魔王の力と、バルト最後の日の予定。
シルビアとの話を終え、色々と方向性も決まりそうになったところで、二日目の夜が明ける。
三日目は四人で食事や茶を楽しんだり、アインはカインと共に訓練をする時間などに割き、特に調査らしい仕事はしなかった。
魔王城に居る二人がこのゆったりとした時間を望んだとあって、アインとクリスの二人も素直に応じたのだ。
そして、その日の夜。
夕食を終え、最後にもう一度――と、二人が剣を交わしていた時の話だ。
「はぁ……はぁ……ま、参りました……」
息絶え絶えのアインが床に腰をつき、自分に向けられた剣の先――そこにいる剣の王へと言った。
場所は魔王城の裏庭。王都の城と雰囲気は違うが、まるでブルーファイアローズのように妖艶に光る花々が、二人の戦いを幻想的に彩っている。
「膂力も十分、覇気も十分。少なくとも、俺を前にしたときは
「……そりゃ、どう考えても無理がありますからね」
悪い癖というのは、アイン独自の様子を窺うような癖のことと、もう一つ、強者に許された剣という言葉。
ただ、そのどちらもこの男相手では意味がなく、ただ必死の戦闘をつづけるばかりなのだ。
「とはいえ十分な成長速度だ。別に嘆くことは一つもないし、これからの長い時間で俺にも追い付けるやもしれんぞ」
「長い時間――ですか?」
「世界樹を名乗ってるんだ。寿命は俺たちにも良く分からんが、エルフ以上の長寿なことに違いない」
しかし、そんな遠い未来のことなんてわからない。
すくなくとも今年で十五歳のアインには、普通の人間以上の寿命なんて、まだ想像できるほど生きていないからだ。
言葉にせず固く笑みを浮かべて返し、ゆっくりと重い腰を起こす。
そのまま息を整えながら歩き、近くの雪が積もった花壇の縁へ座った。
「アイン。飽き足らないか?」
「は、はい?」
自分の目の前に立ったカインが、どうしてそんなことを言うのだろう。
どう見ても飽き足らないはずがなく、この自分の疲れ具合をよく見てほしいものだ。
既に満足しているといっても過言ではないのだが――。
「俺もうかなり疲れてますからね? 飽き足らないなんてことは……」
「言い方を変えよう。暴れたりないだろ?」
「……なるほど、そう言う意味ですか」
アインにとって気兼ねなく暴れた経験というのは、その目的や内心を抜かせば数度しかない。
おおまかにいえば三度の機会で、海龍、暴走したマルコ、ハイム戦争の三つ。
幼い頃……そして魔王化する以前は、ロイドやクリスのような存在が居た。ただ、直接的に口にしないが、今では相手にならないのも必定。
マルコとの訓練などでも充実感は得られるが、解放感に似た部分は得られていない。
「馬鹿みたいに心労をためられても困るんだ。分かるだろう? そこから暴走なんてしてくれるなよ?」
「いやいやいや……そんな馬鹿なことにはならないと思いますけど」
「身体は動くか? 今度は俺が付き合ってやる」
「……動きます」
「決め事はそうだな……無駄に凶悪すぎる技はやめろ。旧王都を破壊するようなのとかな」
魔王として戦え。そして、アインも暴れてすっきりしておけ。カインの言葉が意味することはこれだ。
「この辺りは魔王城の敷地内だ。シルビアの結界がつづいているから、それなりに派手に暴れても構わないぞ」
周囲に影響を与えかねない懸念も払しょくされ、舞台はあっさりと整えられる。
思えば、魔王として
何度かその力の一端を見せつけたことはあるものの、それらを魔王と称するにはまだ甘かった。
更に数十秒ほど呼吸を整え、白い息を大きく吐いて空を見上げる。
満点の夜空が美しく、咲き誇る花々が地上にできた星空のようでうっとりしそうだった。
それから間もなくして立ち上がると、いつものアインと違う、どこか艶めいた笑みを浮かべる。
「カインさんも、今までとは違う戦い方になるんですよね?」
「あぁ。剣の王の業、天をも切り裂く剣で相手になる」
「――分かりました。それなら俺も……」
歴戦の剣士。剣の王。海龍を一刀に伏せる者。
カインの異名はどれをとっても頂点の証で、生まれてこの方、恐れらしい恐れは数えるぐらいしか感じていない。
