隠れた実力者。

 アインの土産が王都に届き、その晩はクリスやマーサもご相伴に預かった。

 もちろん夕食の時間が遅れたことは言うまでもない。カティマの猛烈な勢いで、シルヴァードを無理やり納得させた。

 とはいえ待っただけのかいあって、城の料理人によってかなりの美食が作り上げられた。



 そして一夜明け、外が明るくなってから目を覚ましたアイン。

 特別な用事がなかったので、いつもよりゆっくりと睡眠をとった。



 第二回の旧魔王領遠征。その予定もそろそろ決まる、そのため英気を養っている……そういってもいいのかもしれない。



「おはよークローネ」


「えぇおはようアイン。もう……今日も髪の毛ハネてるわよ」


「え、どこどこ?」



 少々緩みすぎなこの姿は、決して近衛騎士達には見せられない。

 本来なら補佐官にもあまり見せる物じゃないが、周囲が黙認しているあたりに、彼らの関係性が窺える。



「そっちじゃなくて……こっちよ」



 立ち上がったクローネが近づき、そっとアインの頭を抑える。

 彼女と近づくことが多くなった最近。慣れたか?と聞かれれば勿論答えは『NO』だ。



「あ、ありがと」


「ふふっ……こんな姿、他の人に見せたら駄目よ?」



 クローネは良いのかと考えてみるが、何度も見られてるので今更といえば今更だ。

 笑顔を向けてくれてるので、幻滅してくれてる訳じゃないと信じたい。



「うーん。弛(たる)みすぎかな?」



 なので実際のところどうなのか、彼女の意見を求めることにした。



「あら。自覚あったの?」


「……まぁその、ゆっくりしすぎというか。気を抜きすぎな所があるのはわかってるよ」


「ふぅん……そうなの?気を抜きすぎちゃったんだ……」



 アインの髪の毛を手で押さえながらも、ちょこちょこ左右に動いて、アインの顔をみるクローネ。

 少しばかり嬉しそうにしているが、その理由は分からない。

 とはいえアインとしては、彼女が嬉しそうならそれで満足だった。



「そういえば、補佐官に寝ぐせ直してもらった王太子って」


「ご想像通り、たぶんアインが初めてだと思うわ」



 イシュタリカ王家……そして王太子として、様々な"初"を打ち立て続けるアイン。そんな自分が後世にどう残されるのか、それが気になって仕方ない。



「後世には残したくないね、割と本気で」


「くすくす……。じゃあ私の日記が見つからない様に、神様にお祈りしていてね?」


「そうだね神様にお祈り……。え?ごめん日記って……え?」



 不穏な言葉を聞いたアイン。話の流れから察するに、こうしたことを日記に残しているのか?クローネに視線を向ける。



「——……うん、もう直っちゃった。はいアインお疲れ様、おしまいよ」



 若干名残惜しそうにしていたが、その顔をアインに見せることなく、クローネは頭から手をどかす。



「ねぇクローネ?日記ってあの……え?」


