救いようのない相手。

 島の規模は小さい。

 イシュタリカ側とハイム側で規模の違いはあるものの、間違いなく両者にとって小島だった。

 南側から北を見れば、東にハイム、西に向かえば大陸イシュタルがある。



 朝方――アインが乗るリヴァイアサンが島に到着した。



 百を超える騎士を乗船させ、勿論、搭載する最先端の魔導兵器の準備も万端だ。

 しかしそれでも、接岸してから船から下りたのは二人だけ。

 まず最初にアインが降り手間もなく。



「では、早速探すと致しましょう」



 つづいて降りたのはディルだ。

 現状、アインを抜かして最高戦力であるクリスではなくディルだった。



「……あれ、降りてからも何か言われると思ってた」


「二人ではいけません。クリス様たちを――この辺りでしょうか?」


「うん、そう」



 あっけらかんとした顔のアイン、そして、彼の言葉にいつもの様子で答えるディル。

 二人の間からは緊張感や緊迫感などが感じられず、さっさっ……静かに砂浜を踏みしめる二人分の足音と、穏やかな波の音、頬を刺すような冬の海風が吹くぐらいだ。



「我々にはもうアイン様を止められません。形式上、反対する姿はお見せするべきかとも思いましたが、それ以上にアイン様の意思を汲むべきと判断いたしました」


「……えっと?」


「皆にお見せしたくない姿を、間もなく晒すおつもりなのでしょう?」



 ディルの確信を突く言葉にアインが苦笑する。



「さぁ、どうだろう?」


「お戯れを」



 警戒に言葉を交わしつつ、ディルは更に確信を突く。



「クリス様ではもしかすると、心の迷いが生じるかもしれません。イシュタリカに戻り、陛下やウォーレン様、多くの方に報告する際、この場に置いてはクリス様より私の方が適任ですので」


「……」


「魔王城での戦いを覚えておいでですか?」


「うん。忘れるはずがないよ」


「私はあの日のようにアイン様の傍におります。ただ違うのは、私はあの日と違って弱くありません。もし危険なことがあればアイン様を守り、支えられるだけの力を持っています」



 どこか曖昧な会話だが、二人にとって意味することは一つだけ。

 金色のケットシーと化したディルが、まさに獅子のように雄々しい気配を纏って言う。



「カミラとの関係に終止符を打つお姿は、この私がしかと目に焼き付けましょう」




 ――思い返すと懐かしい場所だ。

 会談当時、ディルとローガスが交流戦の名目で剣を交わした石造りの広場。

 管理する者がおらず草花や土埃に覆われていたが、建築当時と比べてそう大差ない厳かな場所だった。



 林を抜け足を踏み入れて間もなく、一歩先を歩くアインとディルが囲まれた。

 アインが当然のように剣を抜く。



「いいえ、なりません」



 すると、ディルがアインの手元に自信の手を添える。



「アイン様にはすべきことがおありだ。このローブの男たちは私にお任せください。カミラに引導を渡すお姿は見られないかもしれませんが、こちらはお任せを」


「……」



 大丈夫? そう尋ねる気持ちは少しもなかった。

 代わりに脳裏に浮かんだ言葉が、自然とアインの口から出る。



「――ディル。こっちは任せる、、、



 シュトロムの港町、ローブの男たちの隠れ家を襲撃する際にも、ディルは以前と違い価値を証明できたと自覚した。

 が、今のアインの言葉以上の感動は無く、全身に滾る力と見開かれた瞳、身体を流れる血液が興奮で沸騰しそうなほど、これまでにない活力に満ち溢れて止まない。



「――はっ。お言葉のままに」



 その言葉を聞きアインが前に進む。

 当然、彼の足を止めようとローブの男が短剣を構え近寄るが。



「貴様らが近づいてよいお方ではない――ッ!」



 目にもとまらぬ速さで割込み、剣を抜いて男の首筋に光る剣閃。

 血潮が舞い上がる暇もなく男が横たわり、ローブのフードが真っ赤に染め上げられた。



 アインは決して振り返らず歩く。

 その姿が、ディルにとっては何よりの信頼の証と更に力を与えた。

 やがて響きだす剣戟の音にも振り返らず、アインは会談を行った建物へと足を踏み入れる。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 中は外と比べて綺麗に保たれている。

