再会と怒りと龍と。
アインが敵と戦う姿は、ほぼすべての者らがはじめて見る光景だ。
共にやって来た者たちの中で、自分のすぐそばで彼が戦う姿を見たことがあるのはディルただ一人。ハイム戦争当時のそれとは戦場の質が違っていたものの、当時と違う点が一つだけある。
「……凄まじいな」
つい言葉に漏らしてしまうほど、魔王として暴走した過去があるアインの実力が計り知れない。
視線の死角からの攻撃はディルを主として、黒騎士がしっかりと見ていた。だが、アインはその補助を必要としていないと言わんばかりに、気が付くとその敵まで倒してしまっている。
驚きは伝染していき、敵のみならず、仲間の騎士たちもその強さに驚嘆する。
ディルがアインに話し掛ける。
「それにしても……無駄に敵の数が多いですねッ!」
「うん。有象無象って感じだけど、数が多いってのも立派な戦力だから」
「しかし我が国にも、これほどの危険因子が潜んでいたと思うとやるせません……!」
「人口の多さに比例するんだと思う。全員がまっとうな人間に育つはずがないから」
「……ですね」
一人、二人とローブの男が倒れていくがやはり多い。
まだ百、二百は超えていそうな人数にアインが辟易としだした頃。
倒した敵を傍目に息を吐いて間もなく、イシュタリカ騎士の悲鳴が響いた。
「ぐぁぁあああああああ――ッ」
慌ててアインが目を向けると、そこに居たのは腕を切り裂かれた騎士の姿。
相対しているのはハイム騎士だが、不自然に身体が大きく、周囲の騎士が息を呑むほど力が強い。
「アイン様! アレが恐らく例の――」
「こっちはいい! 黒騎士を連れてあいつらを倒してきてッ!」
「はっ!」
ディルが号令をあげてアインの傍から離れる。素直に聞けたのは、ここにいても自分の仕事が無いと悟ったからに他ならない。
やがて、騎士の命が奪われる寸前に二人の間へとぐりこんだ。
「離れていろ! 我々が対処する!」
身体が膨張している騎士の数は五人。
対照的に、マルコが居ない黒騎士の人数はディルを含めて三人だ。
「……ディル。お前の予想通りの強さではないみたいだが」
と、ディルの幼馴染のクライブが言った。
それに対してディルは。
「正直、想定外に力を増しているみたいだ。だが、我らが一対一で戦えば勝てる相手――今回は相手の数が多かっただけでしかない」
苦笑して頷いて返すと、ディルは相手をまっすぐ睨んで強く語る。
「相手も我らと同じ死兵だ。忠誠を誓う方が素晴らしい分、こちらの方が強いに決まってる」
「な、なんだその強引な理論は……それに、俺たちも死兵だったというのは初耳だ」
「アイン様に命を捧げると誓った瞬間からだ。間違っていないだろう?」
「……言い得て妙だな」
小さく笑いあった二人に向けて、残された黒騎士唯一のエルフ、サイラスが言う。
「我々が敗北すれば、いと尊き血を引くお方の泥となりましょう。我らはこちらの対処を任された身ですので」
「えぇ、サイラス殿の言う通りだ」
ディルの返事をきっかけに、三人が五人のハイム騎士に向けて襲い掛かる。
これまで仕込まれたマルコ印の訓練の賜物か、人ならざる存在になっているであろうハイム騎士を相手に、人数不利であろうと優位に戦いが進む。
特に近接戦が得意なクライブ、時に弓を持ってけん制もできるサイラス。
最後に、黒騎士団長の名を冠するディルは、ケットシーになって得た俊敏性を誇りつつも、持ち前の流麗な剣捌きをもって敵の剣をいなし、鎧の隙間を縫って剣閃を放つ。
やがてそんなディルの剣戟に押され、一人のハイム騎士の兜が砕けちった。
晒されたのは。
「……なんと醜い」
サイラスの言葉通り、ハイム騎士の容姿がおぞましい。
額に埋め込まれた黒い石を中心に、大きく隆起した血管の筋が青黒く存在を主張し、瞳を囲む白目も真っ赤に染まる。
