何事も事前の連絡は必要だと思う。

 2週間ぶりの王都。今までと同じく賑やかだが、それでも美しい街並みのままアインとクリスを迎えた。

 昨晩までのクリスとの語らいは夢だったのか?そう思わせる程、雰囲気が大きく変わる。



「ようやくですね。アイン様」


「2週間だけど……もっと離れてたみたいに感じる」



『もう完全に故郷だな』そう考えるのもおかしくない程、アインはイシュタリカ……王都の暮らしに順応していた。2週間ぶりに帰ってきた王都だが、随分と長く旅に出てたような錯覚を覚えた。



 車両を降りてからは、目立たぬように静かに移動をして馬車まで向かう。

 馬車はすでに城から出発して、ホワイトローズへと到着しているため待つ必要はない。



 現在は周りにディルたちもいない為、アインも自分の荷物は自分で手に持っているのだが、それもなんとなく旅行をした感覚に思えて嫌いじゃない。



「報告書を纏めるのは面倒だけどね」


「仕事みたいなものですからね。私も報告書を作らなければいけないので、もしよろしければご一緒しましょうか?」


「助かるよ……。あまりしたことないから、教えてもらいながらがいいかな」



 アインと反対側の拳をグッと握りしめる。ちょっとした口実だったのだが、クリスは有効活用できそうなことに喜んだ。



「報告書と……あとはその面倒な魔石の世話とかだね」


「……そうですね。城についたらマジョリカさんにも連絡をとりましょう」



 チラリアインが見るのは、クリスが持つ一つの荷物。そこにはオズから受け取った赤狐の魔石が保管されている。

 二人が思う懸念は2つ。まずは魔石が何かしらの暴走じみた行動をするかということ、もう1つはアインの中にいる2人が暴走しないかということ。特にデュラハンが暴走しないかと心配している。



「今はエルダーリッチを信じるしかないんだけどね」


「信用できるのでしょうか……」



 アインはエルダーリッチと会ったことがある。あれを会ったと説明してよいのかは疑問だが……。

 だからアインは、クリスと比べたらエルダーリッチを信用できていたのだ。



「大丈夫だと思うよ。もしかしたらデュラハンが尻に敷かれてるのかもしれない」


「くっ……くくっ……魔石になり、更にアイン様に吸収された後もですか?」


「残念だけどそのようだ」



 口に手を当てて失礼に当たらないようにと、気を使いながらクリスが笑う。

 吸収されてもなお嫁の尻に敷かれる?そんなことを言われてしまえば笑うしかない。デュラハンの情けなさを悲しむべきか、それともエルダーリッチの有能さを羨むべきか。そんなことすら思ってしまう。



「とか言ってるうちに着いちゃったね。乗ろうか」


「え、えぇそうですね……早速城に向かいましょう」



 馬車に着いた。だがまだ笑いが止まらないクリス、彼女のツボにでもはまったのだろうか?楽しそうにしてるクリスを見ると、ついアインにも笑みが生まれた。



「……さぁやっとの帰宅だ」



 帰宅といえば簡単に聞こえるが、アインの自宅は城なのであまり普通とはいえない。だが彼にとってはまぎれもなく自宅なので、帰宅するというのに間違いはなかった。




 *




 城に着いてからどうするか?そんなことをクリスと相談しながら、その道中を楽しんだアイン。

 見慣れた光景ではあるのは勿論だ。なにせ通学でも使う道のりだということや、城から城下町にでると必ず通る道でもある。だが散歩するのが好きなアインにとっては、馬車から眺める街並みも決して悪くない。



「いつものことではありますが、お荷物はそのままで結構です」


「ん。りょーかい」



 アインが持ち込んだ荷物は、給仕がアインの部屋へと運ぶことになっている。そのためアインは手ぶらで馬車からおりることになる。



 城に着いてからも自分で荷物を運ぶのは、あまり体面がよろしくないからだ。



「明後日の決闘もあるし、あまりゆっくりはできないね」


「仰る通りですが。ですが今日の夜はしっかりとお休みいただきますよ」


「えー」


「体調を崩すことがあれば、それの方が問題ですから」



 決闘の舞台となる場所まで、どうやって移動するのかなどアインはまだ聞いてない。川を通って双子を連れて行くのはなんとなく予想できる、だがアインはその近くの道を渡るのか?などあまり状況が分かっていなかった。



