育ち盛り。
「ご安心くださいアイン様。審査に関していえば、何一つ優遇されたということはございませんよ。不正なんてもってのほかです」
ニコリと微笑む好々爺。ウォーレンは悪戯が成功したかのように微笑んだ。
「……い、いつの間に試験を」
「バーラ殿とメイ殿が城に到着した二日後ですので、本当に最近ですな」
「バーラの件は本当に助かった。海龍騒動に次ぐ功績と評価しておるのだぞ」
バーラは、すでにいくつかの試験じみた調査を終えている。彼女がどの程度の治癒能力を持っているのか、アインもそれを楽しみにしてた。
シルヴァードが素直に褒める程なのだから、それほどバーラの件はイシュタリカとしても良いことだったのだろう。
「そういうわけで、次期も悪くなかったので登用試験を行ったという訳です。突然と思われるかもしれませんが、王族付きの試験なんて、いつも唐突に行われるので今回が特別というわけではありません。それにクローネ嬢以外にも数多くの方達が受験したので、クローネ嬢だけが試験を受けられたということでもありません」
常日頃からの努力を図る。そう言った意味で、準備期間を設けず唐突に開催されるのだという。なので勿論合格者が出ないこともあるので、本当に難しい試験だった。
「ちなみに試験内容は……?」
「筆記試験、適性検査、元帥面談、そして二次筆記のあとに私の面談で終わりとなってます」
「ク、クリスさんは居なかったはずでは」
そう。なにせクリスはアインと共にイストに居たのだ。だから面接なんてできるはずがないのだが……。
「去年まで元帥だったロイド殿が代役を務めました」
「……むしろ私よりもロイド様の方が適任でしょうね。私は面談は不得手ですから」
アインが王都を離れているうちに、そんな大層な試験が行われていたとは驚いた。5段階の試験といえば、数か月かかっても不思議ではないのだが……。
「この試験日程は、合計5日間で終了します。なので1つずつ試験科目が進むといった形ですね」
「随分と駆け足なスケジュールだ」
「ちなみにクローネ嬢は、一次筆記試験は9割正解でした。二次筆記試験は満点を記録したので、それも大きな判断材料となりました」
おいおい化け物かよ。そう思ってクローネに目をやると、顔を斜めにして『なんですか?』といった風に優しく微笑んだ。彼女にとっては別に大したことじゃないのだろうか?
「そういう訳で、公平な審査の下クローネ嬢は合格致しました。なのでご安心を」
「うん。よくわからないけど、クローネが側近?になってくれるのはわかった」
急すぎてわからないことだらけ。だがクローネが側近になるというのは喜ばしいことだ。
「本日より。クローネ嬢……いえ、クローネ殿はアイン様の側仕えとなります。職務内容としては雑務全般や、アイン様に必要となる手配の全般……平たく言えば、アイン様に必要な事全てに関わります」
ウォーレンなりの認めた証。"嬢"ではなく"殿"とつけたことで、クローネのことを一人前と認めた。
「……それってかなり大変なんじゃ」
アインは今までも王太子として、様々なことに関わってきた。いくつか行った視察もそうだし、学園のこともいくつかある。そんな中、それの全てにクローネがかかわると言われれば、彼女の負担が心配にもなる。
「そういうがなアイン。ウォーレンは宰相となる前は、余とララルアの二人の面倒を見ておったのだ。そう思えば一人分であろう」
もう一人化け物が居たことを忘れていた。ウォーレンは本当にいつ寝てるのか?そう思う程いつも仕事ばかりしている。
城内に段々と化け物が増え、魔境となってきたのを恐れるアイン。……そのアインへとクローネが話しかける。
「アイン様ご安心ください。明後日の決闘のご予定に関しても、私の方でしっかりと用意しておりますので」
「ク、クローネ?本当に大丈夫?無理してない?」
「えぇ勿論です。アイン様はただ着の身着のまま、私がお連れする馬車にお乗りいただければ結構です」
一応部下という立場になったクローネ。だから敬語で、アインに様と敬称を付けて話しかける。
「ちょっと待って。この数日間の間に、その手配全て終わらせたってこと?」
「……?え、えぇそうですが……何かご要望がございますか?」
それがどうした?といわんばかりの顔を向けるクローネ。彼女にとっては、そんなことは大した問題ではなかったようだ。
「……いやなんでもない。側近が優秀だなって実感してたところ」
「あら、お褒めいただき光栄ですわアイン様」
