【一巻明日発売!】カティマの日記【閑話】
大陸歴――年4の月11日
お兄様が消えた。セレスを伴い、あるいはセレスに促されて姿を消した。
勿論、お披露目前とはいえそれなりの調査団が組まれたけれど、数日が経っても進展はない。
「お兄様。どうして姿を消してしまったのですか?」
私は胸が引き裂かれるような思いを抱いた。
大陸歴――年4の月23日
消えたお兄様と、セレスの調査が打ち切られる。
まだ早すぎる……お母様がお父様に泣いて訴えかけたが、お父様は苦しそうな顔で俯くばかりだった。
オリビアも悲しそうで、クリスも責任を取ろうと自害しかけたりと騒動がつづく。……この空気は、誰かが変えなければならないのだと思う。
大陸歴――年4の月29日
今日、私は初めて大きな失敗を犯した。趣味でもある研究をしていた時、偶然にも、薬剤の組み合わせを誤って爆発させてしまう。
皆に心配をかけてしまった、こんな時期に私は何をしているんだろう? 反省していたが、お父様やマーサは笑ってくれた。
どうやら、私が無傷だったから安心したのと、頬に付いた煤模様がおかしかったらしい。
……少しだけ、少しだけ何かが分かったような気がする。
大陸歴――年5の月6日
少しずつ城内の空気が落ち着きだしてきた。だけど、皆の顔つきが暗いのに変わりはない。
研究を手伝ってくれたクリスはぼーっとしていたんだと思う。中庭で実験中、彼女は私が持ってきた染料をこぼしてしまい、器用にも頭からそれを被った。
彼女は何をしているんだろう? ふと、私は自然と笑い声をあげてしまった。
すると、私の笑い声に釣られてやってきた、オリビアとマーサの二人も合わせて笑い出す。
……みんなで顔を合わせて笑ったのはいつぶりだろうか。
大陸歴――年5の月17日
先日、みんなで笑い合った日のことが忘れられなかった。
私はどうしたらいいのかと、書庫の本に頼る始末。だけど、やっぱり皆を笑わせられるような研究なんてなくて、何度ため息をついたのかわからないぐらいだ。
大陸歴――年5の月20日
おもむろに童話が並ぶ本段に足を運ぶ。当然、ここにちょうどいい答えが埋まってるなんて思ってなかった。
だけど、私は発見した。
「なに……この本……?」本の表題は『ある道化師の一生』。
どうせありふれた昔ばなしだ。そう思っていた私はこの日の夜、朝日が昇るまでこの本に没頭したのだった。
大陸歴――年5の月21日
道化師の名は無い。だが、彼は多くの人々を笑わせる達人で、どんなに暗い場所でも照らして見せた。
――コレだ。いや、彼こそが城に必要な存在に違いない。本を読み終えてから、私は目から鱗が落ちるような想いを抱き、窓を開けて朝日を眺めていると、何かが変わるような気がした。
大陸歴――年5の月22日
個性というものが定まらない。どうしよう、私はこんな道化なんてしたことがない。
大陸歴――年5の月23日
私はケットシーだ。先祖返りのケットシーだ。ケットシーが何をすれば面白いのか、誰か私に教えてくれないだろうか。
おかげで研究に没頭することもできない。どうすれば、何をすれば最善なのか教えてほしい。
大陸歴――年5の月24日
一つ分かった事がある。私は研究者……の卵だ。
なら、私はこの方向性で行くべきではないだろうか――という話だ。
はぁ……こんなことになるのなら、私は喜劇の鑑賞に励んでおくべきだったのかもしれない。
「お兄様、カティマはお兄様を恨んでおりますからね」
大陸歴――年6の月3日
今日、クリスがまた失敗した。
彼女は相変わらず気の抜けたところが多く、まさにポンコツという言葉が似あう可愛らしい女性だと思う。
……失敗で賑やかになった。賑やかになった……そうだ、私もそうすればいいんだ。
久しぶりに『ある道化師の一生』に目を通し、私はマーサにこう言った。
「私のために――白衣を用意するのニャッ!」――と。彼女は私の口調に驚いていたが、慌てて承諾して発注しに行ったのだ。
大陸歴――年6の月5日
二日で私のための白衣が届いた。うん、着心地はすごくいい。でも少し地味かもしれない。
折角だから少し宝飾品を付けてみたところ、個性が出てきたようで嬉しかった。
何度か深呼吸して、私は大きな声でクリスを呼んだのだ。
「クリスッ! 今日も研究するから手伝うのニャッ!」……と。
大陸歴――年6の月28日
猫の鳴き声のような語尾は衝撃的だったかもしれない。でも、意外と自分でも気に入ってることに驚いた。
周囲の人たちも慣れてきたようで、城の騎士がいつもより気軽に語り掛けてくれるようになった。
大陸歴――年7の月11日
私は意図的に派手な実験をするようになった。当然、失敗は多く騒ぎになることが多い。
一番辛いのは、私のお小遣いがその分減ってしまうということ……あぁ、お気に入りのおやつが少なくなってきた。
大陸歴――年7の月12日
私は派手な実験をやめない。むしろ、周囲の人間を巻き込むように実験した。
ある程度、皆が不快にならない程度にかき回すようにして、手伝ってくれた者には強く礼を言う。
そして追いかけてくるマーサを見てから、私は脱兎のように駆け出したのだ――。
大陸歴――年7の月16日
城が賑やかになってきた。だが、マーサの体力はどうなっているんだろう?
