十四章 ―因縁の終わり―
上陸した者達
――イシュタリカ戦艦。
とりわけ、今回の遠征に選ばれたのは最新鋭の装備を揃えたものばかりで、海上戦を行うのであれば、それこそ海龍程の存在を連れて来なければ相対するのは難しい。
もし、もしもハイムが島国であったならば、主砲の攻撃を遠目に放つだけでも勝負がついたことだろう。
それほどまでに、巨大な戦艦に積まれる兵器というモノは、破壊力に富んでいる代物だ。
「ロイド様ー?そろそろ作戦域に入りますけど、食べすぎじゃないですかね?」
「……む?何を言う。戦場で腹が減ったらどうするのだ!」
操舵室の椅子に座るロイドが、近衛騎士に声を掛けられて答えた。
すると、近衛騎士は呆れたように腕を組む。
どうして操舵室で食事してるのかなど、突っ込みどころはいくつかあったが、迅速に行動できるようにという配慮と考え、近衛騎士はその疑問を飲み込むことにした。
「腹が苦しくなって動けなくなるとか、そういうことも有り得ますよ?」
「馬鹿を言うな。むしろ、これぐらいがちょうどいいのだ……――ふぅ、いい肉だった」
分厚いステーキを食べ終えると、口元を布で拭う。
声を掛けた近衛騎士からしてみれば、通常時であっても胸やけしそうな大きな肉塊だった。
香ばしい香りが食欲をそそる。しかし、開戦前の緊張状態にあっては、あまり嗅ぎたくない香りに感じる。
「よしっ!私も力に満ち溢れている。状況はどうだ?艦隊に異常は?」
「ございません。想定通りに配置が完了しておりますので、あとは現地の様子を伺ってる最中となってます」
「例の……妙な生き物とやらは見つかったか?」
「いえ、そういった報告は一切届いておりません。ロックダムに攻め入ってるのは、
――妙だな。
ロイドが内心でつぶやいた。
では、なぜエウロではその生物を使って強襲を掛けたのか、今では仮定を考えるにも要素が少なすぎる。
口元に手を当てて考える様子を見せたが、リリの報告を思い出した。
多少は不気味に感じられる現在でも、一つだけ悪くない情報があった。
「万が一出現したとしても、一介の騎士が殺せる生物という事は分かっている。となれば、一番面倒なのは総数だが」
「その点も抜かりはございません。――陸戦用の魔導兵器もございますので、正面切っての戦いであれば、過剰ともいえる戦力かと」
「違いない。我らはただ邁進すればよいのだ。ロックダムのハイム騎士達を迅速に処理、続けて一気に押し返す」
「はっ。……では、地図の確認を致しましょうか」
近衛騎士はそう答えると、一枚の大きな地図を広げる。
それを見て、近くにいた騎士達も近くに寄る。
「ロックダムに広がる大地は、我らに優位に働くことでしょう。というのも、これをご覧ください」
「……イシュタリカを出る前にも確認したが、最高の立地条件だ」
ロイドがにやりと笑みを浮かべると、近衛騎士達も嬉しそうに笑みを浮かべた。
「これは最高ですね」
「あぁ。むしろ、これ以上ないってほどの条件だ」
二人の騎士が喜びの声をあげる。
「うむ。ロックダムは農業が盛んな地域が多いという。つまり、平坦という事だ」
地図に広がるのは、大陸の中央……バードランドまでの広大な土地。
特筆すべき点は、それが平坦な道が続いているという事だ。
山や谷……急な坂があるような道のりではなく、まさに進軍するのに最適な土地だった。
「――さて、そろそろだな。……十二艦隊全体に通達せよ。所定の距離まで全速力。一号艦の砲撃を持って、上陸の合図とする」
*
時は夕暮れ時。天気は小雨が降りしきり、身体の体温を奪っていく。
ロックダムの騎士達は、朝から始まっていた戦いに体力を消耗し、もはや生きる気力すら失いかけていた。
連日にわたって続くハイム王国の侵略が、体力面だけでなく、精神面までも汚染を続ける。
既に国境や多くの農地が侵略され、王都の壁も破壊される寸前。明日の朝にはハイムの騎士達がなだれ込むだろう、そう考えていた矢先の事だった。
海沿いに建つロックダムの城の騎士が、突如として発生した海域の異変に気が付く。
「……おい。起きてみろよ」
「よしてくれ。ようやくハイム蛮族が帰ってったっていうんだ。いい加減休ませてくれ」
エレナがイシュタリカへと密偵行為目的で渡った時。