そういう訳で、アインに一人の側近ができたのだ。唐突に側近ができると言われて、は?と思ったのは否定できない。だがその側近がクローネだったことに、アインは素直に喜べたのだった。
*
クリスはまだ報告を続けているが、アインがするべき報告は済んだため、クローネと二人で会議室を退室した。
二人は城内を歩いて、バーラの許へと足を進めている。
「……前々からさ。さっきいってた試験のことって考えてたの?」
「試験……?あぁ、アインの側近のこと?」
「そうそれ」
「うーん……どうしようかしら。秘密っていったら怒る?」
表には出さないが、ずっとそれを目指してたなんて照れくさくて言えない。だから煙に巻こうとするクローネ。
「怒らないけど、いじけるかもしれない」
だがアインも長い付き合いだ。クローネのことはなかなか理解できてる、だから少し照れてるのかとすぐにわかった。
「ふふ……なら教えないっ」
「うん、そういうと思ったよ」
部屋を出てからもクローネは敬語を使っていた。立場を明確に……との意味合いがあったのだが、アインが二人の時はいつも通りでとお願いしたため、クローネはしぶしぶそれを受託。
「そういえばクローネってどういう立場になるの?」
「立場?だからさっきもいったけど、アインの側仕えじゃない」
「うーん何ていうか、たとえばどのぐらいの地位っていうか」
「あぁその事ね。そうね……わかりやすく言うと」
気になったのはクローネの権力。決して低くないだろうとアインは予測していた。なぜなら王太子の側近扱いなのだから、それで低いとは思えなかったのだ。
「これは王太子殿下、長旅お疲れさまでした!……っと、クローネ補佐官もご一緒でしたか。お疲れ様でございます!」
「えぇ。貴方も巡回お疲れ様」
クローネが説明しようとしたところ、近衛騎士所属の者とすれ違う。もちろんアインを見て挨拶をしたが、クローネにも同じく頭を下げた。
そして会釈をすると、彼はその場から立ち去っていく。
「補佐官……?」
「側仕えという役職なんてないもの。私は"王太子補佐官"という役職なの」
「なるほど。なんかそれなりに権力ありそう」
「ふふ……実はね、近衛騎士にも命令する権限を持ってるのよ私」
想定以上に強権だった。なにせ近衛騎士に命令できる者なんて、城を探してもおそらく両手の指に収まるはずだ。それを思えば、クローネは城内でもかなりの権限を与えられたことになる。
「まぁそれでも下の方よ。権限の強さとしてはね。例えば……クリス様達のほうが断然上だもの」
「クリスさんは元帥だから当然なんだけどね」
「でも実は私ね?クリス様達に勝ってる権限が一つあるの、ねぇアイン知りたい?」
本当に彼女は悪戯好きというか、アインに言わせるのが好きな性格をしている。多くの頻度でしているちょっとした対話だが、アインはこうしてやり取りするのが嫌いじゃない。
「全く、主君にそういう聞き方する側近がいるなんて。……知りたいですお願いします」
ただ……『素直に教えてくれ』、そうアインがいうのは変わりないのだが。
「アインの日程とか、そういう管理は私の方が権利上なの。というか私よりこの権限上の人って、王族の方とウォーレン様ぐらいだもの」
「うん……お手柔らかに頼むね?」
「アイン次第かしらね?あまり無茶されるとわからないわ。つい自室待機にしてしまうかも」
有能な補佐官が付いて嬉しいよ。そうつぶやくアインの声は、もちろんクローネにも届いた。彼女はそれを聞くと、口に手を当ててくすくすと笑いだす。
「そういえば急に決まったのに、よく馬車の手配とかすぐにできたね」
「えぇ。実家と少し交渉したのよ」
「実家って。それってオーガスト商会ってこと?」
「そうよ」
軽く返事をすると、彼女は足取り軽く機嫌を良くしたまま、交渉内容を説明し始める。
「たくさんお勉強してもらったけどね?」
「どれだけ値切ったのさ……」
「さぁどのぐらいかしら?でもいくら王家とはいえ、無駄遣いはよくないもの。そうでしょ?」
「それは間違いじゃないんだけどね、グラーフさんは平気だった?」
アインがそう言うと、クローネが周りをチラッと確認してからアインに近づく。そのままアインの耳元へと顔を近づけ、コソッとどうなったのかを伝える。
「涙目で済んだわ、だからまだもう少し値切れたかも……ね?」
こういう不意打ちはやめてほしい。唇が耳にくっつきそうな距離で話されると、彼女の香りと吐息で理性を失いかける。
