ラルフ達の嘆き。
イシュタリカが騒ぎになっていた頃。
同じ時間帯のハイムでは、イシュタリカとは比較にならない騒ぎとなっていた。
場所はハイム城の大広間。
そこには多くの貴族や騎士が集まり、その中央には、豪華な造りの巨大な棺桶が置かれている。
大理石の床には、金糸をふんだんに使った絨毯が敷き詰められ、所狭しと光が灯される。
ハイムの富を現した、贅を凝らしたハイム王家自慢の大広間だ。
「……おぉ、なぜ、なぜ我が子がこのような姿に……っ!」
泣き崩れたのはラルフ。
首から上しか遺体が残されていなかったため、それより下は木彫りの身体に服を着せ、棺桶に横たわっていた。
変わり果てた息子の姿に、ラルフは人目も気にせず涙を流す。
「兄上っ……兄上っ……!」
ラルフの反対側では、ティグルが同じく涙を流す。
第二王子とティグルは特別仲が良いという訳ではないが、そうは言っても家族だ。
今まで共に暮らしていたのだから、こうして涙を流すこともしょうがないことだった。
「おぉ、神よ!我らが何をしたというのです……!なぜ、なぜこのような仕打ちを我が王家にっ!」
天を仰ぎ見て、神に対しての恨み言を口にした。
イシュタリカには横暴な態度を取っていたラルフも、こうして息子が亡くなったとあれば、ただただ悲しむことしかできなかった。
「陛下。ローガス様がいらっしゃいました」
これほど声を掛け辛い事は無かった。
しかしながら、一人の騎士がラルフに声を掛け、ローガスの到着を伝える。
ローガスも母が殺されたというのに、こうして城に足を運んだという情報に、ラルフはそれを頼もしく感じる。
「早く通さぬか!ローガスは、ローガスは何処に居る!」
ラルフの喚き声を聞き、ローガスは御前という事を気にせずに、駆け足でラルフの下へとやってくる。
「……遅くなりました。陛下」
「おぉ、おぉ……ローガス!よくぞ、よくぞ来てくれた……っ!」
ラルフはローガスを迎えると、背中を押して第二王子の棺桶の前に向かわせる。
ローガスもこれ以上ない程に疲れた様子だったが、ラルフの後押しを受けて、第二王子の前に進む。
「お久しぶりでございます。……おぉ、殿下は今日も、陛下のように凛々しいお顔をしているようで……」
「あぁ、そうなのだっ……!だというのに、我が子はこの世にはおらぬ!なぜだ、なぜこのような事になったのだ……っ!」
いつものラルフならば、こうした姿なんて絶対に見せることが無い。
なにせ、泣き顔を見せるどころか、ローガスに抱き着くようにして嗚咽を漏らしたのだから。
ローガスはそんなラルフを強く抱きしめ、悲しみの気持ちを共有する。
「イシュタリカなのか?イシュタリカが兄上を殺したのか……!?」
ティグルが地面を強く殴り、会談中の事件という事で、イシュタリカに対して恨み声を漏らす。
だが、ローガスは冷静にそれを否定した。
「殿下。イシュタリカではございません。なにせ奴らならば、こうした面倒な手段は用いないでしょう。……この大陸の誰かが、我らの家族を殺したのです」
ローガスは冷静ながらも、その表情には疲れや怒り、そして悲しみの感情が見え隠れする。
「なぜだ!なぜ我らを狙う!」
「……わかりません」
歯を食いしばり、泣きはらした瞳でティグルを見る。
ローガスにも分からなかったのだ。こんなことをして、ハイムの怒りを買う必要はない。
それをすれば、一気に大陸は戦乱の時代に突入する。
そうなれば、ハイム以上に強い国なんて存在しないのだから。
「陛下。我が家の騎士も使い、全力で犯人の捜索にあたっております」
「ローガス……やはりお主は、誰よりも頼もしい男よ……!」
「身に余る光栄です。……ですが、一つ決めておかねばなりません」
爪が皮膚に食い込む程、ローガスは手に力を籠める。
するとこれまで見せた事の無いような、憎しみに満ちた表情を浮かべ、次の言葉を述べる。
「それが他国の犯行だった場合。我らはその国に対してどう対応するか、です」
答えなんて決まっている。
それはローガスも同じことだったが、ローガスは敢えてラルフに尋ねた。
「決まっておろう!それを滅ぼし、我らが家族と同じ目に会わせるのだっ!」
ローガスの両肩に手を強くたたき、ラルフはローガスを真っすぐと見つめる。
それを聞き、ローガスも納得がいったように頷く。
「そうです。我らハイムは、この犯人をどこまでも追い詰めて、徹底的に仕留める必要がございます」
「――……そうだ、その通りだ……!」
ティグルも立ち上がると、ローガスの言葉に同意する。
「陛下。今こそ、この私に一任を。大陸中を調べ上げ、なんとしても犯人を探し出して見せましょう」
ローガスは母を失い、ラルフは息子を、そしてティグルは兄を失った。
三人は気持ちを共有すると、ラルフはローガスに対して強く頷く。
「――ローガス!お主に全てを任せよう!軍の指揮権を全て任せる。だから……頼む。我が子の無念を、我らが家族の無念を……!」
王の言葉の許、大将軍ローガスに対して軍の指揮権が委譲される。
