大丈夫!(?)クリスお姉さんだよ!

 ――……善は急げ。



 よく言われる言葉だ。イシュタリカもそれに倣い、今回のアイン達もそれに倣った。

 何度も言うが、ハイム近辺の情勢を考えると行動は早い方がいい。

 そのため、クリスの許可が確認できた次の日には予定が練られると、その三日後の出発に決まった。



 慌ただしく荷物が用意されると、最寄りまで付き添う騎士の選定も行われた。

 当然、その中にはディルも含まれているのだが、今回はクローネの同行が見送られる。

 ……というのも、クローネが付いて行っても里に入れない。それどころか、最寄りの町でじっと待っていることしかできないのだ。



 となれば、無理に同行するよりも、王都で仕事をしている方が効率もいい。



 しぶしぶ・・・・ながらも、現在はエレナもイシュタリカにいるとこいう事も影響してか、最終的にクローネはその決定を認める。

 バルトへの調査と対照的に、今度はクローネが、王都でアインの帰りを待つことになったのだった。



 そして、アインはクリスにディル、そして近衛騎士を連れてエルフの里を目指し水列車に乗った。



「――うん。なるほどね」



 ……乗ったのだったが、三日間の列車の旅が幸せに思えるような。そんな素敵(バカみたい)な光景が目の前に広がっていたのだった。



「俺はいい言葉を知ってるんだ。特に、今回のような道を表現するのにもってこいな言葉だよ」



 最寄りの町までやってきた一行は、町中に拠点となる宿を借りた。

 といっても、アインが泊まるという事ではないのだが、騎士やディルたちが待つために借りたのだ。

 ここから半日の道を進む事になるのだが、その道中には騎士達は同行しない。

 クリスによると、瘴気が漂う地域以外に魔物は出現しないらしく、その魔物達も、瘴気の周辺から出てくることはないらしい。



 だからこそ、アインとクリスが二人だけでエルフの里を目指せるのだった。

 ……と、ここまでは問題なかったはずなんだ。



「これはね、秘境っていうんだよね。きっと」



 一応、通り道のような通路は存在しているが、足取り悪い地面に加え、鬱蒼とし過ぎている木々の姿。

 今までに行ったことのある都市では見た事の無いような、背の高い木々がアインを迎えた。

 人の手が入ってない、まさに秘境の一言に尽きる。



「え、えぇっと……無理しないでくださいね?その、引き返すこともできますから……」



 申し訳なさそうな表情でクリスが答えると、アインは慌てて否定する。



「ご、ごめんっ!クリスとかエルフに文句を言いたいとかじゃなくてさ、なんというか、こんなすごい自然は見たことなかったから……」



 最寄りの町。名前はホルトラという小さな町だ。

 この近辺では一番の都会な街なのだが、王都に住む者達からしてみれば、学園都市の周辺よりも小さく感じられる。

 アインとクリスが居る場所は、そのホルトラから僅か三十分程度の距離にあった。

 ……町からその程度しか離れていないというのに、こんなにも壮大な自然が近くにあることが、アインの驚きを誘う。



「――それに、この時間の自然もいいもんだからさ」



 夕方にはエルフの里に到着するためにも、二人は日が昇ってすぐここにやってきたのだ。

 濃厚な自然のアロマが鼻腔をくすぐり、全身が清らかになった感覚を得る。

 半日の道のりは勘弁してほしかったのも事実だが、なんとなく、ピクニックのような楽し気な気分に浸り始めていた。



 最初は驚かされたが、意外と悪くない景色かもしれない。うん。



「それじゃ、クリスお姉さん。案内をお願いします」


「っ……うぅ……そのネタ、引っ張らなくてもいいじゃないですかっ!」



 照れながらも嬉しそうな辺りに、意外と悪い気がしてないんだろうなー……とアインが勘付く。多分、照れてるだけだろう。

 後でまた使うことを決意して、アインは歩き始めたクリスの後ろを進んでいく。

 時折、チラッとアインの足元を確認するところに、彼女の優しさが見え隠れしていた。



 そういえば、この近辺は、別にエルフが里として認識している地域ではないとのことだ。

 だから別に名前があるわけでなければ、何か建造物が残っていることもない。

 何か特徴をあげるならば、大樹、鳥の声、綺麗な空気。あと最後にもう一度大樹だ。



 アインが育てたリプルの大樹よりも更に高く、おそらく高さが二倍、三倍なんて当たり前の世界。

 この大樹一本伐採するだけでも、民家一棟は建てられるのではないだろうか?



