【コミカライズ記念閑話】海龍騒動の後に彼女と――。
記念閑話の時系列は海龍騒動後、名代としてエウロにいく直前のお話です。
◇ ◇ ◇
翌朝の学園都市は快晴の空に覆われた。
今日も週末の休みとあって、いつも以上に人通りは少ない。
だが、なんだかんだと賑わっているこの町の一角へ向けて、アインは軽い足取りで歩いている。
「――クローネ様と合流なさったら、私は少し離れた場所から護衛いたしますので」
と、以前の鉄仮面や硬い口調が鳴りを潜めたディルが言う。
「えっと……珍しいね、俺の護衛が離れた場所にいるなんて」
「ご安心を。実はクリス様も近くに控えているので、万が一はございません」
「……なるほど。朝から姿が見えないと思ったらそういうことか」
「ここだけの話ですが、クリス様は最後まで反対しておりましたよ。ただ、オリビア様に言い聞かせられまして、出発前になってようやく折れたと……」
最近のクリスは以前と比べ、若干過保護に思えるほどアインと近い。
それは物理的にもだが、精神面でも近くなったようだ。
アインの護衛はディルにも譲ることをよしとせず、自分が絶対に守るんだ、という固い意志を隠すことなく周囲に語っている。
彼女の姿が朝から見えなかった理由を聞かされて、アインは小さく苦笑した。
「ってか、今更だけど今日のって大丈夫なの?」
「と、いいますと?」
「……俺が特定の異性と外を歩いていてもってこと」
そこにオリビアらがいれば話は別だが、今日はそういうこともない。
相手はクローネ一人だけだからだ。
「ウォーレン様がご許可をしてらっしゃるのですから、何も問題は無いのでは? アイン様が照れくさいのでしたら別かと思いますが……」
「なるほど、ディルはほんとに変わったよね?」
「お褒めに預かり光栄です」
「褒めてないけどね? でも、ウォーレンさんがいいって言ったのなら大丈夫かな」
軽快に言葉を交わしたアインが前を見れば、待ち合わせ相手のクローネの姿。
だが、どうやら彼女は制服を着た男性に言い寄られているようで、困ったように、それでいて面倒くさそうに対処していた。
男は諦めていない様子で彼女に詰め寄った。
「アイン様、ここは私が――」
「いや、俺が行くから大丈夫だよ。ディルは近くで見てて」
「はっ――ア、アイン様ッ!?」
王太子なら護衛に頼るのが正解のはず。絡まれてる女性がクローネでなければ、アインもそうしたかもしれない。だからアインは、自らが先だって前に進んだ。
心の中では、彼女を助けるという役を誰にも譲りたくなかったのかもしれない。
「いいではありませんか。我が家は由緒ある――」
「……ですから――」
相手が貴族だからクローネは強引に避けなかったのだろう。
面倒を掛けたと思い、さらに一段歩く速さを上げてアインが近寄る。やがて、強引に腕を伸ばしかけた男の手をアインが掴んだ。
「なっ――お、おい! 私を誰だと――」
「身分を傘にするのはどうかと思うけど。彼女は俺と約束してるんだ」
「そんなものは知らん! どこの誰だか……知らない……が……」
制服を着た男はアインと比べ、三歳ほど年上に見えた。
今までも何度かあった話だがクローネは目立つ。
彼女も今日は護衛の騎士を連れていなかったから、面倒な絡みを受けてしまったらしい。
クローネはやってきたアインを見て、花も霞むような笑みを浮かべ、一方の男は、腕を掴んだ相手が
「で、ですが……」
「ですがも何もなくて、クローネは俺と約束があるんだ。いい?」
あくまでも冷静な声色ながら、放たれたアインの気配は彼にとって重苦しい。
王太子としての器もさることながら、力強い目つきと迫力に気おされ、これが海龍討伐の英雄かと、制服を着た彼は生唾を飲み込み後ずさる。
ただの学生には重すぎる威圧を受け、無作法にも逃げるように立ち去った。
