二十章ーシュトロムの祭りー

[一巻本日発売!]久しぶり?の屋敷での時間。

 食事の後に、クリスはクローネに新たな報告をした。ライゼル伯爵邸でのパーティについて、自分は護衛ではなくパートナーとして参加したということだ。

 ただ、事故で根付いてしまったことに関しては、昨夜のクローネの手前、一度時間を置くことにした。



 さて、なぜパーティでそうなったのかという理由も添え、なんとも申し訳なさそうに言ったのだが、

「シルビア様たってのお願でしたら、それが正解だと思います。それに――」

 それに、前々からアインとクリスの仲を気にする者は何人もいたのだからと、クローネは何一つ問題視することがなかったのだ。



 きっかけは以前、アインがバルトから城に戻った日のこと。

 紆余曲折あり内容は違うが、乱暴にまとめれば、アインが褒美にクリスを求めた事実は揺れ動かない。

 この事実が存在しているというだけで、実のところ、責任はアインに求めることが可能だ……というのが、クローネの考え。

 結局、クリスに何かしらのおとがめ話で、この件についてウォーレンへの報告は、クローネが行うことになったところで――シュトロムに戻って最初の夜が明けたのだ。



「それは素晴らしい。団長はさぞ悔しそうだったのでしょうね」


「……カインさんの名誉のために、その辺りは伏せておこうかな」



 朝方、マルコ相手に軽く身体を動かした後、アインは魔王城での出来事を語った。

 寒さで息が白くなるが、訓練後のこの寒さは存外、悪くない。



「剣で勝てなかったのは悔しいけどね」


「とはいえ、経験の差もありますが、主戦場の違いもございましょう」



 意味を探ろうとするアインに向けて、マルコが言う。



「以前も申し上げたことがありますが、海龍相手に海中で戦うべきではない――つまり、アイン様が団長に合わせて戦う必要もないのです。なので、そうお気になさらず……と」


(分かってはいたけど、海龍倒した手段が愚策だったって言われると、何にも言い返せない……)



 アインはふっと手を振って立ち上がると、地面で休んでいて付着した砂利を払う。

 訓練用の剣を近くの剣立てに置いたところで振り返った。



「そろそろ黒騎士の訓練時間だよね?」


「えぇ。アイン様がご不在の間、いつも以上に仕込ませていただきました」


「ははっ……いつもありがと、助かってるよ」


「勿体無きお言葉です」



 守られる対象が守る者より早く起きて訓練をするというのは、普通の貴族や上流階級からすれば可笑しなこと。

 以前はマルコも同じ感覚だったものの、アインがしたいように……と、アインの活動時間に合わせている。帰宅早々、休むことなく訓練に励んだ主君に対し、マルコの内心により一層の尊敬と忠誠心が息づいた。



