祭りに水を差された時。
シュトロムはイシュタリカの主要都市が釣り合い良く混在している都市だ。
今は特に、祭りの期間とあって大陸中から商人が押し寄せている。
「――そういえば、イスト交易商会はどうなったんですっけ?」
「え、グラーフさんが睨みを聞かせてくれてるけど」
「……随分と商売がし辛そうな感じですね」
「イスト交易商会は、直接的に古代生物研究所に資金を流してたしね。知らなかったじゃ通らないぐらいには」
困ったように笑うアインの手には、夜店で購入した串焼きが一本。香ばしい香りを放ちつつ、ポタッとタレを石畳に垂らした。
大通りの込み合いはいつものシュトロムと段違い。しかし、アインとクリスの二人は、軽い身のこなしで人と人の間を肩を並べて歩く。
「結局あの問題はどうなるんですかね……」
「うーん、なるようになるしかないんじゃない?」
「あ、あれ? 随分と軽いですけど」
ローブのフードを深く被り、クリスがアインを見上げて言う。
「てっきり、やっぱり俺が行くー! なんて仰るのかなって思ってたんですが」
「さすがにもうね……。やりたい気持ちは強いけど、他にも大事なことがいっぱいあるから」
主にシュトロムの統治だが、赤狐のときと同じことはできない。
もしかすると、アインがマルコやカインたちを連れて探し回った方が早いのだが――。
(今は余裕がないしね)
なるようになるしかないというのは、投げやりなのではなく身を任せるしかないということ。
フードの下で唇をゆがめ、気分転換に串焼きを頬張った。
「最近さ、いざとなったら戦力増やす方法を理解したんだけど、気になる?」
「……あの生意気なマンイーターのことですか?」
「あ、あはは……まぁそういうこなんだけど……うん、アレはアレでいい子なんだけどね」
親心としては、彼(彼女)をフォローしたくてたまらない。
先日の立ち合いで、クリスがマンイーターの性格をよく理解したのはアインも知っているが、アレはただ、性格が少し歪んでいるだけだ。
「――おっと、悪いねお兄さん」
「いいよー」
ふと、旅人らしき男とアインが肩をぶつける。
クリスは睨み付けるように男に振り返り、すぐにアインを心配するように尋ねる。
「怪我とかしてないですよね? 大丈夫ですか?」
「大丈夫大丈夫。あと……そろそろ戻ってくると思うけど、あ、ほら」
「はい? ……って!? ど、どうしてここでこの花が……!?」
「意外といい子なんだよ。スられた財布を取り返してくれたでしょ?」
そう言ったアインの襟元からは、上機嫌にマンイーターが顔を出したのだ。
口元に加えられたアインの財布をペッと落とすと、アインの手元に乗せ、『――ヒヒッ』と得意げに笑って姿を消す。
アインは財布の中身を確認すると、マンイーターのいい仕事にほくそ笑んだ。
「スられてたんですか!? ならすぐにあの男を――ッ!」
「それも大丈夫だと思うよ」
今にも走り出そうとした彼女の手を取り、アインが声を小さくして言う。
「――たから」
「ご、ごめんなさい。人の声で聞こえなくて……もう一度いいですか?」
「ごめんごめん、えーっとね」
すると、アインがクリスの耳元に顔を近づける。
そもそもフードまで被っているのだから、聞こえづらくて当たり前で、
「ほら、マンイーターが逆に良い物をスってきてくれたから」
耳の近くで言われると、息遣いや声の振動まで伝わり照れくさい。
クリスはハッとした表情でアインの近くの耳を抑え、俊敏な動きで一歩下がった。
「えぇー……どうして逃げたのさ……」
「す、すすす……すみません! まだ私には荷が重すぎると言いますか……ッ! が、頑張って慣れますので……!」
「いやいやいや、何の話か良く分からないけど……ほら、良い物ってのはコレだよ」
「……紙ですか?」
クリスはほのかに赤く染まった手を少し震わせながら、アインの手渡した紙を開く。
「宿屋の部屋番号? そっか、この紙は宿泊してる宿屋の控えなんですね」
