いざ、あの地へ。

「少し……考える時間が欲しい。何をするにもだ」



届いたペンは謁見の間でシルヴァードに手渡された。マジョリカから何も言われずに無言で手渡されるもすべてを察し、数十秒の間、ただじっとペンを眺めてからの言葉だった。

すると彼は立ちあがって、重い足取りで――――されど強く床を踏みしめて歩き出す。

向かった先は謁見の間の奥にある小部屋だ。



「ま、予想通りだったわねぇ」


「マジョリカさん?」


「ああごめんなさい。いくら陛下でもああなってしまうって思ってただけよ」


「それは別に分からなくもないけど……どうなると思う?」


「これからって意味なら、逆に殿下はどう思うのかしら」


「俺は――――お爺様なら新たな情報を求めるはずって考えてた」


「私も同じよ。シルヴァード陛下は決して無駄遣いをなさる方ではないし、特別、華やかな生活に思い入れがある方ではないの。だから保有されてらっしゃる資産だって、歴代国王の中でも多いぐらいのはずだわ。冒険者が食らいつくだけの褒美なんて簡単に出せるでしょうよ」



二人は顔を見合わせると、この場にふさわしい言葉が思い浮かばず自然と俯いた。

天井まで届きそうなほど背の高い窓の外には青空が広がり、飛び立って間もないであろう小鳥が親鳥に連れられて羽ばたいている。



ただでさえ閑散、、としている謁見の間が静まり返って間もなく。



ギィ……。小さく軋み音を上げ、扉が開かれた。

いつもの様子で「失礼」と声に出して現れたのは、ロイドだ。



「アイン様、陛下はどちらに行かれたのですか?」


「奥の部屋だよ」


「……複雑なお気持ちでありましょう。ライル様の私物が見つかったとあれば、間違いなくお心は探したいの一心に狩られておいでのはずです」


「この相手がライル様でなければ簡単に動けたでしょうね。ただ……あの方とセレスの過去があるから」



だからシルヴァードは素直に喜ぶどころか二の足を踏んでいたのだ。



「都合のいい理由と言い訳があれば……」


「あーらら、殿下ったら悪いこと言うわねぇ」


「だが私もアイン様のご意見には頷ける。陛下は今日までこの統一国家イシュタリカを導いてこられたお方だ……少しぐらい、このぐらい望んでも罰は当たらないかと」


「ま、私のような国民も同じ事を思うわね。今では殿下っていう未来もいることだし、水に流しましょうって」


「マジョリカ殿」


「このぐらいならいいじゃない。結局のところ、国民はこういうことを考えるってことよ」



しかしそれでも素直に頷かないであろう男がシルヴァードだ。

彼が動きやすくなる都合のいい言い訳はないだろうか……アインは目を伏せ、思量した。

これまで自分が打ち立てた偉業が使えないだろうか?

いや、どう考えても今回に限っては、シルヴァードの心を動かすには軽い。



では――――。



「初代陛下の遺物があれば最高なのですがな」


「そうねぇ、私費を投じるどころか国費を投じられるぐらいには動きやすいかも」



これだ、とアインがはっとした。



「ロイドさん、お爺様を頼んでいい?」


「え、ええ……もちろんですが」


「ありがと! マジョリカさんはちょっと俺の部屋に来て!」


「私が? ちょ、ちょっと殿下ッ!?」



急に駆け出したアインをマジョリカが追って謁見の間を出ていく。

一人残ったロイドは合点がいかずとも、すぐにシルヴァードの事を考えて奥の小部屋へ向かって行った。



さて、外に出た二人はあっという間に階段を駆け上がり、王族が住まう階層に足を踏み入れる。

途中で騎士や給仕に驚かれるも、決して足を止めなかった。

マジョリカは口を開かずアインを追い、謁見の間を出てから数十秒。



「入って」



アインが部屋の扉を開けてマジョリカを呼び込む。一足先に中に入ったアインは机に大事にしまい込んでいた一冊の日記を取り出した。

日記の表紙にマルク・フォン・イシュタリカと名前がある、以前、ウォーレンから受け取ったものだ。



「私の想像以上に悪いことを企んでたのねぇ……」


「これならお爺様も考えを改めてくれるよ」


「でしょうね。でもどうして殿下がそんな遺物を持っているのかしら。本物なら国宝だし、どこで手に入れたのか気になって仕方ないわ」


「内緒だよ。それで、鑑定してくれる?」



きっと何を聞いても答えてくれないだろう、そう察したマジョリカが軽くため息をついてから小さく笑い、日記を受け取る。

ふぅん、不敵に言って本を開く。



「――――コレ、本物みたいねぇ」


「えっ」



鑑定が早すぎやしないかとアインは驚いた。



「初代陛下が遺した本は他にもあるわ。私は原本を手に取る機会もあったし、文字も初代陛下のそれで間違いないと思う。紙質はこの感じだと第二期――――――――で、インクも今は造られていない――――の――――――――ついでに革は絶滅した――――」


