後悔と苦悩と責任感と少しの達成感。

 さて、港での騒動はアイン側の圧勝となったところで、リリのその部下たちが足を運んだ。

 三人のローブの男を捕獲し、魔道具を用いて手足を拘束する。

 口元にも何かが無いかと入念に調べ上げた。

 それは当然、彼らが自害することや、例の炎を使うことが無いようにするための措置だ。



 その後、アインはリリたちと共にある場所へと足を運ぶ。

 騎士団の詰所――シュトロム支部だ。

 朝早くからやってきた王太子たちに驚いた騎士たちだったが、アインたちの状況をみて、口を出すことなく指示に従う。

 詰所の地下には石造りの牢屋があるため、そこを使う――という指示だ。



 牢屋は地下三階分があり、アインたちはその最下層に足を運んだ。



「あれ、アイン様? どうして一人と二人に分けるんでしょうか?」



 と、ディルが尋ねる。

 詰所に来た段階で、アインは特別な指示を出していた。

 ローブの男のうち一人を最下層に、そしてもう二人はその一つ上の階層に収容するということだ。

 これがどうにも不思議に思えたのだ。



「……ちょっと意地が悪いことしようと思っただけだよ」


「意地が悪いこと、ですか」


「そ。まぁ……あまり他人には見せたくないことをするんだよ――さてと、ディル」



 苦笑いを浮かべるアインが咳ばらいをした。



「地下二階と三階に誰も入ってこないように、上の方で見張りをしてきてもらえる? 情報が漏れるのは避けたい」


「はっ!」



 すると、ディルはその指示に従って石造りの階段を上っていった。

 残されたアインとリリ……一方のリリがため息をついたのだ。



「よくある尋問の常とう手段ですね。あと、スキルの状況も確かめるため……ってところでしょうか?」


「あ、やっぱりバレちゃってたか」


「……そりゃー、私も幼い頃に拾われてからずっと、隠密として働いてきましたから」



 そう言うと、彼女はアインから距離を取り、壁際に背を任せる。



「何かあればすぐに動きます。それで大丈夫でしょうか?」


「うん。そうしてもらえると助かるよ」



 ――アインが何をするのかと言うと、やはり尋問だ。

 例の心に決めていた、宿敵が使っていた力を使うのだ。



「……そろそろ起きてくれるかな?」



 と、牢屋の中に居るローブの男へと語り掛けた。

 彼は手足を魔道具で封じられ、牢屋の中の真ん中に、木製の椅子に座らされている。

 俯いたまま、気絶した状況から目を醒まさなかった。



「私が起こしましょうか?」



 リリがそういって、短剣を取り出した。



「ははは……なにやら不穏な事をしそうだから、自分で起こすよ」


「……わっかりました」



 しかし、どうやって起こすのだろうか?

 不思議そうにアインを見ていると、彼はおもむろに石畳へと腰掛けた。

 王太子がなにをするのか、と言うのも今更な話だが、彼の様子から目を離せない。



「――起きろ」



 その刹那、地下三階の牢屋へと、まるで強風のような地震のような……不思議な圧力が隅々まで行き渡る。

 背後にいたリリは全身の毛穴が危機を察知し、目を見開きながら呼吸を荒くした。



「ッ……暴食の……世界樹……」



 ポロッと漏れた言葉はアインへと届かない。

 忘れてはいけない、彼もまた、力を暴走させた魔王だったという事を。

 そして、その力を今では自由に使えるだけの……圧倒的な力を身に秘めているという事を。



 アインがみせたのは覇気のような何か。

 おおよそ人や異人種に出せるような安いものではなく、まさに、アーシェたちが力を合わせて止められただけの実力だ。



「今のは……なん……だ……」


「俺が起きろって言ったんだ。早いうちに起きてくれて良かった」


「ッ――き、貴様は……!」



 ローブの男が目を覚ます。



「聞きたいことは色々あるんだ。だけど、今の俺は怒ってる。ラウンドハートであった事とか、赤狐の事。そうしたことと比べてもいいぐらいには怒ってる」


「何を……言っているのだ……」


「俺がこんなことをしている理由だよ。お前たちはクローネがいるのに襲い掛かってきた。正直言って、腹が煮えくり返るとかそんなものじゃないんだ。今の俺は、身体に宿る力を使わないように抑えるので精いっぱいだから」



 なんとも屈託のない笑顔でアインが笑うが、こめかみや手元を見れば彼の憤りが分かる。

 血管は太く浮かび上がり、手元はぎゅっと握りしめられる。

 それは決して緊張なんてものではなく、彼が強い怒気に苛まれているということ。



「俺は拷問とか、そういうことをする趣味は持ってないし、どす黒い感情を自分で感じるのも好きじゃない。だからこうして、今回は俺から動いてみたってことなんだ」


「……」


「――何がしたかったのか、教えてもらえるかな」



 起きろと口にした時より、さらに数段強くなった圧力が一直線に男を襲う。

 語調は穏やか。だが、アインの瞳には暴食の世界樹が宿っている。

 もし、もしも彼がその我慢をできなくなれば、その力がすべてを包み込むことになるだろう。



 ……しかし、男は口を開かなかった。

 いや、開こうとしたのかもしれないが、口元を小刻みに震わせてアインを見つめるばかりだったのだ。



「最初は……犯罪組織とか龍信仰って聞いた時は、俺はこんなに行動する気はなかったんだ」



 ある種の責任感の芽生え。

 王太子として、領主としても、これからは以前より自重しようという想いはあった。



「もう一度言うけど、お前たちはクローネまでも傷つけようとした。ということは、俺の大切な人たちを傷つける可能性もあるってこと……だから、俺はこうしてやってきたんだ」


