ポンコツエルフの頑張り。

「頑張って来たんです。その、よければ受け取っていただけませんか?」



 伸ばされたクリスの手先は若干の震えを帯びていた。

 アインはすぐに手を伸ばすと、



「うん、ありがとう!」



 心からの笑みを浮かべ箱を受け取った。

 ほっと安堵したクリスが顔を上げると、目の前には、疑いようのない喜びを表情から伝えるアインが居る。



「開けてもいい?」


「も、ももも――勿論ですッ!」


「じゃあ早速」



 ところで、木箱はごてごてしい飾りは無くシンプルな造りだ。

 金具は純銀で高級感がある。そっと開けると、ふわっとクッションのような純白の絹があった。そこに血鎮座しているのは、アインが見たこともない黄金色のクリスタル。



「宝石――じゃないか。魔石だよね?」


「はい。アイン様が仰る通りです……ッ!」



 クリスタルから漂う気配にアインが気が付かないはずがない。

 近頃は魔石の香りという概念に対し、以前に比べ強く反応することが無かった。

 魔石を吸収して強くなっていく毎にその兆候は高まったように思える。

 吸収すると味は感じていたのだが――。



「……すごい」



 幼い頃、アウグスト大公邸を出て港町ラウンドハートへ帰り、アインは海を渡りイシュタリカへやってきた。その時、船の中でふるまわれたリプルのジュースの衝撃は今でも忘れていない。

 甘酸っぱくも上品な香りだ



 アインの力で生まれたリプルの大樹は見事な果実を成らせる。

 しかしクリスから受け取った魔石は、更に甘美な香りを漂わせていた。

 アインがおもわず生唾を飲み込むほどだ。



「くすっ」



 それを見てクリスが笑う。



「変わったところもたくさんありますけど、昔から変わらない、可愛らしいお姿ですね」



 言い逃れるための言葉をアインは飲み込んだ。

 彼女の綺麗な笑みに負けたのか、魔石から漂う香りに負けたのかは分からないが、理由を探る気にはなれない。



「えっと、リプルモドキだと思ったんだけど……違うよね? こんな色はしてなかったはずだし、輝きとかもなんか高級感があるっていうか。語彙力が無くてごめんって感じだけど……」


「いえいえ、アイン様のご想像通りですよ。でも、ちょっとだけ違うんです」


「違う?」


「ええ、特に生体は見たこともないリプルモドキでした」



 クリスは両手を背中回し、アインの周りをトン、トンッと軽快に歩く。



「最高速度は私よりも速くて、全身が金色だったんです。『金塊の王』なんて呼ばれていて」


「……はい?」


「あーそうなりますよね……私も今のアイン様と同じ、力の抜けた顔で口を開けちゃいましたから。でも本当なんです。本当に速いし金色だし、人のことを小バカにしてきたんです! 私、意地でも倒してやるって思って頑張ったんですよ?」


「聞けば聞くほど奇妙なリプルモドキなんだけど」


「ふふっ、そうなんです」



 当然だがアインがそんな成体のリプルモドキを耳にするのもはじめてだ。



(突然変異ってことなのかな)



 しかし大事になっているなら耳に入るはず。違うなら大丈夫ということだ。

 思い返すとカティマがクリスを連れ去っていったのだから、第一王女が出向くことは普通なら大事ではある。

 でもカティマさんだしな。と、アインは一人納得した。



 見上げてくるクリスの視線に気が付くと、アインは箱の中から魔石を手に取る。

 すると、目に見えてクリスの様子が高揚したように思えた。

 だが。



「あの、今は吸わないよ?」


「ッ――な、なんでですか!?」



 むしろそう簡単に吸っていいものかが疑問だった。



「俺が吸っちゃって大丈夫なの? コレ、すごく貴重なものだと思うんだけど……」


「な、何をいまさらそんなことを仰ってるんです!? デュラハンからはじまって、エルダーリッチ、海龍、マルコ……先日は黒龍ですよ!? 今更何を言ってるんですか!」


「言われてみればその通りなんだけど……」


「もうっ! こんなところで急に理性的なことを言わないで下さいってば! 他に同じものが二つあります! なので問題ありませんから!」



 むすっと頬を膨らまたクリスは、同時に唇を尖らせた。

 彼女はそのままアインに顔を近づけると、「それで、どうするんです?」と視線で訴えかける。

 寒さからか、彼女は両手をこすり合わせる。



「……吸います」


「はい! 一思いに吸っちゃってください!」



 そんな大事(おおごと)なのだろうか?