「温かいのと冷たいの、どっちが飲みたい?喉渇いてるわよね?」


「あぁうん。寝起きだからちょっと渇いたかな。だから冷たいのがいい……いやだからクローネ?ねぇ日記って……」



 不穏な言葉を残し、ささっと自分のペースで席を外す彼女。

 こうしたテクニックは彼女の得意技だった。



「いやー天気はこんなに晴れ晴れとしてるのに、俺の心は穏やかじゃないね」



 窓の外には、どこまでも続く蒼い空。時折浮かぶ白い雲とのコントラストが美しい。

 今日は暖かい日なのだろう。出っ張った屋根に付いた氷柱(ツララ)から、いつもより勢いよく水滴が滴っている。



 ちなみにこうして雪が解けた日の夜に、気温が下がってそれが凍る。すると地面がツルツルになることを、アインは今回の調査で学んでいた。



「どうしたの外なんか見て?何かあった?」



 飲み物を持って戻ってきたクローネ。要望通り、アインのために冷たい飲み物を用意した。

 小さなお盆の上には、もう一つ湯気が昇る器があり、それは恐らくクローネのものだろう。



「今日は天気がいいな、ってね」



 どうせ日記の事なんて教えてくれない。

 そう思ったアインは、開き直って景色について語り始める。綺麗な光景なのは事実なのだから。



「今日は暖かいもの。これならムートンさんの鍛冶屋に行くのも楽そうね」


「あれ?昨日ディルが行ってきたばっかりなのに?」


「アインが私にいったんじゃない。魔石炉の移動費用について、なんとかできないかって」


「いってたけど……なに、もうそこらへん終わったの?」



 確かにそういった。自分の武器の面倒を見てくれる訳だし、多少なんとかならないかんと相談していたのだ。



「えぇついさっき終わったの。ほらテーブルの上見て?」



 振り返って、部屋の中央に置かれたテーブルに目をやる。

 すると紙が広げられてるのかと思いきや、一つの分厚い封筒が用意されている。



「あの封筒?」


「ついでに色々と詰め込んでおいたの。気になる?」



 むしろ気にして?という楽しそうな目線を向けられれば、アインが尋ねない訳がない。



「俺がお願いしたこと以外にもありそうだけど……何を詰め込んだの?」



 ティーカップへと口を付けるクローネ。優雅なその仕草の後に、アインに微笑み次の言葉を告げた。



「ちょっとした営業かしらね。お爺様に可哀そうな事何度かしてきたから、紹介の意味を兼ねてるの」


「グラーフさんを……あーなるほど。そういうことか……オーガスト商会をってことね」



 彼女が口にした可哀そうな事というのは、補佐官となったクローネを試した時の事だろう。

 あっという間に返り討ちにしたクローネは、通常では考えられない割引をさせていた。



 ただその後に"何度かしてきた"という言葉を付け加えたあたり、アインが知らない場所でも、同じような事があったのかもしれない。もちろん少し怖いので、内容については聞かないことにした。