 カツン、アインが履く革靴の音が廊下に響き、突き当りの大きな扉の前で止まる。

 重厚な造りの木材の扉が軋み、両開きに開かれた先に待つ者たちがいた。



「早かったのね」



 カミラだ。

 対面に作られた机は廃棄され、代わりに謁見の間のように置かれた一つの玉座。

 彼女が腰かけ、両脇には縦一列に並ぶハイム騎士の姿がある。



 彼女が口を開いてすぐに騎士が一斉に剣を抜き、胸の前で縦に構え威圧感を放つ。



「他国の権力者を相手にする謁見はしたことがないんだ。こんな感じなんだろうなって、はじめて学べた気がするよ」


「……私を馬鹿にしているのかしら」


「違うよ。きっとお前は俺たちが負けていたら、こうして人の上に立とうとしてたんだろうなって思っただけ」


「それこそ間違いね。私はあくまでも悲願を叶えたかっただけ。ティグル王子が貴方たちに害され、ハイム人としての誇りを失ったのが問題なの」


「……なんでティグルにあんなことを?」



 すると、彼女は天井を見上げ言う。



「グリントが命を賭けて仕えたお方だというのに……あんなになってしまったんだもの。あの子グリントが救われないじゃない」



 つまり復讐の一環だったと。

 仮にティグルが脅しに屈したところで、近い将来、同じ目にあわせていたであろう事実だ。



「そういえば、大切な人たちを置いてきてよかったの? 王都、シュトロム……貴方の大切な人たちが今、どうなってるか気にならない?」


「俺が元気そうに見えるなら大丈夫だよ。俺の眷属は負けてないっていう証拠だ」


「強がるのね」


「ああ。そっちこそ、大切な戦力をバラけさせないで俺にだけ集中させればよかったんじゃないか?」


「……素敵な考えだわ。でもね、貴方の大切な人にするほうが貴方はきっと辛いもの」


「あー、なるほどそれを一番に考えてたってことか……」



 首を傾げ力なく笑うアインをみてカミラがまばたきを繰り返す。緊張していない? この落ち着きはいったいなんだ、彼女が疑問符を抱いて間もなく。



「反吐が出る。ここに来るまで、カミラが謝罪したら命を奪うのはやめる――なんて考えてた甘い自分にだ」



 隙間なく埋められた石畳の床に亀裂が入り、石造りの建物が揺れる。

 ハイム騎士が思わず辺りを見渡すなか、カミラだけが鋭い双眸でアインを射抜く。



「アイン。私は貴方だけは許せない」



 と。

 瞳から生気は感じられず、「差し違えてでも終わらせるつもりなんだ」アインがそう脳裏で考えさせれた。

 それから彼女はアインが予想一つしなかったこと。

 胸元から取り出した黒い石を迷うことなく口に含み、音を響かせ嚥下した。



「ッ……カミラ様!?」


「なにを……!?」



 ハイム騎士にも伝えていなかった手段なのだろう。

 彼女の手元が水膨れのように盛り上がり、瞳は真っ赤に充血する。

 すると、彼女が着るドレスの足元から漏れ出す黒紫色をした空気にアインが気が付く。



「……瘴気」



 ハイム王国第一王子レイフォン。ハイム戦争当時、ただ瘴気を生み出し、姿の変わった騎士たちに力を与えるだけの存在だった。

 今まさに面前で披露されたのは同じことで、慌てたハイム騎士の足元に瘴気が辿り着いて間もなく、騎士たちは唸るような声に加え、苦しみ交じりに喉を掻きむしった結果――唐突に落ち着きを取り戻した。



「信じて付き従った騎士も利用するのかよッ! カミラァッ!」


「あ……はは……あっはっはっはっはッ! もウどうでもいいじゃないッ! 私は貴方に復讐できるナら、そノ可能性があるのなら……私は死神にだって魂を売ることができるンだから……ッ!」



 彼女の口調は徐々に異変混じりに、意識が朦朧と、聞き取りにくい尖った声に代わる。

 その中でも、アインに対しての復讐心を失っていないあたり、強欲一つで馬車に乗っていたレイフォンと瓜二つだ。

 抱いた強い意識に応じ、目的を達成するための生物と化したのだ。



 カミラは恐らく、これがほぼ負け戦という事実を理解していたはず。

 これまでの戦い方はずる賢かったが、追い詰められれば、こうした自爆のような手段に頼るほかなかったのだ。



 もはや、アインがするべきことは決まっている。



「忠臣だった騎士には救いを。そしてカミラ、お前には俺が終止符を打つ」



 負の感情に苛まれ、カミラの首をはねる姿を皆に見せたくなかったアイン。

 代わりに整理しきれぬ苦しさと悲しみに苛まれ、この禍根を断ち切るために剣を抜いた。




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