駄猫の企み。
頭脳明晰、血筋は最強、立ち居振る舞いは爆心地。
魔法都市イストにもその名を轟かせる王都の頭脳カティマは、素行に難ありな節がありつつも、蓄積された知恵は常人の比ではない。
数多くの研究者の上に立つ者である。
しかし不思議と、主に素行のせいで尊敬の念が薄れることがあるのは否定できない。
今のように毛皮に葉を侍らせているのを見ると、どうにもクリスも力が抜ける始末だ。
「で、私の出番なのニャ?」
鼻息荒く言った彼女の後ろからディルが足を運ぶ。
「カティマ様、葉が付いてしまうとあれほど言ったではありませんか……。失礼します」
「んむ! くるしゅーないニャ!」
すると器用にも付着した葉を取り除くディル。
決して世話係という役職でなければ、彼は王太子アインを頂においた黒騎士の長だ。近衛騎士より更に練度の高い、少数精鋭ではあるが、名実ともに、イシュタリカの中で最高峰の騎士の集まりに他ならない。
だというのに第一王女の毛繕いのような真似をする光景は、やはりクリスの身体から力が抜けるのだ。
「何かあったらお呼びください。私は屋敷に戻っておりますから」
「ん! お付きご苦労だったニャッ!」
ディルは最後にクリスに頭を下げ、静かにこの場を後にする。
「で、私の出番なのニャ?」
「三度も言わなくても聞こえてますってば……」
「返事をしないのが悪いのニャ。まったく!」
「それはその、呆気に取られてただけですから」
「仕方ないのニャー。私は生まれながらのすごいケットシーだからニャ」
「……はい」
しぶしぶ頷いたクリスから漂う哀愁。
一時ながら、悩みを忘れられたのは良かったのかもしれないが。
「何を悩んでたのか当ててやってもいいニャ」
むむむ、声に出し腕を組んだカティマがクリスの周囲をうろついた。アインであればウザいと声に出すような姿も、さすがのクリスは何も言わず惚けたように見守る。
「とか考えるふりをしてみたのニャけど、近々あることと言えばアインの誕生日ぐらいだニャ。どうせ、何を贈ればいいのか頭を抱えてたんニャろ?」
コクリとクリスが頷いた。
「前みたいにマフラーとか贈るのじゃだめなのかニャ?」
「もう持ってるじゃないですか……。というかアイン様の物持ちが良すぎて、学園時代に贈ったマフラーをまだ使ってるのが悪いんですッ!」
「ニャハハッ! 確かにアインは物持ちいいニャ」
「ですです。だから同じものは贈れないですし……」
「あいつ物欲もないしニャ―。豪華な品を貰って喜ぶってわけでもニャいし。いっそのこと土地なんかどうだニャ?」
「それ一番困られるか、私の正気を疑われませんか?」
「大体はクリスの想像通りになると思うニャ」
おちょくってるのかと、クリスが唇を尖らせた。艶美な容姿に比べ可愛らしく、近頃は特にクリスらしさに溢れ、見ているカティマも微笑ましいかぎりだった。
ひとしきり楽しんだところで、カティマはクリスの目の前で立ち止る。
「ならば道は一つだニャ」
「ひ、一つですか……!?」
「厳密に言えば一つじゃないけどニャ。まぁ、今回はそのほうが面白いか――その方がいい選択だからニャ」
また思いつきか何かだろうか。
しかしクリスは、カティマの失言を見逃しつづきを待つ。
「取りあえず、溜まりに溜まってるであろうクリスの休暇を一週間分使って、シュトロムを発つニャ」
「――え?」
「ちょーど私の仕事があったから、それにかこつけて一緒に来ればいいニャ。クリスだって、黒龍の件が済んでから休んでニャかったニャろ? アインから聞いてるニャ。もっと休んでくれていいのにってニャ!」
「い、いえ……はい?」
「行き先はマグナなのニャ。本当はアインからディルをパクって連れていくつもりだったのニャけど、なんだかんだディルも黒騎士の団長だしニャー……」
「私は近衛騎士団の団長を務めているんですが……」
クリスが介入する暇もなく話が進み、カティマの肉球がクリスの服の裾を掴んだ。
「気にしなくてもいいのニャ。私は第一王女だニャ」
「ですから、それとこれとは関係が……って、カティマ様!? どこに引っ張っていくんですか!?」
「出発は夕方だニャー。ほりゃ、さっさと支度に移るニャ!」
「で、ですから! ですからッ!」
「いやー楽しみだニャ。海鮮の食べ歩き、まさにマグナの海戦といっても過言ではないのニャ」
つまらないギャグにツッコミをすることもせず、クリスは妙に勢いのあるカティマに服を引っ張られるばかり。訓練場を抜け屋敷入口に立つマーサに不憫な物をみるような目で見送られ、屋敷に入り他の使用人の目にも触れたがカティマを止められるものなど居ない。
「言っておくニャけど、クリスが取りに行くのはマグナの海産物でもニャいし、海に出る事なんてもってのほかだニャ」
「そもそも何一つ理解していないのですが……」
クリスの部屋にたどり着く。
部屋の中は備え付けの家具だらけで、アインのようにソファの上に着替えを掛けることもせず、几帳面なクリスの性格がよくわかる。
テーブルの上に、アインから贈られたネックレスのケースが鎮座している。
それを見てカティマはクリスの恋心を微笑ましく感じた。
「置手紙でもしてやるかニャ。内容は「探さないでください」が鉄板だニャ」
「えっと、その手紙って誰に残す置手紙なんですか?」
「アインに決まってるニャ。いやー、見つけた時の顔を考えるだけでも愉快だニャー……」
「……書きませんからね?」
「そう言うのニャら、私が書いてやるから気にしないでいいニャ」
時に流されやすい性格があるのは自覚していた。
だが、今日のように最初から最後までやられっぱなしなのは珍しかったと、一週間後、帰宅したクリスはアインに語ることとなる。カティマに言われるまま支度をしたクリスは、その流れに乗りカティマに連れられ屋敷を出るのだ。
――そして二人がシュトロムを発って少し経つ頃。クリスとカティマが居ないことに気が付いたマーサが、二人の部屋に足を運び、何故かクリスの部屋からカティマの字で書かれた置手紙を見つけたのだ。
「……カティマさんがご乱心だ」
広間にてアインがガクッと膝をつく。
「何が「探さないでください」だってのさ……。カティマさんはいいけど、クリスのことは探さないと」
「ふふっ、大丈夫よ」
「クローネ?」
「実は少し前からこのことは聞いてたの。でも、カティマ様がどうしても隠してほしいって私にお願いして来たから、内容を聞いたら無下にも出来なくて……」
「えっと、その内容って?」
すると彼女は人差し指を立て、自身の唇に押し当てる。嫣然とした仕草、そしてクローネが把握していたのなら――とアインは仕方なさそうに頷いたのだ。隣に腰を下ろした彼女はなんとも上機嫌で、くすくすと笑いアインをからかうように見守るばかり。
「アインの誕生日の、陛下たちがいらっしゃる日までは戻るって聞いてるわ」
「でも、クリスさん一人じゃ護衛は足りなくない?」
なにせ護衛対象は戦闘力ゼロに等しいケットシーだ。
「リリさんが陰から護衛するって聞いてるわ」
「……ほんとあの人は、やる気になったら活動的すぎるんだよ」
いったい何をするためにマグナに向かったのだろう?
疑問に答えは出ることもなく、アインはクローネが淹れた茶を飲み心を落ち着かせた。
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