「ふふ、正解。新しい住まいとか色々含めて、用意するの大変だと思うの。だからいっそのこと、それも併せて資料詰め込んでおいたの」



 抜け目ないといえるが、それでも有能な行いだといえよう。

 実際ムートンの人柄から考えるに、こうした方が彼も有難いはず。



「全員が助かるいい案ってことだね。 ——……ん?クローネさっき、グラーフさんに可哀そうな事してきたっていったよね?」


「え、えぇ……ちょっと強引すぎたかな?って、私も後悔することぐらいあるのよ?だから今回は——」


「ということはだよ。ムートンさんへの紹介については、無理な相談してないの?」



 キョトンとした顔になり、虚を突かれたような表情を浮かべ始める。

 数秒の硬直の後、とうとうクローネは口を開いた。



「あ、ねぇアイン。髪の毛こっちの方もハネちゃってるの、直してあげるわね?」


「……ありがと」



 随分と分かりやすい誤魔化しようだったが、彼女の楽しそうな笑みに免じて許すことにする。

 グラーフには、今度一通手紙でも送ることにしよう。




 *




『別に大丈夫そうだから、クローネと二人でいいよ?』

 ロイドたちが護衛の支度をした際に、アインが口にしたセリフだ。

 ロイドとディルの二人は、呆れた顔をしてそれを拒否。当たり前の事だった。



 するとアインが笑いながら、『じゃあ外にいる人は?』と口にする。



 その意味がさっぱりと理解できなかった二人は、その内容をアインに尋ねた。



『ウォーレンさんの部下だと思う。いつも通り遠目に見てるから、あの人に頼もうか』



 ……当然アインにとっては遊び心やら悪戯心による言葉。

 とはいえ、もはや簡単にバレてしまっている隠密へは、同情の念しか浮かばなかった。



 相手が悪いのだ。だから気にするな……。ロイドは心の中で、そう彼らのことを労ったのだった。



 ——……そうこうしている間にも、黙って護衛の支度をした二人。今日もいつもと同じく、4人でムートンの鍛冶屋へとやってきた。



「おう殿下達か!上がってくれ!」


「おじゃましまーす……」



 お互いに打ち解けた部分もあり、スムーズに入店する。

 当然本日の客もゼロだ。そして明日からの来客の予定も、同じくゼロ。



 ディルも外での見張りではなく、今日は中に入ることにした。



「おう護衛のにーちゃん!昨日も来てもらったのにわりーな!」


「いえ。お気になさらず」



 アッサリとした返事だが、ムートンはそれを聞いて気を悪くすることは無い。

 それどころか、仕事に忠実な人となりは好意的に感じている。若いのに骨のあるやつだ、それがディルへの評価だった。



「っと……すまねーな。今日はエメメ寝てるんだ」


「エメメさんが?体調でも崩したんですか?」



 あんなにも元気な彼女がいない。それはこの鍛冶屋がまるで別の空間になった、そう思わせる程の威力があった。



「昨晩にな、仕事頑張らせすぎちまったんだ。だから今日はまだ寝かせてやってるんだ。わりーな」



 チラッと炉のあるスペースに目をやると、すでに解体が半分以上進んだ魔石炉が見える。

 その解体は体力に精神力、それらをかなり労費するため苦労する作業。そうムートンから聞いていた。



「んで。今日はどうしたんだ?4人そろってくるんだから、なんか大事な話でもあるんだろ?」



 テーブルにドシンと腰掛け、その逞しい腕を乗せる。

 ロイドも目をやるほどの、職人の腕。ロイドからしてみれば、それだけでも技量がわかるらしい。



「今日は私から、ムートン様へとお話があって参りました」


「ほー殿下の嬢ちゃんからか。んで、どうしたんだ?」



 殿下の嬢ちゃんという言葉に喜ぶクローネは、気をよくして封筒を取り出した。

 そして中身をテーブルへと広げ、検討してきた内容を披露する。



「ムートン様は、オーガスト商会をご存知でしょうか?」


「そりゃもちろん知ってるさ。今どきバルトの職人たちだって、チラチラ世話になる大商会だ。それが?」


「……それは何よりです。実は私、そこの商会の娘なんです。なので今回は、王都への引っ越しに関していくつか提案できればと」


「ほぉ……そいつぁ驚いた。あんな馬鹿みてえな金持ち商会の娘さんってか!そりゃあいい!」



 大きく笑い声をあげるムートン。

 まさかこんなところで、王太子同様の大物が来るとは考えてもみなかった。



「まどろっこしい言い方は好みません。なのではっきりと申し上げます。……もしご入用な事があれば、我が家の商会が"全て"をご案内できるかと」



 自信に満ちたクローネの表情は説得力に満ちていた。

 その気配を感じ取ったムートンも、少し表情が引き締まったように見える。



「全て、ねぇ……。悪いが殿下の嬢ちゃん、全てってのはどういう意味だ?」


「文字通り全てです。住居の手配、土地の購入、更には必要となる設備の用意……そして懸念されておられる、引っ越しに関する物の移動など。なんなりとお申し付けくださいませ」



 ニコッと微笑む彼女の表情は、まさに王都の大商会"オーガスト商会"の娘というにふさわしい顔つきだった。



「はっはっはっは!そいつぁいい!俺はな、面倒ごとが大っ嫌いなんだ。いくつもの商会を経由することも、冒険者達に依頼を出すこともみんな嫌いだ。その時間がもったいねえからな!……だからよ、つまり殿下の嬢ちゃんがいうことは。俺たちの"これから"を任せてもいいってことか?それはエメメに関することも含めてだ」



