臨海都市シュトロムにて。

 時間というのは、あっという間に過ぎ去っていく。

 これはイシュタリカに渡ってから、特に顕著に感じていたことだ。

 更に付け加えるならば、ここ最近は、一際早いように思えてならない。



 ――季節は秋になったばかり。

 平年であれば、公務が一段落をみせる季節だったのだが、今年のアインは違う。

 まだ、夏の暑さが残り、空を見れば、どこまでも青々とした空模様がつづいている。

 優しく吹く風には少しばかりの涼しさが感じられ、朝晩に限って言えば、それなりの冷えを感じる今日この頃。



「……でっか」



 引っ越し初日の今日。

 空いた口の隙間から、呆れたような。それでいて、驚いたような声をアインが漏らす。

 目の前に立つのは、想像以上に大きな屋敷。

 相変わらず、純白を好むイシュタリカらしさに溢れた外観で、階層は……数えてみれば、十二階もある。

 庭園には多くの花々や木々が植えられ、大きな噴水まで設置されている。

 門構えが普通の貴族の邸宅と比べ、遥かに分厚くつくられており、外壁も高い。

 いつの間にか、当然のように近衛騎士が門の前を警備していたことに驚いた。



「今は無きアウグスト大公邸――の倍はありそうな」


「凡そ三倍よ。それと、今は無きじゃなくて、壊したのはアインでしょ?」


「……はい」



 隣に立つ女性――クローネに指摘され、アインが首を縦に振る。

 今日は仕事じゃないとあってか、彼女は、首まで覆う長袖のセーターと、ひざ丈のスカートに身を包む。いわば私服だ。

 つい抱きしめたくなるような魅力に満ちていたが、こんなとこでそうするわけにはいかない。

 ……それにしても、三倍か。驚きもひとしおだ。



「あのさ、それにしても……立派に造りすぎじゃない?」


「アイン様。アイン様。立派すぎといいますけど、陛下達もご宿泊なさるんですよ? それに、アイン様が主催でパーティを開くこともあるでしょう。だとすれば、このぐらいは当然かと思いますよ?」



 と、そこで、クリスがクローネの反対側から口を開く。

 一方の彼女は、相変わらず純白の騎士服に身を包み、金糸のような髪の毛がそれを彩った。

 アインはなるほど、と頷いて、これほど大きな屋敷に理解を示そうとしたのだが、



「いやいやいや。それにしても、大きすぎるでしょ」


「でも、私たちの仕事場をすべて詰め込んでるのよ? お城にも、たくさんの資料室と執務室があったでしょ? その中に、無駄な部屋はあったかしら」


「……ないね」


「でしょ? このお屋敷はね、アインの屋敷という側面だけじゃなくて、ここ、臨海都市シュトロムの経済の重要拠点になるの。だから、これぐらい大きくなるのもしょうがないのよ」



 いわば、役場兼用……とまでは言わないが、重要な情報が集まるのは事実。

 こう言われれば、さすがのアインも理解が追い付く。



「陛下もすぐにいらっしゃるそうですから、その日がアイン様にとって、初の主催となるパーティの日となりますね」


「ク、クリス? それってどういう――」


「どういう……といわれましても、陛下がいらっしゃるということは、ロイド様やウォーレン様もいらっしゃいます。公務となるのですから、何もしないでただ宿泊なさる……というわけにもいきませんよ?」



