助っ人と砂糖UC(アンコモン)
「ところでアイン様。お分かりだと思いますが、アイン様は次回はお留守番となりますので」
「……え!?」
ムートンとオーガスト商会の繋ぎを作ってから二日。
少しずつ進めていた、旧魔王領への第二回の調査の日程。それがようやく本決まりに至った。
アインとしても次は気を付けようと思っていた。……気を付けるというのも、リビングアーマーのマルコの忠告についてだ。
そして今度こそ皆に心配をかけないようにする。こうした心構えをしていたのだが、ロイドから出た言葉はそれを全く必要としないセリフだった。
「お、俺が留守番って……どうして?」
アイン達一行は、会議室としての利用のため、一つの大部屋を宿から借りていた。
そこに集まった研究者や、近衛騎士達との会議を終えたアイン。ロイドとディルだけがこの部屋に残り、アインにこう告げたのだった。
「取れ高としては十分ですからなあ……結局のところ、港町マグナからあちらの大陸に向かった。それがわかっただけでも、赤狐に関しての調査はそれなりの成果を上げているかと」
ちなみにこの場にクローネはいない。ギルドとのやり取りなど、いくつかの仕事があったので今回は同席していない。
「それは俺も同意するけど。でもまだ終わったわけじゃっ……」
赤狐達がどういったことを考えているのか。それは今だ分かっていない。
だがエウロで見つけた赤狐の痕跡。どうしてそこにいたのかが証明できた今、まさに取れ高といってしまえば悪くない結果だった。
「我々と近衛騎士で検討した結果。これが"罠"との可能性も捨てきれないのですよ」
「……罠?」
「左様でございます。ディル、お前がご説明してさしあげなさい」
「はい父上」
それまで黙っていたディルが、ロイドの命令によって口を開く。どういった会議をしたのか、それをアインに説明するためだ。
「正直にいえば、アイン様を狙って何かを……というのは、あまりにも夢物語に過ぎます。ですがマルコ殿から聞いたように、アイン様が何かしらの影響を受けて魔王アーシェのようになる。これが可能性としてあるならば、それだけは避けるべきです」
ディルの言葉を黙って聞くアイン。
過保護といわれればそうした面もある。だが結局のところアインは王太子であり、特殊な力の持ち主だ。アイン個人の活躍よりも、大局を見るべきというのはアインも理解している。
「なので万が一ですが。赤狐の罠がまだ残っているとしたら、それを我々に避ける手段も防ぐ手段もございません。……ご理解いただけないでしょうか」
享楽主義な赤狐。それらが何か遊びのつもりで罠を残していった。それを考えてしまえば、アインとしても否定することはできなかった。
「む……むぅ」
「どうか我々にお任せいただければと」
頭を下げると共に、申し訳なさそうな表情となるディルの姿。アインとしても、ディルを困らせたい訳じゃない。
「わかったよディル。俺も理由が理解できない訳じゃないんだ、ただちょっと残念に思ってるだけだからさ」
結局アインが折れたことで、ディルは安心した表情になる。隣に立っていたロイドも、心なしか安堵した様子を見せる。
「あれ、でもそれじゃ俺の護衛って誰が付くの?」
さすがに誰も付かないということはないだろう。
だがロイドとディルが旧魔王領へ行くとなれば、誰がアインの護衛になるのかがわからない。
「それなら問題ございません。"王都"から優秀な方達をお呼びしました。なのでご安心を」
小さく微笑みがらそう口にしたディル、だがそこまで言うならば、名前を教えてほしくなるのは当然のことだ。
「えっとディル?その優秀な方って……誰?」
「明日の朝には到着するとのことです。なので到着を楽しみにして頂ければ」
「……なんか最近。みんな悪戯好きになってない?」
クローネは最初からだったが、最近はディルもそのような節が見える。アインはもう少し威厳を持つべきかと考えるのだった。
誰が来るのかは気になってしょうがない。だがそれでも、王太子の護衛を任せられる人物ともなれば、実力はきっとお墨付き。
——……謎は深まるばかりだった。
*
結局新たに来る護衛について、その謎は解けることがなかった。
いつもより寝る時間を1時間程削って考えてみたが、結局進展は何一つなかったといえよう。
そうこうしているうちに夜が明け、また今日もバルトの朝が始まった。
空模様は快晴。時折雪が降るときはあるものの、バルトの気候に慣れたアインとしては、特別問題に感じることがない。
「アイン様……宿でお待ちになっていてもよかったのですが」
