複雑な気分。

「ライル様のような人の事を、神童って呼ぶんだと思うわ。幼いころから何事にも才能を発揮させて、勉学も武も人の数倍はうまくこなす人だった」


「だからなんだろうな。あの超問題児セレス……あいつに首輪を付けてしっかり管理できてたのは」



 アインとしては、考えなかったことではない。カティマやオリビアに、姉か兄がいるということは薄々感じていたこと。

 だが城の者達は誰一人してそれを口にしなかったし、王家の皆も同様だった。

 だからこそ邪推ではあるが、死産や不良の事故で早々に亡くなった?と考えていたこともある。



 そういったこともあって、今までそのことを尋ねることができていなかったのだ。



「でもいいコンビだったわよ。たぶん"天才"同士でしか分かり合えない何かがあったんじゃない?」


「あー……確かにそういう節はあった。普段のやり取りは、本当に馬鹿な事してるだけだったのにな」


「そ、その……俺からも聞かなかったけど、どうして誰もそのことを教えてくれなかったの?」



 すると新たに思うのは、なぜそれを自分に教えてくれなかったのかという疑問だ。

 あまり自分から主張することは無いが、アインは王太子の立場にある。だというのに、このような重要な事実を隠されていたのはいい気分がしない。



「まぁ待て待てアイン。思うところがあるのは分かってる、だけどな?なかなか面倒な事情があるんだよ……これから教えてやるから、まずはこれ飲んで落ち着け」



 カイゼルは、木のコップに入った冷たい茶を手渡す。アインはそれを受け取って、一息に中の茶を飲み干した。



「才能に溢れてたあいつには、城の生活が……いや。イシュタリカでの生活が窮屈すぎたんだろうよ」


「イシュタリカが窮屈……?ってことはもしかして、あっちの大陸に渡ったってことですか?」


「いんや違う。もっともっと遠くだ、っていってもそれを証明する術はないんだけどな」



 どうにも要領を得ない説明に、アインの頭には疑問ばかりが浮かぶ。するとマジョリカが口を開き、情報を付け加える。



「殿下。大陸イシュタルの中央にはね、いつの時代からあるのかわからない、石造りの遺跡があるの」


「遺跡?でもそんなのどこにでも残ってるんじゃ」


「えぇその通り、たしかに遺跡なんてどこにでもあるわ。だけどその遺跡はね……この世界に愛があるのなら、絶対に入ってはいけない場所よ」


「名前は"神隠しのダンジョン"。学者たちなんかは、世界の狭間なんて呼んでる場所だ」



 ダンジョンという言葉には興味を抱くが、神隠しとはその言葉の意味通りなのだろうか?世界の狭間という言葉にも惹かれるものがある。



「神隠しって。そこに入ったら、別の場所に連れていかれるとかじゃあるまいし……」


「そのまさかよ殿下。どこに行くのかは分からないわ、だって戻ってきた人が居ないんだもの。……遺跡に化けた魔物でもなく、その周囲に別の空間がある訳でもない。だから"神隠しのダンジョン"なのよ」


「……あの、これもまさかなんだけどさ。そのライル様とセレスさんは、そこに向かったってこと?」



 遠くに行ったということに、それがハイムのある大陸ではないという事。それはつまり、本当に別世界に向かったとでも言わんばかりの話だった。



「正解よ殿下。……だから二人はここに居ない。そういうことね」


「わかっただろアイン。セレスの大罪ってのは、そこにライルを連れて行ったこと。そしてライルの大罪は、王族の義務を放棄しそこに向かったこと。そういうことだ」



 どちらの罪も理解できる。

 確かに第一王子のしたことも大罪だ。王族であり、そして第一王子でありながらも。

 そこがどういう場所か分かってるにも関わらず、その地に足を運んだのだから。



「なんでそんなことを……」



 ライルがどうしてそんなことをしたのか。その理由が解せない。

 彼がしたことはつまり、イシュタリカを捨てたということであり、その中にはシルヴァード達も含まれているのだから。



「ライルの口癖だけどな、『私は生まれる場所を間違えた』ってよくいってたよ。さっきも言ったが窮屈だったんだろうな。それこそ城での生活だけじゃなく、この"世界"での暮らしがな」