「じゃあ、俺は汗を流してから執務室に行くよ。何かあったら――っとと、マルコ」



 ふと立ち止まると、アインは外套傍に置いていた剣を手に取って言う。



「実は前々から考えてたんだけどさ」


「……えぇ、どうなさいましたか?」


「この剣の銘――決めてもらってもいい?」


「こ、この私に主君の剣の銘を……ですと……?」


「ずっと先延ばしにしてきたんだけど、そろそろ決めておかないと……ってさ」



 すると、マルコの身体が崩れる。

 地面に力なくへたりこむと、忙しない動きと、どこか落ち着かない態度で膝を折った。



「我が身に新たな誇りを頂戴できる。あぁ、私はなんと恵まれた騎士でしょうか」


「あ……えっと、大げさにしなくても、俺の剣ってだけだよ?」


「結構なことです。他の誰がどう心に思おうとも、私、マルコにとって――その剣はまさに神の鉾。例え剣が粗悪な黒鉄で出来ていようとも、この想いに違いはありません」



 果たして自分はそれほどの存在だろうか。絶対的な忠誠心を前にして、アインの心は感謝と共に少し戸惑う。

 ただ、近頃は自身の責任感の高まりを自覚しているからか、更に努力しようと前向きになれた。



「では早速ですが、その剣の銘をお伝えしてもよろしいでしょうか?」


「えっ、思いつくの随分と早いね」


「それはもう。アイン様が……いえ、貴方様、、、が持つ剣に相応しい銘というのは、ただ一つしかございませんので」



 アインは唇の端を綻ばせ、膝をつくマルコの傍に寄る。剣を抜き、天に掲げるようにして朝日を浴びてから、マルコに見せるように構えたのだ。



「聞いてもいい? この剣の銘を」


「はっ。アイン様の剣の銘は――」




 ◇ ◇ ◇ ◇




 湯を浴びたアインは執務室に居た。

 察していたが、書類の山を見ると頬を引きつらせるのは、生理的な反応と言っても過言ではないが、実のところクローネが片付けられなかった分ばかりなため、実質的な仕事は決して多くない。



「弱体化を使って仮病……前に考えた事あったけど、結局使うことなかったなー。使う気もないけど」


「朝からなにを仰ってるんですか……。長旅でお疲れでしょうから、今日は無理せずとも……クローネ様もそう仰っておりましたよ?」



 ディルに若干呆れたような笑みを向けられ、アインは冗談だったということを強調する。



「でもさ、あのスキルって結構優秀だったんだよ?」


「弱体化が優秀だった……ですか? 私の知る限りでは、あの力を使っていた記憶はないのですが……」


「言ったことなかったけど、ハイム戦争の時に使ったんだよね」



 精神世界で何があったのかということ。自分によく似た魔王を倒したということ。

 これらすべてを、アインは軽い態度で語り聞かせる。



「そのような大事な話は、先に教えていただきたいものでしたが」


「なんていうか帰国してからすぐに騒ぎなったり、目を覚ましてからも忙しかったし……その、言う機会が無かったというか……」



 今度陛下にお伝えくださいと言われ、アインは素直に頷いて仕事に戻る。

 クローネが確認済みなものしか積まれておらず、アインは最終的な彼女のメモを読みながら印を押していった。



「アイン様、こちらは封筒に入れて王都へ届けますね」


「うん、お願いするよ」


「……ところで、今日はどうして机の上に剣が置かれているのですか?」



 いつもなら立てかけてあるアインの剣が、今日は珍しく机の上に横たわる。

 不思議に思えてしまい、ディルがつい尋ねて答えを求めた。



「あぁ、今日ぐらいは一緒に仕事してもらおうかなーって。……相棒なわけだし」


「今日ぐらいは……といいますと、何かあったんですか?」


「ついさっき、マルコに銘を決めてもらったんだ」


「なるほど、ついにこの剣にも銘がついたわけですか」



 ディルは懐かしむような優し気な目を浮かべる。



「ちなみに、銘はなんと?」


「――『イシュタル』だってさ」


「……大陸イシュタルと同じ銘、ということですか?」


「さすがにその銘を付けるのは怒られそう……って思ったんだけどね。どうしてもってマルコが押してきたし……結局俺が折れる感じになったんだ」


「なるほど。ただ、アイン様がその銘を持つ剣を持たれるのでしたら、私もマルコ殿と同じく賛成してしまいます」



 仰々しい名前と不敬ではないかという疑念は晴れない。しかし、ディルも同調したことで、アインが驚く。



「いやいやいや……それこそ、初代陛下とかが持つなら別だけど……」


「マルコ殿にとって、アイン様が初代陛下と並ぶほど偉大なお方なのでしょう。当然、私にとっても同じことですが」



 言い終えたディルは晴れやかに笑み、外では言えませんので……と言葉を添える。

 目標としていた存在に並んだと言われてしまい、アインは照れ隠しにそっぽを向いた。



「そ、そうだっ! アルベロ男爵家の件はどうなってる? 例の祭りは来週からだし……聞き取りなんかは?」


「っとと、その件ですが……事後報告で申し訳ありません。アルベロ男爵家の当主と夫人の姿が見えなくなっているのです」


「……え?」



 逃げたということだが、想像以上に足が速い。



「代わりに跡取りがおりまして、その跡取りは身柄を抑えてございます。アルベロ男爵家の屋敷にて軟禁、近衛騎士や黒騎士を多く派遣しておりますので、これから逃げられることはないかと」