「気になってしょうがないからさ。いっとくけど、止めてもついていくからね!」
その新たな護衛とやらを迎えに行くために、ディルは夜が明けてから駅に向かっていた。
迎えに行くのを見つかったディルは、アインに引き留められることになる。アインを無視するわけにもいかず、とうとう共に向かう羽目になったのだった。
「はぁ……。素直にお伝えしておくべきだったでしょうか」
「もういいってば。なんだかんだ考えてるのも楽しかったし、こうしてディルとバルト歩くのも嫌いじゃないよ」
護衛として常に行動して来た二人だからこその、ちょっとした絆の様な感覚がある。
たまにはこうして町を歩くのも悪くない。
「そう言っていただけると光栄ですが……。ただ滑りやすいので足元には気を付けてくださいませ」
「りょーかいりょーかい!」
鼻歌交じりに返事をし、その雪道を足取り軽く進むアイン。
王都ではこんな道を歩くことはないので、ただ歩くだけでも楽しさがある。
「そういえば聞きたかったことあるんだけど」
「はい。どうなさいました?」
「護衛ってもしかして、城の騎士とかじゃないの?」
「……さすが、鋭いですねアイン様」
「なんとなくだけどね。騎士達なら、俺も知ってそうだし」
そして城から来る騎士ならば、素直に最初からそう伝えていただろう。
となると騎士じゃない可能性がある。……ついさっき気が付いた事だった。
「そこまで気が付いたのなら、もうバレてると言ってもいいぐらいなのですが……」
「えーなにそれ。答えが近いってこと?」
「では更にヒントを。お呼びした方は我々としても、信用を置ける人物です。そして更にアイン様がお会いになったことがある方ですね」
「……うーん。誰だろ」
信用できる人物というのは当然の事だろう。なにせ王太子の側に置ける者なのだから。
そしてもう一つ、自分がすでにあった事のある人物……そう聞いたアインは、頭の中で誰の事かを考え始めた。
「駅に着くまでには正解したい」
ここまでヒントをもらったというのに、その答えが分からないのはなんとなく悔しい。
徐々に近くなるバルトの駅。正解せずとも罰はない、それでも焦ってしまうアイン。
「あーもうっ……誰だろ……」
くすくすと笑うディルが恨めしい。不満そうな顔をしてみるが、せっかくここまできたのだ。答えを教えられるのも悔しいジレンマがあった。
「いやはや、悩んでおりますねアイン様」
「なんかこうね。いいとこまではきてるんだけどさ、どうにもその名前が出てこない……」
信用できる人物。そして腕がいい。さらには自分があった事のある者……そんな人は多くないのだが、ド忘れしたかのように名前が出てこない。
「うーんなんかこう。決め手になる何かがあれば……」
「はははっ。ではもう一つヒントでもいかがですかアイン様?」
「い、いるいるっ!教えて!」
答えを教えられるのは複雑だが、ヒントは許せる微妙な心境。
ここまでくれば大した差はないのだが、ちょっとした気分の問題だった。
「では最後にもう一つ。その方達は私もお会いしたことが……っと。すみませんアイン様、どうやら時間切れのようです」
ディルのヒントを聞いて、再度答えにたどり着こうと頑張るアイン。——……だがその人物がフライングでやってきてしまった。
列車が早めについたのだろう。駅で待つことなくさっさとそこを出て、こちらへと向かってきていたのだ。
「はぁー寒い寒い。なんでこう、いつも訳分からない程寒いんだよここはよ」
「ねぇちょっと、出発するときから文句多すぎじゃない?もうボケちゃったの?いやだわこんな人と一緒なんて」
「……お前みたいな化け物センスに、んなこといわれたくねえよ」
「あ"ぁ?なんつったおい、表出ろやこの器用貧乏野郎がっ!」
ムートンとエメメ。二人の師弟を超えるかもしれない、そうアインに思わせる程のキャラクター性の塊。
その二人がアインの方へと歩いてくる。アインとディルには気が付いていないようで、二人は会話に夢中だ。
「もう表出てんだろうが」
「あらほんとね、ほんと貴方(バカ)と話してると疲れるわ。それよりもこんな実りない話してないで、早く殿下のところ行きましょ……って、あら?殿下じゃないの、お久しぶり」
「……おぉアイン達か。今さっき到着したぞ、出迎え悪いな」
この二人こそが、緊急措置により新たに護衛を任された二人だった。それはアインの良く知る二人で、信用できるというのもすぐに理解ができた。
「カ、カイゼル教官!?それにマジョリカさんまで!?」
「申し訳ありませんお二方っ……。まさかこれほど早くご到着なさるとは……」
