引き続いてのハイム公と、積極的になったポンコツ。
カフェテラスを出た二人が向かうのは大通り。
目立つ場所で演説なんかするわけではなく、半ば巡回、半ば散歩のように歩くだけ。
ただ目的はあり、アインとティグルの二人が肩を並べて歩き、ハイム自治領という存在がすでに身内ということを知らしめるための一面があった。
笑みを振りまき手を振って、祭りで賑わう街中を歩いていたのだが、二人はつづけて互いの近況を報告し合う。
「――ってわけで、妙にキザな男だと思ってたら、男装した令嬢だったって話なんだけど。どう?」
「知らん。私にそんなことで意見を求めるな……面倒ならいっそのこと、相応の尋問でもしてしまえばいいだろうに」
「グレーだしさすがにね。親が犯罪者だからって子も処罰なんて古くさいし」
「イシュタリカらしいことだ。我が父上が処罰でもしようとすれば、間違いなく変態貴族の玩具にでもされていただろうな」
「……うわぁ。考えたくもない」
とはいえ否定できないのがティグル自身も辛いところ。
「あの女狐の力を使えばよいのではないか?」
「勘弁して。気分悪くなる」
「しかしそれでは優先順位が違う。お前が優先すべきは早急な解決のための方法であって、気分が悪くなるなんて些細な問題だろう……いや、未来の国王の性格に変化でも出れば、それはそれで損失か」
「似たようなことをディルたちにも言われた。言葉にしにくいけど、結構嫌な気分になるんだよね」
「まぁ、好きにしろ。別にそう重く考える必要はない」
「……そう?」
「仮に赤龍がでようが黒龍がでようが、いくらかの犠牲で終結するだろうに」
アインという存在に加え、アーシェら魔石組の存在を示唆した。
――だが、
「全然だめじゃない?」
犠牲を出さないようにと行動しているのに、それでは本末転倒。
同意できないとアインが小首を傾げ、ティグルの横っ腹を小突いた。
「現実問題、犠牲なしなんて不可能だ。最小限に収めるぐらいが精いっぱいに決まってる」
それこそ戦力の問題で、数年前の海龍騒動と同じく犠牲はつきものだとティグルは言った。
「それでもどうにかしたければ神にでも祈れ」
(……またあのダンジョンに潜るのは勘弁願いたいかな)
「おい、なに惚けた顔をしてる」
「――いや、なんでもない」
アインは先日のことを忘れるように首を振って、気を取り直し笑みを浮かべる。
「そういえば、一つ共有したい情報がある。――旧ハイム王都の件だ」
「俺の抜け殻が残ってるところか」
「共有したい情報というのもそれだ。アインの抜け殻となった馬鹿でかい大樹だが、あの近辺はハイム騎士とイシュタリカ騎士によって警備されている。しかし、先日不審な物影があったと報告が届いた」
「へぇ……あんなとこに何しに行ったんだろ。残ってるかもしれない宝物でも探しに?」
「そんなものはとうに掘り終えている。標的となったと思われるのは、お前の抜け殻だ」
「……は?」
「世界樹の抜け殻の近くに不審な影があると気が付いた騎士が足を運び、去っていく数人の後姿をみたのだ。夜遅くだったから詳細は不明だが、逃げた場所には木を切るための道具が残されていたという」
残されていた工具を使い、世界樹の根を切ろうとした痕跡も残されていた。
どうやら硬かったようで切られてはないとのことだが、
「不審に思わないか? 正直言って、お前が生やした大樹の木材を欲しがる好事家はいるだろうが……」
「俺からしたら、不審なのもそうだけど……自分を持っていかれそうだったってのが気持ち悪い」
「はぁ……そんなものは知らん。大した事件ではなく、一応警備も増やしてから異常は無い。ただ、一応頭の中に入れておくといい。ウォーレン殿にも報告はあげるからな」
「いっそのことなんだけど、不安の種になるなら燃やしてもいいと思うけどね」
「あの馬鹿でかい大樹を燃やすのなら、旧ハイム王都ごと焦土にする必要があるぞ」
損失が大きい。ティグルが言うことに頷き返し、間違いだったとアインが反省する。
――しかし目的が分からない。
例えば老成した樹木というのは高級建材の一つであり、一枚板の机は年輪が魅力的だ。
あるいは樹木の種類によれば高温の炎を生み出すことが出来るが――。
(もしかしてそのために?)