「ねぇ、この大きな樹は何て言うの?」


「エルフの里では、柱樹(はしらぎ)と呼ばれてます。……安直な感じですけど、柱のように高くて太いからという理由ですよ」



 意外とエルフという種族も、とっつきやすいのかもしれない。

 分かりやすい名づけのセンスにアインも笑みを浮かべたのだった。



「このあたりの柱樹って、何年ぐらい生きてるんだろ……」


「大きい樹だと、千年は余裕で生きてますよ。里の奥にはもっと大きな樹がありますけど、長によると五千年に届くんじゃないか、って言ってました」


「……さすがエルフの里。想像を超えてきた」



 むしろ意味が分からない。

 一つ理解できたのは、自分なんてその木々にとっては、まばたき程度の時間しか生きていないという事だ。



「って、長?長ってやっぱり、エルフの里の一番偉い人だよね?」



 無知でごめんなさい。

 心の中で謝罪すると、前を歩くクリスに尋ねた。



「えぇ、そうですよ。私の住むエルフの里では一番のお年寄りで、知識も豊富な女性です。アイン様が尋ねる話も、長に聞く予定なんです」


「ちなみに、何年ぐらい生きてる方なの?」


「うーん。それが良く分からないんですよね。三百年から先は数えてないって言ってましたから」



 強者の気配を漂わせる言葉に、アインはついカッコいいと感じてしまう。

 自分もそんな言葉を言ってみたいが、ドライアドがどの程度生きるのか分からない。

 もしかすると、柱樹のように千年や五千年も可能性ではあり得るのだろうか?……樹繋がりというのは安直かもしれない。

 齢十五年に満たないアインが心配するには、まだまだ早い話だ。



「なるほどね……。是非とも、その長に早く会いたいもんだよ」



 そう口にすると、目の前の道のりを見つめた。

 まだまだ先は長いのだ。クリスと話をしながら、これから半日の道のりを頑張っていこうと心に決める。




 *




 ――……もし、もしも冬の旧魔王領への道のりを経験していなければ、アインもへこたれていたかもしれない。



 当時の経験が生きたのか、ぬかるむ森の道を案外気楽に進むことができた。



 加えて気が付いたのは、体力も大きく成長を遂げていたという事実。

 単純作業のように足を動かし続けても、精神的にも疲労感が少ないように思えたのだ。

 ロイドとの訓練とはまた違った体力の使い方に、魔王化の影響がここにも表れていたのかと。……これは怪我の功名とでも言えばいいのだろうか?

 言葉選びが難しいところだが、体力が増えたという事はありがたい。



 クリスに気を使わせることなく歩けたことに、アインは心の中で安堵していた。



「アイン様……結構、余裕がありそうですね」



 すると、クリスもその様子に気が付いたのか、前を歩きながらこう尋ねてくるのだ。



「うん。旧魔王の道も、冬だったから結構きつかったんだよね。それと比べれば、案外ましだったみたい」



 へらへらと言葉を漏らせるほど、今のアインには余裕があった。

 久しぶりの道のりとあってかクリスも若干疲れていたのに、アインは景色を楽しむ余裕がある。

 本当に強く立派に成長した。幼いころからアインを見てきたクリスは、嬉しくも感慨深い感情に浸る。



「――それは何よりです。あと少しでエルフの里の領域に入るはずですので、もう少し頑張ってくださいね」



 昼過ぎにはピクニック気分で昼食を楽しみ、おやつの時間には休憩がてら軽食をつまんだ。

 持ってきた飲み物と食べ物が少なくなるにつれて、荷物も若干ではあるが軽くなり、歩くのにも少しの余裕がでる。

 非常食は用意しているが、それは些細な問題だった。



 山のような坂道を登ることもあれば、谷のように深い箇所を渡ったりもした。

 ここまで十時間近くの長い間歩き続けてきたのだが、これが一人だったらと思えば、その精神的な負担はかなり大きかっただろう。



「さて、と。アイン様?そろそろ装備を変えましょうか」


「装備?」



 アインが疑問を口にすると、クリスは荷物を詰め込んだ鞄から、二人分の外套を取り出した。



「瘴気が漏れる地域を通ります。ですので、念のためにこれを着用してくださいね」



 渡された外套は、何かの魔物の皮のようだ。分厚い皮で、手に持つと結構な重みをしているが、安全を考慮するならば必須の装備。

 アインに瘴気が効かないとはいえ、シルヴァードやウォーレン、そしてクローネの誰一人として、装備を持っていかないことは許可しなかったのだ。

 つまり、万が一に備えろという事らしい。



「着なくても平気なんだけどなー……」


「あははは……。魔物実習の際にも瘴気窟はあったかと思いますが、瘴気の濃さは似たような感じです。ですので、危険すぎるという訳ではないのですが、アイン様は王太子殿下ですから……」