「それならよかった。いや、良くはないけど……それで、聞き込みは誰か言ってるの?」


「レオナード君……いえ、もうレオナード殿ですね。彼が初回の聞き込みに向かうことになっております」



 いきなりレオナードでいいのかと、重責のように思えて尋ねると、実のところ、レオナードに対しての評価は高いという。

 幼い頃から公爵家の教育を受けており、学園ではアインに次ぐ次席で卒業しているのだから、さも当然のことではある。いわば、ディルが卒業した時と大差ない成績に他ならないのだ。

 アインたちがもうすぐ十五歳。アインが赤狐の調査を開始したときのディルとほぼ同じ年齢で、責任ある仕事が任されてもおかしくなかった。



「次期当主はライト、、、と呼ばれているらしく、中々活動的なようで、ギルドに良く顔を見せているとか」


「……ごめん、名前もっかい聞いてもいい?」


「え、えぇ。ライトと申し上げましたが……どうかなさいましたか」



 前触れなくアインが頭を抱えた。

 アレか、アノ寒気を催すようないけ好かない男が次期当主なのか。レオナードもきっと苦労するはずだ……彼の聞き取りが順調に終わることを祈ると、



「前にクリスと見たことある。冒険者ギルドで、華やかな感じで口が上手かったよ」



 こんなことがあるのなら、下位貴族の家族構成も把握しておくべきだった。怠けたつもりはない。しかし、こうしたことで役立つのなら、後で資料を請求してもいいだろう。



「で、ライト・アルベロが重要参考人として残ってるってことか」


「いえ、少し違います」


「……違う?」



 すると、ディルは一枚の紙をアインに差し出す。



ライラ、、、・アルベロが正式な名として届けられております。男装が趣味ならしく、ライトと名乗っているとか」


「……この件は任せてもいいかな? 別の仕事をしたいんだけど」


「勿論でございます。このような些末事は、どうか下の者にお任せください」


「……うん。ありがとね」



 疲れた。疲労が溜まった。

 決して長旅の影響ではなく今の数秒で唐突に。

 一つ言えることは、仕事がクローネの確認済みなことが幸いだったということ。

 活力不足に陥りかけたが、予定通りに仕事はこなすことが出来たのだ。




 ◇ ◇ ◇ ◇




「お姉ちゃん、元気だった?」


「元気でしたよ。カインさん同じく」


「ん……。ならいい」



 昼下がりの休憩時間、アーシェのゆるい口調にアインが答える。

 屋敷の屋根のうえに二人並んで腰かけているのは、アインが廊下を歩いていた時、ここにいたアーシェと目が合い、窓越しにちょんちょん……と手招きをされ応じたからだ。空気はヒヤリと冷たくとも、屋根材に温かさが募っていたからか居心地がいい。