「だからって全てを捨ててなんて……!」


「そうだな。責任なんてものは何もない、愚かな行動かもしれない。それでもライルはそれを望んだ、それでセレスと共に消えた。それだけのことだ」



 それ故の思いだった。生まれる場所を間違えたというセリフには、そうした意味が込められていたのかもしれない。



「天才ゆえの孤独ってやつかもしれないわね。セレスだって、本当に心を開いてたのはライル様にだけよ。城でもライル様の命令しか聞かないっていう、なかなかの問題児だったもの」


「それで結局ライルがセレスを誘った。それでセレスは素直にそれを承諾し、すぐにその遺跡へと向かったってわけだ。置手紙にそう書かれてたからな」



 無茶苦茶だ、これがアインの考えた一番の事だった。

 ライルがしたことは、本当に王族として失格であり、説明にある通り大罪だろう。



「でもだったらどうして。どうして俺にこのことを教えてくれなかったのさ……」


「殿下の気持ちはよくわかるわ。でもなかなか難しいのそれは」


「あぁ。なにせ陛下達は怖がってるんだ、アインがライルと同じことをしてしまわないかってな」



 するわけがない!オリビアを残してどこかに行くなんてとんでもない、それにクローネやクリス。そして大事な家族を残してまで、どこかに行きたいなんて考えたことない。



「おっとアイン。不服そうだな」


「そりゃもちろん……。なんで信じてもらえなかったのかなって」


「まぁ難しい話だからな。色んな考えがある……第一王子の不始末に、その護衛の不始末。その内容がこれときたら、口にしにくい事情ってのも分かるだろ?更にアインが居なくならないかっていう恐怖心があれば、尚更伝えづらくもなってくる」


「幸いなことに、ライル様はお披露目とかは済んでなかったの。だから当時の城の者達に緘口令を敷いて、それで済んだわけ」



 理屈は分かるが。素直に納得できるかといわれれば難しくもなる。

 なんとなく心にしこりが出来た感じだ。それはシルヴァード達に対する不満ではなく、第一王子ライルについてが主となっている。



「そういうことがあったんだって。こう納得するしかないの?」


「あぁそれがいい。俺からいえることは、お前が気にすることじゃないってことだ。お前は学園で立派な成績を収めてるし、王太子としての義務もこなして、危険な調査活動もしっかり行ってる。——……昔の仲間に文句をいいたくないが、アインの方が数百倍は立派にやってるさ」



