準備。

 ということになり部屋を出て、考え込みながら足を進める。

 後ろからはリリが付いてくるのだが、彼女は既に諦めたような表情を浮かべていたのだ。



「……アイン様ー」


「――ん? どうしたの、リリさん」


「どうしたのじゃないですってばー……考えこんだらそうなるのは分かってましたけど……」



 と、彼女は不満を口にしながらも、表情はすでに文句をいいたそうなものではない。

 もう一度言うが、結局のところ諦めの感情だ。

 止めるすべなんてものは持っておらず、持っていても止まるかという疑問すらあるのだから。



「それで、イストに行くんですよね? 誰を連れて行くんですか?」



 状況から察し、とりあえず、このぐらいは教えてほしいと懇願すると、



「というかどうするんですか? あまり強引に事を進めても反発が強いと思いますけど……」



 つづけて彼女は、イストに向かってからどうするんだと尋ねる。



「前回と同じ面々で行くことにしたよ。カティマさんも居たら、意外と名目としては十分でしょ?」


「は、はい……? カティマ様ですか……?」


「ついでに、マジョリカさんからも紹介状とか書いてもらおうかな。イスト大魔学の威光があれば、また話がしやすくもあると思うし」



 あまり気は進まなかったが、権力や発言権の強さを頼ることにしていたのだ。

 まるっきり前回のイストへの調査と同じだが、今回は、アインの確固たる意志が尊重されている。



 そこで、当初は一週間ぐらい世話になると言っていたカティマも影響するのだ。

 誰も滞在期間についてを尋ねていないが、尋ねても無意味なことは分かっている。

 だからと言ってはなんだが、少しばかり協力してもらうことにしよう。



「あと、カティマさんが来た名目は、シュトロムにおける研究所の調査うんぬん――だから、丁度いいと思わない?」


「あー……つまり、研究者の繋がりから足を運ぶということですか?」


「とっかかりはそんな感じ。途中でなにか不穏な存在を確認してしまったから、しっかり見せてほしい……って流れになれば万々歳だと思ってるよ」


「――素直に承諾できません。さすがに、力技が過ぎるのではないかと」



 彼女なりに制止をしたつもりだ。

 冷たい空気を醸し出し、少しばかりの圧力をアインに向ける。

 常人ならば、ひやりとした冷たさが頭にまで上ってくる不快な感情だが、



「あはは……承諾できないのはこっちもなんだよね」



 アインは苦笑いで受け取り、逆にその空気を破壊してみせる。



「強引じゃないと駄目なこともあるって、俺たちは去年、しっかりと学んできたはずだよ」


「……はい。それも仰る通りではありますが、状況が違うかと」


「いや、状況なんていつも変わらない。事が起きてからじゃ意味がない」



 すると、久しぶりにアインが振り向いた。

 急に立ち止った事に驚いたリリは、彼が振り向いたことで一歩下がる。



「それに、ただ待つのは性に合わないし、その結果で犠牲者でも出れば、俺はきっと耐えられない」


「えぇ、それは我々も同じことです」


「だから俺は力を使うよ。持ってる力を存分に使って、徹底的にあいつらを追い詰める」



 アインの目つきが変わりだし、気が付くと、リリはその瞳の奥に強さを感じ取る。

 強さと一言に言っても曖昧だが、それは、常人とは格別された災厄に近しい強さの一端。



「力を持つ者の責任だなんていうつもりは無いけど、俺には王族としての責任がある」


「も、もしも本当は白だったらどうされるのですか……ッ!」



 いうなれば彼女は怖気づいた。

 見せられた力に対し、自分では対抗できないと感じてしまって言い淀んだのだ。



「俺の勇み足で状況が悪化するってことは避けたい。だからこそ、カティマさんも連れて行くんだよ」



 それと、アイン自身の気転だ。

 だが、そこに至るまでに、リリたちの努力があることも無視できない。



「――それに、例の不審なものが見つかったのは事実だし、心配いらないと思うよ」



 その一言は軽い。

 とはいえ、彼が言うと、なんとなくだが心強い感情に浸れるからか、リリの表情も緩んでしまった。



「魔王様になってから随分と、言葉の強みもでてきましたね」


「まぁ、少しぐらいは大人になったってことだよ」



 シルヴァードには何て言うべきだろう、クローネは何て言うだろう?

