家主の戻った魔王城。

「……」


「……」


(……無言だ)



 馬車に乗りこんで数十分が経つ。

 クリスとシルビアは向かい合って無言状態だ。

 二人は時折目が合うと、シルビアは楽しそうに笑うのだが、クリスは緊張した面持ちで苦笑いを返す。

 何か話すか、アインがそう思ったところで、どうにも頃合いが掴めない。



「ねぇ、アイン君」


「ッ――は、はい?」


「クリスさんが緊張してるの。どうすればいいかしら?」


(う、うわぁ……直接きた……)



 真っすぐに目を向け、アインに楽しそうに尋ねてくる。

 戸惑ったアインのすぐ隣で、ビクッとクリスが身体を揺らした。



「……ところで、馬車がすごい静かなんですけど、どうしてですか?」


「あら? ……ふふ、優しいのね、アイン君ったら」


 緊張したクリスのため、アインが少し雰囲気を変える。



「教えてあげる。馬車そのものを地面から少し浮かしているの」


「迎えに来てくれたときは、車輪の音が聞こえてたんですが……」


「音が無いと、急に現れても驚いてしまうでしょう?」



 言われてみれば確かにそうだが、そもそも、夜の山道で馬車に会うことを思えば、あまり気にならない気もした。

 馬車の中はこじゃれた雰囲気をしていて、アインが普段使ってるものとそう大差ない。

 だが、乗り心地はいいが、クリスの緊張は解れていない。



(うーん……そりゃ、緊張するのもしょうがないか)



 魔石組の三名が王都を離れる前にも、クリスはシルビアたちと会話をしたことはある。

 だが――。



(面と向かってゆっくり話すのは、これがはじめてだしね)



