[前]レオナードとバッツと色男(女)

「――で、貴様は何一つ知らないというのか? 信じられないことにな」



 クリスとマンイーターの戦いから約二時間後。

 シュトロムの港ほどちかくにあるアルベロ男爵家の屋敷にて――。



「だから知らないっていってるじゃないか。それとも何、君は僕の目を見ても信じられないのかい?」


「……正直言って、少しも信じていない」


「はぁ……まったく、君は僕に似て凛々しいっていうのに、どうしてそんなに頭が固いんだ」



 屋敷の大広間で向き合って座る二人。レオナードと、ライト改め、ライラ・アルベロの二人だ。

 レオナードの後ろにはバッツが控えており、外で黒騎士や近衛騎士が警戒を強めている。

 徐々に疲れゆくレオナードは柔らかなソファに身を埋め、目の前であっけらかんとしている、男装の令嬢を見て目つきを歪めた。



「当主とその妻が姿を消した。たった一人の跡取りが事情を知らないなんて、普通は考えないだろう?」


「その通りだけど、僕は思うんだ。いいかい? 貴族というのは秘密が多い……つまり、父上と母上は僕に秘密を教える気になれなかった、ただそれだけのことじゃないかな?」



 紅玉ルビー色の髪の毛をさっとかき分け、慣れた様子でほほ笑んだ。

 この場は言わば尋問だが、ライトからは一切の緊張感が伝わらない。



「貴様が言いたいことは分かってる。だがしかし、今回は事が事だからな」


「はぁ……まぁ、君ら文官と騎士にいっても伝わらないのは分かってるんだ。でもね、貴族なんて無駄なしがらみも多いから――」


「私の父は現・法務局局長のフォルス公爵だ。後ろのコイツは、大陸西方でいくつかの砦の指揮権を持つ、クリム男爵の子。つまり、残念だが我々は、貴様の言う平民ではない」



 父の力を誇示するようでスッキリしないが、相手も身分を傘に言ってきたのだ。

 レオナードは後ろのバッツに目配せをすると、バッツが一歩前に出る。



「ってわけだ。うちの位はそう高くないけどよ、同じ男爵家なんだし……まぁ、仲良くしてくれや」


「へぇ……それは失礼したね」


「レオナードをあんま困らせないでくれよな。コイツは案外、冷静なようで熱くなりすぎることもあるから、ボロが出る前にさっさと白状してほしいんだが」



 すると、レオナードがバッツの小腹をこづく。余計なことを言わなくていいと指摘すれば、バッツはバツの悪そうな顔で苦笑した。



「君たち歳はいくつ? 僕は夏に十七歳になったばかりなんだけど」


「無駄口はいい。早く質問に――」


「いいじゃないか、これぐらい。街の女の子には年齢とか教えてないんだから、君たちにだけ特別だよ?」



 ギルド前でやればいつも注目を集める彼――彼女の笑みも、残念なことに二人に通用しなかったようで、



「俺は十五。レオナードは年が明けてから十五になる」



 レオナードと彼女の相性が悪い。

 このことに気が付き、レオナードが何かを言う前に、バッツが食い気味に答える。



「で、ライトって呼べばいいのか?」


「当然。僕は外ではライトって名前で通してるからね」


「ここは中だけど、まぁいいか。で、聞いたところによれば、ライトは狩ってきた魔物の素材を加工して、自分とこの……商会みたいな付加価値を付けてたって聞いた。その金はどこにやったんだ?」


