王都脱出戦【中】【4巻は11月9日発売です】

 ところで、魔王城の裏手から逃げるのは悪手だ。

 地形的な問題が何よりも大きく、遠くに逃げるのに向いていない。現代では冒険者の町バルトと呼ばれる方面がそれで、厳しい環境は言うまでもないのだ。



 ではどうするのかと言うと。

 残念なことに魔王城を脱してからは、正面から逃げきるしかなかった。

 マルコが先導し、城の奥側にある牢屋を抜けて城の庭園に姿を現す。すでに騒ぎを聞きつけた戦士たちが多く居て、皆例外なく武器を構えていた。

 だが、王族が相手とあって気が引けているのが分かる。



「……無理よ」


「なにが?」


アーシェあの子も居るんだもの……逃げられるわけがないじゃない」



 何せ相手は魔王。

 そして、周囲に現れた魔王軍の戦士たちを前にして、シャノンはあきらめの境地にあった。

 いくらマルコが強く、アインが強いと聞いていてもだ。



「何とかなるよ」



 しかし、アインは陽気に笑って言う。



「心配いらない。それに、俺が知る貴女はもっと苛烈だったよ」


「私が苛烈?」


「そ。俺が全部を諦めて、ディルたちだけでも生きてほしいって逃がしたぐらいにはね」


「誰よそれ……意味わかんない」


「だろうね、けど俺はよく覚えてる」



 そう言ってアインが剣を抜いた。

 数歩前を進むマルコに言う。



「殿は任せた」



 ふと、アインの脳裏に痛みが奔った。

 つづけて映像が流れだす。

 今回などんなものを見せらるのだろう? その内容は、マルコに関するものだった。



『で、では私がマルク様の――――』


『そうすることにした。だが、マールが帰ってきたらだ。今日届いた手紙によるとマールは今、大陸南側にいるらしい。人と魔物がともに住まう町を作ったそうだ』



 話し相手をしていたのはカインで、マルコは歓喜に打ち震えている。



『やがて城に戻るだろうさ。その時は本当に、お前がマールの騎士となれ』



 ここであっさりと映像が終わりを迎えた。

 けど、アインにも覚えがある話だ。

 何故なら以前、マルコが言っていたことに他ならない。自分はある方に仕えることになっていたと、彼は確かに言っていたはず。



 アインがその対象を聞いたことはないし予想はしていたが、初代国王マルクだと知ったのは今だ。



(だって言うのに、俺に仕えてる今は何を思ってるんだろう)



 これが少し気になってしまうが、聞くことは無粋か。

 あくまでも心の片隅に置くことにしたのだ。



「はっ! 我が剣で道を作りましょう」



 戦士の命を奪うことなく、器用に倒していく姿はまさに強者。

 大剣に月明かりが反射して幻想的だ。

 これまで訓練でも見せたことのない姿に対し、シャノンは思わず息をのむ。これではエドが負けたのは当然で、勝てる要素はなかったことを理解した。



 あと少しで城門の外に出る。

 そんなところで、その場に舞い降りた強烈な威圧感。

 やっぱり来たかと、アインが小さく笑う。




「姉上の相手は俺がする」


「な、なりません!」


「大丈夫だよ、心配しないで」



 戦士たちもまた息を飲み、魔王城の方を一斉に見つめる。

 遠くに居ながらも聞こえてくる革靴の音。何故か耳を刺す穏やかな呼吸音。やがて聞こえてきた魔王城の扉が開く音に、一同が一斉に頭を垂れた。



「この場で残るべきは俺だけだ。万が一二人のどっちが残ったら、下手をしたら極刑にされるなんてこともある」



 だが、アインなら大丈夫だろう。

 厳しい処罰は下されようと、今のアインからしてみれば、シャノンを逃がすことが勝利条件に他ならないからだ。



「どうしてよ、どうしてそこまでして守ってくれるのよ……ッ!」


「何度でも言うけど、味方だからだよ。マルコ、早く彼女を連れて王都の外に」


「ですがッ!」


「これはお願いじゃない。命令だ」



 これほどの迫力があるのかと、マルコがアインの言葉に畏怖を覚えた。



「――――お心のままに」



 決して簡単に頷いたわけじゃない。

 これまでの葛藤は強い。

 だが抗いきれぬ言葉の強さに、つい承諾してしまったというのが近いだろうか。

 とは言え承諾してから「今のは間違いです」とは言えず、彼はシャノンを連れて走り出す。向かう先は王都の外で、仲間たちがすでに待っているのだ。



 こうしている間にも、彼女は近づいてくる。



「何を、してるの?」


「……色々とですよ、姉上」


「私はその理由を聞いてる。もう一度聞くよ、何をしてるの?」


「だから色々だって言いましたよ」



 王都中に広がっていく威圧感により、戦士たちは戦う気力を失っていた。

 つまりマルコたちに対し追手が駆け寄ることも出来ていない。これはアーシェの失態かもしれないが、彼女にとっては、今目の前に居るアインの方が重要だ。



「馬鹿なことを言わないで退いて。あの女を牢屋に戻すから」


「いやだって言ったら、どうします?」


「ん」



 アーシェは力の抜けた表情で空を見上げた。

 右手を空に掲げると、漆黒に染まった魔力が集まる。

 今度はその手をアインに向けて、指をパチンと軽く叩いた。



「なら、力づくで退いてもらう」



 漆黒の魔力がアインを包み込むも。



「悪いけど、退く気はないんです」



 彼は冷静かつ余裕をもって言い切った。

 いつものように魔王の力を使って、弾こうとした。

 思えばこの世界に来てから暴食の世界樹の力を使おうとしたのは、これがはじめてだったのだが。



「……?」



 発動しなかったのだ。

 最初に根が出ることは確認していたし、剣技なんかも問題ないのは分かっていた。

 ある程度、現代と同じ力は使えていたのだが、どうしてだろう。

 しかし別の力なら使える気配がある。



 ――――が、アインが暴食の世界樹の力を使おうとした代わりに、すでに発動していた力がある。



「マール――――もうソレを使えるようになってたんだ」



 イシュタリカが白銀を重んじるのは理由がある。

 初代国王マルクが好んで使った色であり、彼の立ち居振る舞いと大きく関りがあったからだ。

 加えて正史でも知る者は数少ないが、とある力によるものでもある。

 それは。



「残念ですけど無意識です。別の力を使おうとしてたんですけど……」



 漆黒の魔力に相反する白銀色だ。

 それが剣を覆い、全身に纏う。



 アインがおもむろに片手を振れば、アーシェの魔力が雲散する。暴食の世界樹の力より簡単に、ただ静かに呼吸をするようにだ。



(こんなに強かったのか――――勇者の力は)



 勇者の力は確かに強い。神隠しのダンジョンに出来た塔の下でセレスティーナと戦った時にも、身体で理解した強さだ。だがあの時よりも、遥かに強大なオーラがあった。

 それに、自分で使うと更に驚かされる。

 コレは魔力に対して絶対的な強さを誇っていると。

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