車窓から見る、イスト最後の夜。

 王都では一人の王女と大商会の令嬢が、共に城下町へと繰り出して買い物を楽しんでいた。

 時刻はすでに夕食時を過ぎて、二人もそろそろ帰ろうと話していたところだった。



「ありがとうございましたオリビア様。こんなにも多く、素晴らしい店を紹介して頂けて……」



 膝上の長さの白いワンピースに、それより少しだけ長めのグレーのカーディガン。そして首元には、大粒の黒真珠を1粒使ったネックレスと、レースのストール。色合いとしてはモノクロに近くシンプルだが、身に着けている本人に花がありすぎたため、むしろこれぐらいで丁度よかったのかもしれない。



「いえいえ、でもクローネさんにも気に入っていただけて良かったです」



 今日はオリビアの厚意でいくつかの店を巡っていた。主に服飾店とアクセサリーを取り扱う店を巡り、二人は気に入った物をいくつか手に入れていた。



「いつもオリビア様の服を見て羨ましく思っていたので、今日は本当に嬉しかったです」



 今日のオリビアは、肩の露出された濃いブルーのタイトなドレス。その上には大きな薄いピンクの布を肩掛けにし、肩や胸元が露出しすぎないように抑えている。



「あらあら……クローネさんは本当に人を喜ばせるのが上手ですね」


「そんなことはありませんわ。本当の事だったので、そう伝わりやすかったのかと」



 二人が歩く場所にだけ、いくつものスポットライトが当たっているような錯覚を覚える。

 それほどの存在感と、美貌をばら撒きながら歩く二人の姿は、男性だけでなく女性も同じく目を奪われていた。



 歩くために足を前に出す。そんな当たり前の仕草ですら洗練されており、二人の歩く場所だけ別世界に感じる。



 二人は会話を楽しみながら、城への帰り道を歩いていた。

 もちろん護衛がつかないはずがなく。距離を少し開けて、女性の近衛騎士達が二人の後を歩いている。



「そういえば、アインはもう列車に乗る頃でしょうか?」



 クローネが口にするのはアインの事。



 ここ2週間近くも顔を見ていない。ちゃんと食事をとってるのか?怪我をしてないか?風邪をひいてないのか?……まるで親のようにアインのことを心配していた。



「えっと……そうですね。ちょうどそろそろ出発する頃だわ」


「アインの今回の旅は、多くの新しい発見があったとか。私も嬉しく思いますわ」



 差し当たり報告されたのは、赤狐に関する手がかりについてと、貴重な治療魔法の使い手……バーラの事だ。

 功績として考えれば、相当の結果を上げたことで、アインへの褒美も検討されてるとクローネは耳にしている。



「私はまだ詳しく聞いてないのだけれど、なにか一つだけ面倒ごとがあるとか」



 セージ子爵の件については、まだオリビアには詳しい情報が知らされていない。ただ少しだけ面倒くさいとだけ言付けられていた。



「全くもう……。本当にアインは静かにしてられない子なんだから」


「ふふ……えぇ、そのとおりですね」



 アインが何処かに行って問題なく帰ってきたことがあったか?そう聞かれたら即答できる。『いいえ』だ。一度も何事もなく帰ってきたことなんてない。



 それには母のオリビアも、つい笑みを浮かべながら同意する。



 そんな二人には、同じくアインから貰ったスタークリスタルが輝いていた。オリビアは胸元に、そしてクローネは腕にそれを付けている。



「そういえばクローネさんは、そのネックレスを気に入ってるのね」


「……え、えぇ。実は気に入ってるんです」



 クローネは多くの頻度で、このネックレスを身に着けていた。友人や父のグラーフには地味じゃないか?なんて言われるが、それでも彼女はそれを好んで身に着ける。



「——……首輪付けられてるみたいでいいの。なんて誰にも言えないもの……。」


「クローネさん、今何か言いましたか?」