 赴任そうそう、やることが多そうだ。

 といっても、まだ屋敷に足を踏み入れてすらいないのだが。

 ……とりあえず、両隣を二人に挟まれて棒立ちしてるというのも、外面が悪い。



「アイン様の赴任に関する報はでてますが、公的行事としての赴任式などはまだ執り行ってませんからね。そうした行事も、おそらくこのお屋敷ですることになるかと」



 そういえばそうだ。アインが思い出す。

 アインがシュトロムに足を運ぶにあたって、まだ大きな公務は行われていない。

 さしあたり、アインが実際に住んでみるところから……というのが、ウォーレンの計画だった。

 いずれは王族が集まって、そうした行事大々的にも行われるのだろう。



「――考えなきゃいけないことがいくつかあるけど、とりあえず、中に入ろうか?」




 ◇ ◇ ◇




「ここが俺の部屋ですか」



 出入りが面倒なことこの上ない最上階の中央部に、アインの部屋が設けられている。

 先に屋敷に入っていたオリビアと合流し、オリビアに案内されて、自室まで足を運んだのだった。



「えぇ。そうですよ。部屋の大きさは倍ぐらいかしら?」


「みたいですね」



 壁で間が仕切られており、いわゆる、リビングのような空間が広がっている。

 雰囲気としては城のアインの部屋とあまり変わらないが、部屋が大きくなったことで、解放感は高まっている。

 部屋の中央には大きなソファが対になって配置されており、多くの者が腰かけることができそうだ。

 奥の方には、大きめの机が置かれ、壁に沿って資料用の本棚が置かれ、すでに多くの本が詰め込まれていた。

 そして、テラス席も設けられているようで、外に出るための大きなガラス扉が目を引く。



「あの机は、部屋での仕事用のためだと思います。下の階に、アインの執務室があったもの」


「ちょっとした仕事用ってことですか。それにしては、立派な机と資料棚ですが」


「公務の効率が上がるのなら、それは必要なことですよ」


「……そうですね」



 王太子だというのに、未だに資金面の心配をしてしまうアイン。

 これは必要な物だとオリビアに言われ、結果的に同意する。



「あら。奥が寝室みたい」



 オリビアが楽しそうに前を歩き、アインを促す。

 壁で仕切られた空間の奥に、アインが使うことになるベッドが置かれている。

 そう。ベッドなのだが、



「お、大きすぎませんかね……これ」



 屋敷を見た時にも驚いたが、ベッドをみても驚かされるとは思わなかった。

 高級宿に置かれていたものと比べても、寝室にあったベッドは更に大きかった。

 何度、寝返りをすることができるだろうか、と、しょうもないことまで考えてしまう始末だ。

 枕元にはいくつものクッションが置かれ、豪華さに磨きがかかっている。

 夫婦――いや、仮に二人の子供がいる家族が使ったとしても、それでも余裕を感じる広さをしていた。



「ふふ。一人で寝るのが寂しかったら、クローネさんを呼んでもいいんですよ?」


「ッ――お、お母様!?」


「それか……クリスでもいいですし、私だって、いつでもアインと一緒に寝てあげますからね?」


(お母様もか……ふむ)



