城での話と級友の出発。

 ところ変わって、アインが公務をしていた同時刻の王都ホワイトナイト城。

 実のところ王都も忙しく、そもそも、こうした大陸を跨ぐ大規模な交流というのは初めてのことだ。故に、城内に居たシルヴァードも、そして重鎮二人も昼すぎになってようやく腰を下ろしていた。



「――して、ウォーレン」


「えぇ、どうなさいましたか?」


「先日のバルトでのパーティの件、お主はどう考えておるのだ?」


「それは私も気になりますな」



 最後にロイドが興味津々な様子で笑みを浮かべ、隻眼ならではの鋭さを隠してそう言った。



「エルフの長に連絡を取りましょう。彼女はラビオラ妃の遺志を継ぎ秘密を守っていた。まぁ、当時その場所に私とベリアもいたわけですが……何はともあれ、クリス殿の血統はいずれ公表すべきこと。なれば長の意思も求めるべきかと」


「つまり反対ではないのだな」


「……色々と血統は近いですが、もはや時効でしょうから」


「む? 何か言ったか?」


「いえ何も。――二手に分かれた王家が一つにまとまる。美談でもあり、英雄アインがそうした将来を歩むのは民も大歓迎かと」


「余もそう思う。ただ、クローネはどう思うであろうな」


「陛下。陛下も妃を一人しか娶っていないからそう思うのでしょう。が、私はウォーレン殿……家臣からすれば、このような大国の王が妃を一人だけなんぞ、物申したくもありますが」


「わかっておる。まったく……お主らは、昔から数えるのも億劫になるほど言ってきたではないか」



 サロンで語り合う三人の表情は明るく、アインという存在の近辺が気になってしょうがない。

 シルヴァードがソファに深々と腰かけ肘をつき、目を細めて二人を見つめた。



「ただ、我ら外野が強引に進めるのも良くない。とりあえず私が長に書を認めますので、一度ご相談を兼ねてと致しましょう」



 エルフの長もいわば忠臣で、マルコやウォーレンに連なるほどの愛国者。

 数百年の間、心の奥底に王家の秘密を隠し持った彼女には、シルヴァードも筋を通すべきと素直に頷く。

 窓から差し込む光を眺めていると、ある異変にロイドが気が付いた。



「どうやら初雪のようですな。王都もそろそろ冬化粧が近づいているらしい」



 舞い降りる雪の粒にしみじみと頷き、彼は立ちあがり窓にかかるカーテンをすべて開く。



「ウォーレン殿。シルビア様曰く時間はあるとのことだが――」


「戦力配備を進めております。魔石砲に加え、新たな設置型の炉なども多数ですな」


「それはよいことだ。どうやら、あの少年の価値も計り知れんらしい」


「ふむ、ロランといったか?」



 ひげをさするシルヴァードにウォーレンが答える。



「左様でございます。アイン様と同じく十五歳ですが、すでにその頭脳や閃きは国宝もの。王立キングスランド学園で教授をしているカイル殿と同じく、そろそろ新たな場を用意しておくべきかと」


「聞こう」


「二人に爵位を。ロラン――いえ、ロラン殿には男爵位を、カイル殿は彼の師ですので子爵位といたしましょう」


「よい。余も同意する。それらすべては一任する」


「仰せのままに」


「……それで、ウォーレン殿が言いたいのはそれだけではないのだろう?」


「おや、お分かりでしたか? 実を言うと、二人すでに国立の研究施設に勤めておりますが、いつ民間に引き抜かれるか分かった者ではありません。それはそれで未来に繋がりますが、今回ばかりはあまりにも惜しい」



 そう言って、ウォーレンが懐から取り出したのは一枚の封筒。

 相変わらず準備が良いなと、シルヴァードとロイドが顔を見合わせて笑った。

 やがてシルヴァードが受け取り中身を見ると、



「――これはあくまでも計画のようだな。新たに研究所を設け、カイルを所長に据えるという案か」


「悪くないのでは? あの男は長年の功績があり、学園ではアイン様を無事に一組のまま卒業させたという経歴もある。アイン様がご自身で結果を見せたのがほとんどですが、アイン様もカイルへの感情は良い」


「えぇ。ですので、ロラン殿はそのまま所長補佐に据えようかと。リヴァイアサンの件もありますし」


「となれば新設された研究所の場所だ。あてはあるのか?」


「……実はカティマ様がシュトロムに行かれたのは、私の想定通りだったのです」



 この男はどこまで考えているのだろう? 察した二人は気の抜けた顔を向けた。

 カティマが出張の名目に使ったのは、いずれシュトロムに出来るであろう研究所のため。だが、その以前からウォーレンは動き、話を進めていたと言う。



「シュトロム支所といたします。本部は城、地下にあるカティマ様の研究室とさせていただこうかと。どうでしょう? 第一王女が後見人となり、功績も十分なカイル殿という男が所長、そして、新進気鋭の研究者がその補佐になる……ふむ、失敗する未来が見えないのは、十分な計画だったとの証明ですな」