学園にいるはずのカイゼルに、魔石店にいるはずのマジョリカの二人。アインの護衛を任されたのは、その王都にいるはずの二人だった。
「気にすんなディル。お前は立派に昇進した教え子なんだ、堂々と構えとけ」
「あら貴方。川で魚獲ってる熊みたいな顔しておいて、そんな気遣いはできたのね」
「お、落ち着け。落ち着け俺……。この化け物の相手をしたら負けだぞ」
訳分からない例えをされながらも、どうにか自分を抑え込むカイゼルの姿。
マジョリカのこうした姿も初めて見るアインは、この二人のやり取りを新鮮な気持ちで見ていた。
「どどど、どうして二人がっ!?」
「陛下から頼まれたんだよ。そんでマジョリカにも声をかけて、二人で引き受けたって話だ」
「そういうことよ殿下。このカイゼルとかいう、死にかけの狸(たぬき)みたいな男でも役に立つわ。私もフォローするから安心してね」
死にかけの狸がよくわからないが、マジョリカがカイゼルで遊んでるのは理解できる。
——……そしてなんだかなんだこの二人なら心強い。そう感じたアインだった。
*
護衛を依頼された二人には、当然それなりの謝礼が支払われる。
そしてもちろん用意された宿も、アインが宿泊している宿と同じところで、何かあればすぐに駆け付けられることができる。
「でもよく考えてみればさ、俺って外出る予定なかったし護衛いらなかったんじゃ……」
バルトに来た二人を宿に案内し、用意された部屋に通したアイン。
ディルもロイドと話すことがあるらしく、アインと一度別れることになった。
そして自室に戻ったアインは、ふとこんなことを考えた。
本当に護衛は必要だったのか?と。
「……ねぇアイン。一応聞くけど、私に尋ねてるのよね?」
「うんそうだよ。仕事中にごめんね」
まだ仕事の最中だったクローネを見て、アインは軽い気持ちで尋ねていた。
「わかってるならいい子にしてて?って思うけど、まぁいいわ。私は貴方の補佐官だものね」
「いつもお世話になってます、本当に」
「ふふっ……そうね。精一杯お世話してるもの」
最初はジト目をされたものの、案外機嫌が悪くないクローネ。
内心ではそろそろ休憩のつもりだったので、アインに声をかけられたのが丁度よかった。
「でもそう思わない?だって宿にいるだけなら、わざわざ護衛として二人を呼ばなくても良かったんじゃ……」
アインの言葉を聞いたクローネが、『ふぅ』と息を吐いて、アインの方を見る。
「もし私がこれから言うことに興味ないのなら、二人には王都に戻ってもらっても構わないのだけど」
そういって彼女は席を立ち、ポットに入った茶を注ぎ始める。
「はいどうぞ」
「ありがと。……それで続きはなにかな?」
「そんなに焦らないの。実はね、近くでいいものが見つかったのよ」
『はいこれ、どうぞ』クローネがそういって、一枚の紙を取りだしアインへと手渡す。
「ん?なにこれ」
「いいから読んでみて?留守番組も、意外といい仕事したのよ?」
嬉しそうにしている彼女の声に、アインもなにかと思って目を通す。
「赤狐の、夫婦……?」
「えぇそう。何十年も前の事だけど、赤狐の夫婦の死体が見つかっていたらしいの。死後しばらくたっていたみたいで、肉とかは残っていなかったらしいけど。でも気になるでしょ?」
「よくこんなことが分かったね。みんな頑張ってくれたみたいだ」
「そりゃそうよ。私も頑張ったんだからね?」
少しばかり誇らしい、そんな顔をしたクローネが微笑ましい。 ——アインはつい無意識に手を伸ばし、そんな彼女の頭を撫でてしまう。
「っ……ア、アインっ……?」
「あっ、ご……ごめん。なんか褒めてほしそうだったから」
咄嗟に出た言い訳だが、意外とそれがしっくりきた。
実際クローネは、頭を撫でられて悪い気がしていない様子。
「……ご褒美かしら?」
「ご褒美だね……きっと」
両手を股の間で組み、強くギュッと握りしめている彼女の姿。
首元が赤らんできたのを見ると、徐々に照れてきてるのが分かる。
一秒がもっと長い時間に感じる程、ゆっくりとした時間。
何分それを続けたのか分からないが、とうとう意を決して体を動かしたアイン。
「は、はいお終いっ!」
手触りの良い、まるでシルクの様な髪の手触りをしていた。
彼女の吐息も聞こえるわで、精神的に危険になりそうだったので、少しばかり強引に手を放す。
クローネは一瞬驚いた顔を浮かべたものの、次の瞬間には不貞腐れたような表情になった。
「えっとクローネ……?なにやらご不満そうな顔してるけど……」
それを聞いたクローネは、視線を更に険しいものにしてアインを見つめる。
「えぇご不満です」