 ふむ。じゃないのだが、オリビアと寝ていた幼い頃のことを思えば、微笑ましく感じてしまう。

 そういえば、そんな年頃の時もあったな……と、思い出を愛でた。

 しかし、第三者に許可を出されたクリスのことを考えれば、苦笑いを催してしまうのだが。

 艶やかな唇に指を押し当てるオリビアを見ながら、アインはこんなことを考える。



「容姿、性格、感情……それに、血統。問題なのは、ポンコツなところぐらいだもの」


「お母様? 何か言いましたか?」


「……ううん。なんでもないですよ?」



 思い出に浸っていたアインの耳に、オリビアの言葉が途切れ途切れに届く。

 だが、大した内容ではないという様子で、オリビアがなんでもないと話を区切った。

 すると、アインはおもむろに足を進め、ベッドに腰かける。



「あ、城のベッドと同じなんですね」



 何度か体重をかけて感触を確かめてみると、城のベッドと同じ感触なことに気が付く。

 固めが好みだったアインにとって、絶妙な感覚だった。



「同じ職人に頼んでいるんだと思いますよ。きっと、クローネさんが気を使ってくれたのね」


「仕事のできる補佐官で、いつも助けられてばかりです」


「そうですね。クローネさんは、すごく素敵な女の子だもの」



 オリビアはそう言って、アインの隣に腰かける。

 媚薬のように甘い香りが、彼女の髪からふわっと香る。



「って……あ、あれ?」



 すると、突然……アインだけでなく、オリビアも予想しなかった事態が起こる。

 アインの足の裏から、少しずつ木の根が出現してきたのだ。



「アイン? 急に根をだしてどうした……の……」



 オリビアは微笑みながらアインに問いかける。しかし、そのオリビアも、すぐに態度を一変させた。

 なぜならば、彼女の足元からも木の根が姿をみせ、アインの木の根と絡み合いだしたからだ。

 まばたきを繰り返し、足元に広がりだした木の根に目を奪われる。



「え、えぇっと……アイン? 私に甘えたいのなら、こんな回りくどいことしなくても――」


「ち――違いますって! い、いや、お母様に甘えるのが嫌とかじゃないんですが、どうして根が出てきたのか、俺にも分からなくて……」



 オリビアの勘違いに対して、気遣いをいれながら否定する。

 どうして木の根が出てきてしまったのか。アイン本人にも分からないのだ。

 ところで、オリビアも同じく無意識の行動なのだが、彼女自身は、あまり気にしていないようにみえる。

 こうしている間にも、二人の木の根が、一つになるように交わりつづけていた。



「ご……ごめんなさいね、アイン。その……吸収するのは少し……っ」


「きゅ、吸収……!? なんで、そんな……」



 吸収してると言われ、アインは唐突に立ち上がる。

 すると、腰に携えていた剣を抜き、急いで自分から出ている根を切断した。



「お母様! 大丈夫ですか……!?」



 気が付くと、オリビアの呼吸が荒れ、顔は紅く染め上げている。

 首元には薄っすらと汗を浮かべ、じわっと熱が伝わった。

 アインはオリビアの肩に手を置くと、彼女を急いでベッドに寝かしつける。



「え、えぇ……。大丈夫……ですよ……?」



 といわれても、胸を抑えるオリビアの姿は、アインの不安を強く掻き立てる。

 懐からハンカチを取り出すと、オリビアの首元の汗を拭った。

 憂虞しながらの一撫でに、配慮の二撫でだった。



「ッ……」



 しかし、オリビアはアインの手つきにくすぐったさを感じたのか、弱弱しい笑みを浮かべて身体をよじる。

 自然と呼吸も艶めいてしまい、アインの手がおっかなびっくりに早変わりだ。

 ぼぅっと紅く染まった首筋をみれば、アインの目があっさりと魅了されてしまう。

 こればかりは、いくらお母様と呼んで慕っていたオリビアといえど、株分けという産まれ方に加え、ほとんど覚えていない前世のせいだろう。



「世界樹さまに吸収されるなんて……ドライアドとしては、喜ぶべきなのかしら?」


「馬鹿なことを言わないでください――急いでマーサさんを呼んできます。いいですか?」


「えぇ……そうですね。少し汗も掻いちゃったから、着替えますね。少しの間、アインの部屋を借りてもいいかしら?」


「もちろんです。なんでしたら、このまま休んでくださっていても構いませんので」



 こうして、アインは急ぎ足でマーサの元へと足を運んだ。

 ……といっても、彼女がどこに控えているのかが分からない。そこで、アインは廊下に出てからマーサの名を呼んでみることにする。

 すると、城と同じように何処からともなく姿をみせ、マーサは急いでオリビアの看病にむかったのだった。



「――なんだったのかしら。さっきの」



 一方で、アインが去った後のベッドでは、オリビアが豊かな胸元に手を押し当て、高まる動悸に戸惑っていた。

 彼女の様子は、決して辛そうではなく、むしろ、身体中を特別な充実感で満たしたかのような、そんな所思を醸してやまない。

 アインはオリビアが苦しんでいたように考えていたが、実際は、



「世界樹……ドライアドにとっては、本当に悪魔的なのね」



 と、アインの考えは外れている。

 アインがさっきのように考えてしまったのは、オリビアが必死に身体を抑えていたからだろう。

 彼女は身体中を走る甘い刺激に抑えがたい震えを感じ、抑える辛さから滅入ってしまっていたのだから。

 オリビアは、世界樹のことを悪魔的と表現すると、ふぅ、と濃艶な吐息を漏らした。




 ◇ ◇ ◇




「オリビア様、大丈夫なんでしょうか」


「……大丈夫だと思う。汗を拭いてた時は、身体に力が入ってるのが分かったから」


「そうですか……。ならいいのですが」



 根っこの事件があってから数十分後。

 アインはクリスと共に屋敷を出て、いわゆるお使いのために足を進めていた。

 王太子がお使いに行くという、なんとも可笑しな話なのだが、これはアインが自ら望んだこと。



「なんとなくだけど、お母様相手だと良く分かるんだ。同じドライアドだからか、それとも、俺がお母様の分身? みたいなものだからかもしれないんだけど」


「言われてみれば、アイン様は株分けでお生まれになったのですから、そうした理解があってもおかしくありませんね。間違いを指摘しても良いのであれば、ドライアドではなく、世界樹ですが」


