仕返し。
水列車専用地下路、並びに海路開発者。
海龍艦リヴァイアサン担当、および黒龍艦バハムート設計者。
彼には多くの異名があり、いくつもの言葉も残した。
『考えることの境地に至った時、我々は人でも異人でもなくなるのだ。
それはきっと、とても素晴らしい世界がみえるはず。
身体で感じ、目で見て、手で触れてみるといい。
きっと、諸君らが求める何かが詰まっているはずだから。
……しかし、自由気ままなきらいがある王族には気を付ける必要がある。
彼らがもたらすモノは、研究者から家族を奪うかもしれないのだ。
研究に没頭してしまい、嫁に逃げられた私のようにならないほうがいい。
その後どうなったかって? 一年間毎日、彼女の里に手紙を送って……その一年後に許してもらったよ』
あの人は……ロランはそう口にしていたと、私はそう耳にした。
私がそれを聞いた日の夜、彼は老衰で息を引き取った。
その晩、我々エルフのように若々しいあの方と、彼は若返ったように会話を楽しんだ。
看取った時の顔は、生涯にこれっぽっちのやり残しもないような、そんな満足気な表情だったのを覚えている。
その時だ。
私ははじめて、尊き血を引くあの方に嫉妬した。
――私が愛した男の生涯 著:銀髪のエルフ
◇ ◇ ◇ ◇
「アジトがあったわけではないんだよね?」
「はい。目撃した――というだけになりますね」
リリが悔しそうな顔をしているが、それだけでも十分すぎる情報だ。
奴らがなにかをしでかす前に、こちらから行動を仕掛けられる。
十分だよ。と彼女に返し、そのまま港の区画に向けて三人が駆けたのだ。
陽が昇る前とはいえ、既に活動をはじめている住民たちもいる。
アインらは、その住民たちが怪訝な顔でみてくるを傍目に、リリの案内で急ぎつづけた。
その先にあるのは、以前、クローネと居た時に襲われた場所の近く。
もしかすると、その近辺にはなにかあるのだろうかとアインは勘ぐった。
だが、リリたちが何も手がかりを見つけていない今では、何とも言えないところにすぎず、
(まぁいいか。それよりも今日は、前と同じことにはならないようにしないと)
例の、龍の炎とやらで自害されることを警戒する。
何としても奴らから情報を、少しでも情報を得るために、アインにはある秘策があった。
(……後ろめたい気持ちがあるってことは、俺がこの手段に躊躇いがあるってことか)
ふっ、と内心で自嘲すると、
(宿敵の力を利用するなんて……嫌な因縁だよ、まったく)
と、使おうとしていた力に嫌気がさした。
だが、これ以上に有益な手段は無いだろうと、責務があることを強く肝に銘じたのだ。
走りながら器用に深呼吸をすると、やがて三人は、ある地域にたどり着く。
「――この辺りです、部下から目撃情報が届いたのは」
港の区域にある、とある路地。
ここは、いくつもの倉庫が連なる場所で、隠れたり陰になる部分がとても多い。
街灯はあるが、アーシェが歩いた裏路地よりも性質が悪そうだ。
スーッと抜けていく海風が、頬に流れる汗を冷やす。
アインは目を凝らしてみたのだが、今は、そのローブの男たちは居ない様子。
「手分けして探そう」
「反対です。アイン様を一人にするのは――」
「……ディルさん。行きましょう」
「ですが……」
また変な事を言って、ディルは呆れた声で拒否するが、リリは訳知り顔で頷いた。
すると、無言で向けられた彼女の瞳が意味深で、ディルがとうとう承諾する。
「何かありましたら大声で教えてください」
「分かってる。そっちも、何かあったら教えてほしい」
そうして、三人は別れてローブの男を探しに移る。
ディルとリリがどこかへ走り去って言ったところをみて、アインはゆったりとした足取りで更に海辺へと近づいた。
いくつかの倉庫を通り過ぎ、路地を渡り、大通りを避けながらも桟橋がある方向に近寄る。
いまだに誰の声も届かず、ローブたちが出てくる気配もない。
チラッと辺りを見渡してみるのだが、この辺りは、まだ港の従業員すらやってきていないようだった。
「――エル、アル。おはよ」
やがて、双子が顔を出す場所にたどり着き、すでに目を覚ましていた双子に語り掛ける。
そこは専用の桟橋だ。
専用と言うのは双子専用ということだけではなく、そこの先には、海龍艦リヴァイアサンが停泊している。
先と言っても、リヴァイアサンが巨大ということもあり、その距離はそれなりにあった。
双子はアインの……パパの声に気が付き、桟橋の両側から顔を出した。
「ッギャ……ギャ!」
「キュ、キュル!」
昨年のハイムでの戦争の時とくらべ、更に更に大きくな育った双子。
今ではどの程度強くなったのか……それすらも分からない。
だが、幼い頃にされたカティマの魔石教育もあり、異常なまでの成長速度は変わらなかった。
「……やっぱり、エルもアルも色が変わってきたような気がするなぁ」
