一日の終わりと魔王の語らい。

 アインが外で苦悩していた頃、地下牢では尋問がつづいていた。



「結局、どうしてアイン様は二層に分けて収容を?」


「あー……それはですね、よくある……まぁ、尋問の常とう手段のようなもので」



 と、リリはそう言って牢屋に近寄る。

 地下二階の牢屋は重厚な扉で遮られており、扉を閉じれば隣の声は聞こえない造りだ。

 片方の扉を開け、中に居る男に目を向ければ、すでに彼は目を覚ましている。



「貴方たちの仲間は秘密を教えてくれましたよ。なので、情報に齟齬があるのかないのか……それを聞かせてくださいね」



 すると、ディルは納得する。

 意地が悪いと言っていたのはこういう意味だったのだ。



「あ、それと、条件があります。もしも齟齬があった場合、情報が足りなかった場合、貴方たちの身柄はバルトへと運ばれるので気を付けて下さいね?」


「――何が言いたい。たかがバルトに運ぶからと言って……ッ」


「バルトの牢屋は人里から離れています。あちらはいわゆる凶悪犯罪をした塵屑も収容するので、それなりに厳しい環境にあるんですよね。分かります? あちらで尋問することになれば、下手をすれば手段なんて問われませんよ?」



 想像するのは容易だ。

 それは決して脅しなんて優しいものではなく、ローブの男は静かに身震いする。

 国の暗部――とはいわないが、治安や民を守るため、強い犯罪を犯した者へは厳しく対処されるのが当然であった。



「答えるか答えないか、貴方の判断で行ってください。さてと、とりあえず、貴方の仲間から聞いた話ですが……」


「ま、待て! 我々は大して情報は……」


「それはさっき、下の階で聞けたので知ってます。あ、ちなみに二回以上齟齬があったらバルトに送るので、そのつもりでお願いしますねー」



 ここまで言い、リリは満面の笑みで男の前で腰かけた。

 擬音語でちょこん、という音が聞こえてきそうな、そんな女性らしい仕草だった。



「では最初に、貴方たちの目標について教えてください」


「……わ、我々は……偉大なる赤龍を現世によみがえらせようと……」


「それだけですかー?」


「こ、これだけだ! ただ、教主様が我々を導いており……それで、こうした行動を……」



 近くで聞いていたディルは不思議に思った。

 たったそれだけの気持ちだけで、こうした大規模な犯罪をしているのかと。



「何か隠しているのではないだろうな? たかがその程度の想いで、王太子殿下まで襲うとは」


「ディルさん、その理由については後で教えます。すでに調べは……アイン様がつけているので」


「アイン様が……? 分かりました、それならお待ちしております」



 全面的に主君の調べを信じ、彼は一歩下がって答えを待つ。



「で、教主様の居場所とか顔を教えてもらえます?」


「教主様は我ら下々の者へは顔を見せない……大陸イシュタルを旅してまわっていると、そう聞いている」


「ほうほう、なるほどですね!」



 その刹那――ガンッ!

