彼と進むダンジョン。2
「……ここまできて怖気づくような男ではないだろう」
だからその理由を語れ。
腕を組み、すでに立ち去りたくて一心のアインにカインが尋ねた。
じれったそうに足が動き、この回廊に足音が響くなかで答える。
「――だってここは!」
例の二人が立ち去った場所、神隠しのような現象にあうと言われている場所だ。
シルヴァードにも足を踏み入れるなと言われ、アイン本人も自嘲していた場所なのだ。
こうした理由をカインに伝えると、彼は呆れた表情で言葉を返す。
「たわけ」
ただ一言こう言って、アインの髪の毛を乱暴に撫でる。
最後は強めにポンポンと叩き、一人でダンジョン奥へと進みだした。
「アレは眉唾物すぎる話だ。あんなのを信じる必要はない」
「で――でも、現に二人は――ッ!」
「では聞こうか。誰が二人の行方を知っている? 生きている、あるいはすでに死んでいると誰が分かるのだ?」
「それは……」
「分からないだろう? そして、俺たちはすでに足を踏み入れているというのに、どこかへ飛ばされる気配もない。そういうことだ」
説得力はある。が、アインの踏ん切りがついたわけではない。
いつもなら自己の判断ですぐに行動するアインも、彼の言葉にはなぜか、判断を委ねたくなる何かがあった。
結局、アインは目の前を進む彼の後を追って歩き出す。
「まぁ……最深部付近は何かありそうだと、シルビアも興味深そうにしていたがな」
「……って、やっぱり何かあるじゃないですかッ!」
「落ち着け。最深部までどの程度かかるかもわからんし、俺たちが行った場所ですら数日はかかる」
だから別に心配しなくていいと、彼はそのつもりで口にした。
ダンジョンの青白い光が彼の銀髪を照らし、いつもとは違った存在感を醸し出す。
一方のアインとしては、果たしてついて行っていいものかと、まだ迷いを感じる。
「何か異変を感じたらすぐに戻る。だから安心しろ――ついでに、俺たちが赤龍を倒した時のことも教えてやる」
「……約束ですからね? 俺、いざとなったら力を暴走させてでも逃げますから」
なら行かなければいいという話ではあるが、カインといるとその判断が鈍る。
というより、彼の判断はなぜか大丈夫と信じるに値した。
加えて、彼らが相対したという赤龍との話も影響してか、アインは勇気をもって一歩を踏み出せた。
(はぁ……ロリ女神様。ここの奥に貴方が住んでいるのなら、お願いですから何もしないでください……)
内心で密かに願いを届けたのだ。
やがて、二人が去って行ってすぐ……その願いを叶えるかのように、ダンジョンの床と壁が青白く点滅してみせた――。
◇ ◇ ◇ ◇
十数分も歩いたところで、二人は開けた場所に足を踏み入れる。
へぇ、と広さに感心していると、そんなアインの耳に声が届いた。
「まるで城の広間のような場所だろう? 地下に行くと、似たような部屋がいくつもあったが」
「何て無駄な空間の使い方……」
「ははっ……確かに無駄に思えるな。ここの存在意義も分からんが、いくつも同じ部屋を作るのは意味が分からん」
彼はそう言って、おもむろに剣を構えた。
何をするんだろうかと考えていると、彼は前触れもなしに石畳に切りつけ、金属と石がぶつかる鈍い音が響き渡った。
「不思議なことにな、この部屋だけは壁も床も自然に直る」
砕かれた石畳がカタカタと動き、自らあるべき場所へ戻っていく。
十秒も経たぬうちに、切りつけられる前の状態へと変わった。
「えぇー……なにこれ……」
「俺も知らんが、シルビアは切り取ったものを城に持ち帰ってるぞ」
「あれ? 持って帰れるんですか?」
「あぁ。縁が切れるのか知らんが、距離が離れると、戻ろうとする力は無くなるらしい」
(もう検証してるじゃん……俺いらないんじゃ……まぁ、もういいけどさ)
ため息をつきたくなる気持ちと、別に不快でもない感情に板挟みになってしまう。
もう肩肘も張らずに構えてしまおうか――アインも剣を抜き、彼に倣って剣を振り下ろした。
「……俺も、欠片持ち帰っておきます」