その際に使った港がある。そこで海上の警備をしていた騎士が、疲れ切った同僚に声を掛けた。
「おかしいんだ。なんつーか、海の様子が荒れてる……」
「嵐でも来るんだろ……。だからどうした」
「――違う」
「違うってなんだよ。まぁ、なんでもいい。いい加減休ませてくれ」
質の悪い木綿の布で体を覆うと、彼の同僚は俯いて目を閉じた。
すると、目を閉じて疲れ切った様子で口を開く。
「明日にはハイムが攻め込んでくるぞ。お前も、変な事気にしてないで神に祈るぐらいしとけ」
「だ、だから見てみろって!おい!」
困惑が疲れを上回ったのか、騎士は同僚の身体を強引に揺らすと、無理やり前を向かせる。
突如の行動に同僚は顔に苛立ちを浮かべたが、ふと、一瞬目を向けた海の様子がおかしいことに気が付いた。
「んだよ、おいっ!――……って、あれ……?」
疲れた手で、疲れた目を強くこすって目を凝らす。
「な、なんだってんだこりゃ……」
「だ……だろ!だからいってんだよ!」
「波がうねってる……?いや、どうなってんだこれ」
小雨のせいか、霧が浮かぶ海上の様子は確認が難しい。
だが、近場の水面を見れば、ざわつく何かを感じてしまう。
「――おい、だれか将軍を呼んで……」
……と、慌てた様子で木綿の布を取り去った瞬間の事だった。
始めに異変に気が付いた騎士が、大きな声をあげる。
「っあ……あぁあ……きょ、巨人だ!海に巨人がいるぞおおおおおッ!」
横一線に並ぶ、巨大な十二の影が現れた。
見たこともない大きさのナニカが、ロックダム王都目指して一直線に進んでくる。
物言わぬそれは独特の迫力に満ち溢れ、食らいつかんばかりの勢いをしていた。
「巨人だぁ?おい、お前一体何を……え?」
騎士の大声に驚いた者達が、休憩中ながらも近くに足を運んだ。
すると、海上を指さして腰を抜かす一人の騎士と、ただ茫然と休んでいた彼の同僚が目に映る。
一体何があったんだ……そう思って彼も海上に目を向けると、その異変を目にしてしまう。
「海の巨人ッ……!」
――新たにやってきた騎士がそうして呟くと、十二の巨人のうちの一つが、一瞬、ひときわ大きな光を向けた。
「っ――!?」
すると、一呼吸程度の時間が経ち次にやってきたのは、嵐を一身に受けたかのような衝撃に加え、巨大な魔物が雄たけびをあげたかのような、そんな耳を塞ぎたくなるような怒号だ。
どうした、攻撃されたのか。慌てた様子で城に対して振り替えるが、何一つの損害が見当たらない。
「お、おい今のはなんだっ!」
「すげえ音だったぞ!?」
続々と騎士達が集まってくると、さっきの音はなんだったのかと困惑した様子を見せる。
だが、どうみても王都内に被害がなかった状況を見て、彼らは更に不思議そうな顔を浮かべるが……。
「ッお、おい!あっちの方……煙上がってるぞ!」
木綿の布を羽織っていた男が、城門より奥の方で登る煙に気が付く。
それは夕方になった今でもよく分かる、広範囲に立ち込める煙だった。
「――城門の外だぞ?まさか、ハイムが攻撃されたのか……?」
「おーい!誰か、誰か将軍を呼んできてくれ!」
*
場所は戻り、イシュタリカ艦隊一号艦。
さっきの一撃は一号艦……ロイドが乗る戦艦の一撃で、それの狙いは城門前、ハイムの人間が野営の支度をしていたところだ。
「ロイド様。着弾を確認いたしました」
乗組員が攻撃の成功を告げると、ロイドが満足そうな笑みで答える。
「いいぞ!一段落した後の一撃だ、さぞかし驚きと恐怖に溢れるであろうな!……これは最高の機会だ、一気に上陸して攻め入るぞ!」
ロイドが声高々にそう告げると、操舵室にいた近衛騎士を引き連れて扉に向かう。
「ついでにローガス殿が死んでてくれれば楽なのだが。まぁ、それは難しいか」
いわゆる
希望的観測を述べたロイドは自嘲的に笑った。
「ロイド様!命中したようですね!」
「いい音でしたな」
通路に出たロイド。
すると、同じく支度を終えて出て来た騎士達がロイドに声を掛ける。
「あぁ。恐らく野営の支度でもしていただろうが、そこにぶち込んでやったぞ。……これは好機だ。上陸して一気に攻め込む」
その声を聞き、大股で歩くロイドを騎士が追う。
「全艦隊に通達せよ!持ち込んだ陸戦魔導兵器を正面に構え、この戦場を我らイシュタリカが支配する!」