残念なことにすぐ捕まってしまうことが多く、近頃では、逃げ道を確保してから騒ぐようにしている。
大陸歴――年8の月3日
ついにやった。私は隠れることなく、マーサから逃げきることに成功したのだ。
良く分からない達成感は、第一王女が抱いていいものか分からない……けど、どうしてだろう?
またやってますね、と声を掛けられる度に見た使用人たちの顔が、自然な笑みだったことが凄く嬉しかった。
お父様が私をしかりつけるために追ってくることもあったが、お母様は私を応援することもある。
うん、私は目的を達成しかけているのだろう。この日の夜、私は入浴しながら涙を流した。
◇ ◇ ◇ ◇
大陸歴――年XX月XX日
オリビアがイシュタリカのために嫁ぐことが決まる。
私もこの新しい振る舞いが演技ではなく、半分以上が自然なものとなってきたというのに、急にこの話だ。
だが、王族として、そうした義務と必要があるのは分かっている。
……理性が伴うかが別というだけの話だから。
◇ ◇ ◇ ◇
大陸歴――年4の月5日
ハイムに嫁いだオリビアから手紙が届いた。
私からすれば甥にあたるアインに対する当りがひどく、心が痛むという内容だ。
お父様が船を出そうとした。珍しくお母様も止める気配がなく、ロイドやウォーレン……多くの騎士が必死になって説得していた。
大陸歴――年6の月30日
甥のアインについての手紙が届いた。
お父様は今日も不機嫌になろのだろうか? 私が今日は何をして騒ごうかと考えていた所で耳にした。
何やら陛下は上機嫌ですよ、とのこと。
聞けば、アインがスキル『修練の賜物』を得たと言い、努力家な孫に顔を緩ませていたという。密約という事情があるが、もしも離縁して帰国でもした際には、彼が王太子となってくれるだろう……と、私は密かに期待した。
大陸歴――年9の月26日
研究を終えて城をうろついていた夜のことだった。
執事室がどうにも賑やかで、私は何か問題でもあったのかと扉を開けた。
「こんな時間に何してるのニャー?」
すると、執事たちは慌てて何かを隠したのを見てしまう。さて、何を隠したのだろう……そうしていると、部屋の中にクリスが居ることに気が付いた。
強引に問い詰めると、オリビアを迎えに行くという。私は察した、遂にあの子の我慢が限界を迎えたのだろうと。
私は部屋を出てすれ違った近衛騎士に命令する。明日、クリスが城に戻ってきたとき、彼女が誰を連れて来たのか伝えなさい――と。
大陸歴――年9の月27日
命令した近衛騎士が秘密裏に足を運ぶ。
やはり、オリビアは一人の男の子を連れて来たとのことだった。私は小さくほくそ笑むと、城の中が昔のように賑やかになることに期待した。
大陸歴――年9の月29日
あんの甥っ子は何なのニャ! 私を猫か何かだと思ってるのニャッ!
大陸歴――年10の月1日
ハイムは馬鹿だと思った。叡智がないのは当然として、いわゆる知性がある生物としての進化がない。
手放してはならない者を手放したこと。私たちイシュタリカにとって最善の選択肢をしてもらったといえる。
大陸歴――年10の月4日
この一週間で、城の雰囲気が一変した。
アインはまだ固い様子が見受けられるものの、オリビアに似て頭がいい。
きっと、昔のようにみんなが幸せに暮らせるはずなのニャ。
◇ ◇ ◇ ◇
大陸歴――年7の月3日
このポンコツエルフは、もう少し気持ちを素直にするべきだと思うニャ。
もしかすると無自覚なのかもしれないが、傍から見れば一目瞭然。
大陸歴――年7の月9日
イストは良い町だと思う。知的好奇心が強く刺激され、今日はオズという著名な研究者とも話ができた。
ただ、アインの今後について気になる話が出てきてしまったが、赤狐の件は少しずつ進みそうで何よりだった。
大陸歴――年7の月10日
ディルはいい子だと思う。彼は私と居ても疎ましくせず、楽しんでくれてるようで私も嬉しいニャ。
大陸歴――年7の月16日
一足先に帰っていた私にも、アインとクリスが起こした騒動が耳に届いた。
といっても、相手が悪いのは当然で、ウォーレンは粛清できると喜んでいたのが印象的。
クローネが他の受験者が追い付けない成績を残し、アインの傍仕え……補佐官の地位を得たのは当然のことだと思う。
あのポンコツエルフは、このままでは置いてけぼりを食らうばかりな気がしてきたニャ。
しかし、クローネという女はとんでもない女だニャ。王太子の嫁になるのに、あの子以上の女はきっといないニャ。
大陸歴――年7の月28日
双子が圧勝したという。当たり前だ、私の魔石食もあるし、海の王がクラーケンに負けるはずがない。
だけど、クラーケンの魔石と肉を栄養にして帰ってくるのは悪くない気がするニャ。
◇ ◇ ◇ ◇
大陸歴――年11の月6日
私はそれなりに実力ある研究者だと自負しているのニャ。
だけど、急に大きくなって帰った甥に対し、適切な態度をとるだけの知識は持っていなかったニャ。
クローネとクリスの二人がうっとりしてたのは分かる。だけどオリビア? 貴女が我慢しなきゃ……って走り去るのは、姉として苦笑いしか浮かべられませんでしたからね。
ドライアドの習性で言えばアインはつがいなのだから、致し方ない気もするのニャ―……。
大陸歴――年12の月4日
アインがロイドを打ち倒したニャ……。それも、余力を残したままの圧倒的な勝利。
身体が大きくなったことと関係があるのだろうが、何があったのか、それをディルに尋ねても答えてくれないのニャ。
……お父様の言葉があったことは間違いないニャ?