「決闘のこととか、打ち合わせいらないの?」


「何を心配していらっしゃるのかと思えば……。心配いりません。すべて我々にお任せを」


「俺って一応当事者じゃないっけ?」


「あのような”些末事”にわざわざ働いていただくことはありません。最終的に、立会いをしていただく程度のこととご理解ください」



 うん、些末事ね……。



 心の中でそう思った程に、クリスが重要な事と思ってないのに驚いた。むしろクリスは自分が景品扱いにされてることを忘れてるんじゃないのか?アインはそんなことまで考えるが、クリスの答えは違った。



「……なぜ海龍が100年単位にしか出現しないのか。そして国難クラスに扱われているのか、それをよく考えてください」



 確かにアインは自覚していた。もう一度倒せるか?そう聞かれたら全力で首を横に振る。それほど運が良かった結果なのだと。



 そしてエルダーリッチが作ったあの黒い短剣はもうない。となるとどうにも難しい気がする。たとえ海龍の魔石を多少吸収した今であろうとも、それは変わらないだろう。



「もちろんわかってるよ。クリスさんが言いたいことはわかってる。でも双子はまだまだ子供なんだし」


「カティマ様から、双子についての報告書が何度か届いてましたが。アイン様はご覧になってますか?」


「うん。スクスクと成長してるのは確認してたけど」


「……えっと、他の部分に関しては……」


「見てない」



 海龍が元気に暮らしてるのが一番だ。そう思い、彼らの体調や成長具合などは見ていたものの……それ以外にはあまり目を通していなかった。



 だから一言見てないとだけ返事をしてしまう結果になる。



「一応双子にとっては、アイン様が親なのですから……」


「ちょっと申し訳なくなってきた……。で、でもそれってさ。特別な何かがあるってこと?」


「……せっかくなので本番のお楽しみにということで」



 形の良い唇に人差し指を当てるクリス。内緒にということか、なるほど王太子を相手に……とかなんとか思うが、元をただせば自分がしっかり報告書を読んでなかったのが悪い。心の中にとどめておくことにした。



 押し付けられた人差し指により、柔らかく変形している唇がなんかずるい。



「なんとも歯がゆいような」


「ま、まぁアイン様は何もご心配いりません。なのでゆっくり休んで頂くことと、イストに関しての報告書をまとめて頂く。それと赤狐の魔石……そのことだけをお考え下さい」


「つまりさ?決闘の前に、俺は案内されてその場に行くだけ。そういうこと?」


「その通りですね」



 二コリを微笑みながら、そう口にしたクリス。『なるほど、本当にやることがない』ついにアインはそう納得した。



「その後は”アレ”を拘束したりなど、少しばかりすることはありますがあまりお気になさらず」


「お、おう……」



 いつもと違く口調が出てしまうが、もうそこまで話は進んでいるんだろう。もはやセージ子爵が拘束された後のことまでどうするか、ウォーレン達は決定しているのだろう。



「でも思ったんだけどさ」


「はい?」


「俺が出るのもありだよね?」



 だってネームドだもん。泳げるし問題ないよね?アインが次にこう口にした。

 アインが言うのは決闘の件だ。水中の魔物とか条件を決めたが、泳げるから似たようなもんだよね?そう考えてみたのだ。



「……はぁ……どうしてそんな考えが……やはり教育の見直しを……」



 王都に戻って早々、クリスを疲れさせてしまったアイン。クリスは両手で頭を抱えてしまった。アインとしてはブラックジョークのつもりだったが、少しもジョークとして受け止めてくれなかったことに、逆に悲しみを抱く。



