金のリンゴ

「私たちって、何をしにマグナへ行くんでしょうか」



 大陸イシュタルを駆ける王家専用水列車内にて、クリスは若干不安げな表情を浮かべて言った。



「私に調査の仕事が舞い込んだのニャ。ある魔物が異常発生して、突然変異体が現れてるって話だニャ」


「あ、あれ? アイン様の誕生日の贈り物の話は……?」


「まぁいいから聞くニャ。まったく! どうしてそのせっかちさを、恋愛ごとに活かせなかったのニャ?」


「うぐぅ……ッ」


「落ち着きを失うきっかけが良く分からないニャー。やれやれ、私は変異体って言ったニャろ」



 力なく唇を尖らせたクリスは反論する気配がない。

 すると、カティマは白衣の内側から一通の封筒を取り出す。王族に送るに相応しい上質な肌触り。封筒を開けると、良く鞣(なめ)された羊皮紙が一枚だ。



「と言っても、妙に強くなりすぎた突然変異じゃないニャ。なにせ、元がリプルモドキだからニャ」


「……えっと?」


「情報源はマジョリカの店に来た冒険者ニャ。話を聞いたマジョリカが私に連絡して、それだけ珍しいなら、いっそのこと足を運んでしまおうって寸法だニャ」


「じゃあ、その手紙はマジョリカさんからなんですね――って、リプルモドキの突然変異ですか?」


「うむ。目撃した冒険者曰く、まさに黄金の果実だったってニャ」



 言うなれば金のリンゴだ。しかし、手を伸ばすと、真ん中から大きな口を開け襲い掛かってくる果実だが。



「マジョリカもすでにマグナ入りしてるニャ。マグナすぐ外の林とかを走り回ってるらしいから、別に危険な魔物が生息してる地域じゃないニャ。で、ニャんとその個体は三体いるそうニャから、一体分はクリスにあげるニャ」



 だからアインに贈れ、そう言う意味ではあるが。

 一方で、提案されておきながらクリスは気が引けていた。数匹しか個体数が発見されていない貴重な魔物ならば、例えばイストなどの研究所に運ぶのが定石。少なくとも、一人の女性が想い人に贈り物として用意していい品ではない。



 だが。



「心配しているようニャけど、大丈夫だニャ」



 カティマが肩をすくませた。



「マグナでのアインの人気はアホみたいに高いニャ。ここだけの話ニャけど、お父様より余裕で高いのは周知の事実ニャ?」


「わ、私からは何も言えませんからね!?」


「まーこんな理由もあってニャ。さすがに無視してはマグナ民の不満がアレなのニャ。マグナに住む貴族の中にも、一つは英雄に進呈すべきって状況だしニャ」



 つまりクリスが狩って、アインに贈る分にはなんら問題がないとのこと。残り二つの内、一つは王家に。もう一つはイストの研究所送りになるだろうとカティマは言う。

 王家に贈られる分に関しては、恐らくマジョリカがカティマに協力して調べにあたるはずだ。



「ですがそれだけ貴重な魔物でしたら、すでに狩られてる可能性が――」


「多分無理だニャ」



 なぜ? 突然変異とはいえ所詮リプルモドキだ。

 疑問を抱いたクリスだが、次の日の朝、その理由を目の当たりにすることになる。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 港町マグナは街中にも水路が通る町として、観光客にも評判だ。街中を進むカヌー、そして港町特有の海産物は多くの人々を喜ばせてきた歴史がある。



 ところで、そんなマグナにも冒険者たちは居る。命知らずの熟練は船を持ち、海の魔物を狙うこともある。町を出て進んだ場所にある林や森、あるいはもっと進み人気(ひとけ)のない地に行けば、一人前の冒険者も気を引き締めるべき魔物も姿を見せることがあるぐらいだ。



