彼女の行方。

 バッツが次に目を覚ました時、視界一面に広がったのは白木で造られた天井だ。

 どうしてここにいるのだろうか――思ったのもつかの間、



「起きたか、馬鹿者め」


「……レオナード、お前」


「マルコ様から詳細は聞いた。気を使ってらっしゃったが、無茶を言って同行したのだろう?」


「……ここはどこだ?」


「はぁ。先に答えてほしかったが。ここは港町ラウンドハートのティグルの館だ」



 言われてみれば覚えがある。

 バッツが周囲を見れば自信が寝ているベッドに、横に置かれた椅子に腰を下ろすレオナード。

 手元に分厚い紙の束を持っているレオナードを見るに、彼は仕事をしつつバッツの様子を見ていたのだろう。



「ッ――そうだ、赤龍は――」


「忘れたのか? お前が、自分で、無茶をして赤龍の魔石を砕いてきたのだろう? おかげ様で赤龍殺しだ」


「お、おう……言われてみればそうだけどよ……その異名は違うんじゃねえか?」


「マルコ様がバッツの事を赤龍殺しと高らかに宣言したと聞いている。その経緯も想像は付くが……思うところがあってもあまり余計なことは言わなくていいぞ」



 すると、レオナードは近くのテーブルから水が入ったカップをバッツに差し出す。



「飲むといい」


「ああ、悪いな」



 ほぼ一口で勢いよく飲み干すと、数秒の方針の後にバッツが言う。



「余計なことってのはどういうことだ?」


「決まっている。美味しいとこどりだと言うのに、赤龍殺しの異名で呼ばれる事への忌避感を口にするなという事だ」


「……レオナードてめぇ、俺にハイエナみたいなことを受け入れろって言うのか?」



 赤龍相手の空中戦当時は気の高ぶりもあり、マルコの力強い言葉を素直に受け入れ戦った。

 しかし現状、自分の功績のように赤龍殺しと語られても心が痛みつけられるばかり。



 ぎらつく目線を向けられたレオナードだったが、彼は慣れた様子でため息をつき、



「それはあまりにも言い方に問題があると思うが」



 窘めるような口調で答えるのだ。

 毒気を抜かれたようにバッツが髪の毛を掻く。



「バッツが自分で立ち会わせてくれと望んだのだろう? そして、マルコ様に従い協力し、赤龍の魔石を砕いた。正直私としても、バッツが戦いの大部分を担ったとは思わないし、お前のプライドに傷をつけるような言葉は言いたくない。――が、司令官の一人としての行動で得た結果は受け止めろ」


「っていうけどよ……俺がしたことなんて」


「知らん。事の大小を査定するならば、あとのことは閣下ウォーレンにお任せする。私が言いたいのは、お前自身納得できないことがあろうとも、行動した結果については受け入れろという事だ」


「だ、だから俺は――」


「バッツ。ある種お前は、自分の感情を優先した節がある。ならばその責任を取れということだ」



 そう言われても、今のバッツはあまり冷静に言葉の意味を理解できておらず。

 彼は眉間に薄っすらと皺をよせ、レオナードが語る次の言葉を待った。



「若き司令官が勇気を出し赤龍討伐について功績を残した。皆の士気はうなぎ上りでな……この件で冷めるような発言は、何があってもさせるつもりは無い」


「ッ――……あぁ、そういうことかよ。やっと意味が分かった」


「それは何よりだな。司令官は旗印の一面もある、つまり、身の丈に合わぬ言葉で迎えられようと受け入れてほしいということだ」


「……分かった」


「ははっ、そう不貞腐れる無くてもいいさ。だが――」



 今度は柔らかな笑みを浮かべたレオナード。

 彼は椅子から立ち上がりバッツへ背を向けて歩き出すと、部屋を出る直前に立ち止まり。



「私はバッツの勇気を誇りに思う。友人として、そして同僚として、これ以上ない賛辞を贈りたいほどにな。――お前はすごい男だよ、バッツ」



 静かにパタン、と閉じられた木製の扉を眺め、バッツはしばらくの間呆気にとられた。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 赤龍討伐の後、バッツが目を覚ましたのはそれから数時間後の事だった。