「わ、笑ってくれなかった……」



 悲しそうな気持をこめてクリスに言ってみるが、彼女は淡々と返答を述べる。



「アイン様?笑えませんからね?」



 なるほど、ダメか。



 あっさりとしたクリスの言葉に、アインはこのジョークは使えないと理解した。ウケたらこれからも使おうと思っていたのだが、もうこの場でこのネタを廃棄する判断をした。



「変な事話してたら着いちゃったね」


「アイン様?自覚があったんですか?」


「まぁ多少は」


「……もしかして私、遊ばれてたんでしょうか」



 ようやく気が付いたクリス。それを聞いたアインは、笑みを浮かべて彼女の方を見る。



「さぁ行こうか。きっとみんな待ってるよ!」



 明言を避けられたことに、ムスッとした顔を浮かべるクリス。だが騎士服を着ていても、ここまでクリスらしさを見せてくれることに、アインは喜ばしく思う。



 そうして城の敷地内で止まった馬車は、外で待っていたマーサによって扉を開けられる。



「お帰りなさいませアイン様。陛下やオリビア様……皆様がお待ちですよ」


「ありがとマーサさん。……ただいま」



 馬車から降りると、いつもの城の風景があることに安心する。

 魔法都市イストからの長い距離。イストを離れることに名残惜しさを感じたが、やはり王都が一番だった。




 *




 アインは多くの人に出迎えられたが、もちろんその中にはオリビアやクローネも混じっている。

 彼女たちとしては、久しぶりのアインなのだからゆっくり話したい。そう思っていたが、シルヴァードによって待ったがかかった。



 正式な報告書は後になるが、先に簡易的な報告をする必要があったからだ。



 今はそうして会議室へと連れていかれ、なるべく時間がかからないよう、アインが簡単に説明をしている最中だった。



 部屋の中にはシルヴァードとウォーレン。そしてクリスとアインの4人が集まった。今日は珍しくロイドは非番だという、王の専属護衛に非番あるのか……と新たな事実に驚いた。



「しかし驚きました。まさか私の部下に気が付くとは……」


「よく見かける人だったからってのもあるけどね」



 話題はアインがウォーレンの部下に気が付いた事。昼間にセージ子爵とのいざこざがあり、結局魔法競技場へと目的を変更した日の事だ。



「あれでも部隊長なのですがな」


「部隊長?」


「えぇ。何人かのグループに分けて部隊を編成しております。その中にある、1つのグループのリーダーが彼なのですよ」


「えーっと……それって、あまり気が付いたらいけなかった感じかな」



 どれほどの部下を持っているのか明言はしなかったが、それでもウォーレンの持つ隠密部隊の中では、実力者の一人。それがアインの気が付いた男の正体だった。



「いえ、気が付かれる方が問題なのです。なのでお気になさらずに」


「そうですよアイン様。……まぁ気が付けなかった私が偉そうにするのもなんですが……」



 クリスはアインと違い、ウォーレンの部下に気が付けなかった。彼女のために言っておけば、もう少し近づけば確実に気が付いたのは違いない。また遠くから攻撃を仕掛けられても気が付いたはずだ。



「相性が良かっただけだよきっと。だからクリスさんも元気出して……」


「……ウォーレンの手の者については、すべて一任しているため余は何も申さぬ。だが話を聞くに今回のイストへの旅は、多くの収穫があったようで何よりだ」


「えぇそうです。ですがお爺様。早速ですがマジョリカさんにもお声がけを。赤狐の魔石はまだ安心が出来ないので」


「わかっておる。厳重に保管することとするから安心せよ」



 その言葉を聞いてホッとしたアイン。国王である祖父がそう言ってくれると、やはり安心できた。



「あとは……本人はいらないといってますが、王家としても礼を」


「無論だ。余もよくいうが信賞必罰。功績ある者は相応の賞を受けるべきなのだからな」


「それを聞けて安心しました。どうにも協力してもらいっぱなしではよくない気がして」


「その件については後ほど、しっかりと査定するとしよう」


「よろしくお願いします」



 オズのおかげで多くのことがわかった。そして王都へと戻る日には、まさかの赤狐の魔石まで用意してきたのだ。それはシルヴァードとしても、何もしないということは考えられない。