「途中から何言ってるかよく分かんなかった」


「あらごめんなさいね……興奮しちゃってつい」



しかし話が早いとアインは喜ぶ。

嘘をつくことは心が痛むが、仕方のないことだった。



「私が冒険者から受け取ったってことにして、後で陛下に献上すればいいのね?」


「お願いできると助かる」


「ここまで来たら共犯よ。私だって、陛下のお気持ちは分かるんだから」


「じゃあ」


「ええ。ひとまず今日は預かって帰るわ。……でもこんなことは二度としたら駄目よ? 初代陛下が殿下の枕元に立って叱りにくるかも」



その言葉に対しアインはクスッと笑みを浮かべた。



「それはありえないと思うよ」



と、確信めいた言葉を返す。

するとマジョリカは、そのはっきりとした言葉に目を白黒させていた。





◇ ◇ ◇ ◇




一週間後、マジョリカが新たに献上品があると言って謁見の間に足を運んだ。

この前と同じくシルヴァードが居てアインが居て、合計三人の静かな空間だった。

ただ、先日とは少し違う。

シルヴァードが前とは別の驚きに目を見開いているのだ。



「お主の鑑定で……それで初代陛下が遺された日記であると?」


「仰る通りですわ」


「何という事だ。まさかあの地で初代陛下の遺物が見つかるなんて…………」



企て通りなことにほくそ笑んだアインが、すぐに居住まいを正してシルヴァードに言う。



「お爺様」


「お、おお……どうしたのだ?」


「神隠しのダンジョンには、すでに多くの冒険者が足を踏み入れています」


「であるらしいな。何でも周辺には、簡素ながら建物も立ちはじめて賑わっているとか」



冒険者が集まれば鍛冶屋が出来て、料理屋が出来る。それから薬屋が出来て――――あっという間に賑わっていくのが常である。

現状、神隠しのダンジョンの周辺も同じような状況になっているというのだ。



「もはや宝の山であろう。聞くところによると見たこともない宝石も出てきたらしいな」


「それに加えて、冒険者が姿を消したという報告はありません」


「犠牲者はいるけどね。命知らずの馬鹿が対して効果のない防具をつけて足を踏み入れたんですって。でもこれは外にいても同じだから、以前のような、神隠しにあう……っていう現象は確認されてないわ」


