彼女の魅力?

 自室に戻り着替えてきた二人が合流する。アインはこの場の雰囲気に合わせて、ちょっとばかり気取った格好をしてみた。

 だがクリスも同じようなことを考えたようで、二人の格好はまるでちょっとしたパーティのよう。



 ラウンジで再会した二人はお互いの姿を見て、小さく笑い声をあげる。



 クリスが飲み物を用意してソファへと腰掛け、冒険者の町バルトについての会話は始まる。クリスが自分の経験談を交えて進むその会話は、アインからしてみればとても刺激的で、興味を引く内容ばかりだった。



 ……だが一つ重要なことに気が付いた。いまさら?それともようやく……?どちらでも構わないが、気が付いてしまった事実に変わりはない。そのせいで、せっかくのクリスの話があまり頭に入ってこない。



「なので、まだあの地域には数多くの……って、アイン様?」



 聞いてるんですか?と少し不満そうな瞳を向けたクリス。体を顔は自分の方を向いてるというのに、どこか視点が明後日の方向に感じた。



「……ごめんごめん。ちょっとどんなところなのかなって、妄想しながら聞いてたんだ」



 咄嗟に口から出てくる言い訳にも随分となれたもんだ。反面教師(カティマ)のおかげだろう、感謝せざるを得ない。



「そうでしたか……失礼しました。私ったらつい」



 彼女が不満に感じたのは『せっかくこうして話してるのに……』。というどちらかというと不貞腐れたような気持ち。

 だがアインが少し呆けていた理由も、実はクリスに関連していることだった。だから決して、彼女の思いがないがしろにされていることはない。



 アインが見ていたのはクリスの手元。

 注がれた飲み物を飲む仕草。グラスを持ち上げたり下ろしたりする、ちょっとした仕草に注目していた。



 特別意識していたわけではなく、ふと気が付いたらそれを目で追っていたというだけ。だが思い出してみれば、クローネやオリビアの手元にもよく注目していた気がする。



「(自分が指フェチだったことに気が付いてしまった……。べ、別に特別おかしな性癖でもなんでもないから問題ないはず……)」



 別に性癖とか好みなんて人それぞれだろ?自問自答してしまうが、もちろんそれをフォローしてくれるような者はいない。



 クリスの指の動きが一々艶めいてみえる。『むしろあんな指の動かし方をする方が悪い』、と心の中で逆切れを披露する。『クリスさんはエロフだった?』なんて失礼な邪推もしてしまうが、それを口にはしないので許してほしい。



「では続けますね。旧魔王領にはまだ多くの魔物たちが存在しています。強力で狂暴な魔物も、今だ多く生息しているとか」


「……なるほど」



 先ほどよりかは気を付けて、彼女の手元に目をやる。

 細長いフルートグラス。それのステム……グラスの脚の部分に当てられた彼女の指。グラスを下すときにはそっとグラスの底に小指を添えて、ワンクッションゆとりを持たせた。



 彼女の白く美しい指。それが織りなす一つのマナーは、それだけでも絵になる光景だった。

 着替えたクリスは深くスリットの入ったドレスを身に着けているため、それも合わさってさらに扇情的に見える。



 それどころか、アインにとって絶対的な女性であるオリビア。その美しさと比べても何一つ遜色がない、そんなことまで自然と考えてしまう程だった。



 だがアインは、『クリスさんのそういう姿は初めて見る』と一目見たときは驚いた。とはいえ、そんなことを口にするほど女心を知らない訳でもない。それにその姿に見惚れたのも事実なのだ



「禁止区域なんだよね?」



 このまま彼女の方を見ているのはまずいと思い、正面に広がる夜空へと目をやった。こんなにも見事な夜景が広がっているのだから、それに目をやるのは何もおかしなことじゃない。



「えぇそうです。はっきり言うと、国としてもどの程度危ないかって把握しきれていないのです。ですがあそこに住む魔物たちは、その領域から出てきません。なのでイシュタリカとしても干渉しないという方針で、”避けている”というのが現状です」


