4巻発売記念閑話『アインの剣が出来る前の話』
※注意
こちらはタイトルにあるように、4巻発売による記念の閑話です。
本編ではないので、どうぞよろしくお願いいたします。
◇◇◇◇◇
「硬ぇな」
と、王都に拠点を移したばかりのムートンが呟いた。
真夜中の工房の中で、リビングアーマーの素材を前にして唸っていたのだ。
彼ほどの技量を持つ鍛冶師であろうと、実のところこのような素材を前にするのははじめて――――いや、正確には今回がはじめてではないが、加工した経験はない。
自慢の槌を振るも傷はつかず、凹む様子もない。
どうしたもんかな?
腕を組んだムートンが弟子のエメメに言う。
「ちょっくら茶でも――――あぁん?」
「くかー……かぁー……んふー…………へ、へへ……!」
机に突っ伏して寝ていた弟子の姿を見て、ムートンの顔に青筋が浮かんだ。
気持ちよさそうな寝姿は、いつもであれば放置しておくのだが。
「てんめぇ……今日は徹夜だって言っただろうがぁッ! おら、起きろッ!」
「む、むぉおおッ!? ご飯ですか!?」
「てめえが焼鳥になりてぇってんなら止めねえぞ!」
「はー、怒ったらすーぐ焼鳥焼鳥って言う! 逆に聞きますけど、美味しくなると思ってます!?」
「あぁん? おお、言われてみりゃ筋ばっかりで不味そうだな!」
「――――それはそれで気に食わないですが」
こうしたやり取りの後、エメメはムートンが求めていることに気が付いた。
長年の付き合いがなせることか、すぐに茶を二人分用意したのだ。
「進捗は……厳しそうですね」
「ばかみてぇに硬いからな」
「うっわぁ、師匠の馬鹿力でも凹んでないじゃないですか」
「だっろぉ?」
エメメが素材を指で叩くと、金属的なカン、カンという乾いた音が工房に響き渡る。
「より鋭利なもので削りつつ伸ばしつつ……が正解って感じです?」
「おうよ。けどそんな鋭利なもんがない」
「あっちゃー……」
するとエメメは往生際が悪くも工房の中を飛び回る。
残念なことに、そんな鋭利なものは存在しない。
あるのは今日まで作った刃物とかだが、残念なことに、それでは素材に傷一つつかなかった。仮にムートンが剣士としての技量も高ければ、容易に傷をつけることもできただろうが……。
「元帥様たちに頼みます?」
「馬鹿言ってんじゃねえ。んなことすれば鍛冶師として失格だろうが」
「でもでも、仕方ないんじゃ……」
「確かに仕方ねえことだけどな、まだ納期に余裕はある。そもそも俺ぁ、自分の手で加工した方が良い剣が出来ると思ってるわけだ。こんな素材、俺以外の誰にも任せたくねぇ」
「……難しいですね――――っと、わわわっ!?」
ふわふわと漂っていたエメメが不意に転んだ。
床に置かれていた、ある巨大な魔物の素材に躓いたのだ。
「すげえなお前、飛んでるのに躓くのかよ」
「こ、この素材が大きすぎるのが悪いんですって! なんですか!? 海龍の素材って邪魔すぎませんか!?」
「1キロで馬車一台分になる素材だぞ、壊すんじゃ――――ん?」
ムートンは何かに気が付いたように立ち上がった。
倒れたエメメの隣に行くと、地面に置いていた海龍の素材に目を向ける。
さて、これは海龍の牙だ。
先端は鋭利で堅く、素材としての強さはなにものにも勝り、国難に値する魔物らしさに溢れている。
「考えてみりゃ、お前に壊せるはずねえな」
「ししょー……私の心配に来てくれたんじゃないんです?」
「俺の弟子だったらこんなことで怪我するはずねえだろ」
「うっわー偏見ですね。ほらほら見てくださいよ、頬なんてこんな」
「これで拭いてろ、あと少し待ってろ」
「……はいっす」
乱暴に渡されたタオルを受け取ったエメメは、何だかんだとムートンの優しさを感じながら汚れを拭く。
一方のムートンだが、おもむろにマルコの素材を手に取った。すると彼はそれを海龍の牙まで持っていき、その先端に掲げて槌を振り下ろす。
「オラァッ!」
威勢よく振り下ろした槌。
マルコの素材が海龍の牙にも挟まれて、やっと小さな凹みを作った。
「んだよ、いけんじゃねえか」
だが勘違いしてはならない。
海龍の牙による影響はあるが、ムートンの技術があってこそだ。
彼の槌さばきは力任せに見えて実は繊細だ。
近くで今の様子を見ていたエメメは、思わず「おぉ」と感嘆の声を漏らす。
「おいエメメ、少し休んだら炉の支度だ」
「りょーかいっす! 出力はどうします?」
「ありったけの魔石をぶち込んじまえ。足りなくなったらオーガスト商会に運んでもらえばいい」
「……遠慮なしでいいんです?」
「間抜けなこと言ってんじゃねえぞ。出来上がる剣はただの剣じゃねえ。英雄と名高い王太子が持つ剣で、素材は伝説級のすげえ剣だ」
逆に遠慮しては無礼だとムートンは言う。
ありったけの技術に対して、ありったけの質量を持って最高の剣を作り上げるのだと、自慢の胸板をドンッ! と叩いた。
「一気に伸ばすぞ。丸三日で終わらせっからな」
それから――――。
素材はまず、叩いて伸ばされ整えられた。
ムートンの太く逞しい腕は、丸二日も経った頃に動かなくった。つづきはエメメが担当し、ムートンは炉に入れた素材の様子を見ながら彼女に指示を出した。
宣言通りの丸三日後、二人は加工終了と同時に地面に横たわる。
「しっしょー……ごはん……」
「オーガスト商会の人間がもう少しで……ついでに飯でも頼みゃいいな……」
「焼鳥食べたいです」
「馬鹿みたいに疲れてるときに、ツッコませようとすんじゃねえよ……」
結局二人は、オーガスト商会の者が来る前に意識を手放した。
ちなみにそのあと足を運んだのはディルだ。彼は城の騎士を連れて足を運び、進捗の確認をしようと考えていたのだが。
「ディ、ディル護衛官」
「……魔石炉が動作を停止したばかりのようだ。加えてあそこにある素材、恐らくお二人は我らの想像を絶する業を見せていたのだろう」
彼はそう言うとふっと笑い、唇に人差し指を押し当てる。
「静かに」
と、工房にいる二人の事を気遣った。
「この暖かさなら毛布を掛けると暑いだろう。あれほど気持ちよさそうに倒れていらっしゃるのだから、身体を抱き上げて起こすことは避けたい――――さて」
「どうなさいますか?」
「この金貨を使い、ありったけの食事を頼んでおいてくれ」
「おや、ディル護衛官殿の私費では」
「構わない」
疲労で倒れるほどの頑張りに報いたい。
それがアインのためであるならば、ディルからすれば一層の喜びだ。
「これは私が得た喜びに対する礼だ。いずれ王家からも別途対価が支払われるが、私も個人的に礼をしたいと思っていたからな」
工房を出たディルもまた、中にいる二人のように晴れやかな笑みをこぼした。
もうすぐ剣も出来上がるだろう。
その日を楽しみに、これまでの進捗に喜んだのだった。
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