傍を歩くオリビアが、クローネの声に気が付いた。だが今度のクローネは落ち着いて対応できた。



「えぇ。アインが無事に帰ってこられますようにって、祈っていたところです」


「ふふ……明日の朝、元気な姿を見せてくれると思いますよ」



 イシュタリカ王家では珍しい、白よりも黒が似合う王太子。

 安直だが彼のカラーを首に付けることで、私は彼の物とアピールしたい乙女心。そんな想いが、クローネの心の中にひっそりと存在していた。




 *




「名残惜しいですが……最後にお会いできて嬉しく思います。王太子殿下」


「こちらこそ。たくさんお世話になりました。オズ教授のおかげでこれからの調査が捗りそうですよ」



 二週間の滞在期間を終えて、アインとクリスの二人はようやく王都への帰路に就く。本当はワイバーン便などに乗ってみたかったが断念した。なにせアインの気配が魔物を怯えさせてしまう。だから断念せざるを得なかったが、オリビアへの土産にいくつか魔道具を購入するなど、それなりに有意義に残りの日程を過ごしたアイン。



 結局ディルは戻ってくることは無かった。なぜならバーラの妹のメイがディルに懐き、離れづらい状況となったのが原因。ディルは本業(アインの護衛)のためにすぐにでも戻ってくる予定だったが、ウォーレン達からの言葉もあり、結局魔法都市イストへと戻ってくることは叶わなかった。



「何かあればいつでも連絡をください。私にできることがあれば、是非協力させて頂ければと思います」



 ちなみに時刻は夜の7時に近づいたころで、すでに息が白くなる気温が低い時間帯。そして場所はイストの中心にある駅。



 オズは折角だからといって、アインの見送りに足を運んでいた。あんなにも世話になったというのに、わざわざ見送りにまで来てくれたオズには頭が下がるばかりだ。



「何から何まで……本当に感謝してます」



 はにかんだ様な顔をしてアインが頭を下げる。そんなアインの姿を見て、オズも同じく柔らかい表情を浮かべた。



「……実は王太子殿下に一つ私からの"土産"がございます」



 そう言うと、彼の持ってきていたバッグから一つの箱を取り出した。全体が金色に輝く彫金が施された箱で、一体なんだ?とアインは思う。



「クリスティーナ様。お気をつけてお持ちください」


「……失礼ですがオズ教授。これは一体?」



 手渡されたクリスが疑問に思うのも当然だが、それ以上に安全面から中身を確認した。



「ようやく手に入った魔石です。王太子殿下がお調べだった"例の魔物"のですよ。私も中身はしっかりと確認しました。"今朝"届いたのですが、なんとか中身を調べ終えたのでお渡ししようかと」



 今朝という言葉を強調し、今日調べ終えたのだとオズは口にした。手がかりは多ければ多い方がいい。そしてこの赤狐の魔石も、カティマやマジョリカに協力を依頼すれば、いくつか新発見もあるかもしれない。



「かなり貴重な物のはずですが……まさか見つけてくださるだなんて」


「幸運だったと思ってください。運すらも王太子殿下の御味方をしている。そう思わざるを得ない事実でした……何はともあれ見つかってよかったです。是非それをお持ちください」


「かなり高価な物だと思うのですが……」



 希少な魔物となれば、魔石の価値は跳ね上がる。それは使用用途に恵まれなくとも、魔石のコレクターや貴族にとってはお宝の一つなるのからだ。だから恐らくこの赤狐の魔石もかなりの金額が掛かっている、アインはそう予想する。



「昔の伝手を使って手に入ったので、実はかなり安価なのでお気になさらず。……なのでどうかお持ちください」



 ニコニコとオズは笑う。アインにとってはありがたいことに変わりはないので、その魔石を受け取ることにした。貴重と思っていた赤狐の魔石だ、アインもあまり遠慮はしたくない。