「避けてる?」



 心の中でクリスに礼をいった。不穏な言葉を聞けたことで少しずつそれに興味が移り、落ち着きを取り戻せてきたからだ。



「いくつも正体不明の……封印された建物があるんです。何度か調査団を派遣したのですが、それでも有力な情報を得られなかったりなど……不審な部分だらけなんです。そのせいか、旧魔王城もまだ調査はできておりません」


「国として調査したのに、まだ全然わかってないってこと?」



 黙ってうなずくクリス。いつ頃行われたのか分からないが、それが意味するのはイシュタリカの技術力が敗北したという事実。



「魔物が作った封印ってことなのかな」


「そう思われます。国をあげての調査だというのに、一つの手掛かりすら与えないとは……。そんな魔物なんて本当に一握りしか……っあ、あれ?そういえば……」


「……どうしたの急にこっち見て」



 正面を向いてクリスを見ないようにしていた、だというのにその計画がパーじゃないかと。心の中で恨み言を言う。



「そういえばそんなことができそうな魔物に、心当たりがあったなと……」


「強力な封印とかの?」


「えぇ。アイン様もご存知ですよね?」



 そう言ってじっとアインを見つめるクリス。いったい何のことだと考えてみると、その答えはあっさり頭に浮かぶ。確かに心当たりがあったのだ。



「エルダーリッチ……?」


「正解です。彼女ぐらいな気がしませんか?」



 イシュタリカが国を挙げての調査。それを受けても全く動じない封印を施した者、例えばそれがエルダーリッチの手によるものだったと言われても、特別違和感を抱くことがない。



「つまり俺の中で旦那さんデュラハンを抑えている奥さんエルダーリッチが関わってるってことか。うん……そんな気がしてきたよ俺も」



 心の中で君がやったの?と言ってみるが特に返事はなかった。むしろアインは唐突に何の準備もなく、エルダーリッチに声をかけたことをすぐに反省する。



「アイン様。彼女を呼び出そうとなんてしないでくださいね?」



 事後です。そう言えるわけもないので、素直にわかったとだけ返事をした。



「ま、まぁその封印された箇所以外にも。いくつかの不審点があったんですよ」


「まだあるのか……」


「なにせ危険地域といわれる程ですので。……調査団の報告にあったんですが、何をしていても見張られているような気がした。そんなことがあったらしいんです」


「でも護衛とかたくさんいたんじゃないの?」



 護衛どころか、腕利きの冒険者や騎士たちを多く連れて行ってるはずだ。なにせ危険地域とまで言われる場所に、優秀な研究者たちを連れて行くのだから。



「もちろん多くの実力者たちが同伴してました。ですが彼らがいうには”誰も”いなかったそうなんです。むしろその封印が施された場所の近くでは、一匹の魔物すら出会うことはなかったと」



 まるでホラーな話だ。姿は見えないのに、ずっと監視されているように感じるだなんて。そんなところで多くの時間を過ごしたら、発狂する自信がある。



「クリスさんは……その地域に足を運んだことはあるの?」


「あります。ですが同じく何も見つけられませんでした。……まぁ私の場合は、研究者たちが向かった場所ほど深いところではないのですが」



 万が一クリスにも察知できない敵だったら、それを思えばかなりの脅威に他ならない。クリスはアインが知る中でもトップクラスの実力者。その彼女が何もせずに殺されるような相手、そんなのがいると思えばつい寒気を覚える。



「仮に何かが隠れてるとして、襲ってこないのってなんでだろ」


「私も同じことを疑問に思いました……ところでアイン様。おかわりはいかがですか?」


「ん……?あぁもらおうかな」



 話をしているうちに二人のグラスは空になっていた。それに気が付いたクリスは立ち上がり、新たな飲み物を注ぎに歩く始める。深いスリットから出る彼女の足が、いとも容易くアインの目線を奪う。



「そういえば行きの列車とは違うんだね」


「そうですね、内装など、作りは少しだけ違うはずです」


「やっぱりそうか。それにこの車両は香りもするし、お香でも焚いてるのかな」



 乗り込んですぐは気が付かなかった。着替えてからラウンジへと戻って来てみれば、スッと鼻を抜ける軽い花の香りが漂っていたのだ。決して甘すぎることなく心地よいその香りは、アインの疲れを癒してくれている。



