彼と進むダンジョン。
魔王城に用意されていた部屋は、現王都にある城のそれと大差なかった。
それどころか、得も言われぬ居心地の良さを感じる程なのだ。
アインはすぐに寝つけ――翌朝、小さな馬車に乗り、カインと共に旧王都を出てダンジョンへと向かっていた。
「……良かったのか? お前たちは、例の龍のことを尋ねに来たのだろう?」
「そうですけど、シルビアさんもクリスと話したそうでしたし、まだ時間に余裕はあるので」
予定変更ってほどではないが、初日はカインに付き合うことにした。
相変わらずの積雪だが、シルビア製の馬車は勝手が良い。
宙に浮いて進むという単純な機構も、雪道ではまさに最強だ。
「ところで、どんなダンジョンなんですか?」
「あぁ。数日かけても先が見えないぐらいには深いぞ」
「へぇ……そんなところがあったんですね」
「古くからの場所だからな。後は魔物も無駄に多いが、それは大した問題ではなかった」
倒すのに苦労しなかったと言うが、そもそも、カインらが苦労する相手なんて考えたくない。
それはアーシェや自分ぐらいにしてほしいものだった。
「昨今では
「……ステータスの向上が期待できますか?」
「それは無理だ。仮に、以前のように暴走でもすれば、辺りの力を吸収していくらでも成長するだろうがな」
結局のところただのおやつに過ぎない。
とはいえ、ダンジョン自体に興味を引かれてるのも事実。
「一先ず地上近くを漁ってみたい。奥になにがあるのか、その痕跡を探れれば……ってところだ」
やれやれ。
多少芝居じみた所作も、カインがすると絵になった。
御者が腰かける場所に二人して並び、冬景色を楽しみながら山道を進む。
◇ ◇ ◇ ◇
日が昇ってから出発したが、昼前には到着できた。
そこは古びた遺跡のような場所で、雪化粧をされて廃墟感が強い。
以前は屋根もあったのだろう。
中途半端に折れた柱や崩れ気味の床を見て、アインは興味津々な面持ちで歩く。
「ここがダンジョンですか?」
魔王城を出て数時間。
馬車から降りてそう言った。
「あぁ。
「へぇー……距離がかなりあるのに、複数の入り口があるんですね」
そんな不思議な造りも、ダンジョンだと言われればなぜか納得できた。
はぁ……と白い息を吐き、石畳の雪を素手で避けると、石畳には何か彫られているのがわかる。
「なんですか、この絵?」
「知らん。このダンジョンか、この遺跡を建てたやつの趣味だろ」
知らないといわれたのでよく見れば、彫られているのは女性のような何かだった。
杖を持ち、山のようなところの天辺に立っている。
旅人のような服装で、表情までは窺えない。
(うん。意味が分からない)
あながちカインが言うことも間違いではないようだ。
あまり深く思案せず、手についた雪を払って立ち上がる。
「もしかすると、海底より深いダンジョンなんですかね」
「かもしれん――まぁ、割と暇を持て余しているからな。気ままに探索するさ」
「……あまり無茶し過ぎて、俺の魔力吸い過ぎないでくださいね?」
「あぁ、それは心配しなくていい。俺もシルビアも、恐らくマルコもだが、自分たちで食事をとっていればそれで事足りる」
シルビアが少しばかり検証したとのこと。
何時の間にそんなことを、と、眷属スキルを使ってる張本人が驚く。
「……むしろ、アインが気にしなさすぎだと思うが、まぁいい」
彼は唐突に黒い手甲を発現させる。
デュラハンの甲冑が現れると同時に、彼の大剣が宙から姿をみせた。
しかし、以前見た彼の甲冑より、更に色つやが際立っている。
「その剣ってどうなってるんですか?」
一目見てわかる業物だ。
恐らく、アインが持つマルコの剣と同等かそれ以上に思えてならない。
海龍を一刀に伏せると豪語するのだから、切れ味も相当なはず。
「鎧と同じスキルだ。アインも出せると思うが、まぁ、その必要はないか」
アインの腰の剣を一瞥してそう言うと、
「魔物が出てきたとき、俺は後衛を務める」
「……その心は?」
嫌な予感とまではいかないが、にやりと笑う姿を見て、アインは頬を引きつらせる。
「どの程度熟達したかみるといっただろう。なるべく剣の腕で戦うんだ。いいな?」
「……はい」
彼の厳しさは身をもって知っている――言うなれば、ローガスよりも父親らしい男だった。
とはいえ、彼のお陰で強くなれたのもそうで、心の中では有難みを感じる。
やがて、歩き出した彼を追って、アインは遺跡の奥へと足を進めていった。
――不思議と積雪は浅い。
深い所でも、ひざ下程度でそう歩き辛さを感じない。
なんでだろう? 戸惑っていると、カインが言う。
「この付近はいわば別世界だ。大陸イシュタルとはまた違う、どこか別の世界のようなものだと、シルビアがそう言っていた」
その真意は何だろう。
ただ静かにカインの背中を眺める。
「この辺りの魔力は少し異質なんだ。青と藍程度の違いでしかないが」
二人で雪を踏む音を奏で、無人のこの場所に声を溶かす。
「魔力というのは、常に空気中に存在している。それを察知できるか否かは別問題として、それがなければ、そもそも魔法が作用しない」
アインは初耳な情報に頷いていると、カインが自らの手甲を見せつけてきた。
「見ろ。この付近の魔力の影響からか、俺のスキルもいつもより質がいい」
「魔力が濃厚ってことですか?」
「いや違う。なんとなくだが、いつもより身体が軽い――という感覚だ」
「……なるほど」
ダンジョンは別世界のような場所でした。
言われてみれば、あまり違和感はない――というのが、アインの考え。
ふと、五感を研ぎしませてみれば、どこから力が湧いてくるような……かすかな気配を感じ取る。
カインに倣い、デュラハンの手甲を作り出す。
(ッ――ほんとうだ、感覚が違う……?)