大陸歴――年12の月5日
仮説だ。あくまでも仮説だニャ。
魔王城にいるリビングアーマーはロイドより強いと聞くニャ。つまり、アインはそのリビングアーマーの魔石を吸った――となれば、そのつぎに発生した変化を踏まえれば、アレは魔王化のような何かではないだろうか。
お父様が口封じをした理由も分かる気がするニャ。
明日、ディルと買い物に行った際にもう一度尋ねてみようと思うニャ。
大陸歴――年12の月6日
はぐらかされた。でも、貰ったおやつは美味しかったニャ。
大陸歴――年12の月6日
あの甥っ子いつか泣かすニャ。
◇ ◇ ◇ ◇
大陸歴――年11の月17日
最近、あのポンコツエルフが、置いていかれてる感が強いように思える。
物理的にもそうニャけど、主に精神的な距離の意味で。
大陸歴――年11の月18日
クリスは休暇のはずニャのに、今日一日、部屋から出てこなかった。
食事は部屋でとってるみたいニャけど、運んだマーサによると、なに一つ覇気がなかったとのこと。
大陸歴――年11の月19日
急に思い立ったらしく、クリスがロイドと久しぶりの立ち合いを求めたニャ。
当然ロイドが勝ったニャけど、終わってから聞いたら、今日は下手したら負けてた……ってロイドが言ってたのニャ。
大陸歴――年11の月20日
良く分からないけど吹っ切れたらしいクリス。
何か決めたらしく、いつもの調子に戻ったのが逆に怖いのニャ。
大陸歴――年11の月27日
あのポンコツが、あのポンコツがとうとう言ったのニャ!
アインに! 傍に置いてくださいって言ったのニャ! ……まぁ、騎士としてっていうおまけがつくけどニャ。
先はまだまだ長いのニャ。
大陸歴――年11の月28日
朝起きて顎が外れそうになった。クリスが髪を下ろして、いつもより美人になってたのニャ。
紆余曲折あってロイドが騎士に復帰。クリスが元帥を罷免されて、アインの専属護衛になる……ニャ? 茶番かニャ?
まったく、男どもは名目が無いと動けない、面倒な生き物だニャ。
◇ ◇ ◇ ◇
大陸歴――年6の月XX日
エウロで出現した生物は異常。
瘴気が元になって出来た魔石なんて、聞いたことがないニャ。
大陸歴――年6の月XX日
今日、私は敢えて研究室で爆発を発生させたニャ。
期待通り、目的の棚が全壊して、収めていたいくつかの魔石やら標本が壊れたニャ。
さてはて……オズ? 忙しそうですが、貴方は敵ですか? それとも――。
大陸歴――年6の月XX日
ハイムに向かった船と騎士が帰ってきたのニャ!
でも、おかしいのニャ。なんでだニャ? アインが居ないのニャ?
……ディルはどうして倒れてるのニャ?
カティマ・フォン・イシュタリカ 記・大陸歴――年6の月XX日
まずはお父様、何も言わずに行ってしまったことをお許しください。
そしてお母様、お察しいただけますと、カティマは嬉しく思います。
私の日記を読まれたということは、私がオズの言葉を聞いて行った
行動が失敗したということでしょう。
多くの言葉を語るのは無粋。どうか我が身が彼を負うことをお許しください。
私の寝室に、これまでまとめてた資料を用意してあります。
机の上に、纏めて置いてありますので目を通していただけますと幸いです。
これで私はお兄様に文句を言えなくなりましたね。
日記に長々と書き記すのは無礼ですので、机の上の手紙をご覧ください。
皆に対してのものを一通ずつ用意しております。
大陸歴――年7の月1日
↑黒歴史になったから削除したいニャ。
大陸歴――年7の月2日
しまったのニャ。あんなの王子様だニャ。困ったニャ……困ったニャ……。
どうしたらいいの? こんなの、研究してて学んでこなかったのに――!
大陸歴――年XX月XX日
……ニャ? 君、この日記を見ているニャ……?
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