 無作法ではあるが、ついくんくんと香りを嗅いでしまう。



「も、申し訳ありません……匂いすぎましたか?」


「え?いやいい香りだと思うけど。俺は好きだよ」



 グラスを一度置き、自分の手首や肩の部分を確かめるクリス。『なぜそんなことを?』とアインは思った。



「たまには……なんて思って香水を付けてみたのですが。匂い過ぎたでしょうか……」



 そう口にすると少し悲しそうな表情を浮かべるクリス。

 彼女は今のような服装や、香水を付けることにはあまり慣れていない。パーティに顔を出す機会があろうとも、主に騎士服などで事足りているため、そういったことをする機会があまりなかった。

 それだというのに見事な着こなし、社交界のレディたちも皆が引き立て役にしかなれないだろう。



 心配そうにしている彼女を見ると、居ても立っても居られない。例え少しでも"惨め"な気持ちを考えさせないように、アインはすぐさまクリスをフォローする。



「強すぎないし、クリスさんに似合ってていいと思うよ?いい香りだなってつい嗅いでたくらいだからね。……まぁ、隣から香ってるのに気が付かなかったのは悲しいけどさ。なんならもっと嗅いでたいぐらい好きかな」



 自分が考える素敵笑顔王太子スマイルを顔に浮かべながら、クリスのフォローをした。すると今度は逆に恥ずかしそうな表情を浮かべたクリスに、アインは困惑する。本当に丁度いいと思っていたのに、なぜだ?……アインは彼女の顔色を窺うように問いただす。



「えっ?ちょ、どうしたのさクリスさん!?」


「……も、もっと嗅いでたいと言われると、さすがに私も恥ずかしいというか……うぅ……」



 やりすぎてしまったか……。

 そんな思いが頭の中をよぎるが、まぁ恥ずかしくなる方面になら別にいいだろ。そう自己完結した。



 クリスがもじもじする度に、タイトなドレスが彼女の体躯を主張してきて目に悪い。素敵精神力王太子メンタルにも限度があることを、クリスにも理解して頂きたいものだ。



 ……うむ。どうやら自分も落ち着けていないのは確定だろう。王太子シリーズとかいう謎の技を考えてるあたり、自分もクリスと大して変わりない。それをアインは自覚した。



「お、お待たせいたしましたっ……」


「う、うんありがとう」



 照れながらもおかわりを注いでくれたことに、アインは感謝の言葉を告げる。すると隣からスーッ……ハー……と深呼吸が一度聞こえ、その直後彼女の様子が変わった。



「……ほ、本当に強すぎたりしませんかっ?大丈夫ですか……っ?」



 そういうと、先ほど座っていた時よりも10cmほど近づくクリス。

 ……うん、近い。『ここまで近いと、クリスさん本人の香りが混ざってるよね?』……どことなく甘く、フェロモンじみた香りがアインの脳を溶かす。



 照れながらもどこか必死な表情のクリスは、美しい容姿とは違って可愛らしく見える。ちょこん、とアインの袖をつかんでいるのも、上目遣いに見つめてくるのも、どちらもポイントが高かった。

 ギャップ攻め?そんな高度なテクをどこで習った?そんな疑問に意味はない。



 なにせそれは、クリスにとっての"素の仕草"だったのだから。



「強くないしいい香りだってば!……あまり嗅ぎなれないけど、でも落ち着けるしいい匂いで俺は好きだよ」


「本当ですかっ!?な、ならよかったです……」



 アインの必死さが伝わった?ようやくクリスは少しの落ち着きを取り戻した。掴んでいたアインの袖からも手を放し、小さな声で『失礼しましたっ……』と呟いた。クリスとしてもそれは無意識だったのだろう。