 オズ個人にも、そしてオズの研究にもおそらくいくらかの融通が利かされることとなるだろう。



「それとアイン。おぬしにもいくつか褒美を与えねばならんが」


「保留でお願いします」


「……やはりそう来るか」


「特に欲しいものもありませんからね」



 内心を言えば、この場でいくつかの褒美をねだってほしかった。正直に言えばアインに褒美を保留にすることは、何か良からぬことや面倒ごとを呼び込みそうな気がしてならない。



 かといって、無理に何かを与えるのもシルヴァードの信念から許されなかった。



「まぁよい。だが頼むから面倒ごとには使おうと思わんでくれよ」


「善処しますね」


「……そこは素直に『はい』というべきではないのか?」


「嘘はつけない性分でして」



 年を重ねて段々と強かになるアイン。よく言えば王族らしく、悪く言えばずる賢く成長したといえるだろう。



「いやはや陛下。長年教育をさせていただいた私としては、喜ばしくも思えますが」


「ウォーレンはそう思うだろうがな。余は素直にそう喜べぬ」


「いやはやさすがはオリビア様の子だと、そう再認識してしまいますな」



 ウォーレンとシルヴァードの表情は対照的。だがアインが強かになることは悪いことばかりではない。王族としての強みを徐々に身に着けてくれるのはいいことだ。



「それでお爺様。セージ子爵の件ですが……」


「あぁそのことか。別にアインは何も気にすることはない、当日立ち会うだけでよいのだ」


「……同じ言葉をさっき聞きましたけど」



 クリスが言ったこととまるで同じ内容をシルヴァードは口にした。あなた達軽く考えすぎじゃありませんか?アインがそう考えてしまう程に、皆はセージ子爵に関しての関心が低かった。



「ただその件も、結果的にこうなったということではあるが……不正を暴けたのだ。もちろんアインにも褒美を与える」


「まあ保留でもいいんですよね?」


「……藪蛇だったか」



 意図しない結果ではあるが、アインをきっかけにセージ子爵の不正が暴けたのはよいことだった。



「実はアイン様。セージ子爵は別の貴族と繋がって、いくつか別の不正行為も行っていました。なので別件で別の貴族も拘束することとなっておりましてね」


「真っ黒だったってことか」


「左様でございます。なので実はこれもなかなかの功績といえるのです。だからこそ陛下はまたお悩みにですね……」



 そう思えば、どこかで使ってしまおうかと思ってしまう。なにせ2回分はそれなりに好き勝手させてもらえるのだ。

 あまり祖父を心配させるのも悪いなと思う、まぁ今更なのだが。



「なら一回分何かに使わせてもらいますねお爺様。なるべく早くお伝えするので、それでいいでしょうか?」


「一向に構わぬ」


「あ、はい……」



 心配事が一つ減ったからだろうか。先ほどより元気に返答したシルヴァード。『やっぱり保留で』と言い直そうかと、若干いたずら心が芽生えるが、祖父の心臓に悪いかと思って心の中でとどめておく。



「とはいえ決闘についての予定ぐらいは説明しておこう、ウォーレン」



 当事者だというのに、自分は蚊帳の外に追いやられていた気がする決闘について。その決闘の予定がようやくアインへと告げられることになる。



「えぇお任せください。……アイン様は特にご用意することはありません。明日の夜に城を出発していただきます。長距離移動用の馬車をご用意いたしますので、乗り心地はご安心ください」


「あれ?それじゃ双子は?」


「川沿いの道を進むので、双子からもアイン様の乗る馬車を確認できるかと。ちなみに何度かの休憩をはさみますが、明後日の朝には現地へと到着できますので、決闘に遅れるといったこともございません」



 決闘は明後日の朝行う予定だった。それに遅れることがないのなら安心だ。



「なるほど」


「なので到着まで、アイン様は馬車の中でお休みしてくださるだけで結構です。なんなら報告書を進めてくださっていても構いません」


「本当にただ向かうだけでいい感じだ。ならウォーレンさんが言う通り、報告書とかを整理してようかな」



 説明を聞けば、本当にアインはすることがないらしい。ただ立ち会うだけで、それ以外は任せるだけ。自分が発端だというのに、このVIP待遇はなんなんだ?そんなアインの思いに気が付いたのか、ウォーレンが説明を続ける。