だがきっと確信犯だ、なにせ周りを確認してから近づいてきたのだから。
海龍の時の、『今から私の全てを自由にさせてあげると言っても?』というクローネのセリフを思い出す。
「身内にも容赦しないとは、御見それしました」
「あら?今の私は王太子アイン殿下の……もう少し言い方を変えれば、次期国王陛下の側近なのよ?ならそうするのは当然だもの」
「言ってることは間違ってないんだけどね。まぁ……優しくしてあげてね?」
「あちらが良心的だったら、私も最初から笑みを零すかもしれないわ」
つまり最初から値切る必要がなければ、素直に笑ってサインしてくれるということなのだろう。うーむ俺よりもウォーレンさんの教育を受けてるだけある。そう実感せざるを得ない。
「でもお爺様も私を試してたもの」
「グラーフさんが?」
「えぇ。だって普段よりも高く見積もってたのよ、私が気が付くか試したんだと思うわ。なら私もやる気出すしかないじゃない」
なるほど、孫娘に返り討ちにあってしまったのか……。孫娘補正がなかろうとも、きっとクローネは商会からすれば強敵だろう。頼もしい限りだ。
「なのでご安心ください王太子殿下。我が家の商会自慢の馬車と船、その質と安全性は保障致しますわ」
「わかった……クローネ補佐官がいうように、着の身着のまま向かうとするよ」
お任せください。そういうクローネは、いつもより頼もしく見えた。
——そうこうしているうちに、バーラたちが居る部屋に到着したようで、クローネが立ち止まる。
そしてドアをトントンとノックし、中からの返事を待つ。
「はいどうぞ!」
中からは元気な声で、久しぶりに聞くバーラの声が聞こえた。それを聞いたクローネが、扉を開けてアインを先に部屋へと通す。
「久しぶり。元気にしてた?」
「で、殿下っ!?」
「お兄ちゃんだっ!?」
仲の良い姉妹が2人そろって驚いた表情を浮かべる。アインが戻ってきたのは聞いていたが、だがまさか自分たちの部屋に来るとは思ってもみなかった。
「ってこらメイ!殿下でしょ!何度も教えたじゃないっ……!」
「あ、あうぅ……ごめんなさい殿下」
肌も服も、前と比べれば見違える程綺麗になった二人を見て、アインはようやく一安心できた。
素朴ながらも可愛らしい姿の二人だった。
「名前でいいよ。さすがに呼び捨てだとだめだから、悪いけど様は付けてもらうことになるけど……」
「アイン様?」
「そうだよメイ。元気だった?」
「うん!ごはん美味しいの!あと外から冷たい風入ってこないんだよ!?こんなに大きいのにすごいの!」
メイの判断基準を聞けば少し悲しくなるが、仕方のないことだ。これから貧民街の対策をウォーレンと考えなけれならない。
「そうかそれはよかった。そういえば……バーラ、城に住むことになったの?」
「は、はい!給金からいくらか引いてもらって、城で食事と部屋を提供していただけることになりました!」
「なるほどね。……クローネ、そこらへんは」
「ご心配はいりません。もちろん好待遇ですから」
「なら安心したよ」
補佐官モードになったクローネに尋ねると、すぐに意図を理解した彼女。不当に手当てが低いとは思えなかったが、念のため聞いてみた。
貴重な治療魔法の使い手ということで、もちろん待遇はしっかりとした量を用意されている。
「あとで報告書を受け取るけど。バーラがしっかり評価されたみたいで俺も嬉しいよ」
「実はまだ夢なのかと思うのですが……でもメイをお腹いっぱいにしてあげられて、本当にそれが嬉しく思います」
「それはよかった。メイ?ちゃんと毎日ご飯食べてる?」
「うん!一日に3回もご飯食べられるんだよ!?すごいの!」
なんかメイと話してると、つい涙がホロリと出て来そうになる。なるべく早く、貧民街の対策を行おうとアインは再度決意した。
「メイも頑張ってお仕事するの!」
「そっかそっか。メイはどんな仕事をするのかな?」
「メイね!マーサさんの弟子になるの!」
随分と厳しい師匠を選んだものだ。しみじみとそう思ってしまうが、そんなことを口にするとどこから漏れるかわからない。だが微妙そうにしたアインの顔を見て、クローネは横で小さく笑みを浮かべる。
「た、大変だけど頑張ろうね?」
「うん!頑張ってこのお城で一番すごい給仕さんになるの!」
……なかなかの茨の道を選択したものだ。そう思わざるを得ない。マーサという壁を超えるのは大変そうだ。