 気を使っているが、ちゃんと着用してくださいね?とクリスも口にした形になる。

 着なければならない理由や、皆が心配してるのも理解できたため、アインはなんだかんだと外套を着るのだった。

 ……やはり、分厚い皮で作られているとあってか、その重さはずっしりとくる。

 鎧を着る時とは違った重心の感覚が伝わり、手足を動かしてみると薄っすらと鈍い感覚だ。



 ――万が一、魔王が瘴気にやられた場合。……それってどんな笑い話にできるだろ?



 物凄い面白いネタになるかもしれない。

 しかしながら、命を犠牲にしてまでそんなネタを作る気がアインにはない。

 心のうちに秘めておくことにした。



「そういえば、どんな魔物が居るんだっけ?」


「えぇとですね……大した魔物はいませんよ。例えば、これぐらいの猪とか」



 クリスはそう口にすると、自分の腰のあたりに手を当てる。



「あとは、おっきなコウモリとか、ヘビぐらいですね」


「それなら何とかなりそうだね」


「……あはは。何とかなるもなにも、ロイド様とあれだけ戦えるアイン様なら、怪我する方が難しいですから」



 油断しすぎてもいけないが、危険な相手は居ない。

 そもそも、クリスもいるのだから戦力的には全く問題が無いのだが。



「私が思うに、エルフの里への道中で最も危険なのは、迷うことです。森の中は似た景色ばかりですから、彷徨うことになれば命がけですしね」


「――ちなみに、クリスは迷ったことあるの?」


「……小さなときに、何度か」



 先行きが不安になってしまった。

 小さな時といってるのだから、今では問題ないと信じたい。

 ……大丈夫だ。やるときはやるのが、クリスという女性のはずだから。



「あーッ!疑ってますね!?大丈夫ですよ!私だって、もう大人なんですから!」



 ふと、クリスが振り返って、アインの表情に気が付いてしまう。

 アインの機微には目ざといクリスは、あっさりとアインの内心を看破した。

 ムスッとした顔を浮かべて不満を口にしたが、割と可愛らしいだけで迫力が無い。



 美人の目つきは迫力があることも多いが、クリスの場合は、彼女自身の性格も影響しているのだろう。



「……信じてるよ?」


「そ、そんな信じて無さそうな顔をしなくても……っ!――大丈夫ですってば!何十回も一人で通ってきた道ですから!」


「――なるほど。数十回か」



 うん。大丈夫だろきっと。

 いざとなったら、大きく叫べばエルフが助けに来てくれるかもしれない。

 と、淡い期待を抱いて先を進む。



「そうなんです!見ていてください。私だってやるときはやるんですからね」



 胸を張ると、ふん、と鼻息を漏らすが、していることは別に大したことじゃない。

 単に里までの道を案内してもらっているだけなのだが、クリスの様子が微笑ましかったので素直に頷いておく。



「わかったって。それじゃ、よろしく頼むよ。クリスお姉さん」



 笑みを浮かべてこう告げると、彼女は嬉しそうに答えるのだった。



「はい!お任せください!なんてったって、お姉さんですからね!」



 今更ながら分かった事。

 クリスは強引にされると弱いのは前々からだが、意外と頼られると喜ぶ性格なのだろう。

 こうしてアインが頼った事で、嬉しそうに素の姿を見せてるのがその証拠だ。



 一目見て分かるほど、足取り軽く前を進む。

 耳を澄ますと、こっそりと鼻歌を歌っている様子で、中々に微笑ましい。



「――多分、あっちからも迎えに来てくれるよね。うん……大丈夫、大丈夫」


「……不安だ」



 クリスの呟きが聞こえてしまい、アインはさらに低い声で呟いた。

 エルフたちの嗅覚や、気配を察する素敵な能力で、あっちからも迎えに来てくれる事をアインも強く祈る。



 ……しかしながら、今回の道中のようにクリスと二人旅というのも、アインは楽しくて、貴重な時間に感じているのは否定できないのであった。


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