アインとアイン。

 以前、アインが精神世界でカインに稽古を付けてもらったことを思い出したい。

 クローネがアインに寄り添った今、アインは心の内でただ一人佇んでいた。



「――あれ? ここは……」



 アインは急に自我を取り戻したのだ。

 夢からふと覚めるかのように、アインの意識が突然覚醒する。



「……ここ、ラウンドハートの屋敷、だよな」



 辺りを見渡す。その光景は、幼き頃に過ごしたラウンドハートの屋敷そのものだ。そして、アインが立っているのは屋敷の庭だ。

 ……わけも分からず苦笑いを浮かべると、不気味なほど静かで、風の音すら聞こえないのが分かった。



「とりあえず出よう。長居したい場所じゃない」



 ため息交じりに呟くと、アインは正門に向かって歩く。

 気に入らない郷愁に浸らぬよう、急ぎ足で外に出ると、



「……え?」



 不思議なことに、景色が変わった。

 ラウンドハートの屋敷を出たアインは、なぜかアウグスト邸の庭園に立つ。



「意味が分からない……。どうなってんだよ……」



 自我を失ってからどうなったのか。それを確認するためにも落ち着きたかったが、これでは全く落ち着けない。

 すると、アインは咄嗟に走り出し、アウグスト邸の敷地から急いで外に向かったのだが、



(――なんでだよ)



 外に出た瞬間、もう一度景色が変わったのだ。

 ただ、今変わった景色には覚えがない。今度は一面のブルーファイアローズの花畑に立たされ、どこまでもどこまでもその光景が広がっている。



「いったい、何が起こって……」



 状況把握が追い付かないアインは、苛立ちを隠すことなくあらわにした。

 すると、ようやくになって一つの音が耳に届く。

 カサ、カサ……という、ブルーファイアローズを踏みしめる音だ。



「目覚めたのか」


「……お前、誰だよ」



 やってきた男はアインに話かける。アインは振り返らずに答えると、やってきた男は半笑いで言葉をつづけた。




「俺はアインだ。それで、お前は誰なんだよ」



 ぶっきらぼうに言葉にするアイン。



「――奇遇だな。私もアインなんだ」



 だが、アインの目に映ったのもアインだった。少し違うのは、髪の毛と目が真っ黒ということ。

 アインが呆気にとられるのを傍目に、自称アインの男は楽しそうに語りつづけた。



「ただし、言葉を足すとすれば……魔王、と付くのだが」




 ◇ ◇ ◇




「ッ――ふざけてるのか?」



 咄嗟の事だったが、アインはアインと名乗った男から数歩距離を取る。

 そして、腰に携えていた剣を抜き去り構える。



「ふざけてなんてない。俺はお前で、お前も俺だ。私はお前の身体に宿り、お前は私の力を使っていただろう」


「……記憶にないな」


「――マルコと戦い、魔王として覚醒した。この薄汚い国に来てからは、長きにわたるアインの因縁に終止符を打てた。後は簡単だ――あの汚い女狐が俺の隙をついた。覚えていると思うが」