 ただの女性なら、このムートンの眼光に怯むことだろう。

 だがクローネは怯むどころか、更に笑みを浮かべるばかり。



「……私が申し上げたこと以外にも、何か必要でしたらお申し付けください。快適な生活をお約束致します」



 その言葉が決定打だったのだろう。その言葉を聞いたムートンは、表情を柔らかなものへと戻し、声色すらも大人しくなった。



「なら面倒な事は全て任せるとするかな。殿下の嬢ちゃんがいうんだ、金に関しては勉強してくれんだろ?」


「えぇもちろんです。祖父に交渉済みですので」



 何時の間にそんなことをしていたのか、是非とも説明が欲しかったアイン。

 それと殿下の嬢ちゃんというのはもう変わらないのだろうか。アインとしては恥ずかしい気持ちが募る。



「んじゃついでに一個尋ねたい。うちの馬鹿弟子がよ、欲しかった止まり木を注文してんだ。あー……フオルン組って知ってるか?」


「存じ上げておりますが……それがどうなさいました?」


「なら話がはええな。それが三週間後に届くってんだ、だけど俺たちはもうここにはいねえ。となると送るのが面倒なんだが、それも任せていいのか?……馬鹿でアホな鳥だけどよ、俺にとっちゃ誰よりもかわいい弟子なんだ」



 口では文句を言うし、彼女(エメメ)のことを叱る。一生本人へと口にするつもりはないが、それでも可愛い弟子なのは変わりない。

 だから楽しみにしてるその止まり木を、なんとかして王都に送りたかった。



「それならご安心を。フオルン組ならグループ商会ですので、内部で輸送作業を行います。なので特に輸送に関しても、追加費用を頂きませんから」


「(オーガスト商会すげえ)」



 グラーフの手腕を再認識したアイン。その規模の大きさに驚くのは当たり前の事。ふと出た商会が、グループ商会とは恐れ入った。



「おいおい……オーガスト商会は、いつのまにフオルン組を買収してたんだよ」


「買収ではありませんよ。ただ密接な協力関係にあるというだけです」



 良質な木材を用意し、木工に関しても評判のフオルン組。

 職人たちの間でも評判の彼らが、いつの間にかオーガスト商会と関係を密にしていた。

 それは職人のムートンにとっては、なかなかの衝撃情報だった。



「なるほどな。いろいろすげえ話でわからねえとこもあるが、つまりはオーガスト商会に面倒みてもらえるってことでいいんだな?」


「えぇ。是非お任せくださいムートン様」


「んじゃ物件について教えてくれや。やっぱり予算ってもんがあってよ、それ以内に収めたいんだ」



 そういって立ち上がり、炉の近くの物置から、一枚の煤けた用紙を手に取った。



「紙が汚ねぇのは悪いな。昨日炉の掃除してる時、埃だらけになっちまってよ。……エメメとも相談して、物件の条件纏めてたんだ。それに予算も書いてある、だからそれで考えて貰えねえか?」