 つまり、黒龍討伐を成し遂げたアインも同じことで、彼は一人、カミラを筆頭とした敵対勢力を追ったクリスたちの気配を探りつつ、足場の悪い道を一人進んだ。



 その時間は数十分程度で決して長いとは言えない。

 だが、アインの身体能力を持ってすれば、彼の移動速度は森に潜む獣のそれよりも早い。

 山脈を抜け森を抜け、時折、川などを越えてたどり着いた隠れ家のような海岸。



「――クリス様。やはりここから海に出て行ったのでは」


「うん……ほんと、逃げ足だけはすごかった」



 肩を並べて立つクリスとディル。

 二人は証拠を探し、捕縛したローブの男たちを見張る騎士らを眺めこれからについて語り合っていた。

 すぐ後ろにいるアインに気が付くこともなく、真剣な面持ち、厳しい目線で海の果てに目を向けている。



「クリスティーナ団長、失礼いたします。高台から辺りを見渡した者による報告です」


「ええ、何か分かった?」


「少し違和感がある波を見かけけたとのことです。恐らく、何か海の魔物を引き連れて、何隻かの船で航海していることによる痕跡ではないかと」


「ッ……方向は!?」


「はっ、そちらに関しては……。――ッ!?」



 報告に来た近衛騎士が、後ろにある林から姿を見せたアインに気が付いたのだ。

 彼は慌てて膝を折って頭を下げ、



「お、お帰りなさいませッ!」



 と、大きな声で注目を集めた。

 アインは少し気恥ずかしそうにしていたが、先ほどの戦いで伸びた茶髪をかき分け、呆気に取られているクリスとディルに近づいた。

 そうしているうちに、騎士全員が立ち位置に関係なく膝をつく。



「ただいま。少し手こずったけど倒したよ」



 ディルは優し気に笑みを浮かべ、腕を胸の前に置き頭を下げる。

 一方で、クリスは心配していたからか薄っすらと涙を浮かべ破顔した。



「ってアイン様!? その髪の毛……!?」


「なんか伸びちゃった。黒龍の魔石を吸い取って強くなったからかも」


「もう……そんなに簡単に言うんですから……。お帰りなさい。本当に本当に、帰ってくれるのを待っていました」



 いつもの軽い話で返され、クリスは安堵から一筋の涙を流した。

 信じていなかったわけではないが、強敵を相手に戦った想い人の帰還は、これ以上ないほどの安心感を宿して止まないのだ。



「ところで、顔つきもお少し変わったようですね」



 次に声を掛けたディル。



「えっと、そう?」


「はい。なんとなくですが、一歳ほど年を取られたように感じます。より一層の凛々しさですよ」


「……そういうのは照れるから止めてほしいかな」



 すると、アインは膝をついた騎士たちに命令する。

 片腕を上げ「皆、仕事に戻ってほしい」と短く言った。

 クリスに報告に来た騎士を除き、皆が「はっ!」と返事を返して散らばる。



「クリス」


「え、あっ……はい!」


「髪留め、予備があったら借りてもいい?」


「持ってます! えっと……どうぞ」



 茶色いヒモの髪留めを受け取り、アインは口にくわえ髪の毛を梳くように手でまとめる。

 やがてクリスから借りた髪留めで一本の結ったのだが。



「……いやはや、本当に今のアイン様は雰囲気が違いますね」



 と、困ったように笑ってしまうディルが居た。

 理由は単純で、オリビア譲りの顔つきのアインの今の仕草が、アインが男性であるにも関わらず艶やかだったのだ。

 同性からも容易く注目を集められるほどだが、クリスは思わず頬を赤らめて顔を反らした。



「ねぇ、何か報告に来てたんだよね?」



 アインが騎士に語り掛けた。



「はっ! 標的が向かった方角の予想が付きましたので――」


「航路ってこと? それだったら、多分だけど潜伏先は俺が分かってるから大丈夫。ここに来るまでの時間で、何処だったらカミラが安心して潜伏できるかなって考えてたんだ」



 アインはそう言って海の向こうを見た。



「やっぱり、俺の予想した方角から気配を感じる」



 彼の言葉に耳を傾ける者らは、一層高まったアインの絶対的なオーラをひしひしと身に浴びる。

 これまでも従うべきと思わされる力強さはあったが、今はまるで、彼に従うために生まれてきたのだ――そう思わされるだけの強さが漂うのだ。



「あの、アイン様……? その方向って言うのは……えっと、どうして潜伏先がわかったんですか?」



 まだ目を合わせないクリスが口を開く。



「よく考えてみたらさ、どこか定住しても大丈夫な場所が無いと、これまでの大々的な行動はできないと思ったんだ。イシュタルの中でそれをするのは難しいし、あっちの大陸も近頃は監視が厳しいし――あとクリス? そろそろこっち見てくれない?」



 すると彼女は申し訳なさそうに目を合わせた。

 安堵から潤んだ瞳は宝石のように美しい。



「いろいろ設備もあって使いやすい島があったなって。大陸間の移動をしやすくて、拠点にするにはもってこいな島があったなーってさ」



 しばらくの間、その言葉を聞いた三人が小首を傾げた。

 数十秒経って誰より先に口を開いたのは、「あっ」と声を漏らしたクリス。



「……ありましたね、都合のいい島が」


「あ、分かった?」


「あははっ……はい……忘れられませんから、あの島は」



 苦い思い出ではないが、あまりいい思い出が残っていない島。

 クリスの表情から察することができ、ディルにとっては、アインとマルコの戦いを見守って少し後のことだ。

 彼もまた、ため息をついて言う。



「遅くなりましたが、私も分かりました。アイン様が仰っているのは、ハイムとの会談で利用した無人島ですね?」



 イシュタリカ主導でそれなりの設備を用意した無人島で魔物は居ない。

 使い勝手の良さは折り紙付きで、ディルの言葉にアインは素直に頷いたのだった。




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