「感謝します。この礼は必ず王家からもしますので」


「いえいえ本当にお気になさらず。……いずれ私が王都に行くことでもあれば、また王太子殿下とお会いできればそれで充分です」



 どこまでオズは謙虚なのだろうか?そう思わざるを得ない言葉に、更に頭が下がるアイン。もし王都に来ることがあれば必ず会おう、そう決めた。



「えぇもちろんです。是非一緒に食事などできれば……」


「それはいい!私にとってはそれが一番の褒美ですよ」



 その後もちょっとした世間話やマジョリカについての話などを聞いて、出発までの時間をオズと共に過ごした。



 ——そしてついに、イスト発王都行の直行便が発車する時刻となる。



「ではオズ教授。本当にお世話になりました」


「お気をつけてお帰りください王太子殿下。またお会いできる日を心待ちにしております」



 魔石を受け取ったクリス。彼女はアインの横で同じく頭を下げている。その後はクリスが先導して、アインが借りた貴族向け車両へと乗り込んだ。



 水列車が発車するまで、ずっと目をそらさずアインが乗り込んだ車両を見つめていたオズ。発車して列車が見えなくなるまで、彼はその車両を見続けていた。



 その姿が見えなくなると、軽くふぅっと息を吐いてホームを後にする。



「……あんな女狐の魔石を、王太子殿下に触らせずに済んだのは僥倖でした」



 クリスに魔石を受け取らせたのは、別に保安の問題からじゃない。純粋にアインに持たせたくなかったからだ。



「今日はいい日だ。……うん、折角だからとっておきの酒でも開けようじゃないか。それを愛しの父と共に飲む……最高の夜になりますね」



 アインと別れたことは残念なことこの上ない。だがまた会う約束もこぎつけたし、おそらくアインはこれからもオズを頼ることになるだろう。それを考えれば気持ちが上向くのも当然のこと。

 どうしようかと思っていた魔石を手放して、厄介払いができたのも彼の機嫌をさらに良くしていた。




 ——そして今日の夜。彼の研究室では小規模ながらも、歓喜に満ち溢れたパーティが催されたのだった。




 *




「念には念をということで、もう少し厳重に保管しておきますね」



 イストを出て少しした頃。まだ遠目にはイストの街並みが見える。

 クリスは万が一のことを考えて、オズから貰った赤狐の魔石を更に厳重に保管していた。



「ありがと。万が一が無いようにしとかないとね」



 嫁(エルダーリッチ)が抑えてくれるとはいえ、旦那(デュラハン)が絶対暴れないという保証はない。前に木彫りの人形を見た時とは、状況が全く違うのだ。なにせ今回手に入れたのは、敵の体の一部なのだから……。



「城に着いたら、カティマさんに渡して管理してもらった方がいいね」


「そうですね。ですが念のため、マジョリカ魔石店にも連絡をしたほうがいいかと」



 素直に頷いたアイン。たかが魔石……されど魔石。なにせデュラハンやエルダーリッチ、魔王の魔石のようにドラマめいた展開がないとは限らない。



 それが美しいだけのドラマならいいが、赤狐のように享楽に興じるばかりのドラマなら遠慮したい。



「……それじゃ朝に王都に到着してから、先にマジョリカさんのとこに寄った方がいいかな?」


「えっと……いえ、明日中に時間を見て近衛騎士に連絡に行かせます」


「ん。りょーかい」



 話をしていると、王都に……家に戻ると思えばやっとかという思いがある。だが魔法都市イストで過ごした日々も楽しかった。それを思えば、やはり少しばかり名残惜しさも募るというものだ。



「(あれ?……楽しかったけど。でも大概クリスさんと一緒にいただけな気がする)」



 カティマがディルを連れて行ったことで、アインはクリスと二人での活動を余儀なくされた。後半部分はほとんどが観光ばかりだったといってもいいなかで、半分程プライベートのように振舞っていたクリスと二人きり。

 第三者からしてみれば、ただのデートのようにしか見えなかっただろう。



 そのことを自覚すると少し恥ずかしいが……そんなのは今更のことだ。



「さて、と。これで終わりましたよアイン様……あ、あれ?どうしたんですか頭を抱えて」


「なんでもない、若さを実感しただけ……」


「そ、そうですか……アイン様は王太子ですから大変ですもんね……」



 別の方向に誤解されてるがまぁいいだろう。特に言及することもなく話を流す。



「そういえばマジョリカさんの事情には驚いたね」


「実は私もあれは初めて聞いたので、同じく結構驚いてました」



 マジョリカの話というのは、オズから聞いた過去の話だ。マジョリカがイスト大魔学の名誉教授ということ……。はたから見れば怪しさしか残ってないマジョリカ、そんな人がどうして名誉教授なんて就任してるのか。