穢れのない白といったところか。
依然として艶がある鱗ではあったが、徐々に白が濃くなっている印象を受けるのだ。
『それに、あの双子は進化のきざしも――いえ、こちらはまたの機会にお話ししましょう』
最近、マルコがこう語っていたのを思い出す。
その時はあまり気にしていなかったが、これは本当にそのきざしなのかと……少しばかり嬉しくなった。
「ほら。少ししか持ってきてないけど、食べていいよ」
そう言って放り投げたのはいくつかの魔石。
数は4つずつだが、マジョリカから購入した割と高級なものだ。
大量の魔石を持ってくるのは難しく、最近は量より質の方針を持ち出している。
だが、それも意外と好評なようで、双子は飴玉のように味わっているのだ。
すると、エルが突然海中に潜ったかと思えば、
「キュ、キュッ!」
口に何かを咥えて戻ってくる。
そこには、大きめの海結晶があった。
「いつもありがと。みんな喜んでるよ」
彼女の献身に感謝して頭を撫でれば、なんとも気持ち良さそうにグルグル……と喉を鳴らす。
僕も僕も! と言わんばかりに弟のアルが主張したことで、アインは同時に二頭の頭……というよりは鼻先なのだが、そこを優しく撫でさすった。
――さてと。
わざとらしい、双子とのスキンシップも楽しんだ後。
アインは双子と別れると、近くの倉庫前に置かれた木箱に腰かけた。
(港なだけに、釣れたってところかな)
目的はアインか、それとも双子か。
どちらかは分からないが、そのどちらかなのが理解できた。
陰から近づいてくるいくつかの気配を察知し、何をしてるんだか……と呟いた。
(自分で言うのもなんだけど、今の冗談はあまり面白くなかった……かも)
身体に感じる寒さは、もうすぐ冬となる海風のせいだ。
こう思うことにしたところで、おもむろに立ち上がって剣を抜いた。
すると――金属と金属が強くぶつかり合う、迫力のある耳障りな音が響き渡った。
「やぁ。待ってたよ」
アインがそう言えば、剣を振り下ろしたローブの男の――その剣が二つに切り裂かれる。
男は驚いた様子で舌打ちをすると、やってきたとき同様に、
「……逃げ足が速いね」
軽い動きで壁を駆けあがり、倉庫の屋根へと逃げていく。
だが、襲撃はこれだけでは終わらずに、一人、二人、三人……次々とアインに襲い掛かった。
ギィィイイン……という、重厚な金属がぶつかり合う音が何度も響く。
石畳を踏みしめる音がザッ……と何度も聞こえ、男たちの息をのむ音が耳に届いた。
通り抜ける海風が強い。
時折、皆の目元が風で遮られそうになるが、ローブで器用に抑えられる。
「ッ――油断したな?」
アインの耳元でローブの男の声がした。
逆手に構えられた短剣が、アインの首を目掛けて小さな動きで突き立てられる。
そして、男たちは一斉に口元を緩ませた。
勝負は決まった、これで終わりだ、と。
――当然のことながら、口元を緩ませたのはアインもおなじこと。
「それは鏡に向かって言うといい」
幻想の手。
アインが何よりもはじめに使えるようになった、デュラハンが持つ主力の技。
なんの芸もないが、アインはただそれを背後から突き立てたのだ。
芸はないが、込められた魔力は、常人が持てるような量ではない。
「なっ……これ、は……!?」
「少し寝てろ。話は後でゆっくりと聞かせてもらうから」
節だった触手の先が枝分かれし、ローブの男の身体をきつく締めあげる。
このまま気絶させられるのか……! 男が慌てだしたところで、アインは気怠そうに触手を伸ばした。
「襲撃を仕掛けたつもりだろうけど、それはこっちの方なんだ。こんなに簡単に釣れるなんて思わなかったけどね」
言いつつも、伸ばされた触手はぐいっと勢いを増し、倉庫の一角――その壁に強打する。
壁は崩れ去り、屋根が崩落し、一瞬で廃屋と化してしまう。
「俺が勝手にやったことだから、修理費用は請求しない。……まぁ、オーガスト商会の持ちもので、建て替える予定だったから気にしないで構わない」
太い血管が脈動するかのように身体を震わせ、幻想の手に捕まった男が気を失う。
それを察知したアインは、幻想の手を身体に戻した。
「一斉に仕掛けろ、同士のためにッ!」
「同士のためにッ!」
「同士のためにッ!」
恐怖で気を悪くしたなんてことでもなく、男たちは一層の気合を入れて声を上げた。
にぎやかだな……とアインが苦笑いを浮かべたところで、至るところから男たちが襲い掛かってくる。
前後左右、斜めや上……全方向から仕掛けた彼らは、アインの剣さばきに翻弄される。
一人ずつ武器を失い、ある男は撤退し、またある男は気絶に追いやられていった。
だが、決定的な瞬間だ――! と、ローブの男が絶妙な頃合いでアインに同時攻撃を仕掛けたのだ。
「これでその剣を我らがものに――ッ!」
(剣? 剣って、俺の剣のことか?)