 聞かなければよかった、聞けてよかった。様々な思いが蠢いて止まらないが、一つ再確認できたことはある。

 カイゼルは立派な教官だということだ。さらっと口にしたセリフだが、アインはそれで随分と胸がすく思いとなった。



「ねぇ殿下。これ教えたなんてバレたら、私たち多分首切られちゃうの。もちろん物理的に」


「だから頼むぜアイン、俺たちから教えてもらったなんて……言わないでくれよ?」


「……王太子として約束しますよ。ここだけの話で止めておきます。二人から聞いたってことも、忘れることにしますから」



 アインとしても、わざわざこのことを誰かに話すつもりはない。それに二人を売るような真似もする気はないので、言葉通りこの場以外で口にすることは無いだろう。


「それともう一つ教えて殿下。……今の話を聞いて、その遺跡に興味持っちゃったりしてないわよね?」



 マジョリカが心配そうに窺うと、アインは笑顔を浮かべて返事をする。



「もちろん興味持ったに決まってるでしょ。でもね……」



 一瞬絶望的な表情となったマジョリカだが、アインの言葉が終わらないことに気が付く。



「で、でも……?」


「絶対に行ったらダメな場所。っていう意味で興味を持っただけだから、心配しなくていいよ」



 何があってもいくもんか。そのような固い意志を持っていた。

 オリビアやクローネにクリス。それに城にいる家族たちと離れたくない、その一心での決意だった。



「それに俺はイシュタリカが大好きだからね」



 この話を教えておきながらも、アインの言葉にホッとしたマジョリカとカイゼル。矛盾した心境だったが、アインの気持ちはイシュタリカにあることに深く安堵した。




 *




「一同整列!」



 忙しなく雪を踏む音が周囲を包み、ロイドの号令によって皆が整列する。



「各班!状況を報告せよ!」



 アインがマジョリカ達と会話をしている頃、旧魔王領にはロイドたちが到着していた。

 今回は第二回調査のための遠征であり、アインとは別行動。



 先日と同様のルートを通り、先日よりも早くこの地に舞い戻ってきた。



「ディル。この前の経験が生きたな」


「えぇそうですね。皆が道のりに慣れたようです」


「一度だけでもこの成果なのだ。やはり陛下に上申するべきだな……」



 王都に帰ったら、なんとしても雪中訓練を提案する。

 今回の成果についても、後ほど報告書としてまとめておこう。



「ロイド様!二班問題ありません!」


「三班もです!」


「四班ですが、異常ありません!」



 ロイドの元に次々と報告が来る。特に問題なく行軍できたことをが喜ばしい。

 前回と比べ、天候に恵まれたという事実はあるものの、それでも悪くない成果な事に変わりない。



「うむ。では報告を終えた班から、所定の作業に移れ!」



 はっ!という騎士の返事が一帯に響く。

 騎士達の表情を見れば、前回よりも疲れも少ない様子。彼らもこの厳しい環境の中で、大きく成長を遂げたということだろう。



「しかし前回と比べれば、"歓迎"されている様子はないな」



 アインが『ただいま』と口にした後の事だ。この旧魔王領が息を吹き返したかのように、まるで吹いている風にも色を感じるかのような、不思議な感覚を覚えた記憶がある。



 だが今回はその『ただいま』という言葉をいうまえ同様の、なんとも寂しい空気に包まれている気がしてならない。



「……まぁそれでも、一目見た時よりはましか」


「父上?どうなさいまいたか?」


「ん?あぁただちょっと街並みを見ていただけだ」


「左様でございましたか」



 興味を失ったディルが、班長の報告に耳を傾ける。

 事前に相談したことだが、リビングアーマーの屋敷には向かわないことに決めた。



 アインが居なければ問題ない。そうした一面があるのは確かだが、ロイドたちは面識がないのも事実。

 必要のない面倒事は避けられるのが一番であり、あちらが手を出してこないならば、こちらからも何もすることは無い。



「父上。以上で班長報告を終了。副隊長の私がこれを承認致します」



 ディルは今回の調査において、調査隊の副隊長を務めるている。もちろん隊長はロイドが務めており、指揮系統でいえばディルは上から二番目となる。



「あぁわかった。異常がないようで何よりだ」


「ですね。では私も現場の指揮に移ります」


「あぁ、しっかりな」



 走り去っていくディルの後ろ姿が、何とも頼もしく見えてくる。