 彼女からすれば、シルビアと言う女性は親族になる。

 アインも同様なのだが、彼の場合はこれまでの経緯と慣れがある。

 クリスはシルビアの玄孫(やしゃご)として、不思議な親近感と緊張に苛まれていた。



「――ねぇ、クリスさん」



 アインが何かを言う前に、シルビアはクリスに話しかける。



「は……はい!」


「私はあなたと仲良くしたいの。ダメかしら?」


「……そ、そのようなことは全く……! ですが、その……シルビア様は、私からしたら高祖――」



 高祖母。

 そう口にしそうになったところで、シルビアがクリスの唇に指をあてる。



「しー……。ダメよ、そんな言葉を使ったら。ね?」



 女心というものか、クリスは意味を察して素直に頷く。

 やがて、シルビアの指が離れたところで、クリスは恐る恐る口を開いた。



「一つお尋ねしても……いいでしょうか?」


「えぇ、どうぞ?」


「私の祖父についてですが、それでもよろしいですか?」



 外の極寒のように、馬車の中の空気が一瞬だけ硬直した。

 しかし、シルビアは驚きながらも、優しげな表情で勿論と答える。

 アインには、どうして今、そんな話を尋ねるのかは分からない。

 彼女なりの考えがあるのだろう。



「かねてより、私は祖父の件を疑問に思っていたんです。はじめて隠されて血筋の件を聞いてから、ずっと考えていたんですが……答えは見つかりませんでした」



 すぅっと大きく息を吸うと、彼女ははじめて、シルビアのことを真っすぐと見つめた。



「教えてください。祖父はどうして、エルフに預けられたのでしょうか?」



 すると、シルビアは勿体ぶることなく、少しずつ答えを返す。



「……ラビオラさんが混乱を嫌ったからよ」


「混乱を、ですか?」


「えぇ。といっても、私とカインもすでに命を失っていたから、ここからの話はすべてウォーレンから聞いた話になるわ」



 エルフの里の長は言っていた。

 ウォーレンとベリアなら、その理由を知っていると。

 思えばアインも初耳なせいか、強く耳を傾けた。



「マール君が――マルクが命を落としたとき、あの子達の長男はすでに大きく成長していたの。そこで急に、第二子が現れた……なんて言ったら、どうなると思う?」


「それは……民は喜んだのではないでしょうか? ラビオラ様が残された御子として、皆は祝福したと思います」


「えぇ、私もそう思うわ。でもね、当時のイシュタリカと、今のイシュタリカは別物だから」



 その言葉でアインは察する。



「――国の基盤の違いに加えて、マルク様が亡くなったから……ですか」


「アイン君が言う通り、そういうことなの」



 もしかすると、権力争いが生じるかもしれない。

 もしかすると、二人が争う事になるかもしれない。

 もしかすると……と、考えつくものはいくつもある。



「あの二人、ウォーレンとベリアは自分たちが育てるって言ったらしいの。けれど、ラビオラさんは人間から離すことを選んだ」



 アインの脳裏を、エルフの長の言葉が掠める。



 ――『生まれた御子を愛おしそうに抱きしめると、ラビオラ妃はマルコ様から清潔な布を受け取り、その布で御子を包んで額に口付けをしました。最後は疲れた様子で『ごめんなさい』と口にすると、大事そうに御子を私に手渡したのです』



 彼女が謝罪していた理由は、我が子を離れ離れにさせたからか。

 あるいは、生まれるはずだった王都を離れ、別の地へ住まわせたからか。

 もしくはその両方かもしれない。



「……それで、クリスさんは、どうして今聞いてきたのかしら?」


「その、シルビア様かカイン様にお尋ねする方が、筋が通ってるかと思いましたので……」


「同じ家族だからってことかしら。まぁ、ウォーレンたちに聞かれるより、私もその方が嬉しいのだけど」



 聞く頃合いとしては、なかなか個性的なタイミングだったかもしれない。

 軽めの苦笑いを浮かべ、シルビアは悩ましく手を頬にあてた。



「クリスさんってやっぱり可愛いのね、私がもらっちゃってもいいかしら?」


「……勘弁してあげてください」



 この会話からほどなくして、馬車はある地点で停車する。

 それは旧王都――魔王城の入り口で、アインとクリスの二人は、想定外に早く到着できたことに感謝した。




 ◇ ◇ ◇ ◇




「城内が変わってるんですね」



 以前足を運んだ時は、マルコとの戦いを繰り広げた時になる。

 当時と比べて埃っぽさが消え去り、壁や絨毯に調度品など、ホワイトキングと大差ない状況に変貌していた。



「家主が帰ったんだもの。綺麗にお掃除しないと、住む方も気分が悪いものね」


「……灯りも全体にあるみたいですけど、広いし大変だったんじゃ」


「私の魔法を使ったし、細かい所もカインが頑張ってくれたから、別に大したことないのよ」



 一番苦労したのはカインな気がした。

 しかし、それを口にする勇気はアインも持ち合わせていない。



「アイン様。私は初めて入るので、そうした違いが分からないんですが……」


「少し廃墟みたいになってただけだよ。マルコがある程度綺麗にしてたみたいだけど、限界もあるだろうし」


「なるほど……あ、ところで、例の呪われた部屋はどうなっているんでしょうか……」


「ふふ、言ったでしょう? 家主が帰ったんだから、綺麗にお掃除したって」



 シルビア曰く、砂にしてしまったとのことだ。

 あの不快な空間は文字通り消し去り、王家墓地へと続く道だけが残されているという。

 ラウンドハートの屋敷を破壊したクリスと、どこか似た雰囲気をアインは感じ取る。



(――早速、時間を貰っておかないと)