「ま、まぁ、後天的だからね」



 半笑いでクリスの指摘に答え頭を掻く。



「ところで、マルコ殿がよく認めてくださいましたね。アイン様の御伴が私だけ……っていうのを」


「多分だけど、状況を把握できる距離だからじゃない?」


「……と、いいますと?」


「昔の話だけど、旧魔王領……じゃなくて、旧王都では、マルコが一人で警護をしていた。その時は、ある程度近づくとマルコは相手の事を把握してたんだ。だから、俺たちが向かってる……えっと、冒険者ギルドぐらいの距離なら、問題にならないって思ったんだと思う」



 なにせマルコという男は、アインが旧王都に足を運んだ際。

 ヤツメウサギという魔物をあっさりと狩り、アインの元に献上に向かったぐらいなのだ。

 距離があるところでも、ロイドにその強者としてのオーラを感じさせたのが記憶に残っている。



「話しは変わりますが、なにもアイン様自らが足を運ばなくてもいいのでは?」


「冒険者ギルドの人たちは、明日になったら俺に顔見せに来る予定だったみたい。だけど、俺も暇ができたし、冒険者ギルドの視察がてらちょうどいいと思うよ」


「なるほど……。あ、クローネさんは、屋敷で商業ギルドの方と面会してるんでしたっけ?」


「うん。っていっても、屋敷に来た人はオーガスト商会の人らしいけどね」



 二人はこうして会話を楽しみながら、臨海都市シュトロムの街並みを歩く。

 成長段階の都市といっても、すでに貴族街と呼ばれる富裕層の住む地域ができており、当然ながら、アインの屋敷はそこに構えている。

 十数分ほど歩いて貴族街を抜けた二人は、賑わいをみせる大通りに足を踏み入れていた。

 街並みを見渡すと、今まで足を運んだどの都市とも違う雰囲気に浸ることができた。

 時刻は夕方。秋となって日の入りが早くなった最近だったが、土地柄だろうか、日の入りが王都よりも若干遅いように感じる。

 風には潮の香が乗り、クリスが手持ち無沙汰な様子で髪の毛先を指で弄ぶ。



「ぎ……ぎしぎしするかなぁ……」



 潮風は髪の毛に悪い。というのは良くある話。

 付け加えるならば、潮風で弱った髪に強い日差しが与えられて痛んでしまうのだが、



「別に大丈夫じゃない?」


「ッ――え、えぇっと……聞こえてました、か?」



 クリス本人は小さく独り言のつもりで口にしたのだろうが、五感が優れているアインには余裕で届く。

 容姿に関しての独り言を聞かれ、クリスは小さく俯いて頬を赤らめる。



「……えいっ、えいっ」


「え、ちょ。クリス? いきなり何してんの」



 俯いたかと思えば、クリスが、アインを突くように手を伸ばす。

 しかし、アインは呼吸をするようにその手を受け流した。



「むぅ――は……恥ずかしいじゃないですか……!」


「……なんて理不尽な」



 むしろ隣に居たのだから、クリス自身が気にするべきだろう。

 なんてことは、アインは一切口にしない。

 照れ隠しな事は分かっているのだから、苦笑いを浮かべて場を濁す。

 ただ、クリスがこうして素の態度で接してくれることが嬉しくて、アインは内心で優しく微笑む。

 実のところ、クリスが護衛の立場にあるとのことを思えば、こうした態度は良くないかもしれない。だが、



(……結局、公表はしてないけど、クリスも王族だしなぁ)