 アインと顔を合わせた頃を思い返すと、まだ学園の生徒だったディル。それが今では指揮まで取れる程に成長し、しっかりと護衛の任務についている。

 エウロへの遠征も経験し、一皮むけたのが目に見えてわかる。



「さて……そうしていると、お前の夢も叶うかもしれんぞ?ディル」



 自分を倒すことを夢と語った息子。

 当然ロイドとしても負けてやるつもりはないし、手加減する気もない。自分が騎士として勤める間にその時が来るのか、それを思えばいつも興奮してしまう。



「そう思っても、私にとってはもう一つ。心躍る事があるわけだがな」



 振り返り、魔王城の近くに目を向ける。

 あの辺だろうか?そう考えてみる先には、いくつかの古びた屋敷が立ち並び、そのいずれかがリビングアーマーのマルコの屋敷。

 アインから聞いた方角に目をやって、ニヤリと笑みを浮かべるロイド。



「一度剣を交えてみたいものだ。この私を『いないものと変わらない』と評したその腕前。是非この体で感じてみたい」



 アインをあっさりと拉致していったことは、ロイドにとって生涯で最大級の屈辱を残していった。

 そしてそのマルコからしてみれば、居ても居なくても変わらない護衛という評価。久しく感じていなかった、自分より強い者の言葉。



 だがそれは事実だろう。

 前は手足の一本でなんとか、そう思っていたこともあった。

 今思っていることは違う。一太刀も競らせてもらえないかもしれない、それが現在のロイドの考えだった。



「なぁマルコ殿。この私の声も聞こえているのか?……いずれ機会があれば、貴方と剣を交わしてみたいものだ」



 いつものマルコなら、ロイドの予想通りその声が届いていただろう。




 ——だが今日の彼は違った。……数百年前からの呪い、延々と体を蝕み続けてきた"獣"の呪いにより、自我を保つこと以外には何ひとつできない状況にあった。




 *




「く……ぁ……っ!」



 アインが連れてこられたマルコの屋敷。

 薄暗く湿った地下室、彼はそこに閉じこもり、多くの薬を使って自我を保とうとしていた。



「素晴らしい方素晴らしい方素晴らし……っ!あああああああああああっ!」



 魔物の中でもトップクラスに強固な身体。それを無理やり何度も傷つけ、痛みによって自分を保とうとする。

 強烈な痛みが身に宿ることで、まだ"自分"だと実感する。



 現代では残っていない、数々の劇薬。

 それを無理やり体に塗りたくって、体を溶かしながら呪いに抗う。



「ははっ……獣……獣よっ!数百年経って未だ、この一人の騎士すら奪えぬか!」



 激痛が走る全身を、無理をして仁王立ちさせた。

 大丈夫。まだ意識は強く保てている。……時折勝手に開く口が、赤狐を称えてしまうが、まだ私はマルコだ。そう自覚できる。



「まだだっ……まだ」



 先日無理やり連れてきた一人の男。アインの事を思い出すマルコ。

 そのアインのことを思えば、まだこんなことで倒れることは許されない。相手はたかが獣だ!自分をそう鼓舞していく。



「美しい方美しい方美しい方美しい方……」



 何度目になるかはもう数えていない。

 ここ一週間は、ずっとこの痛みという相棒と共に、呪いに抗い続けていたのだから。



「う、美しいのは……本当に美しいのはっ……アーシェ様っ。アーシェ様の御心が、何よりも美しいのだっ……!」



 呪いをかけた物は本当に性格が悪い。

 魔王たちの事を考えると、その威力を増すように設計されているのだから。



「ぇ……えひっ……ひひっ……」



 抗えているとはいえ、数百年蝕まれ続けたこの体。精神的にもすでにぼろぼろで、もはや耐えられる限界も近いのかもしれない。



「ぁ……こ、この畜生がっ……!まだ私の任務は終わってない……マルコ、お前はまだいける。いけるだろう……!」



 すでに安定剤と化している劇薬の数々。だがそれもすでに備蓄が付きかけている、それが無くなればと考えると不安になるが、まずは今を耐えきる必要がある。



 惜しまずそれを再度体に塗り、痛みを強く高めていく。



「はぁ……はぁっ……今日も、今日も耐えきった……よくやったマルコ。——……これも、あの素晴らしい方のおかげだな」



 確かに今日は乗り切った。だがしかし……マルコが呪いにあらがえなくなる日、その日は必ずやってきてしまうだろう。


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