口元は野性的に犬歯が発達して唇からはみ出すと、紫色の体液を漏らしている。
ハイム騎士が立ち止まったのを機に、三人も一度距離を取る。
「あの石を破壊すればいい! ハイム戦争のときも通用した!」
「ああ!」
「承知いたしました!」
指示を出してすぐ、ディルはアインが戦う方を見た。
敵戦力を手玉に多くの数を相手に戦う彼は、自分とは格が違う存在なのだと再確認させられる。アインの近くにはクリスもいるとあって、何の心配もせず、自分に課せられている戦いに専念できた。
「ディル、ならば波状攻撃を……」
「いえ、クライブ殿。その必要はございません」
「……サイラス殿?」
クリスの故郷、エルフの里にて戦士長を務めていたサイラスの自信。
彼もやはり刃物を使うが、何よりも得意とする武器は
兜が砕けたハイム騎士は剣を構えたが、放たれた矢は、剣の真横……剣と触れる直前の横を通り抜け。
「あのように防具がないのは助かります。それに、こうして立ち止まって弓を使えるのでしたら、私の矢が外れることはありませんので」
堂々した言が頼もしい。
アインの専属を務める騎士なだけあって、皆が普通の騎士に比べ一芸にも秀でていることの証明だ。
三人はこうして相手の数を減らしつつ、五人のハイム騎士を倒していく。
◇ ◇ ◇ ◇
敵戦力が順調に減っていく中、アインがある考えを抱く。
「やっぱり、ここ以外にも戦力を用意してそうだね」
その声にクリスが近づいた。
「……すでに結果は決まったも同然です。我らの騎士が数的優位、ローブを着た者らもすでに戦意喪失しているといっても過言ではありません。仮にここを決戦の舞台に選んでいたのなら、アイン様が仰る通りかと」
「うん。とっておきの戦力を残してきてよかったかも」
「た、たしかにとっておきでしたね……はい……アイン様らしい戦力だったと思います」
二人が剣を納めて周囲を見る。
アイン側の犠牲もいくらかはあるが、それでもやはり精鋭なだけあって多くはない。
――そろそろか。
アインが辺りを見渡して間もなく、彼の耳に届く風を切る音。
「ッ――アイン様! 危ない……ッ」
クリスの目に映るのは飛んできた一本の短剣、それはアインの背を突き刺さんとするため放り投げられたもの。
が、アインは振り返らず、小声で「大丈夫」とだけクリスに返した。
すると、彼の背の地面から木の根が生じ、急成長するツタが幾重にも重なり短剣を受け止めた。
「この短剣、きっと大切にしてたんだろうね」
「危ないことはしないでくださいってば……! もう! それで、その短剣に覚えがあるんですか?」
「俺が小さい時に、ラウンドハートの屋敷で毎日のようにみてたものだよ。刃は無かったと思うから、わざわざ鍛冶師に頼んだんだと思うけど」
少ない情報だがクリスも察する。
「……グリントのもの、ということですか」
「そういうこと。だからやっと出て来たってことだよ――そうだろ、カミラ」
アインの視線が少し離れたところに向かう。
盆地の奥にあった小さな峠のような場所、いつの間にかそこにたっていた二人の大人の姿に気がついた。
一人は男、そしてもう一人はカミラ。
「ノイシュですね」
「あぁ、イストで話をしたあのノイシュで間違いない」
「何の接点があって二人が手を組んだのか、それも少し聞きたいところではありますが……」
「ごめんね。悪いけどそうするつもりはないんだ」
クリスがアインの横顔を見ると、彼の額付近に浮かぶ青筋に気が付く。
怒りは最高潮で、もう姿を見てしまうと限界が近いのだ。
「無駄に話すから逃げられる。無駄に時間を与えるから戦いが長引くんだ」
語りつつ差し向けられた右腕に応じ、宙に浮く漆黒の塊が大きく脈動する。
波動を放たんとした刹那。
強く揺れた地面と、何かが地中を流れる音。
音と揺れはカミラとノイシュの方角へ向かって行き、アインが波動を放つ手前でその理由を明らかにした。