「あぁ、ケットシーの王女にでも渡すんだな?」
「そうしようかなって。いいですよね?」
「あぁ」
簡素にやり取りを交わし、石畳の破片を上着のポケットに入れた。
「古代生物研究所の素材と同じか、後で調べさせることにします」
「で、同じ素材だったらどうするんだ?」
「……面倒くささが増えるかなと」
こんな場所の素材まで持っている? 行動力の裏付けができてしまうのが嫌だった。
とはいえ、検証をしないわけにもいかず。
「そう嘆くな。気分転換にいい事でも教えてやる」
「それって本当にいい事なんですよね……?」
「ふふっ……当然だろ」
カインがそう言ってからほどなく。
二人が居る部屋が弱々しく揺れを生じさせた。
天井からは埃のような物が舞い落ちる。
「あの、本当にいい事なんですよね? 俺にとっても悪いことじゃないんですよね?」
「無論だ。とりあえず、剣を構えておくと楽だぞ」
「……え?」
「よし、そのいい事が湧いてきたぞ。ほら、呆けてないであっちを見ろ」
気だるげに剣を肩に乗せた彼を見てから、彼の目線の先を見たアイン。
すると、何が湧いたのか――何がいい事なのかを理解した。
「魔物……?」
部屋の奥、言うなれば進行方向にそれは居た。
さっきまでいなかったというのに、一体いつの間に?
戸惑いながらも剣を握り、見たこともない魔物たちに眉を顰める。
(あれは異人? いや、カインさんは魔物って言ってるし……)
鎧を着て、片手には曲刀や槍を構える数十体の集団。
二足歩行をしており、一概に魔物とは言い切れなかったのだが、それらは光の柱と共に数を増やしつづけた。
「蜥蜴のような姿をしてるだろう? 少なくとも、俺たちと奴らで意思の疎通は取れん。だから魔物だ。つまり、イシュタリカが出来る前に存在した魔物だ」
皮膚は緑であったり青だったり、いくつかの色が付いた鱗に覆われている。
まるで蜥蜴そのものが二足歩行になったかのような、そんな分かりやすい体つきだ。
「……防具と武器持ってますけど」
「そりゃ、戦うための魔物ならば持ってるだろうに」
「ちなみになんていう魔物なんですか?」
「知らん。シルビアも名前までは知らんと言っていた」
そいつはいい、まさに未踏の地というべきか。
何やら好戦的に走り出した蜥蜴たちをみて、二人もゆったりと足を進める。
「なるほど……リザードマン」
こんな名前がぴったりだ、薄れ過ぎた前世の記憶から掘り出して呟いた。
すると、その呟きにカインが感心した様子で頷く。
「ほぅ、悪くないな。分かりやすくていい名前だ」
とはいえ、もしかすると自分たちは侵略者なのでは?
考えてみたが、急に現れたことなどを思えば、先住民族か何かには到底思えない。
そもそも、光の柱と共に姿をみせる時点で、ダンジョンに関係した魔物なのは一目瞭然だ。
「後ろで取りこぼしを処理する。――児戯は見せてくれるなよ」
「――いつまでも子ども扱いされるのは、あまり好きじゃないですね」
その言葉がアインの心に火をつけた。
自分たちが侵略者ではなく、これがダンジョンの仕組みの一環なら――是非もない。
交戦的に剣を振るってる場合ではないかもしれないが、調査の一環と思えば気が晴れる。
蜥蜴――リザードマンが距離を詰めてくるが、アインはその倍以上の速度で距離を詰めた。
既に数は50を超え、ひとまとまりの軍隊のようだ。
「シイィィ……ァアアッ!」
一番槍のように、アインと相対したリザードマンの一体。
文字通り細長い槍を突きつけてきたが、動きを見てからそれを交わす。
「……相も変わらず、悪い癖だ」
「わ、分かってますってば! 強者らしくしたいんじゃなくて、警戒してるだけですからね!」
先手を譲った事にカインが苦言を呈し、これは様子見のためだと弁解する。
こうした軽いやり取りをかわしながらも、アインはリザードマンの懐へと身体を潜り込ませる。
リザードマンの身体は大きい。
ロイドとも近い慎重になったアインですら、そして、そのロイドよりも大きなカインと比べても大きいのだ。