 アインは若干勢いに身を任せ手のひらに力を込めた。



 するとアインの五感を刺激する、これまで感じたことのない甘美さがあった。

 指先の血管を伝い、足の先まで届く蕩けそうになる感覚によって、無意識のうちに魔石を握る手にも力がこもる。



 魔石は一向に色が変わる気配がなく、芳醇なリプルの味と香りも止む気配がない。



「うわぁー……! さすが突然変異種の魔石ですね!」



 クリスはアインの手元を嬉々とした表情で見つめていた。

 頬を紅く染め、目元が若干潤んでいる。



「これぐらいにしておこうかな。まだまだ吸えそうだけど、一度に吸い切っちゃうのは勿体無いしさ」


「むぅ……少し不満ですが、満足していただけたなら何よりです」


「勿論。こんな素敵な物をマグナまで獲りにいってくれてたんだ。ありがと……!」



 二人が顔をあわせて笑いあう。

 アインは間もなく、魔石を木箱にしまい直した。

 何の気なしにクリスの手元に目を向けると、寒さからか、少し赤くなっているのに気が付く。



「あーほら、手袋もしてないから赤くなっちゃってるじゃん」



 そう言ってから脇で木箱を抑え、彼女の両手を自分の手で覆った。



「え、あ、え……? ア、アイン様ッ!?」


「ちょっとがまんして。さすがに霜焼けなんかするのは見逃せないし。肩にストールを羽織ってるんだから、手袋もしてくればよかったのに」


「え、えぇっとですね! 外に出る予定は無かったもので――」


「そう言えば、俺がここにおびきだしたようなものか。ごめん」



 自嘲したアインがクリスの手を擦る。

 不自然な赤色が収まり、彼女の頬が比例して真っ赤に染まっていく。



「どどどど――どうしましょう、贈り物をした私の方が喜んでしまうのはッ」


「あのさ、今日のクリスいつもより元気だよね? いつもよりすごく」


「えっと、カティマ様のご提案で、気付けにワインを呷っておいたかでしょうか……?」



 アインはその言葉で察した。



「少しだけ酔ってる?」


「もう! 酔ってません!」



 しかし高揚した様子はいつもと違う。

 クリスをよく見れば、足元も密かにおぼつか無いようだ。



 アインに誕生日の贈り物を渡すことに加え、気付けの酒だ。もしかすると、いつもは酔わないであろうクリスの身体が、いつもと比べて酔いやすくなっているのではないだろうか。



「少しだけ休憩しよっか。中に入ってソファに座ってさ」


「……一緒にお話ししてくれるなら行きます」


「いいよ。マグナでどうしてたのか、もっと詳しく聞きたいしね」


「ッ――なら行きます!」



 相変わらず、尻尾があれば猛烈な勢いで左右に振っていそうな返事だった。

 クリスはアインにエスコートしてもらい、屋敷に向かいエントランスに入った。

 階段の影、あまり人の目に触れない箇所のソファがある。

 二人は隣り合って腰を下ろしたのだが、すぐにクリスはトロンと目を鈍く動かす。



「少し眠い?」



 クリスは声に出さずコクリと首を縦に振った。



「その、緊張が一気に消えちゃったせいか……」


「俺も分かる。色々頑張った後ってすごく疲れちゃうよね」


「はい……情けないことで申し訳ないのですが……」



 こんなところで休むのではなくて、もう部屋に連れて行って休ませた方が良さそうだ。

 アインが提案しようとすると、クリスはすでに寝てしまう直前だった。微睡み、頭が大きく上下に揺れる。



「クリス、やっぱり部屋で――」



 が、声は届かなかったのだろう。

 彼女は次の瞬間には意識を手放しており、アインの肩に、自身の頭を預け寝息を立てだした。

 頑張ってくれた彼女のため、少しぐらいこうしているべきかと思いながら、今宵の主役はアインであり、あまりずっとこうしているのも来場客に悪い気がしてならない。



 迷っていたアインの下へ、



「――あ、あら? 私が想像していなかった状況みたいね」



 クローネが足を運んだのだ。アインから見れば三歳年上の彼女は、オリビアやクリスに劣らぬ肢体をドレスで彩っている。彼女はクリスと反対側に腰を下した。



「部屋で休んだ方がいいって言おうとしたんだけど」


「ふふっ、少し遅かったのね」


「そういうこと。ここで寝かせておくのはないなって思うんだけど」


「でも肩を貸してあげたいのよね? クリスさんはマグナで頑張って来たんだもの」


「……言わなくても伝わるのってすごいよね」


「ええ、アインのことならなんでも分かるんだもの。あと、肩を貸してあげたいけど、主役の自分が会場を抜けることもちゃんと考えてるわ」



 誇張ではなく、本当に分かりそうなのがクローネという女性だ。顔を見上げてくるクローネに、アインは小さく笑って答えた。



「クローネが言うとおりだよ。だからクリスは部屋まで連れて行ってくる。マーサさんに部屋を空けてもらうよ」


「そうね。そう考えられるアインが私の好きなアインだもの」


「ありがと。でも他にはないの?」


「教えてもいいわよ。でも、伝え終わるのに何年かかるか分からないの。だから今は我慢して、ね?」



 分かったといってアインが立ち上がった。クリスの背中に手をまわし、足の裏に手を添えて彼女を抱き上げる。



「そう言えばウォーレン様が、後で少し時間をくださいですって」


「ウォーレンさんが? どうしたの?」


「……あまり詳しく教えてくださらなかったのだけど、ウォーレン様が昔から持っていた物をアインに渡したいって、そう仰っていたわ」



 なんとも気になる話ではあるが、先にクリスを送らなければ。

 アインは「ん、りょーかい」とクローネに返した。



「私はここで待ってるわ。戻ったら一緒に会場に行きましょう」


「分かった。じゃあ少しだけ待ってて」



 と。

 言ってすぐ、アインは階段を上りクリスの部屋へと向かって行った。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る