[2巻発売まであと四日!]本当の終わり。
アインからしてみれば少し懐かしい。
というのは、ハイム騎士の様子はハイム戦争当時と瓜二つだからだ。唸るような声、どこか脱力した動きながら、その実、瘴気を帯びる前に比べて遥かに力強い。
だが。
「……でも、その末路も望んだものなのかな。あの戦争があったっていうのに、君たちはカミラに従って行動してたんだから」
そこにハイム再興の野望が隠れていようとだ。
もはや真意を問うことは出来ず、アインは剣を振り騎士を倒すほかない。
会談のために造られた石造りの大広間も、こうして戦場となってしまうと雰囲気が様変わりする。
もうここは命を奪い合うための場所に代わっており、当時、イシュタリカとハイムが言葉の剣を交わした舞台ではないのだ。
剣戟の音が響き渡るこの部屋で、アインの流麗な剣とハイム騎士の力任せの件が交錯する。
「カミラァッ! 一つだけ教えろッ!」
「あラ、なにかしラ?」
カミラはレイフォンや元ハイム国王ラルフに比べ理性的だった。
片腕は膨れ上がりグロテスク。ただ、スリットから覗く細い脚やくびれのある腰つきは健在で、影響の受けた方もそれぞれなのかとアインを考えさせた。
「ずっと気になってた。お前もシャノンの――赤狐の影響を受けていたから、俺が生まれてからずっと蔑んでたのか!?」
もしもそうなら彼女も被害者のはず。
幾分かの情も沸くかもしれないが。
「そんなわけなイじゃなイッ! グリントの方が優秀なノに、グリントの方がラウンドハートのためになれたノにッ! 旦那様が貴方ヲ諦めきれていなかっタから……だから貴方は邪魔だッた!」
「お前はイシュタリカとの密約を聞いてなかった! ローガスたち聞いてから、密約を破ったことに後悔はなかったのかッ!」
この間にも、アインは襲い掛かるハイム騎士を一人ずつ切り伏せる。
「さァ、どうだったかしラ。もう忘れタわ」
長い間疑問だったことの答えを得て、そしてアインは確信に至った。
彼女は自信の欲に忠実で、グリントへの愛は言うまでもない。
が、付随して流されやすい性格をしており、大陸の中では大国に数えられたハイムにて、大海を知らぬまま小さな価値観で突き進んでしまったのだろうと。
「無知は罪だなんて言うつもりは無いけど――ッ」
イシュタリカの大きさを知ったのだから、手を引くことが幸せだったんじゃないか?
彼女が頷くことはあり得ない。アインはその言葉をぐっと飲み込んだ。
「……いや、違うか」
知っていながらも、すでにシャノンによる影響を受けて考えは代えられなかった。あるいはそうではなくて、もはや復讐に駆られるばかりで他のことは考えられなかったのかもしれない。
どちらにせよアインにとって、カミラという存在は居てはならないそれだ。
「がっ……」
「ごほぁ――ッ」
アインに切り伏せられ、最後に人らしいうめき声をあげて倒れるハイム騎士。
一人、二人、そして十人と石畳に倒れていき、とうとう残されたのはカミラただ一人。
「――本当ニ貴方は気に入らなイわ」
彼女は睨み付けるように、それでいてアインを嘲笑する目線を向けた。
アインの白い服が返り血でところどころ赤く染まり、握る漆黒の剣――イシュタルからも粘着質に血潮が滴る。
一歩ずつゆっくり近づくアインが一息に皆を葬らなかったのは、カミラに最期、さきほどのことを尋ねたかったからだ。
「ふふっ。王太子のくセに、まるで殺人鬼ジャない」
「仮に俺が殺人鬼だっていうのなら、俺はイシュタリカのために敵を倒す処刑人だ」
「……ふゥん。言い方が違うだケのコトね」
ここに至っても強気なカミラ。
一歩、さらに一歩と二人の距離が近づいた。
さながらパーティ会場で向き合った紳士淑女のようでありながら、二人の関係性は憎悪と恨みに溢れている。
あと二歩で彼女が立つ場所で止まったアインが剣を横に振り上げた。
「例エば未来……貴方に子供ガ出来たとき。貴方ノ妃が自らの子を王位に近づけるタめ、別の妃の子ヲ蔑み、他の国に逃げテいったらどうスる?」
「そうはならない」
「子供同士デ戦ったラ? そシて、妃同士で憎ミあったら?」
「ありえない」
「ふフ……なら、アイン? 貴方が子に対シて――」
「俺はラウンドハートで起きたことを、絶対に繰り返すつもりはない」
ぶく、ぶくとカミラの腕が瘴気を発して爆ぜる。
体液のような何かが飛び散り、貴族夫人だったはずの彼女からその名残が感じられない。
アインは一瞬、俯いて目を閉じ瞑想する。
次の瞬間には目を見開き、剣を持った腕で横に薙ぐ。
「貴方モ……私と同じ目ニ遭うかモね?」
彼女はその言葉を語りすぐに大口を開けて笑った。
しかし、笑い声をあげる前に、彼女の首筋から勢いよく血潮が舞う。
最期に両腕を広げた彼女は、少しすすけた茶髪を広げて大の字に倒れたのだった。
「……」
これでラウンドハートの縁はすべて断ち切れたといってもいいだろう。
アインは意識せず剣を振って血を掃い、鞘に納めてカミラの亡骸に背を向けた。
カツン――革靴が足音を奏で、血塗られた石畳の上を進む。
表情は決して明るくなく。
足取りは決して軽くなく。
そして、心は決して穏やかではない。
◇ ◇ ◇ ◇
外、同じく倒れたローブの男たちばかりのそこに立つ者が居た。
金色のケットシー、ディルだ。
彼はアインを見るや否や、アインに駆け寄り懐から一枚のハンカチを取り出す。
「アイン様」
「あ、えっと……ありがと」
彼に頬についた血を拭われる。
されるがまま、アインはディルの手元の暖かさを感じた。
「……」
「……」
交わされる沈黙、風に揺れる木々の音。
ディルが無事だったという事実に喜びながら、アインは言葉を発することが出来なかった。
「アイン様。これで終わった、そうお思いですか?」
まだ何かあったろうか?
ディルの言葉にアインが耳を傾ける。
「もう終わったと思う」
「いいえ、これでやっとはじまるのです。ですから顔を上げ、その凛々しい顔をお見せください」
「……はじまる?」
なんのことだろう? やはり分からずアインが聞き直す。
同時に、ディルの言葉に応じて顔を上げた。
「すべての出来事は過去のものとなり、断ち切られた縁を振り返る必要はありません。ここから先、アイン様に待っているのはそんな未来です」
だからはじまるのだと、ディルは笑顔を浮かべていった。
「これで本当の意味でハイム戦争は終結しました。――さぁ、帰りましょう。私たちの国へ」
そう言って身体を横にずらしたディル。
道の奥、林の先に停泊したリヴァイアサン――そして、砂浜に立つクリス、黒騎士や近衛騎士の皆の姿を見て、アインは力強く頷いたのだった。
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