その彼がアインから感じ取ったのは、まるで夜空すらアインのモノかと思わせるような、呆れそうになるほどの力の奔流。
彼はおもむろにアインから距離をとり、口元を挑戦的に釣り上げる。
すると、彼が好む名乗りが自然と口から漏れ出した。
「――刮目せよ。其は匹儔(ひっちゅう)する者なき剣の王」
身体中が漆黒の甲冑で覆われだし、訓練のためとは違う、彼の本来の大剣が姿を見せる。
夜であろうとも日食のように目立ち、降り注ぐ雪の粒すら避ける存在。
宙に浮いた大剣を握りしめ、数度に渡り威嚇するかの如く振り回した。
「――刮目せよ。其の面前、一切が立つことを許さず」
この名乗りをしたのは、カインにとっても数回しかない。
近頃ではハイム戦争の際のことで、それ以前となれば、旧イシュタリカ建国時代にまで遡る。
自分は魔王。特別な存在だ。魔王アインがそう言い聞かせるが、目の前のカインから放たれるオーラは格別のもの。
自然と緊張感を全身にまとっていく。
やがて、カインの武装も終わりを迎え、そこにはデュラハン・カインの姿が威風堂々と立ち構える。
はじめて対等に戦ってもらえるような気がして、アインは内心で喜びを感じた。
「魔王城で魔王が暴れるってのに、何か縁があるような気がしてます」
「どうせ家族だ。同じようなものだろう」
「……言われてみれば、確かにそうですね」
アインも遅れて剣を抜いた。
魔力を豪快に吸いだして、数秒ばかり、聖剣を思わせるような眩さをみせつける。
「何時でもこい。理性ある魔王の力を見せてみろ――ッ!」
「はい。では……遠慮なく――ッ!」
傍から見れば一瞬の踏み込みも、二人にとっては目で終える速度。
真正面から進むアインは、背中に数本の幻想の手を生み出し、無尽蔵ともいえる魔力を好き勝手に食べさせる。
まさに巨人の手とも言える力を持っているはずで、当然ながらカインの脅威となりえる――しかし、
「ほう? 魔王ともいう者が、わざわざ後ろにも手をまわしているとはな……ッ!」
カインが先に警戒したのは背後だ。
地中から幾本ものツタが地上に姿を見せた刹那、彼は振り返りもせずに気が付いた。
すると、彼もまた幻想の手を生み出し、手先を鋭利なナイフのように変貌させて切り裂いた。
「ッ――う、嘘……!?」
「何を嘘なことがある! 自分の力を使いこなせないはずがないだろう!」
そんなこともできたのかと、こんな時に学んだアイン。
一時は驚いたが、カインという猛者を相手にしているのだから、そう簡単に終わるはずがない。
だが、次の瞬間カインが姿を消したのだ。
どこまでも黒い常闇に消えるように、黒い靄だけを残して跡形もなく姿を消す。
「そんな技も……あったんですね……ッ!」
「まさか初見で反応するとは。素直に称賛の言葉を送ろうじゃないか」
いつの間にか背後に居たカインに対し、剣を振り下ろされる寸前になんとか制止する。
何本もの幻想の手で剣を握りしめ、無理やりとめたというのが現状だ。
体勢の振りが高じ、カインの幻想の手の攻撃で、アインは数メートル先に吹き飛ばされる。
「……うん。あの人……すげぇ強い……」
魔王化解禁ということで、身体能力や使うスキルにも違いがある。
が、相変わらず彼は強くて、まだ隠された力があったことに驚かされるばかりだ。アインがそう呟いたところで、少し離れたところでカインが口を開く。
「おい。俺を何だと思ってる」
「え、そりゃ……誰よりも強い剣士ですけど……」
「違うそうじゃない。俺を軟な町娘とでも思ってるのか? 生娘に触れるかのような加減なんぞ、俺に向けられても気色悪いだけだ」
「……はい?」
突拍子もない言葉がアインの顔をきょとんとさせた。
「俺は壊れない。お前が暴走していた時だって、俺たちは死なずにいられたんだ。だからもっと、もっと好きに力を使ってみろ」
「――ッ」
これは独特の感性かもしれないが、その言葉からは深く広い包容力が伝わった。
父が子と遊ぶような、遠慮するなという気持ちが心に突き刺さる。
「手加減しているつもりはないんですが……」
