あの地へもう一度。

 アルベロ男爵家の使いがきてから数日後。

 この間に、いくつかのことが決められ、アインの命令によってリリは行動を開始していた。

 それもすぐに調べがついたようで、彼女はある日の夕方、唐突にアインの部屋を尋ねて来たのだ。



「調べ終わりましたよー!」



 と、彼女は今日も彼女らしさを前面に押し出してやってきた。



「……早いね、リリさん」


「それはもう。ある程度の手がかりがもらえましたし、多少は堂々と調べが入りましたから」



 さて、なぜ堂々と調査ができたのかというと、これには例の祭りが関係してくる。

 長時間悩んだ一同だったが、イスト交易商会に関しては、祭りへの参加を前向きに検討する――という方向で動いたのだ。

 もはや、自分たちの知らない場所で何かをされるよりはこの方がいい。

 ある程度は管理できる場所に居てくれた方がいいのでは? という考えもあった。



 また、もう一つの思い付きがあり、



「祭りへの参加の条件として、色々と身辺調査が出来ましたしねー!」



 と、リリが語った。

 王族が関わってくる行事とあってか、この辺りは厳しくしても問題がない。

 代わりと言ってはなんだったが、堂々と動けたのは楽だったのだろう。



「イスト交易商会。彼らはセージ子爵との縁を失った後、アルベロ男爵家に接触したみたいです。付き合いとしては数年ってとこですね」


「へぇ……だから先日は、俺の屋敷にまで足を運んできてたんだ」



 先日の騒動の発端が明らかになり、少しばかりアインの内心もスッキリする。



「そうみたいです。ただ、あのー……どう調べても、あの男爵家はただの出資者に過ぎませんね」


「……どういうこと?」



 それまでしていた仕事の手を止め、リリの報告にじっと耳を傾けた。

 うーん、と唸りながらのリリの言葉が、強く興味を引いたのだ。



「少し関係者が多いので、ざっくりと白か黒か――というのを報告しますと……」



 彼女は懐から小さな紙を取り出すと、その内容を読み上げた。



「まず、アルベロ男爵家は限りなく白いです」


「本当になんにもなさそうなの?」


「よくある貴族のあれですよ、威張りたいというか、自分たちは裕福なんだって皆に知らしめたい欲はあるようです」



 中小だろうが、商会と深い関係になれる貴族というのは決して多くないらしく、貴族にとってのある種のステータスになるという。

 爵位でいえば最下位にある男爵家にとって、イスト交易商会――以前はセージ子爵と深い仲にあった彼らと関係を持つことは、いくら落ち目の商会と言えど、それなりに魅力的に思えたのだろう。



「一人息子も冒険者をしてるらしくて、ちょっとした広告塔、、、にでもなってるみたいです」



 リリ曰く、容姿端麗な男とのことで、ギルドやその周辺に出没することがあるという。



「貴族の子なのに、よくそんなことを許されてるね」


「こういってはなんですが、男爵家の跡継ぎなんて、あってないようなものですので」


(……まぁ、伯爵家の長男だった俺も、似たようなもんだったか)



 思えば、ラウンドハート伯爵家の長男だった自分だって、それなりの自由はあった気がする。

 当時は五歳だったが、次期当主になれないと分かってからは、ローガスも顔を出さない始末だった。



「で、その一人息子っていうのが結構女性に人気らしくて、それなりに優秀な商売人みたいな人らしいですよ」



 これはさすがに揶揄だが、先日の失礼な行いを思い返せば、これぐらい言われても仕方ないだろうか。

 アインはが苦笑いを浮かべるのだが、あまり否定する気にはなれない。



「ふーん……まぁ、才能があるのはいいことだからね」


「ですねー。なので、次はイスト交易商会ですが、こちらは灰色ってところですね」


「灰色?」



 随分と曖昧だなと、アインの眉があがった。



「言うなれば、アルベロ男爵家が事情を知らない間接的出資者で、イスト交易商会は恐らく事情を知る出資者となります」



 アインとしては黒に思えるのだが、断定するのは法が許さない……といったところなのだろう。

 リリも若干の苦笑いを浮かべたのだった。



「なにそれ? 貰った資金を……アルベロ男爵家の資金を横に流してるってこと?」


「金の流れを追ったところ、そんな感じでしたね」



 調べが正しいのであれば、男爵家はただの持ち上げられて利用されてるだけなのだろう。

 あるいは、何かしらの報酬でも受け取ってるのだろうか?



「それで、流してる先ってのが黒い……ってこと?」


「いえ、黒っていうよりは、黒に近い灰色って感じです」



 リリは再度曖昧に答えると、新たな紙を取り出して、それをアインの机に置いた。

 こちらは正式な報告書類のようで、紙質はメモの物と違って上等だ。

 それを手に取り、アインは口に出して読み上げた。



「古代生物研究所? なにこれ……?」


「それ自体は十数年前からあったらしいんです。似たような研究所はいくつかあるんですが、この研究所はどうやら資金難で落ち目だったらしくて」


(……資金難とか下位貴族とか、そういうのが繋がり過ぎてるのかな)