 立てた膝に両手を回しぼーっとするアーシェを見て、得も言われぬ和やかさをアインは抱く。



「あと、下のあれはなにやってるの?」


「クリスが一度戦ってみたいって言ってたので、出してみたんですけど……どう思いますか?」


「ん……不毛な争いだと思うよ」




 斜め下を見れば訓練場があり、そこには複数人の騎士と――巨大な花。

 イストの隠密作戦で死なないことが分かったので、剣を使って戦うことを許可したのだ。



「花弁は綺麗ですよね」


「うん、綺麗。口元を見なければすごく綺麗だよ」



 クリスの相手をするのは巨大な花、いや、ローガスと名付けられそうになったマンイーター。

 内容はクリスの優勢。当然だが彼女はこの国の頂点に立つほどの騎士、アインの眷属相手といえ、マンイーター相手なら彼女にもまだ部がある。

 ただ、問題なことが一つだけあり、



「不毛だよ、不毛。あの花って、貴方の魔力が尽きない限り負けないでしょ?」


「どうなんでしょう。切られても切られても復活してきますし、多分そんな感じかもしれないです」


「あんな生き物生み出して、クリスお姉ちゃんを襲わせるなんて……。二代目の魔王は私よりも魔王らしい」


「……なんて人聞きの悪い」



 ところで、クリスが根元からマンイーターを切り裂いた。

 今度こそ自分の勝ち――復活してこない茎を眺めていると、彼女の顔に徐々に笑みが浮かんでいく。



「あ……クリスお姉ちゃん、それは……」



 だめだよ、アーシェが残念そうに言うと、



「って……えぇぇえ!? な、なんで……どこから……!?」



 即座にクリスの慌てた声が聞こえてくる。切り伏せたと思い油断したのが失敗で、地中からマンイーターの細いツタが延ばされ、クリスの全身をしばりあげる。

 やがて、一本のツタから小さく花が咲いて、



『――ヒヒッ……アハハハハァ……』



 と、クリスの精神を逆なでするように笑ってみせたのだ。



「ッ……な、なにを笑ってるんですか……! ハァアッ!」


「あ、クリスお姉ちゃん。すごい」


「ですね……よくあんな体勢から切り裂いたもんだ……」



 もう一度はじまる一人と一苗の戦いは、きっとまた不毛なことになるだろう。



「行くニャ! クリス、もう一度切って、アインの身体に戻してしまうのニャ!」



 響いたカティマの声にアーシェが言う。



「花が飽きる方が先か、クリスの体力が切れるのが先か。どっちになるか賭けようよ」


「じゃあ、俺は飽きる方で」


「私も同じ……はぁ、賭けは不成立だね」



 すると、それから数分が経った頃。

 アインとアーシェの間に、唐突に短いツタと小さな花が咲く。



『……ハァアアア……』



 大きくため息を吐くと、アインに褒美をねだるように花びらを押し付けた。

 意外とかわいく思えてきたのは、もはや親心のようなもの。



「あれ、あっちで戦ってるのって」



 クリスは元気なツタを切るという不毛な戦いを繰り広げている。



「お前、サボりにきたの?」


『……』


「――いや、違うか。その顔は……疲れた?」


「か、顔……? 何が違うのかさっぱり分からない……」



 アインが分かるのも何となくで、アーシェに返す苦笑いがそれを物語る。

 返事を返さないマンイーターを眺めてから、懐に入れていた小さな魔石を与えた。

 元気よく咀嚼した後は、緑がより明るい色に変わっていく。



「お前もしかして、そろそろ限界だったから逃げて来たんだろ?」


『ッ――……ア、ァ……エヘェ……ヘッ……アッ!』


「あ、おい! 逃げるな!」



 延ばされた手から脱兎のように逃げたマンイーターは、いつの間にかクリスの前に花を咲かせていた。



「飼い主に似たの?」


「違います。あれは俺より性格悪いです」


「……元気でいいと思うけど。でも、あの子にも限界があるんだね」



 クリスとつづけた戦いで疲労が溜まったのかもしれない。

 魔力だけの簡単な問題じゃないことが、今日の動きではっきりとした。



「ハイム王都でマンイーターが咲いたときって、よく考えれば結構簡単に倒せてたし……面倒なのは生命力とかだったよ。だから、一応限界はあるんだよ、きっと」


「で、俺の中に戻ってくるんだと思います」



 善にも悪にもなる。すべてはアイン次第なのだろう。

 ただ、悪戯好きで負けず嫌いなあのマンイーターだけは、感情表現が豊か過ぎて何も言えなかった。



 ――結局、勝負はクリスの勝ち。

 疲れ切ったマンイーターは不機嫌そうに、地面に横たわる結果となった。



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