多分流行ってる。
クリスの衝撃的な判別方法に驚いていてしまったが、その後大広間へとシルヴァード達がやってくる。
皆が同様にアインと会話をしたがっていたのだが、シルヴァードとしてはそれどころじゃない。なにせアインには聞くべきことが多くあるのだから。
——……体が大きくなっていることも勿論だが、なぜバルトに向かったのか。そのことを問いただすためにも、アインをとある部屋へと連れてきた。
「ここならよいだろう」
大広間から長い廊下を進み、奥の方にある謁見の間へと足を運んだ。
そして更にその奥。玉座の影となっている小部屋へと向かって行き、シルヴァードはアインと二人だけになった。
「あの……結構強引に連れてこられましたけど、お母様たちはいいんですか?」
非難轟轟……とまではいかないが、それなりの不満をぶつけられたシルヴァード。
アインとしても、ここまで苦労を掛けてることは申し訳ない。
「あとでアインが取りなしておくのだぞ。……自分の責任であろう?」
「……仰る通りです」
ぐぅの音も出ない言葉にアインは、マーサからもらった紐で髪をまとめはじめる。
「しかしどうして体が大きくなったというのか……」
「えぇっと、お爺様?どこから説明するべきでしょうか……」
「一から全て申せ。時間はいくらでもある、無くともこれ以上に優先される予定などない」
疲れた様子で腰かけるシルヴァードを見ると、かなりの心労をかけてしまったと後悔する。
それでも今回の調査は必要だった。急ぎ足で行ってきたのは申し訳ないが、十分な成果もあがっている。
「(でも少しだけ、話すべきか迷っちゃうところもあるんだよね)」
なぜ魔王領に埋葬されているのか。
誰が埋葬にしにったのかもわからないが、少なくとも、王太子のアインはそうした事実があるとは聞いた事が無い。
つまりは初代イシュタリカ王が、自分自身で隠すと決めた……そう考えるのが今は最適。
「(それでも話すけどね。……事態が事態だから、隠すこともできないし)」
「アイン?話してくれないか?」
「……わかりました。では——」
始まりはどこからだろう?そうだ、ここにある王家墓地、そこで剣が光らなかったことからだ。
「確信に至ったのは、お爺様に悩みを聞いてもらった日の事です。その日、初代陛下の墓前に参った時に……——」
こうしてアインは語り始める。
なぜ自分が旧魔王領まで行くと手紙を送ったのか。そしてその後、どんな行動をとったのか……。
「……」
シルヴァードは静かに耳を傾けた。時折、険しい表情を浮かべてため息を吐くこともあったが、一切口を挟まずに、黙ってアインの言葉を聞き続ける。
そしてアインは語り続けた。
夢の世界でデュラハンとエルダーリッチに会ったこと。魔王城の作りが此処の城と瓜二つで、同じく作られている王家墓地に、初代イシュタリカ王の本当の墓石が合ったこと。
最期には、マルコとの一騎打ちをしてきたこと……その一連の流れをシルヴァードへと告げた。
「……オリビア達にも告げられぬ。その理由がこれなのだな……?」
「はい。勝手な行動をしたことはお詫びします。ですが私がやるべきだと思い、こうした行動をしました」
「王家専用列車を動かす、そのために余の名ではなくアイン自らの名で命じたのだ。その責任はアインにある……だが、今はそうした話をする余裕がない」
裁定すべきことは無いわけではないのだが、今回ばかりはその余裕がない。
「つまり……アインの調べたことが事実ならば、旧魔王領と我らイシュタリカは、もともと一つの国だった。そういう結論であるな?」
「……仰る通りかと」
「情報が足りない。しかし仮説を立てるなら、初代陛下は魔王の血族の様な関係……それも間違いないか」
「ございません」
黙々と返事をするアインを見て、シルヴァードは脳に蓄積する"膿"のような感情を、少しずつ除去していった。
「まさかその剣がこうした結末を生むとはな……。わかっておるだろうが、余は困惑している」
アインが携える剣を見て、複雑な感情に覆われるシルヴァード。
「実は私も、まだ頭が働ききれてないというか……」
「……当然の事だろう。何せ初代陛下が魔王の血族……そうした事実なんぞ、イシュタリカの民は一人として考えてこなかっただろうからな」
「その……お爺様は知らなかったんですよね?初代陛下の墓石には、初代陛下が眠っていないという事実は……」
「聞いた事もなければ、そんな記録も見たことが無い。つまりは初代陛下が隠すと決めたことなのだろう」
魔王の暴走は多くの被害を与えた。
数多くの命が失われ、数々の傷跡を残してきたことも事実。そうなれば、自分が魔王の血族だ……それを隠したくなったのだろうか。
「アイン。分かっていると思うが……この話は——」
「お爺様にしか伝えてませんし、これ以上はお爺様の判断にお任せします」
「そうしてくれ。アインの世代から後世に伝えるかどうか……そのことはいずれ余とアインで議論する。よいか?」