「マジョリカさんが言ったとおりです。だから王家としても動くべきですよ」


「…………初代陛下の遺物を探すためにか」



間違えていないとシルヴァードが首を縦に振った。



「なれば後程、ウォーレンからも意見を聞かねばなるまい」


「では――――ッ!」


「余の言葉により、何かが動くこととなるであろうな」



アインは喜ぶと同時に胸を撫で下ろした。

やっとのことシルヴァードが動けるようになったことに、身に染みる達成感により吐息を漏らす。



「マジョリカよ、仮の話ではあるがお主とカイゼルはどうだ?」


「私は一線を退いた身ですわよぉ?」



苦笑いを浮かべてマジョリカが引き下がるも。



「だからと言って、現役に劣るわけではなかろうに」



シルヴァードは一笑に付した。



「でしたら殿下とか、マルコ殿に頼むのはいかがでしょう」


「……それはッ」


「恐れながら、陛下。あの地の秘密を探るのに、殿下以上の人材はおりませんよ。神隠しは迷信だったと分かった今ならば、何も心配なく中を捜索できることは必至かと」


「だが魔物がおるのだぞ」


「魔王にデュラハン、エルダーリッチの三人を同時に相手して勝利を収める。そんな殿下に万が一があるとお思いですか?」


「余の仕事は、その万が一を常に考えておくことに他ならん」



思いがけず発せられたマジョリカの言葉に、すぐ傍に立つアインは呆気に取られていた。

当然、自分としても神隠しのダンジョンに用がある。だから行けるなら行きたいと思っていたし、竜人に聞きたいこともあったわけだ。



ちょっとした矛盾だろうか。



アインは先日、シルヴァードが動ける理由を探っていた。

けど自分が動ける理由になるとは思っていなかった。

しかし竜人の下に行き、彼女から秘密を聞けるであろう人物はただ一人。自分自身であると心の底から理解している。

なら、アイン自身も行ける理由が必要になる。



シルヴァードのためにも、そして自分のためにも。

神隠しのダンジョンへ足を運べる理由が必要だったのだ。



「うーん、ならとりあえず」



そのためマジョリカの言葉に甘えることにしたのだ。



「冒険者が潜り終わってる、安全であろう場所まで俺も行ってみますか?」


「……口の回る王太子になりおって」


「いやいやいや……このぐらいでそんな言い方しなくとも!」


「なれば隙を突くのが上手くなったと」


「それも人聞きが悪いですよね」


「事実であろうに、まったく……」



理由、保証、実績。

すべてを鑑みてシルヴァードは不安に思っておらず、アインの言葉に強い反対の意を示していない。第一王子ライルの件だけならこうはならないはず。

今は初代国王という情報もあるからこその理解であろう。




◇ ◇ ◇ ◇




「私もお共致しますので」



 まずはウォーレンに話すといったシルヴァードと別れ、城を出て散歩中のアインに対し、隣を歩くディルがこう言った。



「え、新婚なのにいきなり出張?」


「何を訳の分からないことを仰ってるのですか。新婚であろうとそうでなかろうと、私がアイン様の共をしないはずがないでしょう」



すると「だいたいですね」とディルが話をつづける。



「新婚の私の出張よりも、アイン様があの地に向かうほうが問題です。とはいえ今更ですし、アイン様なら仕方ない……と思ってしまう私もいますが」


「後半部分って褒めてる?」


「今からでも「陛下は間違っておいでです」と進言して来たほうがよろしいですか?」


「ごめん、勘弁して」


「はぁ……私もこうは言っていますが、分かっているのです。初代陛下の遺産もあるとなれば、アイン様以上の適任はいないでしょうし」



主に戦力の意味でと前置きが付くが。

別人物を思うと、例えばアーシェやカイン、シルビアのような魔王城に住まう者ぐらいか。



「アーシェ様たちにもお声がけを?」


「しないよ」


「……よろしいので?」


「俺とディル、マルコも付いて来てくれるだろうし……クリスには――――まだ確認してないけど」



アインは彼女が返事をしていないから人数に数えていないが、一方のディルからすれば、別に行くかどうか聞かなくても「いつ出発ですか?」と彼女なら答えるとしか思えなかった。



港に差し掛かったところで、アインを見つけて双子が優雅に泳いで近寄ってくる。

今ではそこいらの船より遥かに大きい巨躯。

陽を浴び、海で濡れた鱗が宝石のように輝いて、芸術的ですらある。



海龍艦リヴァイアサンと併せて、イシュタリカ最強の海上戦力と言えよう。



「よいしょっと」



桟橋に腰を下ろしたアイン。

間もなく、双子が彼を挟むように桟橋に顔を置いて、目を閉じた。



「絶対に倒してやるからな」


「アイン様、何か仰いましたか?」


「いや、なんてことのない独り言だから気にしないで」



するとアインは桟橋に倒れこみ、雲一つない空に手をかざす。

手を握りしめ、開き、そして握りしめて開く。

最後に開いた指の合間を縫って光が降り注ぐと、目が眩む。



手が届かない天高き場所から注がれる光――――。



彼女との力の差は、もしかしたらこのぐらいの距離があるのかもしれない、そう思うとさすがのアインも困ったように笑うしかできない。

しかし、シルヴァードの件もあって、聞きたかったことは聞かなければならない、、、、、、、、、、こと、、に昇華した。



「そういえば、本を書いていらっしゃるとか」


「誰から聞いたの……って、カティマさんしかいないか」


「ご賢察でございます。私も楽しみにしておりますが、どのぐらい書かれてるのですか?」


「ぼちぼち書いてるよ。生まれた時のことからつらつらとね。そろそろディルのことも書くことになると思うけど」


「おや、私の事もですか?」


「初対面の頃は握手一つしてくれない、名前も呼んでくれない堅い人だったってね」



思えばディルにもそんな時代があった。

当時は任務に忠実で、アインとはあくまでも一人の護衛としてしか振舞っていなかった彼も、今となっては随分と丸くなったものだ。

遠足を境に名前を呼んでもらえるようになった時には、感動すら覚えたぐらいである。



それから、アインは肩をすくめたディルを見て笑う。

きっと神隠しのダンジョンでのことも書くことになるだろう。海を飛ぶ鳥の声に耳を傾けながら、遠くない未来に想いを馳せる。



「久しぶりにができるね」



まるで赤狐の痕跡を追っていたころのように。

今度の目的は竜人との邂逅。そして、彼女から話を聞くことだ。

目的は明確、達成条件もまた同じく明確。



問題はただ一つだけ。

力づくで聞いてみろと言った、彼女との力比べに他ならないのだった。


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