「魔石の台座と封印のケース。あの技術の基礎は、マジョリカさん一人の研究成果なんてね」



 厳密にいえば、どちらの技術ももっと昔から存在していた。ただマジョリカによって、遥かにコストダウンと簡易化。そして高効率化がされたという。



 その研究をたった一人で成し遂げたというのだから、驚きしかでてこない。



「優秀な方というのは分かってましたが、あれほどとは思ってませんでした」



 実際その開発のおかげで、かなりの金額を儲けていたらしい。だがその金はすべて、イスト大魔学の新たな研究費用として寄付されたと聞いた。



 やってることの器が大きすぎて、人は見た目によらないと再確認した。



「その成果を評価されて、名誉教授になった」


「人は見かけによらないものです……っと、失言でした」



 クリスもついそんなことを言ってしまうほど、マジョリカの件は意外性ばかり。

 あと今の失言は一応覚えておこう。アインはいつか使う機会が来ると思い、頭の中にしっかりと記憶した。



 先程、アイン自身も同じことを考えた。だがそんな事実は棚の上に放り投げるに決まってる。



「まぁでもさ。話は戻るけど、オズ教授のおかげで手がかりはいくつか手に入ったね」


「そうですね。次に調査へと行くのは……冒険者の町バルト、それに港町マグナですね」



 手に入った手がかりの中から、いくつかの地域をピックアップしていたが、まずはこの2つの都市だろう。

 どちらもイシュタリカでも有数の大型都市で、小さな場所から足を運ぶよりは、効率がいいと考えられたからだ。



「バルトってどんな町なんだっけ?」


「冒険者たちにしろ商人にしろ、一山当てたいという者達やスリルを求めてる人間。そういった人種が集まる町ですよ。近場には魔物も多くいますので、魔物達の素材が豊富で、その影響で鍛冶職人たちの聖地でもあります」


「ふぅん……鍛冶職人の聖地。それを聞くとちょっと気になるな」



 現在はちゃんとした武器を持っていないアイン。黒い短剣は海龍にとどめを刺して消滅してしまった。

 だから尚更に、鍛冶職人の聖地といわれると興味を抱く。



「ただバルトの近隣には、危険な場所が多くあるので注意が必要です。……例えば旧魔王領など、危険な地域への道も存在しますので」



 旧魔王領。つまり魔王アーシェが存在していた当時、彼女が統治していた地域の事だ。そこは現在では立ち入り禁止区域として管理されており、国の許可なく立ち入れば罰せられる管理地域となっている。



「クリスさんは旧魔王領に行ったことあるの?」


「はい、ございますよ。そうですね……もしよろしければお話ししましょうか?いい機会ですので、私の経験も含めてどのような場所かご説明いたします」


「そうしてもらおうかな。……それじゃお互い先に着替えてこよっか。過ごしやすい恰好になってからゆっくり話そうよ」


「あっ……そうですね。では私も着替えて参ります」



 去り際に『戻ってきたら何かお飲み物をご用意いたしますね』と口にしたクリス。アインはそれに了解と簡単に返事をする。



 広く大きく作られた窓からは、夜空に広がる満天の星空が一望できる最高のロケーション。

 そして車内には、大きな灯りが設置されておらず、小さめの灯りがいくつか設置されいてるのみ。だがその小さな灯りたちのおかげで、車内の雰囲気は更に艶めいた空間に仕上げられている。



 オリビア譲りであり、優し気な顔つきが魅力的なアイン。

 同姓ですら見惚れる美貌を持ち、そのスタイルと美しい金髪が自慢のクリス。



 誰もが納得するほど、その空間はこの二人に似合っていた。


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