「セージ子爵がやったことは、国として対応するべき内容となってしまいましたので……。なのでこの流れで当然なのですよ」


「うーん……な、ならしょうがないのかな」


「えぇ。ですのでアイン様は双子に声をかけてくださればと。それで彼らも頑張ってくれると思いますので」


「それは勿論。巻き込んじゃったわけだしね」



 申し訳なく思わないはずがない、まったく関係のない海龍の双子を巻き込んだ形なのだから。怪我をする可能性もあると思えば、自分が軽率だったと反省もする。



「とはいえ広い海ではなかなか出会えない、彼らの大好物ですので……」


「まぁよいではないかアイン。別にアインが思うような危険はない。……さて、ウォーレン。そしてまだ話すことがあるだろう?」


「まだ……おおそうでしたな!アイン様、この度アイン様の側近……補佐のような形にはなりますが、一人付けることになりましたので、それをお伝えいたします」



 ウォーレンは宰相だが、シルヴァードにとってのウォーレンのような立場?そう考えたアイン。いやそれよりも初耳だ、そんな大事なことを急に決められても……。とはいえもう決まったことなのだろうから、とやかく言えるわけもないのだが。



「できれば先に伝えてほしかったんですが……お爺様」


「アインがイストに行ってる間に決まったのだ」


「えー……」



 アインは別に人見知りというわけじゃない。だが補佐ともなれば、一緒に行動する時間が長くなるのだろう?それを思うと、それが苦にならない人がいいなと思った。王太子として、あまりそういう文句を言いたいわけじゃないが、アインにも人並みの苦手意識はあるのだから。



「少々お待ちくださいませアイン様。ただいまその者を連れて参ります」



 そう言ってウォーレンが席を外す。



「城にいるんですか?」



 ウォーレンが部屋から出て行ったので、アインは仕方なくシルヴァードに尋ねる。



「うむ。そして明日の長距離移動の馬車などの用意も、実はその者に任せておるのだ」


「いきなりそれって、荷が重くありませんか?」


「ウォーレンによると、何一つ問題なかったとのことだ。すべて順調に終えて、最終段階になっても何も問題がなかったと聞いた」


「……随分と優秀な方なんですね」


「王太子につくのだから、当然であろう?……だが余から見ても優秀な者だ、王太子の近くで務めるのに何一つ文句がない」



 イシュタリカのような大国の王太子、それがアイン・フォン・イシュタリカ。もちろん人選も厳しく行わるのだが、その中でも王太子付きともなれば、特に優秀な人間がつくのは当然のこと。



「ねぇクリスさんはこのこと聞いてたの?」


「いえ私も初耳で……アイン様と同じく、何も知りませんでした」


「なるほど。なら本当に最近決まったみたいだね」



 別にわざわざクリスが嘘をつくこともないだろう。だから本当にこの人選は最近決まったことなのだと納得できる。



「お待たせいたしましたアイン様。新たにアイン様の補佐役となった者を連れて参りました」



 ウォーレンが会議室へと戻ってくる。一度ドアを閉めて、補佐役は廊下で待たされているようだった。

 もったいぶらないで早く紹介してほしい。



「それじゃ紹介してもらうよウォーレンさん」



 いつもよりもコンマ数秒程度だが、アインはウォーレンへと急いで返事をする。待たされると逆に緊張してくる気がしたので、早く紹介してほしかった。



「承知いたしました。では……入っても結構ですよ。アイン様にご挨拶を」



 ウォーレンがそう言うと、ドアが静かに開いて一人の女性がやってくる。彼女は秘書のようでありながらも、女性らしさを忘れていない華やかな格好でその場に現れた。



 よく知る香りと髪の色。そしてよく聞いたことのある声で、彼女はアインへと挨拶をした。






「本日より、王太子アイン様の側仕えをいたします。……クローネ・オーガストでございます」






 さっき出迎えてくれた時と服違うよね?着替えたの?頭の中が混乱するが。



 ……『うん。とりあえず近くに居て苦にならない人ってのは問題ないね』とりあえずそう自己完結することにした。



 クローネは今日も完璧な仕草で、アインに向かって礼を尽くしたのだった。

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