 我ながら惚れ惚れする。彼のそんな態度に二人は感服し、シルヴァードは彼の用意周到さに鼻先を掻く。



「実はこの件はカティマ様に先日打診しております。いやはや、近頃は多くの場所で色恋沙汰が多くてかないませんな、ロイド殿」


「……何のことだろうか?」


「惚けずとも結構です。ですな、陛下?」


「オリビアは何があろうともアインしか見ておらぬのは、二人がイシュタリカに来たときから知っておった。クローネも居る、問題があればクリスをとも思っていたので、アインの心配もしておらんかったのだ。だが、問題は……問題はあの猫娘。余は心配して居ったのだ、それはもう、毎週のようにララルアと相談し、どうしたものかと悩んでおった」



 饒舌に語る彼の言葉にウォーレンも頷き、ロイドはどうしたものかと腕を組みつつも申し訳なさげに笑う。



「恐れ多くも、息子のことは息子に任せようかと」


「それは素晴らしいことだな、ロイド。では余も娘に任せるとしよう」



 すると、ロイドが咳払いをして話を戻した。



「噂によると、次世代艦――戦艦の新型の件にも、ロランを向かわせるとのことだが?」


「主要開発部分について、その新設された研究所に任せるつもりです」


「……不満を買うのではないか?」


「買うでしょう。ですが、主要な大研究所やイストでは、すでにあの二人の名は売れております。さらにカティマ様がつけば大した問題にはならないかと」



 つまりほぼ新設研究所は確定済みということ。

 国王の承認前といえ、ここまで進められるのはウォーレンだからだろう。



「優しい男だな、ウォーレンよ」


「……はて?」


「ロイドのように惚けるでない。娘への件もそうだが、新設研究所というのはアインの統治への助力に他ならん」


「滅相もない。あくまでもシュトロムがちょうどよかったというだけですよ」


「と言っても経済的な優位は否定できまい。偶然だったということにしてやってもよいがな」



 すると、腕を組んだロイドが言う。



「陛下、そう言いましても殿下の統治は順調ですぞ? いわゆる殿下印の果物もありますが、オーガスト商会との縁もあり、着実に経済的な規模を高めております」


「しかしそれもオーガスト商会の力添えがある」


「それも実力でしょう。ララルア様にはアイン様への称賛を伝えていると、我らは知っておりますからな?」


「ッ――な、あ……あの妻は!」



 厳しく律しようとしたものの格好がつかず、シルヴァードは照れくさそうにそっぽを向いた。



「しかしウォーレン殿? カイル、ロランの二人に爵位を与えるのはよいが、クリス殿はどうして今まで爵位を与えなかったのだ?」



 彼女は昔から近衛騎士団の副団長を務め、今では団長を務めるほどの女性。

 通常なら、伯爵位ほど与えられていてもおかしくない。



「与えようと考えたことはありますよ。ただ、セレスティーナ殿の件があったことと、私としても、貴族の責務を負わせることに迷いがあったからですな」



 しかしアインと共になれば、もはや爵位は必要ない。

 名実ともにイシュタリカの名を刻むことになる。

 二人は彼の言葉に納得すると、午後の公務に向けて英気を養った。




 ――そして今、爵位授与が決まった二人は水列車に乗り、臨海都市シュトロムに向かっている。



「お、俺……第一王女の下に着くなんて、父と母になんて説明すればいいんでしょうか……!?」


「……私は今更のように感じている。学園時代は殿下と籍を並べたのだぞ?」



 功績は多かろうが精神力は決して強くない。

 そんなロランは隣に腰かけたカイルに呆れるように言われ、忙しなくまばたきを繰り返し窓の外を見ている。

 ただ、王立キングスランド学園といえど幼い子供たちの面倒を見続けてきたカイルは、ロランを窘める術を良く知っていた。



「ところでロラン。君の目標は高かったと思うが、先は見えているのか? 例の、先日学会に出した論文の事だが」


「僕のって、あぁ! 天空城のことですか?」


「そうだ。あの夢物語のような研究テーマのことだが、実は私も嫌いじゃない」


「順調とはいきませんね……でも、いずれ絶対に作ってみせます! 教授も手伝ってくれるんですか?」


「……同じ研究所に配属になれば、関わる機会もあるだろうさ」



 ロランの目的はカイルが言うように夢物語。

 空に浮く城を作りたい、そして、そのために飛行船という新たな乗り物を作りたい――これだ。

 現状、高い技術力を持っているイシュタリカでも、残念だが巨大な物を浮かしたまま動かす技術は存在しない。物を浮かせる技術はワイバーンの生態の研究から伝わっていることもあるが、規模の違いが大きすぎた。



 しかし、そんな夢物語のようなテーマも、同じく研究者のカイルは心を大きく揺さぶられ、教え子だったロランと共に叶えたいという願いがったのだ――。



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