 内心ではまだまだ問題を捨てきれていなかったが、もはや止まれない感情も否定できない。

 アインはもう一度歩き出すと、先ずは、クローネの執務室へと足を運ぶ。

 リリとはここで別れ、クローネに相談しに行ったのだった。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 問題は山積みか? いや、実のところそうでもない。

 正しくは、問題を処理する女性の有能さが度を超えているからだ。

 他の部署の者たちとの折衝や手回し、または、日程の調整など細部に至るまで、彼女はいかんなく実力を発揮する。



 そうだ、クローネという女性はなんとも有能だった。

 英雄視されている王太子の補佐官として、そして、最大級の商会の孫娘としても、どこをどうみても肩書に負けていないのだ。



 結果を言えば、またか――とため息をつかれたのは言うまでもない。

 だが、彼女は誰よりもアインを分かっているといっても過言ではないのだ。

 話を聞きながらも手帳を開き、片手間に資料を机から取り出し、日程の調整とシルヴァードたちへの言葉を考え出す。



 どういう目的なのか、何をするつもりなのか。

 いくつかの事柄をアインと語り合うと、彼女は苦笑いのような、愛情のこもった顔をアインに向けた。



「何度もため息をついてしまうわ。けれど、そんな貴方も好きって思うってことは、私も同罪なのかしら?」



 つまり、先ほどのリリのようにアインを止めようとはせず、協力的な姿勢についてを尋ねたのだ。



「……いつも苦労を掛けてごめんって思ってるよ?」


「別にそれはいいの。アインからくる苦労なんて、愛に変換できるぐらいには貴方が好きだもの」



 自然と惚気ると、彼女は数通の手紙を用意した。

 手回しのためのものや、シルヴァードやウォーレンに対しての手紙だ。



「実をいうと、アインの身の安全は心配してないの」


「あ、あれ? もしかして、見放されてる?」


「ふふ……違うの。アインなら、何があっても大丈夫って信じてるからよ」



 そう言って、クローネはアインが腰かけるソファに近寄る。

 彼の正面に腰かけると、テーブルに置かれていた紅茶を飲んだ。



「寂しくなるのが問題かしら? 一緒に行くカティマ様と、クリスさんが凄く羨ましいわ」


「――やっぱり行くのやめようかな?」


「もう、そんなことを言われてしまうと、私も引き留めたくなっちゃうわよ?」



 言葉にはしてるものの、二人の間に寂しさはそんなになかった。

 幼い頃を想えば、アウグスト大公邸で別れてから、しばらくの間、連絡は一回の手紙しかなかった二人だ。

 それに、赤狐の調査の際にも、何度か出張のように足を運んでいる。



 互いが互いに、こうしたことも仕方ないという気持ちがある。



「お仕事が終わったら、また二人でゆっくりしましょう」


「勿論、そのために頑張ってくるよ」



 こちらはすべてが本当のことで、二人は顔を見合わせて笑った。



「クリスさんを困らせたらダメよ? 無茶するときは、必ずクリスさんにも話すこと、いい?」


「……あれ、無茶するって決まってるの?」


「無茶をしない人なら、いきなりこんな話はしないでしょ?」



 なるほど、随分と正論だった。

 ぐうの音もでない言葉に、アインは素直に頷いて答える。



「クリスさんったら、アインと買い物に行くって楽しみにしてたから。だから、余裕があったら一緒に行ってあげてね」



 これはクローネなりの気遣いだろうか。

 クリスの想いを知ってか、そっと口にしてアインへ伝えた。



「――カティマさん次第じゃないかな?」



 主に彼女に振り回されないように、という意味で言った。



「多分、イストで出てる本を見つけて、部屋に閉じこもると思うわよ?」


「あぁ……確かに、そうなる気がしてきた」



 容易に想像できたところで苦笑する。

 その後、クローネはソファを立ってアインの隣腰かけると、二週間の間会えなくなることを補うためか、彼女は身体を密着させる。



「ん」



 アインを見上げ、唇をつん、と突き出してみせた。

 ん、と一言で口づけを求めたのは、彼からしてもらいたいという甘えたい気持ちだった。



 何度か数えるのが億劫になるほど重ねた後、二人だけの時間を有意義に過ごした。

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