世界樹を燃やすと高温の炎を作れるのか知らないが、真相は分からない。
ただ、それを知る人物が存在しても、このイシュタリカの長い歴史を思えば可能性もゼロじゃなく、以前の、ムートンから聞いた遠方で伝わる話もある。
仮にその力強い炎を例の儀式にでも使われたら――という懸念だ。
「おい、だから急に惚けた顔をするなと」
「ごめん! ちょっと待って!」
今できることは何か。アインが考えついたのは、実際にどんな炎を生み出せるかの実験で、
(仮にすごい炎にできるなら、旧ハイム王都ごと燃やすべきかもしれない)
損害は考えたくもないが、アインの中ではやはり人命を最優先としたい感情がある。
どでかいキャンプファイヤーだとでもシルヴァードに言えば、どんな顔をするだろうかと気になった。
「ハイム王都の騒動を天に送るという意味で、いっその事すべて燃やしてしまうってどう?」
「何を考えたのか知らんが、場合によっては悪くない。面倒な騒動になるのなら、さっさと燃やしてしまう方が楽だ」
「あれ? 反対しないんだ」
「……私としても、あの王都では色々と思い出したくない思い出もある。逃げかもしれんが、反対する気にもなれないのだ」
残念なことにまだあの大樹はほぼ生木だろうから、幾分か燃えても途中で鎮火してしまうだろう。
その辺りは後ほど考える必要があった。
「とはいえ、王家でいくらか保有しておくぐらいはしろ。財が増えるのはよいことだ」
「ん、助言ありがと。あとでお爺様たちに色々と相談してみるよ」
「それにしても、どうしてこうまでお前は騒動に愛されているのだ? 生まれた伯爵家では廃嫡され、はじめてのパーティで第三王子が見初めていた女性を惚れさせ、その日の晩のうちに海を渡り大国に行き、明けた日には王太子。なぁ、静かだった時期があるのなら教えてみろ」
「……」
「なるほど、無いらしい。……ただまぁ、アインの騒動には私も関与していたから、そう他人事のように軽くは言えんが」
思い返せば自分の引いたがガチャはスーパーレアだ。
ここまでの人生すべてをひっくるめてのスーパーレアなのだろうが、色々死にかけた記憶ばかり掠めた。
「はははっ……アイン様らしいではありませんか」
「ディ、ディルまでそういうの……?」
「大丈夫ですよ。海龍の際に陛下のご意思に逆らった私も同罪ですので――っと、そろそろ護衛交代箇所ですね」
ふと、何のことかと疑問に思ったアインが前を見ると、クリスや数人の近衛騎士らが待っていた。
「私はこれより席を外し、詰め所へと向かう予定がございます。護衛を引き継ぐこととなりますが……」
ディルがそう言うなか、アインがやってきたことに気が付いたクリスが近寄ってくる。
「あっ! アイン様! 午前中のお仕事お疲れさまでした――!」
「おはよ、屋敷では顔を合わせられなかったもんね。……あれ? 今日は少し髪型違う?」
「ッ――変でしょうか……?」
「ううん。似合ってていいと思うよ」
「あ、えっと……そ、それなら良かったです……」
彼女の髪はバルトでのパーティを思わせる、上品なウェーブが特徴的な愛らしくも媚びすぎていない髪型。
アインは指摘しなかったが、唇の艶は、以前より異性の気を引く瑞々しさを晒している。彼女はアインの誉め言葉に若干頬を赤らめて口角を上げた。
――二人が肩を並べたところで、ティグルが口を丸くして腕を組み、目の前に広がる変化を焼き付けるように目を細める。片方の足先をトン、トン……と音を立て考え込み、二人が語らうのを傍目に一つの結論に至った。
「ディル殿。一ついいだろうか?」
さきほどカフェテラスで語った疑問は、どうやら杞憂だったということがクリスを見て分かったのだ。
「えぇ、なんでしょうか」
「今日だけの進言だ。陛下もそうだが、見守りすぎも色々と毒になるかもしれないと、近くの者にでも知らせてやると良い」
「……はは。耳が痛いお言葉で」
今日のティグルは気の利いた助言を語る日だ。
確かにそのとおりと首を縦に振り、ディルは主君の様子に頭を抱えた。
「まさか貴方様から助言をいただくことになるとは」
皮肉ではなく、純粋な驚きの声だった。
楽し気に挨拶を交わすアインらから少し距離を置き、内緒話をするように声を抑える。
この賑やかな祭りの最中、クリスという女性は異性の目を好き放題集めている。アインもオリビア譲りで花があり、それを言えばティグルも良く、ディルもケットシーの価値観で言えば同じこと。
この一角だけ貴族が開く優雅な夜会のようた。
ヒロインのクリスは多種多様な好意ばかりを込め、想いに気付いてほしそうな情熱的な瞳をアインにだけ向けていた。それはティグルから見ても魅力的で、クローネとはまた別の格を感じさせるのだ。
「で、ディル殿はどうなんだ? 賛成なのか?」
「反対派がいるか疑問に思うぐらいです。民もそうでしょう。初代陛下の再来と謳われるアイン様の御子ならば、その数が少ないこと自体が国の損害ですので」
「……なるほどな。私の弁が役に立ったのはそのせいか」
時間の問題だろうさ、最後にそれだけ呟いて、ティグルはディルと苦笑交じりの穏やかな笑みを交わした。
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