 内心で苦笑いを浮かべるが、大富豪や大研究所ともなれば縁を持てないということなのだ。

 権利や金の流れはいつ考えても食傷気味になるが、王太子ともなればいつも目にすることだった。



「結果、セージ子爵が失脚したところでイスト交易商会が接触し、両者の関係がはじまった――とのことです」


「なるほどね。それで、その古代生物研究所が黒に近いっていうのはどうして?」


「法に触れた研究をしている可能性があります」



 ピクッと、アインの身体が動いた。



「その、古代生物研究所に入って調査をしたんじゃないの?」


「しようと思ったんですが、中々に厳重だったんです。直接的に調べられる範疇には収まっていなかったもので、少し不穏な影は残っておりました」


「強引に調査できなかった理由は?」


「イストとなれば、守秘義務の塊なので……それこそ、陛下やアイン様の名があれば、いえ……王族令があれば、何事も問題なく調べられるのですが……」



 それをしなかった理由を考えてみる。

 確かに、アインも赤狐の件でイストに調査に行った際、あの場所の特異性は理解した。

 当時は王太子と身を明かせなかったのもあったが、現状はまた別だ。



 しかしながら、あの地の特異性は変わらない。



「王族令を使った場合の欠点が多すぎるのか……」



 万が一にも手がかりがなかった場合や、逆に彼らが誠実に運営をしていた場合。

 周囲の不満を買うのは必定、不満だけで済めばいいのだが、下手に事を起こしてイストの者たちを敵に回すのも考え物だ。

 ただ、それを分かっていてもなお、使うべきではないかという気持ちもある。

 とはいっても、事を急いても――というのを分からないわけでもない。



「それで、不穏な影って言うのは?」


「はい。それが法に触れた研究に……となるのですが」


「……詳しく聞いてもいい?」



 アインにそう言われ、リリはゆっくりと語りだす。



「生物の特徴を掛け合わせたような、そんな廃棄物が見つかったんです」


「それって、牛に翼を繋げる……みたいなこと?」


「え、えぇ。ざっくり言ってしまえば、そんな感じのことですね」



 いわゆるキメラのような研究だ。

 なるほど、黒に近い灰色と言うのは分かったが、



「それが黒にならない理由は?」


「実はその廃棄物というのが、レッドバイソンの頭が二つの生態だったものでして、こちらは過去に冒険者からも、突然変異として例が何件もあがったことがあるんです」


「あぁ……確定的な証拠じゃなかったからってことか」



 こんなことを気にしないで調査するべきじゃないか? と、考えなかったわけでもない。

 だが、イシュタリカは少人数で出来ている小さな枠組みなんかではなく、ハイムらとくらべて数倍以上大きな大国だ。

 何の準備もなしに強引な行動でもとってしまえば、その後、民による不満や混乱なんて考えたくもない。

 興亡というのものを、舐めたり軽々しく考えることはできないということだ。



 しかし、アインの脳裏にはある確信的な何かが舞い降りる。

 例のローブの男たちが脳裏を掠め、以前のレオナードの言葉を思い返した。



「案外、あの伝説ってやつも眉唾じゃないのかもしれない……か」



 こんなところでこまねいている場合じゃない。

 祭りの前に、もう少し手を加えておくべきだろうと思い、アインは唐突に立ち上がった。



「ちなみにさ、その変な研究が禁止な理由って?」


「生態系に影響を及ぼしますし、想定外の事件に発展する可能性もありますので」


「あー、やっぱりそういう理由だったんだ。うん、なら十分だね」



 証拠不十分なのに何が十分なのかと、立ち上がったアインを眺めるリリ。

 すると、彼は急に歩き出し、部屋の外に向かって行った。



「カティマさんが居れば名目も十分、あとは俺の気転だからこっちも大丈夫……かな」



 うんうんと頷いて、彼はようやくリリに向けて振り返る。



「リリさん。祭りまでは二週間あるから、その半分ちょっと、俺はシュトロムを空けるよ」


「は……はい? アイン様、急に何を……」



 尋ね返すものの、彼が求めてるものはわかっている。

 どちらかというと、彼女はアインの本気度を測っていたのだ。



「これからクローネの部屋に行く。色々と伝えて、ちょっと準備をしなくちゃね」


「ッ――ま、まさか、イストへ!?」



 こんな時に何を、いや、王太子がそこまでするか!

 いくらでも文句と言うか驚きの言葉は浮かぶのだが、アインを止められる言葉が浮かばなかった。

 思えば、戦地へも自ら身を投じる男なのだ。

 自分では止めることは決して叶わない。



(レオナードとバッツはマルコに任せよう。三人には、シュトロムのためと、この近辺での調査にあたってもらうべきだ)


「アイン様! まさか本当に……!?」



 リリが語り掛けたのだが、アインは集中していて耳に届かない。



(供は……何人も連れて行くのは色々と都合が悪いか)



 ならどうしよう、彼はリリのことを気にせずに迷いだす。



(この屋敷の防衛力を下げたくはない。だったら、連れて行けるのは――)



 すると、以前のイストへの旅を思い出し、アインは不敵ににやりと笑う。

 手をパンッ! と叩き、計画は決まったと言わんばかりに喜んだ。



(ついでにマグナにもよる必要がある。シルビアさんに例の伝説について聞いてみないと……)



 意外と長旅になりそうだなと、薄っすらと苦笑してみせた。

 だが、こうした苦難や旅は決して嫌いじゃない。

 赤狐の調査の旅を思い返しながら、アインは強く頷いたのだった。



(まぁ……俺らしいのかもしれないね、こういうのって)



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