「お任せください。必ずや、我らの復讐を果たせるよう……死力を尽くしましょう」
こうして、ローガスは一つの事を心に決める。
犯人を何としても捕まえるため、彼は大陸中を調べることにしたのだった。
*
城の中では、ローガスの様な武官だけでなく、文官達も慌ただしく動き回っていた。
そして、その中にはエレナやハーレイ達も加わり、亡くなった貴族に関しての情報収集などをしている。
「エレナ様。各貴族家に対しての調査が終了しました。やはり、城に送られた遺体以外には被害が無かったようです」
「わかりました。では、そのように各所に連絡を回してちょうだい」
「畏まりました」
貴族が暗殺されるというだけでも大きな騒動なのだ。
だというのに、今回は王族のみならず、大将軍家の人間まで暗殺された。
それが与えた影響は計り知れず、エレナは数日の徹夜を覚悟する。
これから先の事を考えれば、想像したくもない騒動となりそうだが、今は目先の問題から片付ける必要がある。
エレナは指示を出しながらも、次々と仕事を処理していた。
――さて、次の仕事は……。
指示を出し終えたエレナは、机に溜まった連絡に目を通そうとした。
だが、そんな時になってから、慌てた様子で文官が駆け込んできたのだ。
「エ……エレナ様!」
息を切らし、額には汗を浮かべている。
今日は慌てても仕方のない日だが、それでもやってきた文官の顔は、より一層の緊張感に覆われていた。
「落ち着きなさい。どうしたの?」
あくまでもエレナは落ち着いて接する。
ここでエレナまで落ち着きを失ってしまえば、それこそ最悪の事態に陥ってしまう。
「も、申し訳ありません!ですが、ローガス様が……っ!」
「……ローガス殿がどうしたの?」
ローガスも実の母を亡くした。
何か冷静を失ってるのかと思い、耳を傾ける。
「ロックダムやバードランドに向けての、武装した調査団の派遣を決定したとのことです!本日夕方には出発するとのこと!」
それを聞くと、ガタッと音を立ててエレナが立ち上がった。
「う、嘘でしょ……?貴方、それを何処から聞いたの!?」
「出所は騎士からですが、その騎士も、ローガス様にその事を直接命令されたとのことです!」
騎士がそんなことで嘘は口にしない。
ローガスに命令されたとのことが虚偽の言葉ならば、首を切られてもおかしくないのだ。
するとやはり、ローガスの決意は本当の事なのだろう。
「でも、エウロには派遣しないのね……」
「それが正解でしょう。それにローガス様も、イシュタリカの犯行ではないと口にしていたようですので、イシュタリカに牙を剥くような行為はさけるのではないかと」
「それで正しいわ。イシュタリカには、こんな事をする利点がないもの。……でも」
……調査団と口にしているものの、言い方を変えれば軍の派遣だ。
いくらハイムが強国だとしても、諸国がそれに反抗しないとは限らない。
証拠もなしに、調査をさせろと言われても、そう言われた側はたまったもんじゃない。
エレナも察したのだ。
これはきっと、大陸の情勢が大きく変わると。
近いうちに犯人が見つかればそれでいいが、その可能性は明らかに低い。
すると、時間が経つにつれて戦争という一言が近づいてくるのだ。
「はぁ……。一体何が起こってるのよ、会談から帰ってきたと思えば、この状況は一体……」
頭を抱えて、ここ最近の落ち着きのなさを考えるエレナ。
「他には何か言っていた?」
「……確か、エウロには書状を送るとのことです。なんでも、心当たりがないか……その旨を尋ねると耳に入れました」
「聞き方と接し方次第ね。……わかりました。エウロに書状を送るのであれば、それは私が持っていきましょう。中身も私が用意します。ローガス殿に、そう伝えてもらっても構わないかしら?」
万が一にも、敵対的行為と見做されない為に、エレナは自分でこの仕事を請け負うことにした。
エウロに渡ることになれば数日の日程を組まなければならないが、イシュタリカ相手ならば、こんなことは些細な話だ。
「畏まりました。では、今すぐに伝えて参ります」
「お願いね」
エレナの言葉を聞き、文官は急ぎ足で執務室を抜け出す。
後程、ローガスと軽く打ち合わせをしてから、文書についてを決定しようじゃないか。
仕事が一つ増えてしまったが、自分があずかり知らない場所で起こらなかったことには感謝だ。
「……罰、なのかしら」
オリビアやアインに対しての行い。そして、王家とラウンドハート家への罰。
こうした騒動が続けば、エレナもついそんなことを考えてしまう。
「会談で十分痛い思いをしたのだけど、神様はお許しにならなかったのかもしれないわね」
天罰なんて、非現実的な話を考えてしまう程、エレナの精神状況も消耗が続いている。
そうは言っても、こんなことは、ラルフ達の前では口が裂けても言えないのだが。
「戦争になれば、多くの人々が命を落とす。なんとしても、それは避けなければ……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます