屋敷の庭園で。
いくら主役がアインと言え、国王を招いておきながらそれを無視することはできない。
シルヴァードが他の誰よりも先に祝いの言葉を述べるのは当然のことで、彼の言葉を境にパーティ会場は大きな盛り上がりを見せた。
ひっきりなしに訪れる貴族を前に、アインは絶えず笑みを振りまいた。
ようやく落ち着いたのは数十分ほど経ってからだ。他の貴族たちに遠慮していたウォーレンとロイドの二人が、ついにアインが座る席に足を運ぶ。
先にウォーレンが祝いの言葉を述べるため膝を折った。
「おめでとうございます。アイン様」
「ありがと、ウォーレンさん」
するとつづいてロイドが口を開く。
「いやめでたい。しかし――」
と、彼は少し口ごもる。
「アイン様が十六歳になったと言われると、若干の違和感がぬぐえませんな」
「あはは……我ながら、濃い人生を送ってると思うよ」
「毎年のように起こった騒動を思い返してみると、すでに数十年はお付き合いさせていただいているような、そんな錯覚に陥ってしまいますな」
「ええ、ロイド殿が仰った通りで、私も同じ思いです」
「うむうむ。気が付けばこの私は片目を失い、指も失っておるのだからな! はっはっはっは!」
最後の言葉は笑えないがおおよそ同意だ。
「おっと! 遅れましたがこの私とウォーレン殿からも、祝いの品をご用意しております。後程ご確認くださればと」
「さすが英雄と言ったところですな。すでに贈り物は上の階の部屋をはみ出しているとか」
ひげをさすり、くすくすと笑ったウォーレンとは対称的にアインが苦笑した。
豪奢なシャンデリアの灯りがグラスに反射する。アインはそれを見ておもむろにグラスを手に取った。目の前の二人はそれに気が付き、歩いていた使用人からグラスを受け取り軽い乾杯を交わす。
「思えば私も歳をとったものです。特に私は他の誰よりも長く生きて参りました」
「ウォーレン殿、それを言うと私もなのだが」
「そうは言っても、私の場合は更に数百年生きておりますので」
「むぅ……言われてみれば衰えは感じるところだ。クリスに追い越されるのは時間の問題だと、数年前から考えておったのだが、もはやディルに劣るのも時間の問題であるからな」
ロイドは切なさや悔しさをにじませながらも、ディルの成長を喜んでいるようで「他者に劣る可能性を想いながら、愉快なことが不思議です」と言葉を添える。
だが、つづけて「とはいえ、まだ負けるつもりはありませんがな!」と覇気のある声で言い切ったのだ。
「そういえばそのディル殿について話がありましたな」
ウォーレンが言う。
「ディルに? 何かあったの?」
「大したことではありませんが、アイン様の即位や婚儀に少し関わってまいりますので」
「……は、はい?」
意味がさっぱり分からず、アインはきょとんとした顔を浮かべる。
「単刀直入に申し上げますと、現王族の中でご婚姻していないのはカティマ様だけですので。オリビア様は一度、ラウンドハートに嫁いだ過去もございます。しかし……」
言いづらそうな顔を浮かべたウォーレン。
アインは状況を察しはじめ、力なく笑みを浮かべつづきを促した。
「お相手が居ないなら、特に我らから口を出すこともありません」
「ですがアイン様、カティマ様の場合は我が息子のディルがおります。実のところ、私も二人が互いにどういった感情で近くにいるのか存じ上げません。しかし、もしも異性としての想いがあるのなら、アイン様のご即位などの前に進めなくてはならないものですから」
二人は第三者とあってそう口を挟みたくないのだろう。ただ一方は第一王女、そしてもう一方は公爵家の跡取りとあって、実際は無視できないのだ。
また事情はアインも分かる。
いくら第一王女と言えど、新たな国王が即位するというのに、その後で話題になるような真似は避けたいのだろうと。