 彼らしくキレのいい会話の流れ。一つ一つがアッサリ決まっていく流れは、面倒が嫌いという彼らしさを感じる。



「拝見します」



 その紙を受け取ったクローネ。さすがに見るのは失礼だろうと思い、アインにロイド、そしてディルの3人はさっと視線をずらす。



「……失礼ですがムートン様?この金額ですと、もう少しどころか……数段上の設備を望めるのですが」


「おいおい本当か?ってことはもしかして、イスト産の炉まで買えたりすんのか!?」


「え、えぇ……全体を最新の設備で揃えても、おつりが来ます」


「そいつぁいいじゃねえか。んじゃ殿下の嬢ちゃん、その予算内でいい感じにやってくれや。釣りはいらねえ、使い切るつもりでやってくれ!」



 男らしい台詞を聞いて、アインはそれを心の中にメモをする。

 たまに憧れる台詞をいうのだから、ムートンの言葉から耳を離せない。



「ム……ムートン様!?本当に使い切るおつもりですか……?」


「たまにパーッと使うのもいいだろうしな。別にそれで貯金無くなる訳じゃねえ、それで三分の二ぐらいだから心配しないでいいぞ!」


「……わかりました。では立地に関しては如何なさいましょう」


「殿下が来やすくて、買い物しやすい場所ならどこでもいいぞ。それも任せるからな!」



 もはやムートンとしては、完全に物件の用意を任せるつもりなのだろう。

 すでにクローネへと全て投げつけている感じだ。



「ではそのようにご用意いたします。あとは炉の発送などに関して、いくつか相談することがあるのですが……うちの商会の者が来ても問題ありませんか?」


「問題ねえぞ!悪いなそこまでやってもらって!」




 がっはっは!と男性ホルモンに溢れた笑い声をあげ、面倒ごとが済んだことに喜ぶムートン。

 一方クローネをみると、どうにも驚いた様子をするばかり。どうしたのかを後で聞くことにした。



「んじゃ面倒なことやってもらえることだし、ちょっくらサービスだ。……なぁグレイシャーの、剣見せてみろ」


「……む?私か?」


「そうそうあんただ。その背中のでっかい剣見せてみろ、研いでねえだろ?」



 ムートンが指をさす方向には、ロイドの背中の剣がある。

 するとロイドは驚いた顔になって、なぜ気が付いたのかを尋ねた。



「確かに最近は研げていないが……なぜわかったのだ?」


「あ?鞘の中で動く音で分かんだろそんぐらい。剣が鳴いてんだよ、ほらさっさと出せ。どんなもんか見てやるからよ」



 何を言ってるのだ?と不思議そうな顔のロイドだったが、近頃研げてないのはその通りだった。

 アインが頷くのを確認して、ロイドはその剣を抜きムートンへと見せる。



「なんだこりゃ。また随分と傷だらけじゃねえか」


「……見る限り傷があるようには思えんのだが」


「なーに言ってんだお前。どこをどう見ても傷だらけだ、本当はこんなことサービスしねえんだけどな。殿下の嬢ちゃんに免じて特別だ」



 すると剣を手に取って、奥の鍛冶場へと向かうムートン。

 彼の目には何が見えていたのか。それはロイドにも分からなかった。



「……父上。ですがムートン殿の技量がわかるのでは」


「あ、あぁそうだな……だが先程の言葉が本当なら、ムートン殿も化け物染みた技術の持ち主と言うことか」



 少しの音で、剣の状況が分かる。

 それが本当ならば、まさに鍛冶の神といっていいかもしれない。それほどの意味があることだ。



「ムートンさんも凄そうだけど。クローネ?どうしたのあんなに驚いて、らしくないよ」


「……イストで作り出される最新の炉って高いのよ。一つ買うだけでいくらすると思う?」


「聞いたことないけど、1000万Gとか?」



 ロイドやディルも聞いた事がない。さすがに炉の値段までは、気にしたことがなかったのだ。



「小型のでもね、最新のだと2億からするの」


「……億?」



 想像の20倍に、つい聞き直してしまう始末。アインの隣で、ロイドとディルも似たような驚きの表情を浮かべる。



「物件の条件にはね。小さな炉が1つに、大型級を2つってあったわ。大型級だと3億近くするの、だから炉だけで合計8億ね」


「……うそでしょ?」


「本当よ。一緒に王都で作られた手形があったから、支払い能力も認められるわ」