「承知致しました」
たかが一晩で決定できる事柄ではない為、シルヴァードも時間がほしかった。
「ディルにも口止めをせねばならんが、ディルはどこまで知っている?」
「お爺様にお伝えしたような情報は言ってません。ただし、マルコさんとの戦いなどはすべて見ています」
「なればこの後に余が話す。魔王城に行ったことなどは全て口外を禁ずるとな」
「一応は内緒にして……って言ってあるんですが」
「余が言う方が適切だ。いいな?」
その通りだ、とアインは納得した。
「ことは公にできない。となれば、アインが調べたことに対する報酬も出せぬが」
「構いません。代わりに、私の独断行動を見なかったことにしてくださるんですよね?」
「……相変わらず聡いな」
「お爺様の側で学んでおりますので」
万が一罰を与えようものならば、その理由を公開する必要がある。そうなれば、アインが何処で何をしていたのかも公開する必要が生じるため、ここだけの話で収めるのが今回ばかりは最善だった。
「結論を出すならば、アインが得た情報。それを余とアインで共有し、後ほどそれをどう使うか検討する。……今はこれでよいだろう」
「そうですね……」
ようやく説明がひと段落した頃。
だがシルヴァードは、アインに休むことを許さない。
「では次の質問だが。なぜ身体が大きくなった、説明せよ」
——やっぱり聞かれるよね。
聞かれて当然なのだが、あわよくば今日だけは話しが流れないかと期待もした。
「私個人の考えとしては、身体のことも、初代陛下の件と同じぐらいの話なんですが……」
「よい。ここまで来たら話せ……今更であろうに」
「わかりました。では……ステータスカードをご覧いただければ手っ取り早いので」
きつくなった服から、少し苦労してそのカードを取り出す。
「……それに記載があるような事態なのか?」
「ありますね。それはもうがっつりと書かれてます」
もう一度深いため息をつき、シルヴァードは顔を下げたままアインに手を差し出した。
「見せるのだ」
「……ではどうぞ」
ひったくるように受け取ったシルヴァードは、恐る恐る顔を上げてカードを見る。
まずは名前から、そして少しずつ少しずつ視線を下げて……。
「……王太子どころではないようだが。どうなのだアイン」
「そう……みたいです」
ジョブの欄には、はっきりと『魔王』の二文字に、ステータスとレベルの数字は『——』と横棒が引かれている。
スキル欄には、『魔王アイン』と『眷属』という2つが追加されていた。
「余は夢でもみておるのか?」
「い、一応現実です……」
「確か『——』については、高すぎるという意味ではなく、測定対象外という意味だったはずだが……」
アインも見た時は驚いた。『スキルとかなんだよ魔王アインって……』とステータスカードに向かって愚痴った程だ。
「マルコさんと戦ってる最中に大きくなって、マルコさんの魔石を吸ったら、完全にその成長が止まりました。それと恐らく、その眷属というスキルも、リビングアーマーのマルコさんから吸い取った影響かと」
「……全く意味が解らん」
「はい……」
先程の内容ですら管理が難しいというのに、今度は魔王かと。
どうやらシルヴァードの心配事というのも、まだまだ終わる気配がないようだ。
「意識はどうなのだ?何か違いは?」
「それが全くもって同じというか……あ、でも一つだけあって」
何かに気が付いたようなアインを見て、忙しない様子でアインを見つめるシルヴァード。
「な、なんだっ……!?何か危険な衝動でもっ——」
「いやあの、服小さくなったんで新しいのほしいです」
すると瞳から光を失い、そして立ち上がったシルヴァードがアインの隣に歩いてきた。アインが『?』と思っていると、突如拳を振り上げて……。
「ふんぬぁっ!」
「っ……痛ったぁー……っ!お、お爺様なんで!?」
頭上に振り下ろされる王の鉄拳。ゴリッという堅い音がその小部屋へと響き渡った。
「体罰は好まないが、能天気すぎる孫には制裁が必要だ」
「で、でも本当にきついんですよこれ!?窮屈で窮屈で……もう血管が締まってきて苦しいし!」
「……ふんぬっ!」
「い、痛いっ!?どうしてまた拳をっ……!」
二度の鉄拳を下したシルヴァードは、少しばかり満足そうな表情となって、自分の椅子へと戻っていく。
「……何着か揃えて来るのだ。いいな?」
「は……はい……」
祖父の鉄拳が凄く痛い。
頭を撫でるとたんこぶが出来ているようで、徐々に熱を持ってきたのを感じる。
とりあえず今度ディルと買い物だ。アインはそれを急ぐことを決意する。
「ついでに髪の毛も切ってしまえ。オリビアのようで美しい髪だが、さすがにアインにとっては邪魔であろう」
「はい……そうすると思います」
「まったくアインは……。とんでもない偉業を成し遂げたかと思えば、魔王になったりボケたりと……よくわからない王太子だ」