「知らないよ?」


「あぁ? 知らないって?」



 バッツに答えたライトの声は、さも当然と言わんばかりの晴れやかなもの。




「僕が冒険者をできたことを不思議に思わないのかな? 僕は貴族だよ?」


「……戦争に出向く王太子が近場に居るからな。悪いが大したことには思えん」


「あー、殿下はすごいよね。今度、一度でいいからお話しする時間をいただきたいものだよ」


「茶化すなよ。で、だからどうしたんだ?」


「……別に茶化してるつもりはないんだけどね。簡単なことさ、僕が冒険者をする為の条件として、稼ぎの九割を家に入れるってこと」



 随分と破格だ。

 残り一割が残るとはいえ、それでは一流の冒険者クラスでなければ大した稼ぎにならない。

 バッツはレオナードを顔を見合わせ、互いに困惑した様子を見せる。



「何度かすごい発見もしてるんだ。綺麗な鏡で宝石まで散りばめられてね? これはすごい……って思ってたらさ、宝石じゃなくて僕の顔だったこともあったよ」


「そりゃいいな。軽口も大概にしてくれねえと、俺も職人に頼んで、お前の顔を加工しちまうかもしれねえよ」


「ははっ、君はこっちの彼と比べてセンスがいいね!」



 皮肉が通じたのか、あるいは皮肉で返されたのか分からないが、ライトの表情はさわやかで嫌気が無い。

 少なくとも、演技でそうしてるわけでもなく、何か隠して振舞ってるようには見えない。



「……悪いのは耳じゃなくて、頭なのか」



 レオナードの脳裏を呆れという言葉が掠め、二人のやり取りに力を奪われる。

 毒気が抜かれたと言えば聞こえは良かったが、彼の内心では、まだこれが演技という可能性は捨てきれていない。



「心外だな。君も使者としてこの屋敷に来てるのなら、もう少し礼節を重んじるべきだろう?」


「悪いがそれは必要ない。礼節を重んじてほしいのであれば、真面目に受け答えぐらいしてほしいものだが」


「あははっ、僕は十分真面目だと思うよ? 急にやってきた君たちに、ここまで丁寧に答えてるじゃないか」



 すると、レオナードの我慢も限界に近付いたからか、彼は唐突に立ち上がった。



「ッ――だから貴様はッ!」


「……おい、落ち着けってレオナード」



 相変わらずの大きな手のひらで彼を制するバッツ。

 いくらか強引に彼を押しのけると、バッツはずいっと身体を前に進める。



「んじゃまず、念のため、お前に渡った金の流れをもう一度洗わせてもらうとするからな」


「あぁ、そうしてくれると助かるよ」


「それと――」



 一度仕切り直しに決めたのか、カッかしてきたレオナードを無視してそう言うと、



「あんま茶々いれないでくれや。さすがに、これからも今日みたいな尋問になるんだったら、少し方法を代えさせてもらうぞ」


「ふぅん、例えばどんな風にするのかな? 僕の綺麗な顔に傷をつけるような真似は勘弁してほしいんだけど」



 疑惑程度の貴族相手に、そのような行いは普通はされない。

 だから自信を持ったライトが居て、彼女の表情にも余裕があるのだ。恐らく爵位を失おうと、ケロッとした顔をみせるだろう。

 それを知るからこそ、バッツはニヤリと人が悪そうに笑い返す。



「ギルドに働きかけることにする。お前の冒険者としての身分を剥奪……なんて、できなくもないぞ」


「お、おいおいおい……まっ、待ってくれよ……。別にそれは関係ないだろう!?」


 彼女が狼狽したのは、冒険者に何か思い入れがあるからこそで、多くの報酬を犠牲にしてまで冒険者をしていたという事実を、バッツは冷静につつく。



「嫌だったら、次はもう少し真面目に答えてくれると助かる。じゃ、今日はこれぐらいにしとくから、また今度な」



 レオナードとのライトの二人が不満げだが、バッツがレオナードを引っ張った事で、今回の実りが無い尋問が終わりを迎えた。

 やがて、扉を出たところでレオナードがバッツの手を払うと、



「いつまで引っ張ってるんだ! まったく……!」


「……まったくはこっちのセリフだって。何やってんだよ、お前」



 拳が軽く振るわれ、レオナードの後頭部にコンッ、とぶつかる。



「いつもの冷静さはどこにやったんだ? 今日のレオナードは使い物になってねえぞ」


「なっ――バッツ! お前、急に何を……ッ!」


「分かってんだろ。どうせあいつアインの背中を追ってるんだろうけどな、少しは落ち着けっての」


「だから! お前は何を――」



 喚くレオナードの頭にそっと手を置いたバッツが、諫めるように声の大きさを落とす。



「お前、アインの手前だからって、早く結果を出したいって焦ってんだろ」


「……そんなことは」


「あるだろ? ったくよ、お前は魔物現地実習の時もそうだったけど、意外と本番に弱いよな」


「……」


あいつアインは友達を置いていくような男じゃないだろ。俺たちは何年ダチやってきたと思ってんだ」


「だが、殿下が直々にお声をかけてくださったと言うのに――」



 レオナードという男は実直すぎる。

 それがいつもなら良い方向に働くのだが、今回のように、話が大きくなれば経験不足が露呈する。

 大国イシュタリカ最高学府を次席で卒業しようとも、こればかりは致し方ない。



「それにな、一番遅れてんのは俺なんだ。逆に一番進んでんのはロランか? あいつはすげえよな、もう大陸中に名が売れてる技術者になっちまった」



 今日の仕事の主役はレオナード。バッツは付き添いでやってきたにすぎず、彼自身に頼まれた……任された仕事は無い。

 バッツは若干自嘲してみせたのだが、それ以上にレオナードへの気遣いが勝る。



「それに、ああいうなんつーか……冒険者繋がりがある相手ってのは、口先が上手い面倒な奴もいるもんだ。俺は父親の関係で相性が良かっただけで、いつものお前ならもっと上手くやれたと思うぜ」


「……慰めてるつもりか? 私はお前に慰められるほど落ちぶれてないぞ!」


「あぁ、分かった分かった。次からはいつものレオナードに期待するさ」


「お前に慰められるなんて……まぁいい、少しぐらい……感謝しておくとする」



 レオナードの照れ隠しをさっと流し、バッツは一歩前を歩きつつ言う。



「帰りにアインの屋敷に寄って行こうぜ。今日の話、マルコの旦那に報告しときたいしな」


「あ、おい! 以前も言ったが、敬称は『様』にしろと……!」


「ついでに暇でもしてたら、アインの土産話でも聞いて帰るとすっかー」



 この後のことは近衛騎士に任せることとなる。恐らく明日、王都から派遣された文官がライトの下を訪れ、事情聴取などが行われることになるはずだ。

 レオナードは思い通り上手くいかなかったことに気落ちしたが、バッツの言葉にすぐ気持ちを切り替えると、二人はそのままの足でアルベロ男爵邸を出た。



 アインが住む屋敷に向け、馬車を走らせたのだった――。



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