「なら意識の問題だ。訓練のつもりでやってるなら気持ちを変えろ。これは戦いだ。本来は命の奪い合いでも、俺たちにとっての意味が違うのなら十分だろう」
「そ、そうですかね……?」
「秘めた力を慟哭させろ。上品に起こしてやる必要はない」
すぅ……はぁ。落ち着いた呼吸を何度か繰り返し、伝えられた言葉を反芻する。
求められているのは本能に従う戦い。剣士として戦うのではなく、あくまでも魔王アインだ。
同時に、あの人になら力を使っても大丈夫――と信頼もできたのだ。
気持ちの切り替えは存外早く、目元に一等星のような存在感が宿る。
背中から幻想の手が姿を消し去ると、手元も脱力させてだらんと下す。
「そうだ。先ほど俺に感じさせたものを、もう一度良く見せてみろ」
「力加減に失敗しても、許してくれますよね?」
「はっ! 偉そうに言うのは、結果を出せてからにしておくといい」
カインはわざとらしい煽りの言葉を放つと、剣を握る手に力を込める。
今度はこちらから一手を仕掛けよう。積もった雪をぎゅっと踏みしめたところで、周囲の異変に気が付く。
「少し癪なんですよね。アイツの戦い方を真似るというか、同じ姿勢をとるのって」
「アイツ……?」
「ごめんなさい、こっちの話です。……あの世界に居た、俺によく似た気に入らない奴のことなんですけど」
「……」
「お待たせしました。暴食の世界樹――ようやく戻ってきたみたいです」
言葉が終わると同時に、周辺の暗がりがすべて吸収される。
夜は暗い。だというのになぜだろう。もっと暗い巨大な力がアインの素上に浮かび、紫電が走るように黒いオーラが飛び散った。
すると、アインが着ていた王太子の外套も、不思議と黒く染められた。
「剣で勝てないからって意固地になって剣で勝とうとする。きっとこれも、俺が抱いてた感情だと思うんです」
「……だが、拘りを持つ必要はない」
ふと、カインのこめかみを一筋の汗が流れた。
アインの頭上に浮かぶアレは、間違いなく自分とは次元が違う存在。
さらに言えば、下に立つアインがその親玉なのだ。
「手数、技、大きさ――そして力。なんら遠慮することはない」
「ははっ……わかりました。じゃあ、早速いきますね」
魔王アイン、暴食の世界樹の強みというのは、やはりその種族性にある。
魔王化という特別な強化以上に、世界樹という種族の圧倒的な存在感があった。
「
まさに縦横無尽。縦横斜め、上下前後。
全ての方角から襲い掛かるのは、灼け付くような魔力の塊。
剣を振ろうが消え去らず、結局カインは甘んじてその攻撃を身に浴びながら、アインに向けて身体を進ませた。
「ッ――今のは悪くなかったぞ、アインッ!」
アインは緩やかに手を掲げ、指先をぎゅっと握りしめる。
一滴の黒い雫が頭上から零れ落ち、アインを中心に黒い沼が辺りに広がる。
「過去形にはさせませんから」
剣を持たないアインの片手が毒々しく黒に染まる。
やがて、間合いに入ったカインが剣を振り下ろすと、アインは黒く染まった手を差し出したのだ。
「俺の剣を、素手で止めた――ッ!?」
「なんとなく分かるんです。アレは暴食の世界樹の力の源を具現化したものだって」
「だ、だからといって素手で俺の剣を止め――」
止めるだけでは済ます気がない。
ふっ、と一呼吸で力を込め、力づくでカインを剣ごと放り投げる。
こうまで体勢を崩されることは久しぶりで、カインは顔を歪めながら必死に起き上がる。
「やっとだ。やっとちゃんと一撃を奪えた気がします」
目の前にいるのはアインだ。
剣を構え、横薙ぎの大振りで切りかかる。
「くっ……そう簡単に、やられるかぁぁあッ!」
まさに意地の一振りを切り上げたカイン。
直撃する寸前に耐え、更に背後へ転がって距離を取る――体勢の不利を避けるためだ。
だが、静観な空気を醸し出す夜空の下、アインは更に力を増していく。
「いや、悪いけど――許さない」
その動きは許さない。アインが敵に口走ることが多い台詞だ。
これが口から出たと言うことは即ち、アインが圧倒的優勢にあるということ。
いつもなら踏み込みと剣戟で追い詰めるが、今日のアインは世界樹の魔王。