「そうか、分かったぞ。お前は……ッ!」



 何の前触れもなしにアインが切りかかった。

 奴の正体をその言葉で察し、さっきを込めて剣を振る。



「思い出したか? そうだ、自分で名をつけただろう? 暴食の世界樹……っとな!」



 二人は同じ剣を振り、競り合った。

 だが、二人は同じ存在のはずだというのに、暴食の世界樹が一枚上をいく力をみせる。



「どうした、アイン。自慢の力はどこにいった?」


「ッ……黙れよ。魔王はつまらない精神攻撃でもするのか?」


「はは。減らず口は変わらないのだな」



 強がってみたが、確かにアインはいつもと比べて力に乏しい。

 剣を握る握力ひとつとっても、なぜか不満足感に襲われてしまうのだ。



「不思議に感じているのだな? どうしてその身体が弱弱しいのかと」


「――うるさいぞ。黙ってろッ!」


「そう言うな、教えてやる。それはだな、私が魔王だからだ」



 剣戟を繰り広げながらも、暴食の世界樹は余裕綽々といったところだ。

 アインをあざ笑うかのように語りつづけ、アインを少しずつ弄ぶ。



「魔王とやらは、言葉も不自由するのか? 言ってることの意味が伝わってないぞッ!」


「理解できずに激高するのは幼いが、私(・)は魔王で、俺はアインだ。さぁ、これでわかるだろう?」


「だから……何だってんだよッ!」




「じゃあ、お前は誰なんだ?」




 その言葉と共に、アインは暴食の世界樹の剣に押し負け、吹き飛ばされる。



「俺はアインだ……!アーシェの次に生まれた……二代目の魔王だッ!」



 だが、すぐに立ち上がると再度攻撃を仕掛ける。その間にも感じる不満足感が苛立ちを募らせるが、ここで止まるわけにはいかない。



「なら……魔王として戦ってみるがいい!」


「ッ――あぁ、やってやるよ。さっさとお前を殺して、俺はイシュタリカに帰りたいんだ……ッ!」



 ここはきっと精神世界だろう。そんな認識は合ったが、力を使ったらどうなるのかという理解はない。

 それでも、アインは身体中に力をこめ、デュラハンの鎧を……そして、培ってきたスキル全てを用いて、暴食の世界樹に襲い掛かろうと決意をした。だが、



「え……? 俺の力……どうして……ッ!」



 何を意識しても発動されず、力を身体中にいれても何も変わらない。

 漲るものはただの少しも感じられず、アインが呆けた顔を浮かべてしまう。



「どうしたアイン? 私はいつまで待てばいい?」



 憎らしい暴食の世界樹の声に歯を食いしばる。しかし、何一つ状況は好転しない。



「教えてやる。きっかけはな、アインが魔王へと進化したときのことだ。マルコと戦う最中、魔王として身体を進化させた」


「……」


「だからな、その時から私は魔王なのだ。つまり、その力を持つのは私で、アインじゃない」


「言ってることが矛盾してるのに気が付いてるか?」


「抽象的なのは理解してるさ。なら、言い方を変えてやる」



 すると、暴食の世界樹の背中から何本もの幻想の手が生まれ、その身体にはデュラハンの鎧が纏われた。



「魔王になった時点で、その時・・・までに得た力は、全てが私のものということだ!」



 アインは表情を変えてしまう。筆舌にし難い、辛さと悲しみに満ち溢れた表情だ。

 諦めにも近い感情に苛まれながらも、震える手で剣を強く握る。



「だからどうした! それでお前の勝ちが決まった……とでも思ってるのかッ!」


「思っていたら、どうするんだ?」


「魔王ですら……つまらない妄想をするんだな、って笑ってやるにきまってるさ!」



 壊れかけそうになった精神で堪えると、アインは自分らしさを前に出し、暴食の世界樹へと剣を振る。

 デュラハンの鎧は壊せる気がしない。加えて、暴食の世界樹の背中にある、数本の幻想の手がアインに襲い掛かる。

 状況は圧倒的に不利――だが、アインはやはり諦めなかった。



「諦めろなんて言わない。ただな、現実を理解する努力はするべきだな」



 諦めなかったといっても、やはり暴食の世界樹がみせる力は強大だ。

 これってこんなに強かったのか、と、アインはつい先日まで自分が使っていた力のことを笑う。



「この時まではお前の意識を完全には奪えなかった。お前が俺に抵抗したせいでな」


「……悪いが、記憶にない」


「所詮無意識だろうさ。何もないお前にできることはその程度だ……さぁ、この世界の端を見てみるといい」



 すると、暴食の世界樹が遥か彼方を指さした。低俗な罠か?とアインは一瞬戸惑ったが、チラッと視線を向ける。



「……何をしてるんだ。暴食の世界樹ッ!」



 アインの目に映ったのは、どこまでもつづくブルーファイアローズの花畑が、端の方から崩落するように崩れ去っていく光景だ。

 少しずつ広がっていくその光景が、アインを強く動揺させる。



「ここはな、お前に残された最後の世界だ。崩壊すれば、お前の自我は完全に消え去る。分かりやすいだろ?」


「あぁ。分かりたくないが、確かに分かりやすいな」


「いい演出だ。私はそう思ってる」



 暴食の世界樹が上機嫌に語る。すると、アインには伝わる独特の表現で締めを口にした。





「お前の物語は一つの終わりに向かう。だが、ラスボスは赤狐でなければ、ここに根差した暴食の世界樹でもない――ラスボスはな、今お前の目の前にいる……この私だ」





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