忍び込んだのは駄猫ではなくて。

 少しの日々が過ぎ、城にロランが足を運んだ。

 中庭に通された彼はアインと共に椅子に腰を下ろすと、おもむろに懐から設計図を取り出す。それをアインの目の前で広げ「何それ」といったアインに告げる。



「新しい飛空船だよ」


「いや、いきなり新しい飛空船って言われても」


「あ、あれ……? 陛下から聞いてない? 王都を発つアイン君のために、以前より衣食住が豊かな船を建造してくれって話だったんだけど……ほら、前の騎士級・初号は何だかんだ小さかったし」



 アインは何一つ知らせられておらず、呆気にとられた。

 取りあえずといった感じに設計図を見れば、なるほど確かに以前より大きい。

 船の大きさも一段階上の近衛騎士級と記載がある。



「出来上がるのが早すぎない?」


「陛下からお声がけいただく前から作ってたからね」


「えっ」


「ボクの目標でもあるバハムートの建造――――そのための技術力と研究がまだ足りてないんだ。だからあまり外では言えないけど、ボクからしてみれば騎士級も近衛騎士級も……次に造る予定の将軍級も前座だよ。だから予算と許可が下りる限り、ボクはこうして研究に没頭してると思う」


「お爺様はそのことを何て?」


「王家を通さずの研究を禁ずる。代わりに支援は惜しまず。ってウォーレン様も交えて書を交わしたぐらいかな? ほんと、必要な予算をすぐにいただけるから助かってるよ」



 抱え込みたいからの言葉であろうか。

 目の前にいるロランという少年は、活躍の舞台は違えど騎士以上の戦力だ。騎士の一人一人が戦って倒せる敵の数よりも、彼が開発する魔道具や兵器の方が、圧倒的に多くの命を奪えるからだ。

 万が一にも他国に流れることはあってはいけないし、民間に流れることも許しがたい。



 シルヴァードにとって、ロランがアインの船を作ることに心血を注いでいることはありがたいことこの上ないのだ。



「話を戻すね。近衛騎士級の全長はおよそ180メートルで、水上船で換算すると吃水およそ6メートル。あとは――――」


「質問だらけで悪いんだけど、吃水って?」


「ごめんごめん、船が水に浮かんでるときの、沈んでる身体の深さみたいな感じだよ」


「なるほどね。てか、船自体が大きくない? 騎士級から一気に大きくなったように見える」



 なにせ通常の戦艦と同じぐらいの大きさだ。

 一気に大きくなったなと驚かされるばかりだった。



「近衛騎士級って言ったけど、実際は近衛騎士団級ってところかも……実は気合いを入れすぎちゃってて」


「ま、まぁ大は小を何とやらって言うし……。将軍級を作るときはもっと大きくなるんだろうし」


「うん。将軍級はこの船よりも二、三回り大きくしようかなって思ってるよ」



 それはシルヴァードのホワイトキングに勝り、アインのリヴァイアサンに劣るぐらいの大きさだ。

 言葉通りの巨大な船が空を飛ぶと思うと、もはや何が何だかわからない。

 ロランの展望は常人の域にないようだ。

 いずれはさらに巨大な、バハムートも建造して飛ばそうとしているのだから。



「陛下は喜んでくださったよ」


「えっ」


「言ってしまえばお屋敷みたいな船だからね。そこいらの冒険者が束になっても手出しできない防衛体制もそうだし、アイン君たちの生活環境が充実するから。なんなら、調度品をそろえるために私費をくださったぐらい」



 これを過保護と言えないのがアインの立場だ。

 祖父の気遣いに感謝してから、彼がいるであろう城の上層階を見上げる。すると心に宿る使命感は、何としても第一王子がどうなったのかを尋ねなければならない、という強い思いによるものだ。



 問題はどう力づくで尋ねるかに尽きるのだが――――。



(やるしかないか)



 今からしり込みするのも自分らしくないと、すぐに気持ちを入れ替えたのだった。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 多くの支度を終えて王都を発った飛空船。

