国王と王太子。
「――会っておきたい人が居ます。いや、もしかしたら人じゃないのかもしれませんけど。それに少し迷ってますけど」
「ほう? クローネたちを妬かせたいのだな?」
「違いますよ。そんなんじゃなくて、ただ、色々と確認したい相手なんです」
シルヴァードは解せないのか、ヒゲをゆっくりとさすった。
同時に彼は、アインの言葉が終わってないことを理解し口を閉じる。
「確実に居ることは分かってるんですが、すぐに行ける場所に居なくて」
それを聞いたシルヴァードはついに察した。
「神隠しのダンジョン、とは申さぬな?」
「……ええ。きっとそこに居ます」
「まったく、アインは余の胃を痛めつけるのが上手であるな」
と言いつつもシルヴァードの顔には笑みが浮かんでいる。
アインが「そこに居ます」と断言できたのは、黒龍を討伐しに行く前、クリフォトに向かう前にシルビアが倒れた事件があったからだ。
加えて先日の精神世界での出来事が重なってもいる。
少なくとも、彼女――竜人が神隠しのダンジョンにいることは確実なのだ。
何の目的があってダンジョンなんかで暮らしてるのか、そして、先日聞かせてきた話の真実など、アインは尋ねたいことが山ほどある。
何も問い質さず即位して、二度と彼女に会う機会を得られないとしたら。
(そんなのは、一生しこりが残る)
なにせ黒龍の恨みの本質は彼女へのもので、自分は彼女の眷属として扱われたのだ。
無視出来る事ではない。
王太子の立場があって行くのはどうかという迷いがあった。
しかし、今はもうシルビアとカインの保証もある。あのダンジョンに入ったからと言って、不意に別の場所に移動させられることはないし、少なくとも二人は、以前姿を消したライルとセレスの二人よりも更に深い場所にもぐっていたはずだからだ。
それはシルヴァードも耳にしていることで、今回は以前のように動揺した様子は見せず、アインだなと納得しつつ苦笑している。
「先日、ロイドが申しておった。今のアインに敵はいないだろう、とな」
「……それは、どうでしょう」
「黒龍の亡骸の跡、余は画家の絵によってその様子を確認しておるのだ。無駄な謙遜は必要ないのだぞ」
「ですが、以前カインさんと神隠しのダンジョンに行った時は、それなりに苦労しました」
「ふむ、聞けば聞くほどおかしな場所だ。そんな場所の魔物が外に漏れず、中で生活するばかりなことは余の常識にない」
通常であれば脅威だ。
その兆候が少しもないことは普通なら不気味だが、神隠しのダンジョンという存在があるのは今更のこと。
「今まで冒険者の立ち入りを禁じていたこともあったが、許可を出し、内部を捜索することを許すのはどうだ? その際、アインが求める人物の情報を与え依頼をして待つのは駄目なのか?」
「いえ、多分駄目だと思います」
「何故だ?」
「あの人が従うと思えないからです。それに、あの人は確実に俺より強いです」
先日、身をもって理解させられたばかりだ。身体中に走った危険信号は、間違いなくこれまで会った事のない強者のそれであった。
断言したアインを見てシルヴァードは顔をゆがめた。
「では尚のこと――」
許可するのは難しい、シルヴァードが言おうとした時のことだ。
「だから俺は迷ってるんです。最初に言いましたよね、迷ってるって」
「……む?」
「俺はあの人に会わないと後悔します。でも、神隠しのダンジョンに入って、カインさんたちが進んだその奥に向かった時、万が一の何かに遭遇したらもっと後悔します」
すると、アインは立ち上がって窓辺に近寄る。
「ここからもにぎやかな音が聞こえますよね。今日、たくさんの人が屋敷に来てくれてるんです」
「ああ。ただ王族の誕生日ということだけでなく、アインという個人を祝おうとしている者たちだ」
「以前が違かったとは言いません。でも、今は前にも増して俺はイシュタリカが好きなんです。さっきから言ってることと多少矛盾してるかもしれません。でも、今の俺は迷っています」
すべてを天秤にかけた時、今のアインは必要のない無理をする気が無かったのだ。
「だから今の言葉は、俺が即位する前の一つの迷いだったと思ってください。会っておきたいのは変わりありませんけど、俺は色々考えないといけない立場ですし、そんな存在がたくさんいますから。お爺様に聞いてもらったら、少しすっきりしたみたいです」
アインはそう言ってシルヴァードに振り返る。
シルヴァードの目に映ったのは、困ったように小首をかしげながら、迷いつつもどこか晴れ晴れとした気持ちのいい顔をしていた。
思わず何も言えなかったシルヴァードは、十数秒の間硬直する。
「あの、お爺様?」
「……いやなに。随分と立派に育ったものだと、その想いを噛み締めておった。初代陛下に劣らぬ勇敢さの中に、初代陛下に劣らぬ王の意思を抱きつつあるのだな、と」
いわばアインらしさにも変化があったのだと、シルヴァードは言葉にせず心の内で呟く。
「何か思いつくことがあったら、直接、余に伝えよ。余に出来る事ならば協力しよう。あまり、臣下に見せる姿ではないのでな」
「はい。その際はお世話になります」
――コン、コン、コン。
静かに扉がノックされる。
「この叩き方はマルコだと思います」
アインが「入っていいと」と答えると、予想通りマルコが足を踏み入れた。
「ご歓談中失礼いたします。そろそろお時間だと、クローネ様よりご連絡がありました」
「ほう……まさか本当に進化していたとはな、マルコ」
「これも偏に、アイン様への忠義のためでございますので」
「む、むむ……忠義のために進化など、なかなか力の強い言葉であるな。だが、凛々しき姿は一目見てお主だと分かった」
あれ? 意外と驚いていない? アインがシルヴァードの顔を窺うと。
「悪いが、余はそう驚くことは無いのだ」
「――えっと?」
「仕事の後にいくつか謀り、魔王城に行き激戦を繰り広げ、大きく成長した身体だけでなく、魔王となって帰城した孫がおるのだ。なに、古くから生きているマルコが進化しようと、もはや些細なことでしかあるまいて」
「陛下が仰る通り、アイン様の器の大きさの前では、私の進化なんて些細なことです」
「いや、マルコ……なんか違うからね、それ」
するとシルヴァードは大口を開けて笑い出す。
マルコが待つ扉の方へ向かって行った。
「今宵の主役を皆が待っておる。アイン、そろそろ向かうとしよう」
と。
アインは頷いて襟を手で正した。
思えば、自分が主催のようなパーティなんてはじめただ。今更になって緊張してきたアインは、小さく頑張ろうとだけ口にして、シルヴァードの隣を進む。
「ふむ。数々の災厄を打倒してきた英雄が、パーティ一つで緊張するとはな」
「……倒す相手が居ない戦いは、多分向いてないんです」
「倒す相手が居ない? はーはっはっはっはっ! 案ずるな! 逆にアインが倒されることもないのだからな!」
そりゃそうだ、アインは片方の頬を引きつらせながらも苦笑した。
しかし今更であるのは事実。
隣に立ちニッと笑ったシルヴァードを見て、アインは大丈夫だ、と気合を入れた。
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