地面を伝って黒い魔力がカインに追撃を仕掛け、食らいつくように上下に広がる。
やがて、
「ッ……!?」
巨大な生き物が大口を開け飲み込んだ――そう形容するのが何よりも合っていると思わざるを得ない。
しかし、飲み込まれたカインも一角の実力者。彼もまた落ちついて、天を切り裂く剣戟を放つ。
「う、嘘……!?」
「嘘なもんか。それはこっちのセリフだ……ッ!」
アインは勝負がついたと思っていたのに、彼はどこまでも剣の王。
呆れるぐらい力強い一振りが、彼の本気の一振りが食らいついた魔力を滅ぼす。
――状況をみれば、まだ二人は拮抗しているかのようだが、その実、カインの身体に降り注ぐ負担は計り知れない。
「チッ……手足どころじゃない、全身か……」
魔王化したアインの攻撃が重すぎる。
一撃一撃が致命傷を与えるのに十分で、油断すれば考える隙も無く倒れそうだ。
アインが驚いたのを機に、深く深呼吸をして剣を構える。すると、アインは後ろに下がり――。
「……カインさん。これが俺の渇きです」
地面から舞い上がる、黒くドロッとした魔力の塊たち。
頭上の玉にむけて徐々に集まると、黒い太陽というべき存在感を放つ。
しかしながら、アインの精神世界でみたそれと比べてはるかに小さくて、ここが現実世界であるということに加え、まだまだ余力があるということの証明に他ならない。
ただ、あのときの暴食の世界樹のように、カインに抱擁して力を使うような勇気はさらさらない。
やがて、アインは剣で頭上に剣閃を送り出し、玉から漏れ出した黒い雫で剣を覆った。
「随分と使い方が上手いじゃないか。どこで練習した?」
「練習はしてないですよ。ただ、
「ラスボス……?」
言葉の意味が分からずカインは小首をかしげた。しかし、間を置くことなく気を取り戻し、アインという強敵に剣を向ける。
身震いは確実に武者震いだ。正眼に構え、攻守ともに一切の隙は無い。
「わざわざ下に向かって力を受け取る必要があるのか? それでは不便だろうに」
「なにせ世界樹ですから。そもそも、俺がこうして動けてるので御の字ですよ」
ふと、アインの剣先から黒い雫がポタリと垂れた。
辺りの白銀の雪が突如として蒸発し、その下に隠していた青々とした芝生をさらけ出す。
そして、また一滴ポタリと床に垂れていく。
青々とした芝生が狂喜し、秘められた生命力を放ち花を咲かせた。
最後にもうもう一滴地面に垂れると、草花が赤と黒の禍々しい花びらに変貌する。
「――なるほど。魔王だな」
大自然の頂点に立つ世界樹。その魔王たる証をまじまじと見せつけられ、カインすら歓喜に笑顔を浮かべる。
「先程までのとも違う、まさに魔王アインの力だ」
「……そうかもしれないですね」
何度目かの変貌だが、これこそが魔王アインが魅せられる最高の戦い方。
そして、何よりも基本的な力の使い方。
頭上の黒い玉が答えるように赤黒く点滅すると、アインの身体に一際強い魔力が宿る。
「次で終わらせます」
「あぁ、やってみろ――アインッ!」
補足するとこれは命の奪い合いでなければ、憎み合っての戦いでもない。
純粋にアインのための一つの機会で、互いに内心では楽しみを感じているぐらいだ。
とはいえ、その楽しみ方というのが常人離れしており、アインは戦いが終わりに近づいたことを寂しく思った。
「受け止められるのなら――」
「はっ……俺は神に祈ったりなどしない。常に勝つつもりでしかいないからなッ!」
カインが駆け出し、アインが俯き流れ横薙ぎのように剣を構える。
魔王の力に染まりきった剣が嘶き嗤い、周囲の空気すら吸収するように重圧をばら撒く。重圧は唐突に収まりだし、何事もなかったように周囲の空気をしんと静まり返らせた。
「ッ――!?」
次の瞬間カインが感じたのは、『負けた』というたった一つの言葉。
無意識に剣を防御するために構え、漆黒の甲冑にも魔力がこもる。アインの構えは緩やかで力みは少しもない。ただそれでも、笑いたくなるような強さを垣間見た。
(こんな力をただ軽々と使えるんだから……すごい力だよ、魔王化って)
そして、空を切るように横薙ぎ一閃が振るわれた。波状の魔力が黒い旋風のように蠢き踊り、嘲笑うかの如き勢いで襲い掛かる。
