大陸の頂点に立つべきは。

 地上に降りてからは実に目まぐるしかった。

 いずれ王都として繁栄する地も、今は何もない平原や丘が広がるだけ。つまり、人が住むにはモノが足りなすぎるのだ。



 とは言え、野営に使うものはいくつも運んでいる。

 大きめのテントを立てるための木枠だったり、当然、それに使うための布もある。

 日持ちのする食糧も運んできたから、しばらくは何もしなくても平気だ。



 だが何もしない選択肢を皆が選ぶはずもなくて、手分けして食糧や飲み水の確保をした。特にアインは一人で簡素な竿を持ち、未来では港地区となっている浜辺に足を運んでいた。



「…………和む」



 空には茜色と、濃い藍色の幕が重なりつつあった。

 穏やかな波の音を聞いていると、心が洗われるような気分に浸れる。

 ところで、釣果は良い。

 すでに十匹を超す魚を釣り上げているし、運んで来た食糧に手を付けなくても良さそうだった。



 もう少し粘ったら野営地へ戻ろうか。

 心の内で、そう考えたときのこと。



「ほう、釣れてるじゃないか」



 と、低い声が背後から聞こえた。



「良くこんな場所を知っていたな、マール」


「色々ありまして」


「深くは追及しないさ」



 すると声の主はアインの隣に腰を下ろす。



「俺たちを連れ戻しに来ましたか? 父上」


「どうだかな。俺も色々と話を聞いているが、まだ図り損ねている」


「……と言いますと?」


「結果や心持はどうあれ、赤狐の長はアーシェに何かしようとしていた。まぁ、重罪だ。だがマールが未然に防いでいたようだし、俺が知らないところで多くの思惑が合わさっていたように思える」


「ご賢察です」


「それと流れが急に思えてならない。確かにアーシェは純粋無垢な部分がある。俺たち家族に対しての愛情は深いし、害を成そうとする者へは強く敵意を持つ。状況が状況であれば、俺やシルビアの声がなくとも強硬手段をとることはおかしくない」



 しかし、とカインは一旦間を置いた。

 彼は海風に銀髪をなびかせ、海を見ながら目を細める。



「やはり流れが急だ。俺とシルビアが居ないときの騒動なんて、単なる偶然とは考えにくい。つい最近の報告などを考えてみれば、この結果に至るための丁寧な道筋が組まれている」


「父上も言ってましたが、姉上って本当に純粋ですよ? もう我慢できない! って思ったのかも」


「そうなるのが急だと言っている。惚けなくとも、マールも理解しているはずだ」


「…………」


「今ここでマールが何を知っているのか、何を考えているのかは聞かん。どうせ教える気はないだろうからな。だが、シルビアから伝言がある」



 カインはそう言って一通の便箋をアインに手渡した。

 竿を置いて、アインは中身を検める。



「母上が色々と調べてみるってことですか?」


「ああ。アーシェを落ち着かせるにも時間がほしいってことだ」



 ここまで言うと、カインは立ち上がってアインに背を向けた。



「もう帰るんですか?」


「用事は済んだからな。何はともあれ、無理はするな。皆を悲しませるようなことはするんじゃないぞ」


「――――待ってください」


「なんだ、何か伝言でもあったか?」


「いえ、父上に頼みたいことがあったんです」


「……俺に?」


「もし可能でしたら、南に向かっていただけないかと」


「構わんが、何のためにだ?」


「本来二つになるべきでは無かったものを、あるべき姿にしたいだけなんです」



 抽象的な言葉に対し、カインは思わず小首を傾げてしまう。

 だが決して冗談を言っているようには聞こえなかったし、マールと言う男が、ここで冗談を言うような性格だとも思えない。



「良く分からんが、ここから南方には多くの種族が住んでいるはずだ。人もそうだし、言葉を話せる魔物も数多く存在している。問題なのは、奴らが互いに土地や資源を奪い合ってることぐらいか」