本当はどの程度治療魔法が使えたのかを知りたかったが、この場はゆっくりと会話を楽しむことにしたアイン。成果は決闘が終わってから確認することにした。
その後はしばらく会話を楽しみ、皆で食事をしたアイン。夜はオリビアと二人で会話を楽しみ、帰宅した王都の時間をゆっくりと堪能したのだった。
*
決闘の舞台となる地域は、あまり天候が晴れているという日がないらしい。周囲にある山や土地の標高など、いくつかの条件があるらしいが、正直にいってしまえばアインにはわからない。ただそういうものだと納得することにしていた。
舞台となる大きな川には、時間通りに到着した。オーガスト商会の手配で用意された船と馬車。それに乗りアインはそこまでやってきた。
クローネが言う通り、着の身着のまま乗り込んだわけだが、彼女が言う通り何一つ問題なかった。むしろ細かい所に手が行き届きすぎていて、静かに胸がキュンとしたのは内緒。
辺り一面曇った空だが、雨が降る様子は感じられない。そんな中、水中にはセージ子爵のクラーケンと、アインが連れてきた双子の海龍が対峙している。
まだ開始の合図はされていないため、両者とも距離を開けて待っている状況だった。
「なんか思ってたよりも小さいんだねあれ」
「クラーケンですか?」
「うん。中型っていってたけど、もう少し大きいのかと思ってた」
「中型と大型の差が激しいんですよ。大型ともなればあれの数倍どころではないのですが……」
そう答えるのはクリス。今回の景品扱いされてる金髪の美女……セージ子爵がむさぼりたいと思っている、肢体と美貌の持ち主だった。
そしてクリスと反対側にはクローネが待機しており、補佐官として同伴している。
「でもクリス様……落ち着きすぎなんじゃ」
「……といいますと?」
「その……なんていうか、クリス様は今回の景品みたいな扱いなので」
クローネはクリスのことを心配していた。万が一を思えば……とのことだが、万が一負けてもセージは拘束されるので別に問題はない。だが気持ち的にはそう簡単に整理できていなかった。
「アイン様にもお伝えしたのですが。今回の件に関して言えば、何一つ心配していないのですよ」
「クリス様のお考えも分かってます。たしかに海龍は強いです。ですが双子はまだ子供ですし……」
「えぇ。アイン様も同じ心配をしてくださいました。ですが……そうですね。実際に見るのが早いでしょうから、双子を応援しましょう。すぐにわかるはずですよ、私が心配していない理由が」
クリスがここまで口にするのだから、それを信用していないわけじゃない。だが心配になるのは止められない。クリスとクローネがそんな会話をしていると、二人に挟まれていたアインが会話に入ってきた。
「でもさ二人とも。よく見て欲しいんだ」
「急にどうしたのアイン?よく見るって……どこをかしら」
『クリスさんしかいない時なら、気にしないでいつも通りで』、アインはクローネへとそうお願いしていた。クリスもクローネならと気にしていない為、何も問題はなかった。
「エルとアルだよ」
アインがそういって指差したのは、双子の海龍。ちなみにエルが姉で、アルが弟のような感じだった。
——そしてアインにいわれて双子を見ると、クローネとクリスの二人は全く同じリアクションを取り、つい頭を抱えてしまう。
「……親に似るってことなのかしら。まさか海龍も親に似るなんて思いもしなかったわ」
「申し訳ありませんアイン様……私もクローネ殿と同じ意見です」
「ねぇ。2人そろって酷すぎると思うんだけど、もう少し俺の事を気遣ってくれてもいいんだよ?」
二人がそう思ったのも仕方ないことだった。
双子は恐らくクラーケンを見つけたからだろう。ちなみに現状を説明すると、決闘の合図が始まる前で、双子にとってはいわゆる『待て』をされている状況だ。
もう一度言おう。『待て』をされているのだ。
「キュッ……キュルルァッ……」
「キュキュッ……キュキュッ……!」
双子が揃って口からよだれを零している姿は、海の王者”海龍”とは思えない程、何とも情けない姿。
エルは我慢の限界が近づいてるのだろうか?弟のアルの尾の部分をハミハミしながらも、クラーケンから目を離すことは無く。アルは尾をハミハミされていようとも、全く気にせずクラーケンから目を離さない。
言ってしまえば腹をすかせた子供。双子の子供が大好物を前に、ただワクワクしているようにしか見えなかったのだ。
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