「……無礼な男。相手がアインだって分かったのに、謝罪一つなしに逃げてしまうなんて」
不満げに言うが、クローネは嬉しさを隠しきれていない。
トン、トン――と軽い足音を立て、アインの隣に吸い付くように立った。
「はぁ……こうなると思ったから、待ち合わせは学園とかにしよって言ったのに」
アインがここにやってきた目的だ。
名代としてエウロに行く前に、クローネがアインと共に買い物に行くことを願いでた。
海龍騒動の際は強く心配をかけたという想いがあり、アインもそれを快諾。ただ、彼女はその買い物に条件をいくつか付け、その一つが学園都市でというもの。
――そしてもう一つが、互いに制服で歩くということ。
「だって……ほかの学園の子たちが羨ましかったんだもの」
少しは察しろと小声で訴え、彼女はおもむろにアインの背中を両手で押した。
「あ、ちょ……ちょっと!?」
「ふふっ、早く行きましょ。時間がもったいないわ」
制服を着て二人で歩く学園都市は新鮮で、背中を押したクローネもいつもと違い、いい意味で年頃の女の子らしさを見せる。
それでも上機嫌な彼女に顔だけ振り返ると、その理由をアインは尋ねる。
「ねぇ! なんでそんなに楽しそうなのさ!」
「そういうものなの。私だって女の子なんだから」
絡まれてるところを助けに来てくれたからなのだが、秘密にしたい女心ゆえか茶を濁し、クローネはやがてアインの後ろから隣に立った。
両手を臀部の上で組み、鼻歌交じりに長い髪を揺らす。
「アインはきっと、私が危なくなっても助けに来てくれるんだろうなーって、そう思ったの」
「……何をいまさら。当たり前じゃん」
「えぇ、そうかも。私がイシュタリカに来てはじめてのパーティの日も、アインは私を守ってカッコいい演説をしてみせたものね」
そう言って彼女はアインの手を取る。
大胆な振る舞いに顔がかぁっと赤くなるかと思いきや、アインは勢いに押されるばかり。
「えッ――えぇッ!?」
彼女の手の滑らかな肌触りと共に、二人の距離が大きく近づく。
そんな二人を見て、離れた場所ではディルやクリスが仕方ないなと言わんばかりに笑う。
「どこから行こうかしら……アインは行きたいところとかある?」
「急に言われても思いつかないけど……って、クローネ!? だから、手が――」
「でも時間もあるから、あまりたくさんのお店にはいけないわ。どうしようかしら」
こりゃ答えてくれないと、アインは察する。というより、クローネが聞こえないふりをするときはいつもこうだからだ。
結局、最後には自分も深く考えることはやめ、彼女と楽しくことだけを考えてしまう。
「クローネが行きたいところからでいいよ?」
「そ、そう……? でも、アインだって折角のお休みでしょ?」
「まぁ、そうだけど。……でもさ」
アインは戸惑いを見せたクローネへ、ただ一つのことを告げることにした。
「また一緒に来ればいいよ。これからも数えきれないぐらい時間はあるんだし」
告げられた言葉は彼女をキョトンとさせた後、一変して可憐な笑みを浮かび上がらせる。彼女は咄嗟につないだ手を放したと思えば、今度は指を絡めて繋ぎなおした。
「――ほんと。いつだってずるい人なんだから」
言葉とは裏腹に、目つきや声色……彼女の表情すべてが幸せそうに緩んだ。
二人は日が暮れるまで学園都市で過ごし、久しぶりの――いや、はじめて経験する二人だけの特別な時間を力いっぱい楽しんだ。
アインが隣を歩くクローネに目を奪われつづけたのは言うまでもない。
――来週に控えるエウロへの名代。
それがなんてことのない仕事に思えるほど、彼女との時間は有意義だった。
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