そのせいか、巨体にもぐりこむのはそう難しくない。
「なんだ――以外と弱……い……」
後は剣を切り上げるだけ、それで終わるというのに。
アインの腹目掛けて、リザードマンの膝が鋭く牙をむいた。
「ッお前……!?」
苦戦とまではいかない。
しかし、自分の動きに反撃を返したことに驚きを隠せなかった。
膝蹴りをかわし、軽く間合いを取った。
「言い遅れたが、奴らは武器を使わない方が強いぞ。素手で戦う方が数段強い」
(えぇー……なにそれ、馬鹿なの? なんで武器使ってるの……)
身体能力任せの戦い方が向いているのだろうが、なぜ武器を持ってるのかが疑問だ。
とはいえ、先ほどのするどい反撃はアインも納得するところ。
――が、苦戦することは論外。
同じことを、カインが目線で訴えかけてくる。
今までとは毛色の違う魔物だが、これもいい経験となる。
ダンジョンの魔物という存在に対し、アインは不敵に笑い返す。
「――シャァァアアッ!」
リザードマンは槍をアインに向けて放り投げ、躱したアインに襲い掛かる。
隙を狙ったような動きは新鮮で、どこか狡猾で賢い戦い方だ。
しかし、アインは槍を躱すことすらせず、
「悪いけど、俺の戦い方でやらせてもらうから」
「――ッ!?」
槍を剣で切り落とし、襲い掛かってきた巨躯に向けて剣を振った。
空を切るような音が他のリザードマンの身体を揺らすが、その音より早くアインが動いた――。
一番槍のリザードマンの目には、唐突に現れたアインの姿と、胸を貫く熱さが伝わる。
「ガ……ァァアアッ!」
「駄目だ。もう逃がさない」
「……ッ!」
身体をばたつかせて逃げようとするが、アインが更に剣を深く突き刺した。
すると、リザードマンは身体を大きく痙攣させ、ほどなくして地面に横たわる。
「身体が、消えていく……?」
アインの目に映ったのは、おおよそ現実離れした光景。
さっきまで戦っていた、倒したばかりのリザードマンが光の粒子になった消え去りだしたのだ。
最初からここに居なかったかのように、カラン……と魔石だけが地面に落ちる。
「安心しろ。魔石だけは残っただろう?」
「い、いやいやいや! そういう意味じゃなくて……!」
その言葉に安心してしまう自分はいたが、こんな死に方なんてはじめて見る。
近くでは、仲間が死んだことで戸惑ったリザードマンたちが、立ちすくんでアインを見ている。
「別に苦戦するような相手ではないが、これも訓練だと思って剣だけで戦え。深層にいけば、それなりに手ごたえのある魔物はいるがな」
ほら、早く次に行け。
カインが残ったリザードマンたちを指さし、手を貸さないつもりなことがアインに伝わる。
おおよそ分かっていたが、残された数をみると若干気が滅入る。
「分かってますってば! 別に、一体ずつ相手をする必要はありませんからね……!」
「そりゃそうだ。別に、一振りで全て終わらせてもいいぞ」
そこに魔王としての力などを加えれば可能だが、剣の力量だけでは難しい。
できて数体ずつぐらいなもので、アインは床に転がったリザードマンの魔石を手に取る。
「……そこまでいうなら、すぐに終わらせますからねッ!」
先程は日を付けられたが、今のは油をぶちまけるが如き言葉だ。
握った魔石をすぐにただの水晶玉に変え、ひとまとまりのリザードマンへと襲い掛かる。
「おい、リザードマンの魔石はどんな味だったんだ?」
「ふっ……! ぜぁ!」
リザードマンが何かをする前に剣を振り下ろし、一気に数体を片付ける。
全てを倒せないのは想像通りだが、悔しさをにじませながらカインに答える。
「――特に味気のない……サラダみたいな味でしたッ!」
そう言ってから振り下ろされた攻撃は、乗せられた悔しさゆえだろう、カインが『ほぅ……』と唸るような一振りだったという。
最後はすべてのリザードマンを倒すのに一分もかけず、転がった数十個の魔石を吸いつくした。
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