一時の休息。クリフォトに戻ってから。

 アインが居るのは大陸西南の僻地、辺境都市クリフォト。

 人口も少なく当然、町も少ない。水列車による王都をはじめとした主要都市への移動は余りにも時間がかかり、さらに言えば便数もわずかなことは自明の理だ。



 先に海を渡ってしまったカミラを追うため、アインは皆を引き連れ辺境都市クリフォトへの帰路につく。

 たどり着いた頃には辺りは暗い空に包まれた頃で――。



「急げッ! まだ戦いは終わってねーぞッ!」


「積み荷だ? そんなのは後回しにしろ!」


「――到着予定は早朝となる! 早急の支度を――」



 クリフォトの港は、帰還した騎士たちの賑わい一色。

 灯りは乱雑に布を巻き、油を染みこませた松明が使われ、魔道具らしい灯りは数える程度しかない。赤く、それでいて橙色の炎が至るところで周囲を照らすせいか、冬だというのに熱気に包まれるばかりだ。



 海龍艦リヴァイアサン。

 その甲板の更に上に広がる天井に腰を下ろし、賑わるクリフォトを眺めつつ独り言を漏らす。



「……こう言うのって何て言うんだっけ。万能感? 全能感だっけ……まぁどっちも同じか」



 黒龍の魔石を吸ってから、全身に宿る”何でもできそう”という感覚だ。

 思えば海龍、そしてマルコの魔石を吸収したときの振れ幅よりもさらに大きく、手のひらを何度も握ったり開いたりして感覚を確かめるアイン。

 そんな彼の下に、背後から近づく一人のエルフの男が居た。



「失礼いたします。いと尊き血を引く方よ」


「――サイラス? その呼び方はやめてくれると助かるなーって」



 やってきたサイラスは、エルフの里で出会った日から変わらぬし敬意を抱き接してくる。



「これは失礼いたした……。殿下、一つご連絡に参りました」


「ん。どうかした?」


「例の、殿下が討伐した黒龍の運搬についてですが、クリフォトにも支部があるオーガスト商会に一任すると。団長がすでに話を付けたそうで」


「ディルが? 話が早くて助かるよ。……てか、オーガスト商会ってここにも支部があったんだ……」



 相変わらずだが、元アウグスト家の血筋は有能にもほどがある、と。

 十年も経たぬ間にここまで手を伸ばすグラーフの手腕に、アインは内心で敬意を抱いた。



「……」



 報告が終わっても立ち去らぬサイラスに対し、アインが「えっと」と口を開く。



「もしかして、まだ何か報告することがあった?」


「い、いえ――もう済んでいるのですが……」



 歯切れが悪い。

 するとアインは少し悩んでから、自身の隣を手で叩く。



「座っていいよ。何か俺に話したいことがあるんだよね?」


「では失礼して」


(……すぐに座った)



 やはり何かある、そう思いアインはサイラスが話しやすくなるよう体勢を崩し、足を伸ばした。

 対照的に、サイラスは正座をしてぴんと背を伸ばし、表情を窺うとそれなりに硬い。



「エルフと言うのは、同族の気配に聡い生き物でして」



 と、彼は唐突に語りだした。



「例えばそう。森にいれば気配を感じ、街中に居ようと似ている魔力の波長は察しが付くのです」


「……えっと?」


「何が言いたいのかと言いますと。私は今、クリス殿の気配を探れないのです」


「どうして今、クリスのことを?」



 サイラスの額を見れば汗がにじみ緊張しているのが分かる。それでも、どうしてもアインに尋ねなければという強い気持ちがあって口にしているのだろう。



「わ、私が知る話によりますと! ドライアドという一族は根付くという習性がありまして! とはいえ私も黒騎士の末端でありますがゆえ、殿下がただのドライアドではないことなんぞ、重々承知しております! つまりです! 私が殿下に尋ねたいことは、その――」


「……あー」



 とうとうアインも察しがついた。

 クリスの気配が探れない、そしてアインに恋慕している彼女だからこそ、二人の間になにかあったのだろうとサイラスは予想したのだ。



「俺がクリスと何かあったのか聞きたいってことか」



 すると、サイラスは素直に頷けず手元をぎゅっと握りしめるばかり。

 野次馬根性に似た感情ではなくて、サイラスなりに、同胞のクリスを心配しているからの問いだった。

 アインは困ったように口角を上げて間もなく言う。



「あったよ。……少しね」



 包み隠さず言うならば、王都のホワイトナイト城での彼女との立ち合いもあるが、あまり語るべきことではないと思い、少しねと言葉を濁しつつ答えた。



「――なんということだ」



 震える声で言ったサイラスの頬を一筋の涙が伝う。



「え、ちょ……ちょっと!?」


「これは素晴らしいことですッ。あのクリス殿が、とうとう……なんと喜ばしい……」


「いやだから、ちょっと落ち着いてって」


「分かっております。みだりに語ることはせず、私の胸の内に収めることといたしますので」


「……それは助かるけど」



 サイラスが、今度は勢いよく立ち上がり笑みを浮かべた。



「ところで、我らは多くの戦力を連れて参りましたが……王都やシュトロムの防衛はよろしかったのですか? シュトロムはアーシェ様がいらっしゃいますが、王都に万が一のことがあれば……」


「大丈夫だよ。あいつらにみんな、、、を倒せるだけの戦力はないから」


「みんなと言いますと、ロイド殿たちのことですな?」


「ちょっと違う。ロイドさんを信用してるのは勿論だけどね」



 む? と、サイラスは腕を組み戸惑う。

 いったい何を置いてきたのだろう、彼は主君の横顔を見下ろし小首を傾げるのだ。

 自信気なアインの言葉を信用していないわけじゃないが、その意味は気になる。



 アインが密かに唇を綻ばせつつ口を開く。



「ちょっと性格が悪くて、ちょっと――いやそれなりに生意気な奴を筆頭に、他にもたくさん置いてきたんだ」


「……恐れながら。私には察しがつかず」


「ああ、別に申し訳なさそうにしなくてもいいってば」



 くすくすと笑うアインから漂う穏やかな雰囲気に、サイラスはつい全身から力が抜けた。



「マンイーターだよ。わざわざ鉢植えをたくさん用意してきたんだ。後は勝手に大きくなったりしてくれるはずだし」


「なるほど……それはなんとも、訪れるであろう敵も災難なことですな……」



 多少の同情を抱くほどだ。

 マンイーターはクリスさえ手こずらせる相手で、それが何体もいるとなれば勝敗は決したも同然。

 アインの眷属であるマンイーターは、主であるアインの魔力が無くならない限り召喚されるはずで、黒龍戦を経て、更に強さを得た彼の魔力は尽きることが無いだろう。



 サイラスは最後「では、失礼いたします」と腰を折ってアインの傍を離れる。

 一人残ったアインは空を見上げ、



「ねぇ、ロリ女神様。竜人って、あと俺のこともだけど……色々と、教えてもらいたいことだらけだよ」



 黒龍との闘いで語られたことを思い返した。



「――シュトロムの統治も落ち着いたら、聞きに行こうかなって思ってるんだけど。どう?」



 虚空に尋ねるも答えは届かず。

 しかし一瞬、耳元でくすっと笑うように海風が頬を撫でる。

 波の音に耳を傾け、潮の香りで心を落ち着かせた。



 何はともあれ、何をするにしてもカミラだ。

 思えば縁があったなと、アインは自嘲して右の頬を軽く掻いた。




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