 アインはクリスの血統を思う。今では、王族や一部の者だけの極秘情報なのだが。

 むしろ血の濃さを語ってしまえば、現代の王族よりも濃い血を引いているのだ。

 つまり、立場も何もあったもんじゃない。王太子ということを言えば立場は上だが、同じ王族に変わりないのだから。



「アイン様? 何か変なこと考えてます?」


「……なんでもないですよ。クリスティーナ姫殿下」


「ッ――……! 恥ずかしいからやめてくださいって言ったじゃないですかッ!」



 恥ずかしいといわれても、この事実を無かったことにはできない。

 アインは手刀の仕返しと言わんばかりにクリスを弄(いじく)ると、満足げな様子で白い歯を見せる。



「むぅ……」


「拗ねないでってば。……あ、ほら。冒険者ギルドの建物見えてきたよ――あれ? なにか人だかりがあるな」



 拗ねてしまったクリスを横に、アインが冒険者ギルドが見えて来たことに気が付く。

 建物はそこそこ大きい。四階建てで、重厚な木材をふんだんに使った、自然味に溢れる建物だった。



 今更ながら臨海都市シュトロムの街並みを語るとすれば、クリスが口にしていた、イシュタリカの凝縮版というのがまさに正しい。

 あるところには、魔法都市イストのような、技術の粋を集めてできた施設や街灯などが目に映る。

 またあるところには、冒険者の町バルトのような、豪快な酒場やギルドの姿が見受けられた。

 そして、もう少し歩けば、バルトのように大きな港にも足を運ぶことができるだろう。

 新興都市ということもあってか、石畳や建物の外壁がまだ汚れていない。



 ――こうして街並みを思った後、アインは冒険者ギルド前の人だかりに近づいた。



「うん。みんなありがとう。やっぱりね、僕は止まれないんだ。成長しつづける……ある意味、生まれてきた意味だと思うんだけど」


(……は?)



 耳に届いた男の声に、アインは内心で呆気にとられた。

 その声は通りが良くて、春風のようにすっとアインの耳に届く。



「みんな考えて生きなきゃ。ただ漠然と冒険者をやる? それとも、ただ漠然と商人にでもなってみちゃう? だめだよね、そんなの。凶日が存在するならさ、それは行動しなかった日がその全て。これ、僕の信念なんだけどさ」



 目を向ければ、人だかりの中心に一人の男がいるのが分かる。

 彼は冒険者ギルド前の椅子に腰かけ、大げさに足を組み、背もたれに肘を置いて、これまた大げさな身振りで声をあげている。



「はぁ……ライト様。今日もカッコいい……」


「あの憂い気な瞳……それに、口を開けば明言しか語れない素晴らしさ。素敵すぎるわ……」



 人だかりをみれば、その九割は女性だ。

 彼の容姿だけでなく、彼自身の言葉にも共感を抱いているらしく、必死になって首を縦に振っている。

 演技混じりの言葉には素直に同意できないが、アインとしても、彼の容姿をみて理解する。

 その容姿は、人間だったころのディルに負けず劣らずの美男子で、女性が騒ぎ立てるのも当然かと感じた。

 ルビーのように澄んだ赤い髪に、泣きボクロが印象的。ライトという彼の名前も、彼の容姿にあっているように思えてならない。



「今日もね。一人で狩ってきちゃったグリーンワイバーンを卸したわけだけど、少し経ったら、この素材でできたバッグとか作れちゃうから。だからよかったらさ、プレゼントもあるから……手に入れちゃってよ」



 自慢げに今日の戦果を語るライトを見て、彼女たちはプレゼントという言葉に興味を示す。

 たかがトカゲじゃないですか。アインの隣で、クリスが自然と声を漏らした。



「ライト様ーッ! プレゼントってー?」



 すると、一人の女性が声をあげ、彼は『カッ!』という音を立てて舌打ちをし、女性に指先を向けた。どうやら、聞いてほしい質問だったらしい。



「あのね、別に特別なことじゃないんだけど。食事が出来ちゃうの。このライトと。一緒に」


(……あ、はい)



 彼女たちにとって特別だと分かっているのに、それを特別じゃないと言い張るところに、アインは頭を抱える。

 チラッと横を見れば、クリスの瞳からは光が失われ、首元をみると、うっすらと鳥肌が浮いていた。



「朝日を拝んで一緒にご飯? それとも、優雅に昼食でも一緒に楽しんじゃう? 夜景を楽しんでディナーでも構わない。ライトと過ごせる特別じゃない時間を、特別な時間にできるかは……君たち次第」



 だが、そんな煽り文句も、彼女たちにとっては十分な効果がある。

 黄色い歓声に包まれ、ライトは落ち着いて……といわんばかりに手を振った。



「アイン様。中に入りましょう」


「……うん。そうだね」



 服の袖をクリスにそっと摘ままれ、アインはその場を立ち去ることにした。

 人だかりの横を歩き、冒険者ギルドの分厚い扉に手を掛けたのだった。


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