カインは無意識に負けを感じたことに怒り、まさに天を切り裂く一刀をアインに振り下ろす。
常人なら一息で事切れる二人の応酬も、この場に限ってはその心配もない。
「なっ――止まらな……ッ!? だ、だが俺の剣なら――」
「いいえ、俺の勝ちです――カインさん」
訪れる二度目の横薙ぎ一閃。
防ぎきれてないところに襲い掛かる、魔王アインの放つ魔力の奔流。
金属のこすれ合う音を奏でて鎧を砕き、手甲を割り、足鎧を吹き飛ばす。
やがて、大剣のみが体の支えとなったカインは、とうとうそれすらも砕き散らされた。
「はぁ……ったく! アイン、本当にお前は……」
バタンと音を立てて大の字に転がったカイン。
力の消耗が激しく、息を切らしながら星空を見上げた。
戦える装備をすべて軽く拭きとばされ、もはや二度目のせめぎ合いをする余裕もない。
「あ、あれ? 俺から魔力とってなかったんですか……!?」
「馬鹿を言うな暴走魔王。そんなことをしては、いつになっても決着がつかないだろう」
決着はアインの魔力が尽きる頃。
となれば、この戦いに意味はない。
「大丈夫ですよね……?」
「あぁ。悪いがちょうど今、アインから魔力を頂戴した。本調子とまではいかないが、十分活力は戻っている」
そう言って、彼は片膝を立てて座る。
「今の感覚をよく覚えておけ。何かあった時、ぶっつけ本番で力を行使するよりマシだろう」
「ッ……もしかして、そのために俺の相手を……?」
「さてな。ただ、俺に剣を教わったというのに、さらに言えば魔王だというのに……力の使い方も知らないとあっては、それなりに恥ずかしい話に違いはない」
暴走後はじめて使う力の数々。
アインは両掌を数秒眺め、満足げに頷いて握りしめた。
「ありがとうございました。おかげで、どのぐらいの力でどうなるかってのを覚えられた気がします」
「あぁ、それは何よりだ。……今日の訓練はこれぐらいにしよう。ちょうどいい、風呂に行くから付き合え」
「分かりました。じゃあ行きましょうか」
――そして、城の窓から眺める一人の美しいエルフ。
彼女はきっと、二人の会話が聞こえてさえいれば、訓練という言葉に異論を唱えたくなったに違いない。
「ア、アイン様……勝っちゃいました……」
「当たり前でしょう? アイン君は覚醒済みの魔王なんだもの。残念だけど、力を使われたらカインでも勝てないわ」
曇る窓を手で何度拭き取ったか分からない。
クリスはアインに目を奪われ、勝った直後は内心を歓喜で満たしていた。
「アイン君が咲かせてくれたお花も綺麗ね。お庭の模様替えになったから後でお礼をしなくちゃ」
◇ ◇ ◇ ◇
「え……パーティ?」
「はい……その、シルビア様たちは面倒だからと……」
湯を浴びて部屋に戻ったアインを迎えたのはクリス。
今日は昨日と違いシャツを着たいつもの彼女だが、心なしか、化粧はいつもと違う様子。
「ライゼル伯爵が主催するパーティに、俺とクリスが参加してきてってこと?」
「らしいです。お礼に迷っていたのですが、代理をお礼にしてと言われまして……」
そう言われては断るわけにもいかない。
王太子が唐突に参加するのは何とも言えないが、現王家に連なるカインとシルビア。
ただ、二人を招待していたのなら、そう大きく変わらない気がする。
アインはまだ少し濡れた髪の毛をタオルで拭きながら、クリスから手渡された招待状に目を通す。
「分かった。じゃあ俺とクリスで参加しよう。ウォーレンさんたちには事後報告になるけど、別に問題ないと思うし」
「ですね。一応、正装を持っていて正解でした。私はいつものようにお傍に居りますので」
この言葉はシルビアの言葉に反している。
というより、クリスはいつものように立場を踏まえて語ったのだ。
――だが、魔王城で最後の夜を開けた次の日。
クリスはシルビアに連れ去られ、立派な貴族令嬢のように飾りあげられることになることを、二人はまだ知らない。
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