といわれても、なぜご不満なのか原因が分からない。
急に手をどけて驚かせたのかもしれない。そう考えたアインは、申し訳ない気持ちになってしまう。
「ごめん。急に手を退けて驚かせちゃったよね」
「……」
残念ながら外れの様子。相変わらず不貞腐れてるのを見れば、正解じゃなかったのは明らかだ。
「ご褒美、なんでしょ?」
迷い続けるアインを見て、助け舟を出すことにした。あまり困らせ続けるのも本意ではないので、この女心を知らない殿下に、一つ正直に教えてやることにしたのだ。
「そ、そうご褒美っ……!ご褒美だけど、えっと……」
アインとしても、次の言葉が思い浮かばない。ここから先、何を求められてるのかが分からなかった。
「ご褒美なら……足りない」
「……足りない?」
何か別の事でもしてほしいのかな。そう予想してみるが、今日のアインの予想はことごとく外れる。これを機に、こうした機微も学ぶべきだと実感することになる。
考え続けるアインを見て、クローネがもう一度助け舟を出す。
「私だってたくさん頑張ったもの。だからもっと……して?」
切なそうな顔になった彼女を見て、ようやく合点がいったアイン。
彼女が望んでいたことは何も難しいことじゃない。ただもっと、頭を撫でていてほしかっただけなのだ。
こんなことが本当にご褒美になるなんて、アインはそんな自惚れはしていなかったため、とうとう自力で答えにはたどり着けなかった。
「わ、わかった。それぐらいでいいなら続けるから。だから機嫌直して……」
こう言いながら手を伸ばすアイン。
アインが撫でやすくなるように、そっと少し距離を詰めるクローネ。
それはたかだか数センチ程度の短い距離。だがそれでも今の二人にとっては、それ以上に感じる距離だった。
「……自分でご褒美っていったのに、すぐ逃げるんだもの。ズルいと思わない?」
「仰る通りです……はい」
雰囲気に負けて手を退けた。これはクローネが口にしたように、確かに逃げたといえるだろう。
少しは機嫌が直ったかと、彼女の様子を見てアインはホッと一息付けた。
「私がいいっていう前に、勝手に止めたら嫌だからね?」
「……仰せのままに、姫」
ふふん、と一瞬鼻歌を歌った彼女は、きっと機嫌を取り戻してくれたのだろう。
アインとしても、こんなことならいくらでも……という思いがある。もう一度、彼女の髪の手触りを楽しむことにした。
「それじゃ殿下?お話の続きしてあげますね」
先程話していたのは、赤狐の夫婦の話題。
しばらく脱線していたが、ようやくその話題に戻るというわけだ。
「中堅冒険者なら、一人でも行ける場所らしいの。危険な魔物も居ないしすぐに行ける場所みたい。だからアインが興味あるなら、マジョリカさんたちを連れて行ってきていいのよ」
「……ほんと!?」
「ロイド様達からも許可もらってるの。だから行きたければ行ってきていいわよ、もちろん油断はしないでね?」
「なんかその、安全面だとか危険がどーのとか……いろいろ問題視されないの!?」
随分と実感がこもった一言だった。
だが王太子という立場があり、いつもそれなり以上の安全を用意してからでなくば、何もさせてもらえない。
それが今までの生活の一部だったのだから。
「今日ウォーレン様の部下が増員されたの。だからそれもあって許可が下りたわ」
つまり周囲の隠密が増えたということ。もう黙って騎士達増やせば?と考えることもあるが、守る側としてのやり方に文句はいえない。
それに元から危険らしいものがない場所のようで、そのせいもあって問題にはならないのだろう。
「な、なるほど……。つまりあの濃い二人を連れて行くなら、現場を見に行ってきていいよ。っていうことだよね!?」
つい興奮して身を乗り出してしまい、クローネの太ももの上に手を置いてしまった。
慌ててそれを退かそうとするが、彼女が笑顔のまま手を重ねてきたので、その手を動かせなくなってしまう。
優しく伝わってくる彼女の体温が、ちょっとだけこそばゆい。
「何度もいうけど。危ないことはしたらだめよ?ちゃんと約束してくれる?」
カティマが見たら、角砂糖でも放り投げそうな光景になってしまう。だがこの雰囲気は、なかなかしっくりくるものがある。
じっと見つめる彼女の瞳。アインはそれを見つめ返して返事をする。
「うん、約束するよ」
エルダーリッチは、数多くの叡智を手にした魔物と聞く。
自分の中に眠る彼女は、女心の授業をしてくれるだろうか?ついこんなことを考えてしまった。
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