「ですので、ディルが我が家に戻った日にでも尋ねようかと思っております。近いうちに、軽く休暇をいただくことになるかもしれません」
アインはすぐに頷いた。
そうした話は、父のロイドに任せるのが最善であると。
「その件について、お爺様は何て?」
するとウォーレンが答える。
「陛下はディル殿のことを信頼しております。ロイド殿の前で語るのは申し訳ありませんが、出自や性格などを含め、降嫁するにあたって問題はないと」
「……後は?」
「グレイシャー家には苦労を掛ける、そう申しておりました。その際は笑みを浮かべておりましたが」
シルヴァードは決してカティマを貶すような意味で「苦労を掛ける」と言ったわけではないのだ。しかし今日までの素行も忘れることは出来ない。
全員の信頼関係があってこその発言だ。
「何はともあれ、私がディルに尋ねてみてからですな」
「話に変化がありましたら、すぐにご連絡いたします――さて」
そう言って、ウォーレンがロイドに目配せをした。
「我らはそろそろ。別の客人方もおりますから」
「うむ。今宵は屋敷に泊まらせていただくわけですし、また後でゆっくりと話しましょう」
去っていく二人の背に目を向けてから、アインはグラスに入った飲み物を飲み干す。
後で友人たちも足を運ぶ予定になっているが、これで本当に一段落したと言えた。
アインは少し離れた場所に立ち、会場に目を配るクローネと視線を交わす。
「少し休憩してもいい?」
聞こえないと思うが、小さな声と併せて口を動かす。
すると『えぇ、すぐに帰って来てね』アインの耳にはクローネの声が鮮明に聞こえた。種族などの差によるのか、もしかするとクローネにも聞こえていたのかもしれない。
しかし特に気にすることなくアインは立ち上がり、ゆっくりと会場を後にして庭に足を運んだ。
◇ ◇ ◇ ◇
外に居ても屋敷の賑やかな声が聞こえてくる。
アインが空を見上げると、ゆっくりと雪が舞い降りて来た。手のひらに乗ると音もなく溶け、指先でなぞると少し冷たい。
気持ちの高揚による火照りを冷ますため、アインは散歩がてら庭園を歩いていた。
生垣に囲まれ、隔絶されたような空間に足を踏み入れたときのこと。
「ねぇ」
と、彼は唇を動かし声を出す。
「何か既視感があるなって思ったんだけど、結構前のパーティのときと同じだよね。俺が学園に入ってから、クリスさんが俺にマフラーを贈ってくれた日とさ」
「うっ――」
「図星疲れたうめき声も聞こえてるし……俺がたまに女性心に疎いことがあったのは認めるけど、さすがに間違ってないと思うんだ」
すると、生け垣の陰からクリスが姿を見せた。
今日はパーティとあって、彼女が身を包むのは真っ赤なドレス。深いスリットから覗くスラッとした長い脚は、数多くの異性の目を奪っていたはずだ。
自慢の金髪も今日はカールさせ、肩に羽織った毛皮のストールを彩る。
星の明かりに照らされた彼女は、宝石のような瞳にそれを反射させていた。
瞳を覆う長い睫毛がまばたきの度に上下する。
クリスはゆっくりとアインに近寄った。
両手を背中で組み、少し歩き辛そうにだ。
「い、いつもの服を着ていたはずなんですが……クローネさんとマーサさんに流されるまま、気が付いたらこのような格好で……」
「ううん――似合ってると思うよ」
言葉は飾らずシンプルに。
ただ、その効果は他の誰もが考えるよりも強く、クリスの心を強く揺さぶった。
クリスはこれまで組んでいた手をそっと解いてすぐ、片手を胸の前に持っていき握りしめた。仄かに上気した頬からは、それが悲痛なものでないことが伝わる。
間もなく、彼女は背に当てていた手を前に運ぶ。
片手で持っていた小さな木箱を両手で持ち直すと、緊張で頬を真っ赤に染め、顔を伏せて腕を伸ばしアインへ差し出したのだった。
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