古い時代の古い遺跡。
ウォーレンと語らった日から数日後、アインはキングスランドを離れていた。
丸一日近く駆けて遠出して、やってきた場所にあったのはブラックフオルンの群生地。いや、奴らは動くのだから、巣と言うほうが自然だろうが。
そのブラックフオルンの巣を壊滅させ、休憩がてら地面に腰を下ろしていたのだ。
深い深い森の中。
先ほどまで濃い霧に覆われていたが、ブラックフオルンたちを倒したところで霧は晴れ、今では鳥たちのさえずりの音を楽しむ余裕もある。
「ガァーッハッハッハッハッ! おいおい、お前すっげえじゃねえか!」
と、休憩中のアインに声をかけた者がいる。
その者は体が小さくも、筋骨隆々な体躯を持つ男だ。
「よっしゃ! 約束だ! 俺たちドワーフはお前ん下についてやらぁ! 剣でも盾でも鎧でも、どんなもんだって作ってやるよ!」
「あ、あぁ……ありがとうございます」
「んで、例のイシュタリカって場所に行きゃいいんだろ? あの、魔王が作ったってー国のよ!」
「そうですね。俺が勧めたって言ってくれたら、割とすんなり入れると思います」
「おうおう! 頼もしいじゃねえか! 実はよ、そろそろ定住したいって考えてたんだ。俺んとこの倅もいい年になってきたしな!」
「お子さんが?」
するとドワーフは腰に手を当て、高笑いしながら言う。
「ハァーッハッハッハァッ! おう! まだこんなちっせえガキだってのに、あいつぁ
「…………色々と反応に困りますって」
本当にいろいろと困る。
アインは思わず苦笑した。
「んなもん、でっかく笑ってでっかく仲を深めりゃいいだけよ!」
そう言うと彼はアインに背を向けて歩き出す。
「ってわけだ。俺ぁうちの氏族たちに伝えてくるぜ。ついでにそのまま出発するからよ」
「ええ、お気をつけて」
「っとと、このブラックフオルンたちの素材は貰ってもいいか? こいつら良く燃えんだぜ? そりゃ燃えすぎてなんのって……俺は若い頃に自分の家を燃やしちまってな。それで嫁に――――」
「そりゃ怒られますって」
「嫁にでっかく笑われちまってよぉ! それが俺とあいつの馴れ初めってわけよ!」
「…………あ、うん。そっか。……素材は好きにしてください」
もはや何も言うまいとアインも帰り支度をはじめた。
すると、ドワーフが思い出したように言う。
「そーいや知ってっか? この近くに古い遺跡があんだぜ」
と。
その言葉がアインの興味を引いたのは、言うまでもない。
◇ ◇ ◇ ◇
数十分ほど進んだだろうか。
やがて森が開け、アインの瞳に石畳が映し出される。ひび割れ、土で汚れていたりもしたが、文明を感じさせる丁寧な造りだった。
「ここって……」
そういえば、似たような場所に覚えがある。
魔王城かしばらく行ったところの、神隠しのダンジョンの別口だ。
「ってことは、ここが神隠しのダンジョンの正面入り口ってとこか」
アインがここに足を運んだのは今回がはじめてだ。
正確に言えばはじめてではない。現代において結晶の塔となったところで足を運んだが、遺跡の状況のときに足を運んだのがはじめて、と言うのが正しいだろう。
思えば確かに周辺の地形に覚えがあったし、言われてみれば――――という既視感はあった。
ふと。
「――――ふふっ、そうかそうか。この地のエルフも偏屈であったか」
上機嫌な女性の声が聞こえてきたのだ。
その声は遺跡の近く、半壊した柱のそばから聞こえてきた。
「うん! どこのエルフの変わらないんだなって思った!」
「変だね! 変だね! こんなに離れたところなのに、エルフは本当にエルフだったの!」
続けて聞こえた二人の声も女性だ。
(聞き覚えのある声だ)
それも、忘れられない人物たちの声に他ならない。
アインが三人のもとに近づこうとして、一歩進んだ刹那。
「おや、珍しい客人じゃの」
と、アインに向けて言葉を発した。
視界に映し出された三人のうち、一人はちょこんと地べたに腰を下ろしていた。残り二人は宙を舞うように飛んでいる。
「お主の名はマルクじゃったな。一年ちょっとぶりじゃの」
そこにいたのは竜人だ。
彼女はマルクの名を知っていたようだが、アインは何て呼べばいいか迷ってしまう。なぜなら、この時代のマルクが彼女のことを竜人と知っているか、これが分からなかったからだ。
アインはマルクが書いたという日記のことを思い返してみるも、書いてあったことは、彼が竜人と何か約束を交わしたということだけだ。
(この世界にも彼女は居たのか)
まだ秘密が多く、アインに何かを隠している竜人。
しかしこの時代の彼女はマルクと何かを約束しているとあってか、どことなく、話を聞きやすそうな雰囲気がある。
何か聞けるかもしれない、アインはそう考えて口を開いた。
「貴女のことはなんとお呼びすれば?」
「さてな……前と同じく、神とでも呼べばよい」
「わ、分かりました」
竜人と言わないで正解だったのだ。
「ドライアドだ!」
「うん! ドライアドだね!」
それに、木霊たちはどうしてここに? アインが抱いた疑問の答えはすぐにわかる。
「こ奴らは儂の娘――――のようなもんじゃ。儂はお主と別れた日よりずっと、この遺跡の中にこもっておってな。今日は久しぶりに話しに来ておったんじゃ」
「もしかして、邪魔してしまいましたか?」
「別に構わんよ。昨夜からずっと話しておったからな」
「……なるほど」
すると、アインはおもむろに距離を詰めた。
「ということは、そちらの二人も神様なんですか?」
「む? いやこ奴らは違う。こ奴らはエレメンタルと呼ばれる種族じゃからな」
「エレメンタル……?」
「うむ。こ奴らは大地のエレメンタルじゃ。一人いれば大陸を富ませ、二人いれば遠く未来へつづく豊穣を約束してくれる。これが水のエレメンタルであれば、飲むだけで傷を癒す泉を作り出すこともできたであろう」
「ママ! 私たちより水のほうがいいの!?」
「そうはいっておらん。儂はお主らを好ましく思っておるし、これはただの説明じゃて」
彼女はそう言って穏やかな表情を浮かべた。
これまでアインに見せたどれとも違っていたそれは、親が子に見せるような、慈愛に満ちた優しげな表情だ。
「お主がどうしてここにいるのかは分からんが、立って話すのもなんじゃ」
と言って、アインのことを手招いた。
自分の真正面の地面を指さして「ほれ、座れ」と口にした。
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