 以前、アインが泊ったのと同じ宿に部屋を取ったカティマとクリス。



「うぅ……眠い……」



 クリスが目を覚ましたのはまだ陽が昇って間もない頃。

 寝起きは決して悪い方ではなかったが、ベッドの上で体を起こすと、正座の両足を左右に崩し、両手が股の間で杖のように身体を支える。

 薄いレースの寝巻から長い手足を惜しげもなく晒し、くすみ一つない白磁の肌が湛えんばかりの美を表現してる。「んー」と両腕を天高く伸ばすと、大きめの胸元が腕に吊られ上下した。



 立ち上がり、鏡の前で金糸を梳かし服を着替える。

 クリスは顔を洗うと、カティマが起きて来る前に世話支度をはじめた。




 ――三人が合流したのは昼になる前だ。

 一足先に足を運んでいたマジョリカが御者を務める馬車に乗り、蒼天広がるのどかな草原を進む。時折、冒険者と思える者らとすれ違うこともあったがまばら、一攫千金のチャンスのはずなのに、とクリスはやはり疑問に思った。



「マジョリカー」


「はいはい、なにかしら?」


「昨日はどんな感じだったのニャ?」


「捕まる気配がしなかったわねぇ」


「んむー……なるほどニャ」



 マジョリカの横に腰を下ろし、カティマは足をぶらつかせて空を見上げる。



「やっぱり王都に比べて暖かいニャ―」


「南部ですものね。最近、こっちの方に別荘でも建てようかなって思ってるのよねー」


「悪くないニャ。アインに建てさせて入り浸りたいニャ」



 ここはのどかだった。後ろに座るクリスもまた穏やかな風に頬を撫でられ、思わず唇を綻ばせるだけの空間で、ここ最近の騒動をすっかり忘れてしまいそうな、心穏やかになる草原の香りが鼻孔をくすぐって止まない。



「マジョリカさん、私からもいいですか?」


「ええ、なにかしらー?」


「例の突然変異って、マジョリカさんでも苦労する魔物なんですか?」


「勿論よ! それはもう苦労してるんだから!」



 マジョリカが振り返りつつ困ったように笑う。



「もう素敵な異名もあるのよね。『金塊の王』だったかしら」


「ッ――えぇ!? たかがリプルモドキに、そんな大層な異名が……!?」



 どれだけ強いのか想像もつかない。それどころか、この人数で来てよかったのか、カティマを連れてきてよかったのかという疑問すら覚える始末だ。



「どのぐらい凄いのかを例えるのは……そうねぇ」



 間もなく、マジョリカはぽんっ、と手を叩いて言うのだ。



「攻撃力は通常のリプルモドキとそんな変わらないみたいよ。ただね、移動速度がすごいのよねぇ……セレスが居るじゃない? 居るって言っても前の話よ? 昨日見かけた時に思ったのは、あいつらセレスより速いのよね」


「……あの、それって私よりも早いんですが」


「だから苦労してるって言ったのよ。通常個体のリプルモドキを伴ってるから、見つけるのは楽なの」



 代わりに、突然変異種が逃げる際に置いて行かれるとのことだが。



「噂をすれば何とやらね」



 馬車が進む先、遠く見える小高い丘陵の上を、我が物顔で進む魔物の群れがあった。それらすべてがリプルモドキ、見た目では果実が行軍する様はファンシーで可愛らしくもあったが。



「すっごい目立ってますね、あれ」



 先頭を進む三体の黄金。身体つきは他のリプルモドキに比べ若干大きい。

 陽の光を反射する体躯は宝物のようで、一見すると、それが魔物かと言われれば首をかしげるであろう。クリスは何も言わずレイピアを携え、馬車の中で身体を伸ばす。



「マジョリカさん。何か作戦があったのでしたら待ちますけど、一度、私が試してきてもいいですか?」


「いいわよ。作戦はあったけど、その前にクリスも実際どうなるか体感したほうがいいもの」


「――分かりました。では早速行ってきますね」



 と、クリスが馬車を降りて駆け出してすぐ。彼女は、遠く離れた黄金のリプルモドキと目が合ったのだった。


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