 最初の説明の後、正式に近衛騎士団級と改められた。

 空の旅はアインにとって二度目だ。

 ただ、以前に比べさらに安定性が増した船には、ロランという少年の力が見え隠れしている。



 前に来た時と同じ場所に船を下ろすが、以前と違って建物がある。石造りの見張り台のような建築物で、宙に浮く船から地面に降り立つための建物だ。

 飛空船はそこに鎖で固定され、下ろされたタラップが繋がる。



 甲板に立ち、周囲を眺めていたアイン。

 彼は手すりの前に立ち、眼下に広がる景色に目を向けていた。



「思ってたより賑わってるね」


「みたいねぇ」



 と、あっさりとした様子で答えたのはマジョリカだ。



「バルトの鍛冶屋に……あら、イストで見たことのあるお店もあるわね。食事処はマグナから出張してきてるみたいだし。あらら、ギルドも来てるじゃない」


「こんなに賑わうんだ」


「冒険者に活気があれば経済が回るのよ。ほら、戦争をすれば景気が良くなるって言うじゃない?」


「そんな物騒なたとえと一緒にしないでね。あと今は全然関係ないじゃん」


「一度でいいから言ってみたかっただけよ」


「……あ、はい」



 するとマジョリカはから煙菅を取り出して口に咥えた。

 息を吐けば煙が風に乗る。



「カイゼルもタイミングの悪い男よね、殿下もそう思わない?」


「なんだっけ、授業で腰をやったんだっけか」


「そそ。それがなければ意地でも連れてきたっていうのに、あれじゃ連れてきても使い道がなかったものね」



 そのため神隠しのダンジョンに足を踏み入れるのは、五人になる。

 アイン、クリス、ディル、そしてマジョリカとマルコだ。

 今回はマジョリカが同行することで、アインは頼もしさを感じていた。マジョリカの経験もそうだが、機転の良さも力になってくれると信じていたのだ。



「私は下の様子を見てこようかしら」


「じゃあ俺は――――みんなの様子を見てくるよ」


「ええ、それがいいわ。ここに来れなかった第一王女殿下の分も、殿下がちゃんとお仕事しないといけないものね」


「あはは……お母様は仕方ないよ」


「王女様だものね、陛下から許可されるはずがないわ」



 アインの場合は特例である、という事の証明だ。



「じゃあ、またあとで会いましょう」



 立ち去るマジョリカの背を眺めてから、アインも手すりを離れて歩きだす。プリンセス・オリビアに乗っている時と同じく快適な甲板を進んで、まずは、と自分の部屋を目指した。

 どうせ今日は出歩く予定はない。

 だからついでに軽装に着替えてみんなと話そう、こう思っての行動だ。



 船内に足を踏み入れ、城内と同じく給仕が歩く横を進む。

 床も絨毯が敷き詰められていて歩き心地はいいし、快適さを欠く場所は探す方が難しそう。



 アインが自分の部屋の前にたどり着くと。



「恐れながら殿下、もう少々、荷解きにお時間を頂きたく……」



 部屋の前にいた給仕が申し訳なさそうに言った。

 部屋の前には少し大きめの木箱がある。それを女性給仕が運ぶには荷が重いだろうと思い、アインは咄嗟に手を伸ばして、木箱を掴んだ。



「重いだろうし俺が自分でやるよ」


「な、なりません!」


「いいってば。まだ忙しいんでしょ? 一人でこんな木箱を開けようとしてたぐらいだしさ」



 快適さを欠いているわけではない。

 あくまでも今回は用事が用事なだけあって、船内がまだ慌ただしいだけだ。



「クローネとクリスの部屋もまだ荷解きが終わってないだろうし、そっちの手伝いに行ってくれた方が俺は嬉しいかな」


「…………ですが」



 あくまでも最優先はアインであるのだ。

 しかし、給仕も彼が今の言葉を本気で言っていることもわかる。

 そのため素直に頷けなかった。



「あまり命令って形にしたくない。頼めるかな?」



 最後の一押しに、給仕はとうとう頷いた。

 やがて彼女は大きく頭を下げ、アインの前を離れてから足早に通路を進む。

 やはり忙しいのだろう。

 これぐらい別にいいのに、こうつぶやいたアインが木箱を掴んで、部屋に運んでいく。



 すると――――。



「きゃっ」



 短い悲鳴が耳を刺した。

 今のは明らかに木箱から聞こえたものだ。



「…………」



 足を止めたアインだったが、すぐに歩きなおす。

 木箱に忍び込むような女性に心当たりがある。当然ながらカティマだ。

 とは言え今の彼女なら、前に比べて自制心があるはず。



 あと、先ほどのように可愛らしい悲鳴はあげず「ニャニャニャッ!?」と驚くことだろう――――勝手にそう予想したアインだが、実は先ほどの声には覚えがあった。



 部屋の中に入ったところで、木箱を優しく床に置く。

 何も語らぬ木箱とアインの間で沈黙が交わされる。



「これは経験則なんですけど」



 アインが口を開いた。



「こういう時、カティマさんの関与は確実なはずなんです。あの人以上に悪戯とか悪だくみに長けた人はいないですし、お爺様の監視があるにも拘らず動けると思うんです」



 そう言って木箱に手を伸ばし、蓋をゆっくりと開けていった。

 徐々に明らかになっていく中には、あまり多くのモノが詰め込まれていない。中は小さな小さな部屋のように造られていて、少しの間なら人が住むことも容易だった。

 一度ため息をついたアインだったが、中にいた人物を見て仕方なそうに笑みを浮かべた。



「こんなところで何をしてるんですか?」



 最近はゆっくりと話をすることが出来なかった女性が、そこにいたのだ。

 その理由というのは当然だが、ライルとの勝負で知りえた情報が関係している。



 さて、彼女も彼女で困ったように、あるいは自信の行いを懺悔するような表情でアインを見上げて、彼が差し伸べた手をそっと取る。



「け…………今朝ぶりですね」


「ですね。お母様には聞かないといけないことらだけなんですけど、とりあえず」



 木箱の中から出てきてもらわないと。

 アインは両手を伸ばして、彼女の身体を支えることにしたのだ。


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