「そうだったんですね……できれば南に行ってから、どういう状況だったか教えてくれませんか?」


「何故だ?」


「ある目的があって、そのためにこの大陸を一つにする必要があるからです」



 再度の言葉は相変わらず抽象的ながら、今度は強い意志を放っていた。

 先程が違ったわけではないが、大陸を一つにする、という言葉には一際強い覇気がある。



「別に、あの地のことは気にしなくていい」


「ど、どうしてですか!?」


「マールがそこまで言うのなら、俺が南の騒動を治めてやると言ってるんだ」



 すると彼は、今度こそアインから離れて行ってしまう。



「気にするな。南の件は俺もシルビアも問題視していた。あの地の騒動の余波が、俺たちの国にも届いていたからな。ひとまずマールはこの地で、成すべきことをするといい」


「ありがとうございます。……とと、まだお伝えることがあったんです」



 と、アインは振り返らずにある言葉を口にした。

 波の音のせいで、多くの言葉は海風に溶けてしまう。だからその言葉は、二人の間でしか言葉としての体を成していなかった。



「本当に、奴に、、利用価値があるのか?」


「あります。最後の最後に役に立つはずですから」


「…………そこまで言うのなら信じよう。あと、シルビアにも良く見張っておくように言っておく」



 ふと、強い海風が辺りを奔る。

 いつの間にかカインの姿はなくて、残されたのはアインだけ。



「てかカインさん、旧王都からここまで半日で来たのかな」



 大陸間を泳いで移動した話も聞いているし、常識の範疇に無いのは今更か。

 アインは最後に二匹の魚を釣り上げ、皆が待つ野営地へと戻っていった。




 ◇ ◇ ◇ ◇ 




 数日も経てば生活基盤が整いきる。

 それからアインは、皆と相談してから目的のために動き出した。

 マルコには申し訳ないが野営地の護衛として残ってもらい、アイン本人は野営地を少し離れ、近くに住まう異人種や人の住処に足を運んだのだ。



 南で勃発しているという、資源や土地の奪い合いをこの地でも見ることがあった。

 しかし融和の道を探り、両者の言い分を聞き、新たな道を示してみせた。

 すると少しずつ、アインたちの野営地の傍にやってきて住みだした者たちが居る。互いの長所を生かした共存に対して価値を見出しはじめていたようだ。



 ところで、野営地は丘陵の上にあった。

 そこは未来では王城が立つ場所で、辺りを一望できる絶好の土地だ。

 一か月、二か月と経ち、粗末ながら建てられた家々を眼下に臨んでいた。



 ――――まるで、王都キングスランドを目指しているような光景だ。



 夕方になり陽が傾きだした頃。

 アインは丘陵に腰を下ろし、海辺を見下ろしながら身体を休めていた。



(順調だ)



 短く声に出さず呟いて、計画の進捗に胸を撫で下ろした。



(先週の父上からの連絡で、大陸南方……いや、港町マグナの方は落ち着いた)



 残された大都市と言えば魔法都市イストの方角となる。

 聞くところによると、この時代のあの地も中々に面倒な様子らしい。相変わらず土地や資源の奪い合いがあるらしく、まだ秩序がないそうだ。



 ならば、どうして王都キングスランド周辺が大人しかったのか。

 これに関してはこの時代のウォーレン曰く、まだ目が向けられていなかったからだろうと、中々にシンプルな答えを口にしてくれた。

 時期的にも幸運だったのだろう。



 不意に草を踏む乾いた音が、アインの背後で鳴った。

 やってきたのはウォーレンだ。



「マルク様の計画は順調らしい。僕が考えが何の狂いもなく進んでるんだ」


「いつも助かってるよ」


「別にいいさ。……けど分からないな。王都から逃げ出したところまでは分かる。だけど僕たちはどうして、こんな風に国づくりをしてるんだ? 追手が来ないのは、マルク様が何かしてるだろうけど」



 逃げるだけなら、目立つことはしなくていいはずだからだ。



「僕たちが王都に戻らなかったと仮定しよう。するとこの速度で繁栄してしまうと、王都に勝る日は決して遠くないんだ。……仮に敵対したとしても、戦力で劣らないほどに」


「……かもね」


「惚けないでくれ。そろそろ目的を話してくれていいと思うが?」


「俺がこんなことをしてる理由ってこと?」


「ああそうだ。巨大な組織が二つも出来ることの意味、マルク様ならどうなるか分かってるはずさ」



 友好的な関係を結ぶのは大変そうだ、とアインは苦笑する。



「よっと」



 アインはおもむろに体を起こして、今度は家々が立ち並ぶ方角を見た。

 つづけてうんと背筋を伸ばし、口を開く。



「大陸イシュタルを一つにしたいんだ」


「…………な、何て?」


「本当の意味で大陸を統一しようとしてるんだよ」


「ば、馬鹿なことを! その言葉が意味することは、アーシェ様が頂に居るイシュタリカを侵略すると、そう言ってるのと同意だぞッ!?」


「侵略する気はないし、力で俺の下についてくれなんて言うつもりもないんだ」



 そもそもウォーレンは勘違いしてるのだと、アインはそっと微笑んだ。



「俺が王になろうとしてるように見えた?」


「ああ見えるとも!」


「なるほどね。それは勘違いだ」



 アインにはそんなつもりは少しもない。

 それどころか真逆で、思い出すのは魔王城にあったマルクの墓石だ。

 彼は第二代の国王だったと、そう刻んでいたじゃないか。



「頂点に立つべきは俺じゃないんだよ」



 それはきっと正解じゃないのだ。

 上に立つべき人物はずっと変わらず、あの心優しき魔王様であるべきだと、アインは心の内で強く想ったのだった。


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