ロイドが連絡用の魔道具を手に取ると、それに向かって大声で伝える。
それは一号艦の全体に伝わるようで、ロイドの声がどこからでも耳に入れることができた。
「慈悲はいらん!我らイシュタリカの勝利がため、ハイムの獣共を噛み砕け!」
*
ロックダムの港では、イシュタリカ艦隊を受け入れるほどのキャパシティを擁していない。
そのためイシュタリカ艦隊は、いくつかの場所に分かれて陸に停泊すると、戦艦の前方を大きく開き、騎士が魔導兵器を運び下ろす。
突如現れた集団を前に、ハイムとの戦いで疲れ切ったロックダムの騎士達は慌てふためき、遠巻きに様子を伺いながら剣を構えた。
「――少しばかり、申し訳ないことをしたか」
疲れ切った中でのイシュタリカ艦隊は、普段以上の恐怖を感じさせてしまっている。
ロイドは若干の申し訳ない感情を滲ませると、ロックダムの地に初めて足を踏み入れる。
「どうしますか。ロイド様」
近衛騎士が声を掛けた。
「……うむ。情報漏洩を嫌い、ロックダムに伝えずに上陸したのは我らだ。その事に関しては、我らが礼を尽くさねばなるまい。――あぁ、ちょうど指揮官が来たようだな」
遠巻きに眺めている中に、急ぎ足で馬を走らせてやってきた騎士が居た。
年のころはまだ四十歳には届いてなさそうな容姿で、鎧や剣が周囲の者達とは一線を画していた。
片目に大きな古傷の跡が見受けられ、いくつかの修羅場を潜り抜けて来たであろう気配をロイドに感じさせた。
それを見て、ロイドは片腕を上げて騎士に合図を送る。
――ザッ、ザッ。
ロイドと共に一号艦に乗っていた騎士は一斉に整列すると、何も語らずに正面を向いて止まる。
「我が名はロイド。ロイド・グレイシャー。突然の訪問を詫びよう」
指揮官と思わしき男に言葉を投げかけると、彼は驚いた様子のまま馬を降りる。
「――俺はレンドル。ロックダム共和国における軍の司令官にあたる。生憎、我らは明日の客人を待つばかりで、新たなお客人の相手をする余裕がない。何用で来られたのか、そして、どちらからのお客人なのかを教えてもらおう!」
レンドルと名乗った男はこう述べると、背中に持つ長剣に手を当てた。
「……なるほど。いい司令官のようだな」
皮肉交じりではあるが、その態度は悪くない。
イシュタリカの威圧感を前にしても怯むことなく答えたことが、ロイドの関心を惹いた。
だが、やってきた者達がイシュタリカとは想像もしていなかったようだ。
「失礼した。私は統一国家イシュタリカが元帥、ロイド・グレイシャーだ。此度は奇妙な縁の許だが、貴公らロックダムと共に戦いに参った次第ッ!」
すると、ロイドが元帥と名乗った事を切っ掛けに、騎士は一斉に剣を抜いてそれを両手で正面に構える。
整然とした動きが、疲れ切ったロックダムの人々の目を奪った。
また、イシュタリカという言葉に自然と力が抜ける者が多く、膝から崩れ落ちる者すら存在した。
イシュタリカへの定期船があるロックダムからすれば、イシュタリカという国に対しての理解はハイムよりも強い。
「上陸してからの言葉……その無礼を容赦願いたい。――我らはこれより、ハイムの獣共を駆逐する」
その言葉を聞き、ロックダムの人々は何がどうなってるのか……それが分からず騒ぎ立てた。
当然、レンドルも何が起こったのか分からない様子でポカンとした表情を浮かべるが、夢かと感じて頬を強く抓る。
痛みがあった事で現実と分かると、信じられないと言わんばかりのゆったりとした足取りで、ロイドの傍に足を運ぶ。
「っ――」
「よい。何もするな」
それを見た近衛騎士がロイドの前に立とうとするが、ロイドが手で近衛騎士を制する。
「……神か、悪魔か、それとも天使か。あるいは邪神のような何かだろうか」
突如として現れたイシュタリカに、レンドルは気持ちの整理が出来なかった。
救いを求めるようにロイドに手を伸ばすと、呼吸を荒くしてロイドを見つめる。
「だがっ……!相手が仮に悪魔だったとしても、明日滅ぼされる身としては、そんな事は些細な話だろう――」
レンドルはロイドの目の前にたどり着く。
革製の手袋を投げ捨てると、いくつもの豆が潰れた手でロイドの手を強く握りしめるのだった。
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