開戦。【二巻発売は3月9日です。一巻が再重版いたしました!】
道が険しく、ウォーレンが組織した追手も苦労していたという理由が良く分かる。
険しい山岳地帯に生える木々、たかが数十メートル進むために一山こえなければならない――ということが時折あった。
クリフォトを出発して丸一日。
辺りの景色が、徐々に地図で見たような地域に突入する。
『竜……人を……我ら……恨……』
ふと、アインの脳裏に響いた聞き覚えのない声。
先日も頭に届いた謎の声だった。
「――ああ、なんか居るね」
と、小さな盆地のような地域に出てアインが言った。
辺りは溶岩が流れていたという川の形で、他の者たちには何が居るのか目に見えていない。
クリスがじっと辺りを見渡すが、ディルがたまらず真意を尋ねる。
「いるというのは、何がどちらにいるのですか?」
「強い何か、かな? ……地中から感じたんだ」
「なぜ分かるのかを尋ねるのは無粋ですね。承知いたしました。急いで皆に警戒させて参ります」
「ん。りょーかい」
アインが連れてきたのは、まさにイシュタリカ最高峰の騎士たちばかり。
専属の騎士団、黒騎士を筆頭に多くの近衛騎士。隣には、近衛騎士団長のクリスまでいるのだ。
本気の布陣ではあるが、アイン個人としては彼らに頼るつもりはあまりない。
信用していないからということではなく、決着をつけるべきなのは自分だという考えのもとだった。
険しい面持ちの彼を見て、クリスが言う。
「例の第二夫人が居ましたら、私が彼女の首を――」
「ありがと。でも、これまでも十分甘えさせてもらったからね。……決着は俺がつけるよ」
「……大丈夫、なんですか?」
「えっと、大丈夫って何が……?」
「いくら禍根があろうと相手は女性です。アイン様の心が痛むことがあるのなら、汚れ仕事は我々がいたします」
「そう言ってくれるのは嬉しいけど」
今はそんな気遣いは無用だと、口に出して伝えようとすると。
「私は何よりもアイン様のために言ってます。でも、アイン様はお分かりですよね? これはイシュタリカのためでもあるんです。仮にアイン様が心を痛めてしまうと……」
これからのことに支障をきたすかもという懸念だろう。
しかし、アインは晴れやかな笑みを浮かべた。
「なら逆だよ。俺自身で決着を付けなかったら、今度はそれで後悔すると思うから」
「……分かりました。なら私は、アイン様のお傍で応援しております」
「うん。それなら頑張れそう」
ははっ――軽く笑って返すと、アインはおもむろに剣を抜く。
同時に。
「近衛騎士隊ッ! 襲撃に備えろ!」
ディルの号令が辺りに響き渡る。
実はこの地にたどり着くまでにアインは言っていた。ここが戦場になるはずだと。
盆地は辺りが囲まれる。誘いこまれるような地域なことは分かり切っていて、だが、アインはそれでもこの地にやってくることを決定していたのだ。
従ってくれた勇敢な仲間たちに感謝しつつ、絶対に終わらせるという強い決意を抱く。
ディルの号令から間もなく。
高地や木々の陰から放たれた魔石砲の攻撃。
「奪取した魔導兵器……ですね」
「うん、俺もそう思う。この感じだと、敵の兵力を減らさないとカミラたちも出てこなそうだね」
ところで、これらすべてはイシュタリカの軍属だった兵器の数々。
少し前、クリフォトから奪取されたばかりのものだ。
クリスの声に応じたアインは少しも動じておらず、やがて近衛騎士隊が放り投げた玉の魔道具が宙で破裂。
魔石砲の放射状の攻撃に対し、薄い膜を張るように対抗した。
これらは魔石砲に対しての防衛手段。
開発された当初、クーデターや今回のような奪取を想定して作られた対抗手段だ。
「黒騎士を筆頭に、攻撃部隊は敵勢力を――」
「待った」
「ア、アイン様……!?」
「二度目を撃たせるつもりは無いから、大丈夫」
後ろのディルが戸惑い、対照的に隣に立つクリスが落ち着いてアインを見つめる。
皆が立ち止まってしまった間にも、敵が魔石砲の第二陣を放つ。
「う、撃たれましたがッ」
「……語弊があった。撃たせるけど、こっちには届かせない」
彼が言い切った刹那――辺りから陽の光が消え去った。
いや、正しくは何かに遮られて、明るい光が届かなくなっているだけだ。
その何かは、この盆地の宙に姿を現し全てを見下ろす黒い太陽。赤黒く……紫電のようにバチ、バチと音をあげる巨大な漆黒の塊があった。
「あれが……アイン様の力の奔流……」
初見のディルが驚く。
クリスは魔王城で見たこともあって、彼ほどの驚きはない。
ただ、黒騎士を含む皆があまりの存在感に腰を抜かす寸前だった。
魔石砲を届かせない、その意味が披露される。
「そんな、馬鹿なッ!?」
「すごい……すごいぞッ! ははっ! 魔石の力が吸収されてるみたいだ!」
「殿下の御業だ!」
歓声を上げた騎士の視線の先には、光を失いただの礫と化した魔石砲の砲撃。
魔石砲は、魔石に宿る魔力を用いるのが主力となる。
仄かに煌めく魔力の輝きは、糸に引かれるように漆黒の塊に吸い取られていくのだ。
多くの物陰から、思わずローブを着た者たちやハイム騎士が姿を見せた。
「あの力って、すごくズルいと思うんです」
「え、クリスは何でそう思ったの?」
くすっと笑ってアインが言った。
「だって、近くにあるだけで魔力を吸えるんですよね? それって、ここに立ってる私からも吸い取れるってことだと思うんです。勝ち目なんて少しもないじゃないですか……」
不満げな彼女が抱く騎士としてのプライド。
好意を向ける相手が強いのが悪いということはないが、これまで騎士として生きてきたからの矜持があった。
すると、不敵に口角を上げたアイン。
「吸うなら吸うで、クリスのは直接もらうよ」
聞き取りようによっては大胆な発言。
言い切ったアインの表情は、どこか野性的でいつもより男らしい。
クリスは一瞬で頬を真っ赤に染めあげながらも、彼のいつもと違う発言と気配の理由を察した。
「今のアイン様は……魔王アインってことなんですね」
猛り、頭の中が脳内麻薬か何かで満たされているのだろう。
いつもより少し大胆なアインも、実のところ新鮮で悪くなかった。
アインが前髪をかき分け息を吐いた。
「――我らが大地を踏みしめる資格のない者が居る。民を襲い、多くの厄を生み出す我らの敵だ」
覇気のある声で言い歩き出す。
漆黒の塊から雷のように魔力が舞い降りると、アインの全身を黒いモヤが包み込む。それが晴れたとき、彼が纏う王太子の衣装が黒く染め上げられ、両腕が同じく漆黒の手甲に覆われていた。
「イシュタリカの白銀を犯そうとする亡者に終焉を与える。この私と共に戦場を駆けられる者は声を上げろッ!」
皆がまるで歓声のような大声をあげ、王太子アインにつづいて前に進む。
敵の方が立地条件が良かったにも関わらず、士気の差は圧倒的。むしろ戦いの舞台に誘い込まれたのは自分たちだったのか? 敵の多くが身体を震わせた。
やがてアインを追い越し駆け出した騎士たちを切っ掛けに、この一体の盆地が戦場と化した。
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