「私は誇らしいッ! 偉大な龍の再臨を前にここにいられるからでッ!」
ノイシュの歓喜の声の後に、彼の背後で溶岩が吹き荒れる。
カミラと彼の二人にはかからず、なにか不思議な壁で守られていた。
恐らく、何らかの魔道具だろう。
「殿下に恨みなんてございませんッ! 英雄、王太子、これまで多くの偉業を成し遂げた貴方を私は良く知っているッ! 私ですら感嘆し尊敬の念を抱くほどのお方なのだからッ!」
彼の言葉に、隣に立つカミラが顔を歪めた。
「ですが申し訳ないッ! 私は殿下よりも龍が恋しいッ! 何よりも雄々しく強大なその存在……ッ! あぁ、龍以上に素晴らしい存在なんているのでしょうかッ!? いえ、どこにもいないはずなのですッ!」
「……もういいよ」
アインが手をぎゅっと握りしめると、漆黒の塊からついに波動が放たれる――ッ。
空気を揺らし、空間までゆがめる程の威力を込めたそれが、カミラとノイシュの命を奪おうと襲い掛かった。
――しかし。
「古の龍がなんと美しいこと……その力を殿下も目の当たりにすることでしょうッ!」
吹き荒れる溶岩の中から、アインの漆黒に劣らぬ黒い腕が伸びて現れる。
太く節くれ立ち、筋肉質の腕が逞しい。
黒い腕が何をするのかと思って間もなく、それはアインが放った波動を握りしめ――辺りに散らした。
「なッ……アイン様の力を……ッ!?」
「大丈夫だよ、なんとかするから。でも強そうだよね」
「ちょ、ちょっと! アイン様、どうしてそんなに呑気なんですか!?」
「いやだって……なんとかするしかないわけだし……」
二人の掛け合いの向こう側でカミラが笑う。
アインの攻撃が通用しなかったのを見てほくそ笑んだのだ。
「久しぶりね、アイン」
「えぇ。あまり長く話すつもりは無いので、近況とかは教えてくれなくて結構ですよ」
「……その気に入らない性格も昔と同じ。私のグリントを奪った貴方から、私も全てを奪ってみせるから」
奪うも何も、最初に攻撃をしかけたのはそっちだ。
なんて言葉は口にせず飲み込んだ。
「カミラ殿ッ! 話すよりも尊き龍ですッ! さぁ――私が復活させし黒き龍を! その身体を見せなさい! そして私が研究者として正しかったと証明し、私を研究者の神として大陸全土に広めなくてはなりません……ッ!」
意外と欲望に素直なのだろう。
ノイシュがこれまで得た苦労は分からないが、欲求に素直な正確なことが伝わってくる。
彼の言葉の後、溶岩の中から伸びる腕がさらに姿を見せる。
すると、腕を囲むように付着していた金が地面に落ち、床一面が純金一色に塗装されていった。
「あぁ! これまでの苦労がすべて報われるッ! 愛しい我が龍よッ! そのまま全貌を――ぜん、ぼう……を……」
ゴリッ、と痛々しい音があたりに響いた。竜の手がノイシュの身体を掴んだのだ。
腕は大きく、全長は予想だが100メートルは超えていそう。
そんな腕に掴まれたのだから、ノイシュは小さく、人が昆虫を捕まえるかのように脆弱だ。
「そうか、お前は父の私を特等席に連れて行ってくれ――げほぁぁああああッ!? ま、待て……お前、父の私にな……ぁぁああああああッ……ぁ……ぁ‥‥…っ」
「え、嘘……ノイシュ殿? 貴方、どうして……」
ドロッとした液体が地面に落ちる。
純金の床に垂れ、ノイシュだったものがずるりと落ちた。腕に掴まれた彼は無残にも、文字通り握りつぶされてしまったのだ。
驚くアインたちを前に、吹き荒れる溶岩が徐々に溶けた純金に代わる。
中で真っ赤な二つの双眸が光をあげ、辺りに低い声が響き渡るのだ。
『――罪深き竜人の眷属よ……貴様の腸を貪ろうと……我が憤怒は収まらん……』
一直線に、この言葉がアインへと届けられた。
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