば」と頷いて返した。
「ま、ロックダムには行くわ」
「観戦かな」
「殿下の戦いっぷりを知る今は観戦にも興味ないわ。私が気になるのはアレよ、アレ」
するとマジョリカは今朝の新聞をアインの目の前に置いた。
「研究者として、あの技術には興味があるのよね」
例の異人種のための技術だけが興味の種だ。
はっきりと、それ以外への興味はないと言い切って。
「殿下も行きましょうよ」
「んー……」
引っ掛かっていたのは立場のことで。
王太子との時ならいざ知らず、即位までそう遠くない自分がそう簡単に国外へ行って良いものかと、さすがに迷ってしまったが。
「どうせ気になってるんでしょう? 私が手助けしてあげるから安心しなさいな」
「手助けって、何をしてくれるのさ」
「ふふん、コレよ」
そう言って先ほどの招待状を手に取った。
「ようは肩入れしてる状況にしたくない訳じゃない。だったらこの祭典を観覧しにいくってことにしたらいいわけ」
「それ、ロックダムの面子をつぶすだけのような」
「あの国からしたら殿下にお礼を伝えられるだけで上等よ。これこれこういう事情でしたーっていい塩梅に伝えておいて、それっぽく殿下が足を運ぶって言っておけば十分だわ」
伝え方なんていくらでもあるというわけだ。
ウォーレンも、それこそクローネだってそうした手紙は書けるだろうし、何の苦労だってせずに返事は認められる。
「……そういうもんかな」
「殿下に尊大になれって話じゃないの。あっちの人たちだって、こんな事情は理解の上で招待したはずよ」
「つまり整理すると」
アインは闘技大会運営組合とやらが主催する武の祭典を観覧しに行く。その際に、ロックダムの国家元首選定の儀に対して何か言葉を残せばいい。
ついでと言う名の本命として、黄金航路が保有する技術について何か聞けたら――――。
「運営組合は寄付で運営されるのだけど、今回の寄付金のほとんどは黄金航路によるものらしいわよ」
と、前置きをして。
ここだけの話とつづき。
「私が言いたい事、殿下ならもう分かるでしょ?」
「うん、影響力がすごいってことは十分に理解できた」
次期国家元首選定の儀に際して、最高峰の広告となろう。
別に黄金航路のしていることが悪いことでは無いし、何かキナ臭さを感じていたわけではない。代わりに感じていたのは一つ、喜びだ。
これならば、例の研究成果にも意外と楽に近づけるかもしれない。
ここでアインはもう一度、今度は直近の目標について整理しておく。
(あれ)
考えてみたら何をするのだったか……。
例の技術が気になっていたのは間違いないが、それに対してどう動くのか、何一つはっきりしていなかったことに気が付く。
シルヴァードだってそうだ。
彼もまた、他国の事情であれば口出しする気はないと言っていた。
とは言えだ。
ここでカティマが語っていた話が脳裏を掠める。王族であるならば民のためになる技術なら無視するべきではないという話だ。
(取りあえず、イシュタリカに技術供与が可能か聞くだけでもいいかな)
有償であって当然だし、だとしても微塵も文句はない。
技術供与については手紙で聞いてもいいのだが。
「殿下が足を運んだ方が民の為って理由にもなるし、お相手さんだって態度を変えると思うわよ」
「……俺って、そんなに分かりやすい表情してた?」
「何年の付き合いだと思ってるのよー。あ、そうだわ! カティマ様は行けないでしょうし、私が殿下の傍で相談役を務めてあげるから、小難しい話は心配しなくていいわよ」
「おっと、外堀が埋められてきた気がする」
「陛下だって反対なさってないって聞いたわよ。もうお膳立ては十分ね」
この表現が正しいかは分からないけど、とマジョリカは最後に言い添えた。
アインはおもむろに腕時計を見て、カウンターに預けていた上半身を動かして。
うんと背筋を伸ばしてから、出入り口の扉に手を掛ける。
備え付けられたベルの音が響き渡った後で、彼は口を開いて。
「ティグルにも頼んでたことがあったから、それと併せてマジョリカさんにも連絡するよ」
「あら、じゃあ行くのね?」
「これがイシュタリカの為になるっていうのなら、俺は動くべきだろうからさ」
「良い心がけだと思うわ」
即位してからは簡単に国外へなんて行けないだろうから。
祖父のシルヴァードだってそれを理解して。後はアインの強さを信頼して反対していないだろうと推測も出来る。
であれば、細かな折衝をしてからイシュタリカを発ってもいい。
「毎度ありがとうございましたー」
マジョリカから言葉と共に見送れ。
外に出てから、待っていたマルコと合流する。
「どうやら、海を渡ることに決めたようですね」
幾分かの含みがあるような声だった。
完全な賛成と言うよりは、アインが決めたのなら文句は言わない。そうは言ってもきちんとした説明や考えは共有してほしい――――こんな意図が内包されている。
「バレたか」
「顔を見ればわかります。詳しくは城で、陛下を交えてお聞かせください」
話が早くて助かるが、果たして……。
心の内では「俺ってそんなに分かりやすかったかな」と声に出さずに呟き、笑みを繕い頬を掻く。
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