まぁいいか、後で聞くことにしよう。
何も苦戦することなく、前方の敵に剣で一撃を加え、背後に敵に幻想の手で対処した。
「ッか……は……」
「あ、あぁ……聖なる炎……よ……!」
「その手段はわかってる。させるわけがないだろ」
倒れた男の腹を強めに蹴って気絶させ、未然に防げたことで安堵する。
……すると、その時だ。
撤退したはずのローブの男たちが、また数人の仲間を引き連れて現れた。
(……七人かな)
気絶したのは合計で3人。
想像以上に大人数だったんだなと、若干の笑いすらこみ上げる。
――彼らが再度、同時攻撃を仕掛けようとしたときのことだ。
男たちはアインの背後に周り込むと、一斉に剣を抜いて飛び掛かった。
その動きはとても素早く、ウォーレンが飼う隠密が苦労したのもわかる。
「……ふぅ」
最初から勝ち目なんて与えていないんだと、アインはため息をついて剣を鞘に納めた。
何をする気だ、男たちは少しばかり警戒したが、そのままの勢いでアインに詰め寄ったのだが、
「後ろを取ったつもりなんだろうけどさ」
最初に気絶させた男のほうに歩きだし、ただ当たり前のように語りだすと、
「――悪いけど、王家の獅子は風より早く……お前たちを噛み砕くぞ」
その刹那、この荒れ果てた港へと、金色の風が吹き荒れた。
まるで獅子の雄たけびの如く舞い降りると、抜かれた双剣が目にもとまらぬ速さで牙と化す。
一人倒れたと思えば三人が床に倒れ、次の瞬間には七人全員が血を舞い上げて地に伏した。
剛健な足に宿る逞しい爪が石畳を抉りこんだ跡、それが彼の凄まじい動きを知らしめる。
「私は察しが悪いのです。事前に教えていただきたかったものですが……」
「悪いとは思ってるんだけど……思いついたのがさっきだったからさ」
「はぁ……承知致しました。リリ殿は、すでに気絶した男を確保しております」
ただ別れたのではなく、ちょっとした一芝居だ。
それを見ていたのかは分からないが、結局ローブの男たちを捕まえられたのだから、細かいことは気にしていない。
剣を納めたディルが、念のためにと倒れた男たちを確認する。
「確保した数は十分だったようなので、下手に行動される前にと……処理したのですが」
「ありがと、俺もそれでよかったと思う」
倒れた男を入念に確かめるディルの後ろ姿を眺め、逞しさを感じてしまうのは当然のことだ。
ケットシー。
イシュタリカで異人として扱われる、猫の姿をした者たちのことで、本来は戦闘に向いた体質ではない。
体毛は個体によって違うが、そこにはあるからくりがあると語られる。
古くからの迷信かと思われてきたことだ。しかしそれは近頃の研究によって証明されている。
というのも、全身が単色であるほど、また、鬣(たてがみ)が雄々しいほど、肉体的な力に対し顕著に影響があらわれるという。
突然変異で種族が変わったディルという騎士は、この研究の範疇にはおさまらないのかもしれない。
しかし、金色の体毛に雄々しい鬣を持つ彼の動きは、まさに目にもとまらぬ金色の風となるのだ。
「実戦でみると、ディルの動きは以前と全然違うね」
「はは……嬉しく思いますが、今の動きでは、マルコ殿なら見向きもせずに対処されるかと」
「……まぁ、マルコだからね」
と言ってもアインも対応できるわけだが、彼の場合は規格が違う。
何はともあれ、こうして、港区域での一戦は圧勝で幕を下ろす。
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