そうした愚痴を口走るほど、先ほどのアインを見て力が抜けてしまった。
「だがまぁ、今の容姿がアインの成長した姿と思えば、なかなかそれ自体は悪くない。いい顔つきをしている」
「そ、そんな正直に言われると照れますが」
「オリビアの血だと一目でわかる。だがその成長については、力の強いドライアドの影響……などでもよいから、何か理由が必要だな」
「そうですね。なにか考えてみます」
うむ、と頷いたシルヴァードを見て。
アインは今度こそひと段落できた。
「ところでアイン。『魔王アイン』というスキルは、一体何が使えるのだ?それと『眷属』もだ」
「全く分かってないです。なので後者についてはカティマさんにでも相談しますけど、前者は手を付けないでおこうかと」
実際のところ、使い方も分かっていないので手を付けるも何も無かったのだが。
「そうしてくれ。何か妙な間違いが起きる前にな」
「……肝に銘じておきます」
「そういえばどうなのだ。デュラハンの技は何か使えるようになったのだろうか」
——『……お家に帰る頃には、もしかしたら使えるようになってるかもしれないわね』
シルビアの言葉を思い出すと、もしかするとこれは魔王になってから……そういう意味だったのかもしれない。
あの鎧を発現させるのは、ただの"人"では負担が大きすぎたのではないだろうか?と、こんな仮説も考えてしまう。
「多分こうやって……」
試すだけならば無料(ただ)、そう思って右腕に意識を向ける。考えるのは先日自分が纏った漆黒の鎧、その時の感覚を右腕に集中させる。
身に着けていた時の感覚は覚えている。
それを少しずつ思い出すように、アインは徐々に黒い影を手に纏いはじめた。
「で、出来てしまったようです……」
「うむ。出来てしまったな……」
無骨ながらも迫力に満ちた、漆黒の鎧がアインの右腕に現れる。
腕なのだからガントレット?鎧とはまた違うのかもしれない……。だがまあ細かいことはいいだろう。
「……機会があれば、オリビアの前で見せてやってくれ。きっと喜ぶことだろう」
デュラハンに憧れを持っていたオリビアだからこそ、きっとこの姿を見ると喜ぶ。アインもそれには納得だ。
*
その後は世間話も含めての、シルヴァードとのリラックスした会話を楽しんだ。
だがアインと話したがってるのは謁見の間の外にもいる。もうすでに遅い時間で、寝ることも視野に入れるべき時間帯だったが、アインは自分を待っていてくれた人の許へと向かって行った。
「あれ?お母様は?」
謁見の間を出たアインを待っていたのは3人。クローネにクリス、そしてマーサだ。
正直まだ話し合う必要はあったのだが、今日はもう遅い。シルヴァードにもそう言われ、続きは別の日に改めてすることとなった。
「その……『ごめんなさい、落ち着かないと危ないの』と言って自室に戻っていきまして」
「なにそれ。どういう意味だろ」
マーサの返事を聞いても良く分からない。だがとりあえずオリビアは自室で休んでいるという事だ。クローネやクリスに時間を譲った、アインはそう思うことにした。
——じーっ……。
「……えっと、どうしたのクローネ?」
真顔で見つめてくるクローネ。いつもより1歩ぐらい離れた距離で立ち、アインの事を黙って観察していた。
「……」
「あのー……何か言ってもらえないと、心配になるなーって」
だが新鮮にも感じていた。
なにせクローネがこうして見上げて見つめてくるのだから、今までにはなかった光景だ。
「殿下、少し近くにいってもよろしいでしょうか?」
畏まった態度のクローネが、まるで他人に話すかのようにそう告げてきた。
「そりゃ勿論いいけど。どうしたの?」
するとその言葉には返事をせず、クローネがゆっくりと近づいてきた。そして大胆にも、アインの身体に密着するぐらい側によって、一度アインの顔を見上げて確認する。
「申し訳ありません。一度失礼します……」
最後はアインの胸元を掴み、つま先立ちになって首元へと顔を近づける。
「ちょっ……いきなりどうしたのっ!?」
すぐそばにいるマーサとクリス。二人も驚いた顔を浮かべて、その光景を見つめている。
まるで抱き合うかのような大胆な仕草に、二人は驚くことしかできなかった。
「すーっ……すーっ……」
「(……なんか既視感を感じる)」
だがクリスの時とは少し違う。クローネの場合は、深呼吸をする様に呼吸をしていた。
場所が首に近いため、それをされているアインは少しばかりこそばゆい。
一瞬目がトロン、としたかと思えば、驚いた表情を浮かべてこう口にした。
「っ……ほ、本当にアインだわ……」
「ねぇ、その確認方法って最近流行ってるの?」
まさか2連続でこうした判断方法をされるとは思わず、つい言葉にできない微妙な感情に包まれてしまう。
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