「実は私の故郷の香水なんです。基本的には販売もされないので、だから嗅ぎなれなかったのかと……」


「それってつまり、エルフの里?」


「はい。興味ありますか?」


「そりゃあね。もちろん行ってみたいと思うけど、エルフの里って閉鎖的なところも多いから難しいかな」



 歓迎してくれなんて言わないが、だが逆に歓迎されすぎない場所に行くのも何か悪い気がする。だから自分が足を踏み入れるのも、そう簡単ではないだろうと予想していた。



「アイン様とオリビア様なら、割とすんなり入れると思いますよ。ドライアドの血を引いてますので」


「……え?」


「ドライアドの祖先は世界樹とされてますので、なのでエルフ族からは基本的に歓迎されます……。なにせエルフは世界樹を信仰しているので、それに近い種族のドライアドとは、仲良くしたいというのが総意です」


「……な、なるほど」



 問題に感じていたことがあっさりと消し飛んだ。うん、なら今度行ってみよう。そう決めたが、いったい行けるのは何時になるだろうか……。



「じゃあいつか行ってみようかな。クリスさんに案内してもらってもいいの?」


「もちろんですっ!おまかせください!」



 キラキラとした瞳で返事をするクリス。故郷を案内できると思えば、彼女の嬉しさも良くわかるもんだ。



「あっ……し、失礼しましたっ!旧魔王領についてご説明してたのに……」



 確かにクリスが飲み物のお代わりを取りに行くまで、二人は旧魔王領についての話をしていた。別にそれぐらい気にしないでいいのに、とアインは思った。



「気にしないでいいってば。時間はたくさんあるんだから、ゆっくり話そう。ね?」



 そう。時間はまだまだある……王都までの道のりはまだまだ遠い。それは一度しっかり就寝しても、まだ時間が掛かるほどの距離なのだから。




 *




「旦那様。ご用意ができましたのでどうぞ馬車へ」


「やっとか。全く時間をかけすぎではないのか……ふんっ!」



 アインとクリスが"乳繰り合ってる"頃、セージ子爵は自分の屋敷で寛いでいた。前祝いとして、今日は派手に遊ぶことに決めていたのだ。



「娼館にはなんと?」


「いつも通りです。最上級の娼婦を数人用意しろと伝えて参りました」


「ならいいのだ。たまにはメイドではなく娼婦を抱かねばな、やはり奴らの方が技量は上だ……ふふ」



 水風船のように膨らんだ腹を揺らしながら、セージは屋敷の外に用意された馬車へと向かう。前祝いというのも、明後日行われることになっている、とある決闘のことだ。



 見たことも無いような美女だった。

 白く美しい一つの瑕疵もない肌に、美しい体躯の金髪の美女。あの女性がどうしてもセージの頭から離れない。



 クラーケンを使って勝つ。そしてなんとしても彼女の体をむさぼりたい……彼女の全身を自分のものにしたい。セージの頭の中にはそればかりが巡っている。

 金なんかよりもあの女が欲しい。ただそれだけだった。



 早く面倒な決闘を終わらせて、あの女を抱きたい。



「どう考える?私のクラーケンを倒せるか?」


「不可能でしょう……なにせ2体のクラーケンです。海のような広い舞台ならば、大きさと力で押してくる魔物もおります。ですが広く深いとはいえ今回の舞台は川ですから」


「ふふ……万が一もありえないだろう。仕掛けはどうなった?」


「ご指示通りに」



 セージは頭のいい貴族ではないが、悪知恵が働く頭脳を持っている。……今回の舞台となる川にも、すでにいくつかの仕掛けが施されている。相手は下流からくるため、上流にいる自分にしかできない仕掛けがあった。



「あの女を囲う部屋も新たに用意するべきだな。私の部屋に繋げて部屋を作ろう、それがいい!」



 仕掛けに安心したセージは、再度クリスを抱くことのみが頭を占領し始める。



 自分の隣の部屋に住まわせれば、いつでもすぐに抱くことができる。生娘か?それともあのガキに抱かれてるのか?……まぁどちらでもいいが、自分好みの色に染めてしまえばいい。



「はぁ……はぁっ……楽しみだぁ。ふ……ふふ……今日は寝かせないぞっ!娼婦共っ!」



 興奮したセージが下種な決意を言葉にする。そのセージの股間には、ピコンと小さな突起が浮かび上がっていた。


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