「そ。だから、この紙を途中で誰かに……あぁ、居た居た」
すぐ近くに立つ騎士に気が付き、アインがクリスを伴い近寄る。
「ちょっといい?」
「む? 何か用か?」
騎士はローブを着た二人組には気が付いたが、中身がアインとクリスとはまだ分かっていない。
「この部屋に泊ってる人を後で確かめて。多分、スリの常習犯で部屋に盗んだものため込んでると思うから」
「……急にそのようなことを言われても困るのだが。それに、何も証拠が無ければ――」
「現行犯だったんだ。クリス、そうだよね?」
「えぇ、現行犯ですね」
「ク、クリス……? もしやお二方は――ッ!?」
人差し指を口先に当て、しーっと言いつつ笑うアイン。
そっとローブの中身を騎士に見せ、隣のクリスもそれに倣って顔を見せた。
「失礼いたしましたッ! まさか殿――」
「お忍びだから俺とクリスのことは内緒だよ。いい?」
「……重ねて失礼いたしました。では早速、該当する宿屋に騎士を派遣いたしますので!」
「うん、忙しいけど頼んだよ」
去っていく騎士の背を眺め、アインがゆるい口調とともに見送る。
すると、クリスが柔らかい笑みを浮かべ、機嫌のいい声で口を開いた。
「これで一つ、お忍びなのに仕事をしちゃいましたね。ふふっ」
「俺は最初からこのつもりだったよ? 夜店巡りはあくまでもついでのつもりだったし」
「あははっ――はーい。後者が一番な理由なのは、他の誰よりも知ってるんですからね?」
唇を尖らせるアインを見て、クリスはもう一度嬉しそうに微笑みかける。
反論が思いつかなかったのだろう。彼は不満げに手を振り上げ、クリスのフードを強めにこする。
「わっ……ちょ、ちょっと! 急に何するんですか!?」
「なんとなくクリスに負けた気がして、ちょっと悔しかっただけ」
「もう……悔しかったからってやり返したんですか……」
「よーし! 別の店行こうかな!」
「あ、待ってください! おいてかないでくださいってばーッ!」
――それからいくつの夜店を回っただろう。
二人は途中で数えるのを放棄し、ただ祭りのシュトロムを一心に楽しむ。
食べ物以外にも、露天に出ている少しうさん臭い出店など、祭りらしい雰囲気を身体全体を使って全力で楽しんだのだ。
正直まだ物足りない。
言葉にせずとも伝わる二人の距離感は、自然と手の甲が重なるほどに狭まった。
だが、その祭りに水を差すような出来事が発生したのだ。
二人がそろそろ帰ろうと時計を見た、夕食時をしばらく過ぎた頃のこと――。
「お、おい! アレはまずいんじゃねえか?」
「誰か騎士呼んで来い!」
騒ぎの声だ。それは祭り独特の騒ぎではなく、剣呑な空気を感じさせる嫌な声。
「……何かあったんでしょうか」
クリスは声のする方を見た。
すると、アインが彼女より先に騒ぎの原因に気が付く。
「確かにアレはまずいね」
「アイン様? いったいなにが」
「お金持ちっぽい男が、小さな女の子にナイフを突きつけてる」
「えっ……まずいどころの話じゃないですってば!」
というより、お金持ちっぽいとはなんだ。
ツッコミを入れる前に、クリスも目を凝らしてその方角を見た。
ナイフを突きつける男は確かに質のいい服を来ており、クリスは服装から男の立場を察する。
「商人、でしょうか」
「だと思う。ゆっくり近づこう」
「はい、承知しました」
周囲のやじ馬も男を煽らず、捕まっている女の子を心配そうに見つめる。
「いざとなったら手伝ってもらえる?」
当然、男を止めるためだ。
「いえ、手伝うも何も、私がするのでアイン様は駄目ですからね? アイン様も本来は守られる側なんですから」
「……守られる側ってのは少しうーんって感じだけど、りょーかい」
人混みは商人の男から円状に距離を保っている。
アインとクリスの二人もその人混みに混じっていき、何があったのか様子を窺った。
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