 牢屋の壁に、鈍い音を立てて短剣が突き刺さる。

 ディルは確認できたものの、ただの騎士では確実に分からない、そんな動きで男の耳元に放り投げた。



「今ので一回目ですよ? 言い直してもらえます?」


「ッ……た、旅してまわっているのではなく……赤龍復活のために調査を……」



 対して違わないじゃないかと、そんな気持ちと怯えを瞳に浮かべる男。

 だが、それは受け手の問題であって、リリはそれを許さない。

 あくまでも冷たい瞳を向ける。



「結構意味違いますよね? 舐めてるんだったら私が処理してもいいんですけど?」



 処理する。どう処理されるのかと恐怖に包まれる。



「……言い間違えただけだ」


「そーですかー……なら、二度目の間違いはしないでくださいね? 私も我慢できなくなるかもしれないんで」


「や、約束が違うのではないか……!」


「いやいや。約束なんてしてませんし、齟齬が二回以上あったらバルトに送るっていっただけですし」



 彼女が言う通りで、男の顔色が徐々に悪くなる。

 つまり、自分がどうなるかは彼女の気分次第ということなのだから。



「アイン様の剣を狙っていた理由については?」


「……そ、それが、赤龍復活に必要な物となる……教主様からそうお達しがあったからで……」


「その理由は?」


「に、贄が必要だからだ……! それは生きている存在ではなく、力ある宝物ほど価値がある……と聞いている」



 眉唾物だが、彼は本気の様子だ。

 ディルはどうにも怪訝な瞳をむけるばかりで、彼らの真意がさっぱりだった。



「ふむふむ、なるほどなるほど――で、近頃噂になってる、卵が見つかったという情報は知ってます?」


「聞いている……ただ、真偽が分からず、幹部は行動を控えている……と聞いた」


「意外と賢明ですねー。少し残念ですけど」



 すると、リリはおもむろに立ち上がる。



「もう結構ですので、休んでていいですよー」


「ッま、待て! 私はこれから――ッ」



 何も返事を返す事はなく、彼女は牢屋から出る。

 ディルと顔を見合わせると、



「っていう感じです。こうすると、圧迫感もあって齟齬が出にくいっていう一面がありまして」


「なるほど、勉強になりました」


「とはいえ……今回は得られた情報が少ないんです。たぶん、ローブの男たちは捨て駒? か何かでしょうから」



 末端の下っ端は自害するほどだ。

 更に、持っている情報も少ないとあっては、この結論にするしかない。



「しかし分かりません。以前は自害をしたほどなのに、厳しい尋問を怖がったのはどうしてでしょう?」


「得られる苦しみが別問題ですしね。あと、これが原因です」



 彼女はそう言って、小さな革袋を取り出した。

 ディルが中身を覗いてみると、中には赤い粉が納まっている。



「これは、例の聖なる炎……とやらのでしょうか?」


「違いますよ。これは彼ら曰く、聖なる灰と言って、赤龍の鱗を煎じたものらしいです」



 それはなんとも貴重品だ。

 興味を惹かれ、手のひらに粉を出してみる。



「なんでも、教主様とやらが皆に配っているらしいのですが、実はそれ、赤龍の鱗なんてものじゃないんですよ」


「……偽物ですか?」


「偽物どころかそれは薬です。古い時代に使われていた、意識とは別に魔力を使い、身体を強化する……まぁ、今では違法な薬物に指定されています」



 教主とやらも意地が悪い。

 薬を用い、末端のローブの男たちを捨て駒のように使っているのだから、もはやそれなり以上の犯罪者だ。



「信じることで力が与えられる。事実ですが、赤龍の加護なんてものではなかったという事ですね」


「そうなりますかね、あはは……」



 大した情報は得られなかったが、一歩進んだのは事実で、苦笑いを浮かべたリリは、次の牢屋に向かいながら語る。



「でも、さっきアイン様が下の男に聞いた時は、結構信心深いのは分かりましたよ。あくまでもさっきの薬は、補助の道具として用いているだけだと思います。きっと、教主を名乗る男はそれなりの……人を惹き付ける魅力があるんじゃないかと」


「……それはそれで面倒ですね」


「結局のところ、預言者的な魅力を持つ人が、こうやって大きな犯罪をしでかすわけですから。……ここからは調査が難航するかもですね」



 今尋問した男は言っていた。幹部は少し警戒していると。

 やはり、上層部は馬鹿ではないのだろう。

 捨て駒をまさに捨て駒として使ってる辺りも、それなりの知性の表れだ。



 こうして、二人は三人目の男へと尋問に向かって行った。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 夜になり、多くの情報が王都のウォーレンたちとも共有できた頃、アインはただ無心で剣を振っていた。

 誰も呼び寄せることもなく、屋敷の訓練場で一人でもくもくと。

 すでに何千回振ったか分からないところで、珍しい来客が足を運んでくる。



「――腕、壊れちゃうよ?」



 アーシェだ。

 いつものように眠そうに、ぼーっとした表情で足を運んだ。

 すると、アインの手が止まり、息を整えてからアーシェに目を向ける。



「大丈夫ですよ。気分が悪くなるよりも、こうしてる方が数百倍はマシですから」


「……うーん、良く分からない」



 彼女はぼーっとしたまま近寄ると、アインの近くに静かに腰かける。



「私と貴方は同じだよ。だから、一緒にお話でもしよう?」



 唐突になんだ? 

 目をしろくろさせて彼女をみた。



「お話……? いや、同じって言うのはいったい?」


「あの女にはめられた者同士ってこと。ほら、いいから座って」


「い、いやだから、俺はまだ――」



 否定の意を示したところで、彼女はムスッとした目つきを向け、意外と強い語気で言う。



「私、初代国王。貴方、王太子」


「……まぁ、そうですけど」



 事実上、マルクよりも彼女の方が先に王になっている。

 はぁ、と大きくため息をつき、彼女の近くに向かって地べたに座る。

 空は満天の星空、冷たい空気は二人には全く関係ない。



「私がどうして暴走したのか教えてあげようか?」


「……随分と急ですね」


「でも、知らないでしょ。知ってるのは、多分、お兄ちゃんとお姉ちゃんだけだもん」



 はっきり言って、興味が無いわけじゃない。



「あとね、この国の歴史上で、誰よりも強かった騎士を教えてあげる」


「騎士……とは違うかもしれませんけど、カインさんじゃないんですか?」



 むしろ、あれ以上の騎士がいるのかと苦笑いだ。

 彼女はその言葉を聞き、違うよ、と首を横に振る。

 当然のようにアインは戸惑いだし、口を開けて固まった。



「多分だけど、あの子の方がお兄ちゃんより弱かったよ。だけど、戦ったら誰よりも強かったのはあの子」



 言ってることが抽象的過ぎるが、彼女はそれでも自信満々にそう言った。



「その、あの子って言うのは?」


「――マルク。私たちはマールって呼んだりしてたけど、今はマルクって呼ぶ。あの子は強かった、でも、」



 まるで思い出し笑いのように、彼女は儚げで優しい笑みを浮かべる。

 その瞳は、アインに向けられるような、不思議な温かみを感じさせるのだ。



「あの子も剣の才能は無かった。あの子もたくさんの試練を経験した。そして、あの子もドライアドだった」



 彼女が見ているのはアインなのか? それとも、過去に存在したマルクなのだろうか?

 あるいは、他の誰かでも考えているのか、すべてを見通しそうなその瞳が、一直線にアインを貫いた。




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