 だから驚いたのよ。そう口にしたクローネ。

 それを聞いたアイン達も、クローネ同様に驚く結末となった。



「クローネ殿……ちなみにムートン殿が指定した予算というのは……」



 ついに興味に負けたロイドが、予算について尋ねてしまう。



「10億。それが住居に払う予算でした」



 開いた口が塞がらなくなったが、それも当然の事だろう。たしかに高級な魔道具ともなれば、100億を超えることもある。アインはクリスからそう教えてもらっている。



 だがまさか、ムートンが個人でそのような金額を出すとは思わなかったのだ。



「なので輸送費などもすべて、この予算に収めて行います。それに立地もなかなかの場所が選べます。……よかったわねアイン、行くのが楽になるわよ?」


「……うん。そうね」



 どこでどうやってそんなに稼いだのか。

 ……いやよく考えれば、彼の技術料はとても高い。それを思えば、これほど稼ぐのは難しいことではないのかもしれない。



「何話してんだお前ら?……ほらグレイシャーの。研ぎ終わったぞ」


「う、うむすまんなわざわざ……む?」



 話の最中だったが、剣を研ぎ終えたムートンが戻ってきた。軽々とロイドの大剣を担ぎ、アイン達の許へとやってくる。



「——……っこれは本当に私の剣、なのか?」


「これが傷のない刀身ってやつだ。そんなに立派なもんつかってんだ、大事にしてやれよ」



 ロイドが手に取ったその剣は、別の剣と取り換えたと言われても信じる出来栄えだった。

 窓から差し込む光が反射する。これはいつもの事だったが、その光に歪みがない。

 それどころか直射日光を浴びるよりも、更に光が強くなったかのよな錯覚を覚える。



 持ち主のロイドが見惚れる程のその出来に、アインにクローネ、そしてディルの3人も同様に見惚れてしまう。



「……研ぎ一つで、ここまでかわるのか?」


「ったりめえよ!これがムートン印の研ぎってやつだ!エメメでもこれぐらいできるぞ!」



 あのボケ担当の鳥(エメメ)が、これほどの技術の持ち主とは思わなかった。

 だがそれと同時に、ムートンがどうしてあんなに金持ちなのかも理解できたのだった。



「ついでにアレ切ってみろ。試し切りだ」



 指さす方向に見えるのは、所々がさび付いた鉄の柱。

 炉の支えとして置かれていたのだが、もはや必要のない代物。それを切れと彼は言った。



「……では遠慮なくいかせてもらおう」



 生まれ変わった相棒。その切れ味が気になってしょうがないのは、ロイドも同じことだった。

 指示された鉄柱に近づき、剣を振り上げるロイド。アインも固唾を飲んで見守る。



「ぬあああああああっ!」



 気合を入れて、大剣を振り下ろす。

 金属が擦れ合う音が一瞬響き、その後ロイドは剣を地面近くで止める。



「……手ごたえはあったはずなのだが」


「よく見ろ。柱はもう切れてんだろ、そいつはそれだけのポテンシャル持ってたんだ、大事にしてやれよ」



 小さな槌を手に取り、それを放り投げるムートン。

 それは柱にぶつかると、鈍い音と立てて地面に落ちる。 ——すると柱が折れ曲がり、ロイドが切った線に合わせて柱がずれる。



「さすがはグレイシャーの男だ。見事な一振りだったぜ」


「……な、なんという切れ味なのだ。研ぎでここまで化けるとは……」



 ロイドの剣は、切れ味に重点を置いた武器じゃない。どちらかといえば、重さでぶった切るというイメージの武器だ。

 だというのにそれは切った。鉄の柱を鋭い切れ味で切断した。



「なぁ殿下。俺が一から武器を作る、楽しみにしてくれるか?」



 彼はきっと……いや確実に、イシュタリカで最高の鍛冶師だろう。そう思わせるだけの説得力があったのだ。

 アインは勿論興奮した。彼の技術により、どんな剣が作られるのかワクワクしてしょうがない。



 ニヤリと笑う彼を見て、アインの心は強く踊った。



「……最高だよムートンさん。どんな剣ができあがるのか、楽しみで楽しみで待ちきれない!」



 リビングアーマーの素材に海龍の素材。それがどんな剣に化けるのか。王都に帰ってからのことが楽しみでしょうがないアインだった。



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