 だが、ここにやってきた目的を忘れず、シルビアに尋ねるべき話がある。

 アインはすぅっと息を吸い、先を歩く彼女に言う。



「シルビアさん。俺たちは教えてほしいことがあって――」


「そうせっかちにならないの。お話は明日もできるのだから、こんな時間からしても疲れてしまうでしょう?」


「……すみません。都合を押し付けてしまったみたいで……」



 いきなりやってきたのに、時間も考えずに尋ねるのも失礼だったかもしれない。

 アインは謝ったが、シルビアは全く気にしていない。

 ホワイトキングとはまた違う、格式と高級感を感じさせる廊下を歩きながら、彼女は相変わらず楽し気に言うのだ。



「どのぐらいここに居られるのかしら?」


「長くても4泊程度です。バルトに宿をとってるのですが……」



 今日は泊まらせてもらうつもりだが、明日からはどうするか。

 日程全て甘えるのも、少し気が引ける。



「バルトに戻るなんてことは言わないでね。私とカインは、貴方たち二人を歓迎してるの」


「その、私も城に泊ってしまってもいいのでしょうか?」



 遠慮がちに尋ねたクリスへと、当たり前でしょと答えようとしたシルビア。

 しかし、それを答えるのはシルビアではなく、



「――何を馬鹿なことをいってるんだ。家族同士なのだから、無用な遠慮はいらんのだぞ」



 と、すぐ近くの階段上から、カインがラフな格好で語り掛けてきたのだ。

 アインの精神世界で現れた時のように、シャツを一枚着こなしている。



「カ、カイン様――急な訪問で大変失礼を……」


「はぁ……だから、そういうのはいらんと言ってる。アーシェのようにだらけすぎる、、、、、、のも困るが、気楽にしてくれると私とシルビアは助かる」


「ふふ、あの人が言ってくれたけど、そういうことなの」



 三人は階段を上がり、カインとシルビアが身体を並べて前を歩く。

 自然と肩を並べて笑う二人は、やはり夫婦だと実感させる。

 上に部屋が用意されているらしく、アインとクリスは二人の後ろを歩いた。



「アイン、近頃は剣の調子はどうだ」


「し、しっかり訓練してますからね……? マルコとも訓練を重ねてますし、以前よりは……なんというか」


「熟達したか? それはいい、泊まっている間に見てやるとしよう」


「……お手柔らかに頼みますね」


「安心しろ。シルビアに尋ねたいという本命は優先する」



 最強の騎士カインはそう言うと、にやりと笑ってアインを震わせる。

 すると、彼はある出来事を思い返したらしく、ぽん、と手を叩いて立ち止まった。



「そういえば、シルビアに手伝わせることの交換条件……といったら性根が悪いが、少し、付き合ってもらってもいいか?」


「それぐらい構いませんけど……何をでしょうか?」


「あぁ、馬車でしばらく行ったところにダンジョン、、、、、があってな。そこの魔物を調べてるんだが、その手伝いをしてほしい」



 対した事では無かった。

 隣に立つクリスも、それぐらいならと頷く。



「大丈夫ですよ。なら、俺とクリスで――」


「ううん。クリスさんは私がお話ししたいから、一緒にお茶でもしていましょうね」


「わ、私がですか……!?」


「えぇ、駄目かしら?」



 ダメと言うことは無い。

 強いて言うなら、護衛対象の自分がアインを差し置いてという想いぐらいだ。

 しかし、アインもクリス同様に頷いて返し、クリスも応じる気になる。



「……はい。急な訪問でご迷惑もお掛けしてますし、私程度の相手で良ければ」


(カインさんも居るし、護衛に関しては問題ないって思ったんだろうなぁ……)



 とはいえ、クリスの緊張は大分解れたように思える。

 自然と笑みを浮かべる程度には、シルビアとのやり取りにも慣れたようだ。



「でも、カインさんが手伝いを求めるって、どんなダンジョンなんですか?」


「……実はな、少し前にシルビアと数日籠ってきたんだ。中身が少し特殊だから、少しずつ調べてるってことになる」



 魔物に苦戦してるというより、ダンジョン内部に苦戦してるという説明に、アインは強く興味を引かれた。

 心の奥底に高揚感が募り、それが楽しみだなと感じてしまったのだ。

 隣に立つクリスはその様子に気が付き、ため息をついて頭を抱える。



「また……アイン様の持病が……」


「べ、別の言い方があるんじゃないかなって思うんだけど……?」



 すると、カインとシルビアの二人も笑い出した。

 今日この日、魔王城は数百年ぶりに、多くの笑い声に包まれた。



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