呼吸をするよりも簡単にと言えば過剰かもしれないが、それぐらい簡単に手甲を出せた。
魔力が異質というのも、例えるなら、身体に沁み入りやすい水のようだ。
とはいえ、その感覚を言葉にするのが難しい。
「なんか調子がいいような……気がするような……」
結局、曖昧に苦笑いを浮かべて茶を濁すと、すぐ傍に立つカインが目をそらした。
「……はぁ。まぁ別にいいが、入り口についたぞ」
「あ、はい……。分かりました……」
左右に立派な石造りの柱が並ぶ道。
そこを数分程あるき、カインが言う入り口とやらの前に立った。
(へぇ、こうやって地下に――)
扉はなくて、こじんまりとした石造りの建物がある。
連なる柱や壁には壁画が彫られ、建物の大きさは普通の民家より少し小さい。
地下に進む階段があり、深くなるごとに青白い光が目に入った。
「一昨日、似たような光景をイストでみたばかりなんですが」
「ほう? あまり詳しくは聞いてないが、例の地下研究所とやらでか」
前を歩くカインは、何かを警戒する様子もなく階段を下りる。
一方で、アインは黙ってその背中を追った。
階段を一つ下りるごとに青白さは際立っていき、赤龍の卵の殻を見つけた時を鮮明に思い出す。
「――いや、本当に瓜二つだ」
石造りの空間は変わり、表面が艶めいている……古代生物研究所の造りとそっくりだった。
たが、このダンジョンに限っては、まるで蛍のように青白い光に強弱がある。
古代生物研究所の地下が偽物ならば、ここは本物といったところか。
「カインさん、本当に瓜二つなんです。どうしてこんな……!」
「……俺はその研究所とやらはみてないが、簡単な予想ぐらいはつく」
階段が終わり、広い一本道についたところで彼は立ち止まる。
「マルコから聞いてるだろう? 以前、赤龍はこのダンジョンを目指していた……と。関連があるんじゃないか?」
「すみません、え? あの、ちょっと待ってもらっていいですか?」
彼は何て言った? 何か聞き流してはいけないような、自分が忘れてはならないことを口走っていた。
赤龍の件というよりは、アインの……王族の、シルヴァードの懸念が関係する話になる。
(もしかして、あのダンジョン? このダンジョンって……あのダンジョン……?)
第一王子ライル。クリスの姉セレスティーナ。
二人が姿を消したというあのダンジョンなのか?
そういえば、カインはさっき言っていた。
このダンジョンの入り口は、大陸の中央付近にもう一つあると。
「……
三人で、バルト近隣を歩いていた時のことだ。
『名前は"神隠しのダンジョン"。学者たちなんかは、世界の狭間なんて呼んでる場所だ』
よく考えてみれば、言っていたのはカイゼルで、そこはアインが足を踏み入れてはならない場所。
天才二人が向かったその先のことだ。
次に、『歪(ひずみ)と綻(ほころ)びの回廊、という……大陸イシュタルの中心です』と、マルコが口にしていたことは記憶に新しい。
やがて、帰結するのは決まっている。
「俺、やっぱり帰ってもいいですか? 取りあえず、一刻も早く」
もう足を踏み入れてしまっているが、もう一刻も早く出ていきたい。
ここは駄目だ、シルヴァードに絶対に行くなと言われている、あのダンジョンなのだから。
――何を言ってるんだコイツは? カインがそんな目つきを向けて来たので、慌てて帰りたい理由を語りだした。
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