「あ……ぁ……」


「もう一度聞くよ――目的を教えてもらえるかな?」



 額に汗を浮かべたリリは、そんなアインの後ろ姿を眺めて内心で呟く。

 そういえば、アインはクローネがいる時に襲われた割に、意外と落ち着いていたな……と。

 だが、それは決して、許していたわけではなく、今日この日まで怒りを抑えて来ただけなのだろう。

 こう理解した。



 アインという男はそういう男だ。

 自分にされたことよりも、大切な人や仲間にされたこと……それに強く怒る人物なのだから。



「言う……はずがない……だろう……ッ!」



 その返事を聞き、リリは感嘆した。

 よく、よくこんな圧力の中で抵抗したなと。

 アインも同じ感想を抱いたらしく、きょとんとした顔で彼を見た。



(仮に拷問なんかしても、こいつは絶対に口を割らない)



 これはリリも考えたことで、彼は相当口が堅い。

 たかが宗教崩れだというのに、その意思の強さは驚嘆に値する。



「そっか。なら、しょうがないよね」



 すると、アインは立ち上がってため息をついた。

 男は勝ち誇ったように安堵するが、それを傍目にアインが牢屋に近寄る。



「昔のイシュタリカには、ある英雄王が存在したんだ。彼は大陸を統一し、魔王アーシェの暴走を止めた」



 この国に住む者なら、誰もが知る昔話だ。



「誰が一番したたかだったか、誰が一番楽しんだのか。それは、魔王アーシェの心を弄んだ獣――彼女、、のはず」


「……彼女……?」


「知らないだろうし、知らなくていいことだよ。俺も詳しく教えるつもりはないから、別に気にしないで構わない」



 自分で言っといてその言い草かと、男は眉間に皺を寄せた。

 しかし、それがどうした? 怪訝な瞳を向けるのだ。



「お前に抵抗力があるなら別の方法を考える。だから――」



 すぅっ……大きく息を吸い、俯きながら目を閉じる。

 さぁ、はじめよう。皮肉染みたことだが、あの力、、、を使って情報を聞く。

 次にアインが顔を上げたとき、男は再度呆気にとられた。



「その……瞳は……」



 見たこともない金色。

 どんな純金も霞むだろう、そんな魅惑的で甘美な輝きだった。

 また、彼が最後に考えられた感情はそこで終わる。

 次の瞬間には、アインの言葉全てが麻薬のように脳を焦がした。



「もう一度だけ聞きたいんだ――お前たちの目的を、俺に教えてくれないかな?」



 後ろに立つリリは、悔しそうに眼を閉じた。

 こうなる状況を作ってしまったこと、それらすべてに無力さを感じ、強く歯を食いしばる。




 ◇ ◇ ◇ ◇




「――ディル、お待たせ」



 十数分後、アインはリリを連れて階段を上がった。

 上で待っていたディルに声をかけ、疲れたように指示を出す。



「いえ、とんでもございません。ですが……アイン様、どうもお疲れのご様子ですが……」


「……少し疲れたかな。悪いけど、後の聞き取りはリリと一緒にしてもらってもいい?」


「え、えぇ。アイン様はどちらへ?」


「俺は……上で休んでくるよ。ごめん、任せるようになっちゃって」



 アインが疲れた様子なのは珍しい。

 体力的に疲れてるのは、マルコとの訓練でちらほら見かけるが、今のアインは精神的に疲れているようだ。

 気遣ったディルは、意味深にリリと顔を見合わせ、彼女の目配せで頷いた。



「承知致しました。では、我々の方で聞き取りを致しますので……どうぞごゆっくりお休みくださいませ」


「うん。お願するね。……あ、リリさん? 俺の力は解いたから、さっきの男もしばらくしたら目を覚ますと思う」


「おー、そう言う感じなんですね。分かりました、そちらもお任せくださいませ」



 ありがとうと答えてアインが別れ、階段を上って牢屋を出る。

 通路を歩いて詰所を出て、朝陽と冷たい空気に身を投じた。

 そして、彼は一人、頭の中がぐるぐるしてくるような、気分が良くない感情に苛まれる。



「あー……もー……! これでよかったのかな……」



 してしまったことはアノンと同じじゃないか。

 彼女の力を使い、無理やり情報を聞き出したことが心に来る。

 だが、これでよかったという思いもあるのだ。

 アインの目的はなによりも、大切な者たちを守ること。

 そのためには、こうして無理にでも情報を聞き出すことが重要だったはず。



「精神状況……まぁ、汚染されてる感じはない。身体の中もなんともないけど……」



 全く異変は無い。そもそも、この状況からアインを暴走させることは考えられない。



「あー、ぐるぐるする……。でも――」



 ただ気分が悪くなるだけで、大切な人や民を守れるのなら。

 それ以上の幸せなんて他にはない。

 優先順位を間違えてはいけないのだ。

 今大切なことと、守るべき人たちを忘れてはならない。



「あまり情報は得られなかったけど、一歩進んだ……かな?」



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